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第五章:四話 魔法士学院の内側から

 帝国魔法士学院。


 国中から、あるいは国境を越えて集う才能あるものたちを魔法士へと教え導く、帝国内唯一の施設である。


 魔法士というのは帝国の盾とも剣とも称され、帝国民にとって憧れの職業だ。子供になりたい職業について問うと、魔法士は間違いなく一位になる。


 戦時には最前線に投入され、多大な戦果も挙げているものだ。実力者ともなると、帝国の英雄、として遇され、平民出身者でも貴族に列せられることが少なくない。


 魔法士の存在は帝国の国力に直結するとあって、その育成には十分な予算が与えられていた。


 魔法士学院は豪奢な建造物で、内側も絢爛かつ洗練されている。帝国文化史によると百五十年ばかり前に端を発する、いわゆるメイステイ芸術文化がふんだんに取り入れられているのだ。


 四大公爵家の一つであるエル家が積極的に芸術や文化を保護・育成したこともあり、宮廷芸術は満開の花を咲かせている。貴族や有力者の子女が通うこの学院も、当然ながら芸術の神に祝福されているのである。


「うおおおお! なんで俺は瞬間移動ができねえんだ」


 ただし、芸術の神が祝福するのはあくまでも学院の内側であって、間違っても遅刻間近の生徒などではない。


 威勢よく出発した一騎は、靴紐が切れたり鳩にフンをかけられそうになったりして、ムダに時間を浪費していた。近くの公園の前を通りかかると、公園の独創性に欠ける時計は始業開始時間を指していた。一騎の記憶では、たしか三分は進んでいたはずだ。


「ちちちち遅刻したら本気でマズイ!」


 まさか魔物に転生した身でありながら、遅刻を免れるために全力疾走する羽目になるとは思わなかった。移動に時間がかかるという物理法則が憎くなる日が再び訪れるとは。


 一騎は額に汗を流している。


 見えてきた校門の前には、見慣れた顔の教師が腕時計で時間を確認している。いつものこの時間なら、他にもチラホラと走っている生徒を見かけるのに、今日に限ってはノラ猫ぐらいしかいない。まあ、学院生なら誰もが目標とする魔法士試験当日に、ギリギリで来るような間抜けはいないということだろう。


 潔く諦めたほうがよいのではないか?


 いや、魔物の一騎がこんなに堂々と人間社会を歩ける機会が次いつまた訪れるかわからない。今日が最初で最後と思うべきだ。


 今、目の前の困難に立ち向かうべきだろう。


 一騎はスパートをかけた。最後の鐘が鳴る。門衛番の生徒指導の教師がゆっくりと門の前に立ちはだかった。ただそれだけの行動で、馬車の五台は通れそうな大きな校門が、難攻不落の砦へと変貌を遂げたかの錯覚を感じる。


「セーフ!」


 鐘の音が鳴り終わる前に飛び込んだ一騎に


「たわけっ」


 雷が降ってきた。一騎の目の前には一人の教師が怒りに体を震わせ、額に青筋を浮かばせている。


 日本において落ちこぼれの名をほしいままにしてきた一騎だ。落ちこぼれの嗜みとして、遅刻と同時に拳骨と説教と補習を言いつけられることには慣れている。もちろん魔法士学院入学後にも経験済みだ。誇れることではない。


 しかしさすがに試験当日ともなると、そんなことはできないらしい。教師は後でたっぷりと灸をすえてやる、と宣言し、一騎を追い払うように教室へ向かわせたのだった。


 教室には既に一騎以外の全員が揃っていた。セーフ、などと口にしながら入室すると、痛覚を刺激するほどに冷たい視線を一斉に向けられる。


 実に久しぶりの感覚だ。二度と味わいたくなかったものであるにもかかわらず、人間だったときに受けていたものと同じだ、と奇妙な感動を覚えてしまったことを一騎は自覚した。


 もう少し時間が経つと、向けられていたはずの視線もなくなり、完全な無視へと変わるだろうと経験則から判断した。


「こんな日にまで遅刻か。薄汚い魔物め」


 さすがに居心地が悪いので、腰を低くして席に向かっていた一騎に嫌悪と冷たさの入り混じった声が投げつけられた。なんだって異世界転生してまでこんな目に重ねて遭わなければならないのか。


「んだと?」


 持ち上げた一騎の視線の先にいたのはカイン・シルファリオ。


 帝国四大公爵家の一つ、風の派閥筆頭のシルファリオ家の次男だ。教師や先任の魔法士たちからも天才と呼ばれる少年で、今回の試験でも最優秀成績者候補の一人だと囁かれている。


 一騎は入学当日にライバル宣言――再びの学生生活にテンションがおかしな方向に上がってしまったための愚行――を行ってしまう。もちろん一騎が一方的にライバル視しているだけで、カインの側はまったく相手にしていない。


 カインは魔法の才に恵まれ、公爵家の血を宿し、クールで整った顔立ちから、女生徒たちからは王子様のように慕われている。座学も実技もトップクラスの成績を誇るカインに対し、成績不良で、なによりも貴族でもない亜人――いや下賤な魔物でしかない一騎。


 カインにしてみれば相手にするのもバカバカしく、そんな一騎と机を並べていることは、同列扱いされている気がしてカインは実に面白くない。


 なによりも不愉快なのが、エストの存在だ。


 真正聖教会の教義において神の使いとされる大精霊と、一騎程度の雑魚が一緒にいることがなによりも不愉快だった。


 しかもあれだけの美少女だ。家名と立場を最大限に利用して、下賤な魔物より自分のもとに来るよう誘いをかけ、けんもほろろにフラれた記憶も悪感情に拍車をかけている。


「文句でもあるのか? 無能のイッキ」

「カイン……なんだよ……間に合ったんだからいいじゃねえかよ」


 口にしてから、一騎は自分が果てしない負け犬っぷりを披露したことに気付いた。まるで日本にいた頃の、古木と相対していたときのようで、内心で気分が悪くなる。


「ふん、落ちこぼれらしい身勝手な言動だな。周りを見ろ、皆、半時間前には既に集合し、戦術を練っているんだぞ」


 カインの指摘に呻くしかない一騎。宗兵衛がいたなら、カインのことなど気に留めずにさっさと自分の席に座り、いつも通りの寝る姿勢をとるだろうに、一騎はそこまで他人を無視することができない。


「この試験は魔法士になるための重要な試験だ。誰もが真剣に取り組んでいるのに、お前と来たら足を引っ張ることしかできないのか。いい加減、目障りだから辞めたらどうだ。どうせお前如き魔物が魔法士になれるわけがないんだからな」

「てめえ、貴族ってのがそんなに偉いのかよ」

「ああ、そうだ。そんなだからリズ嬢とも争いになるんだ、バカが!」

「んなっ」

「申し訳ありません、カイン様。貴族として、愚かなことをしてしまったと深く反省しております」


 一騎とカインのやり取りに一人の女生徒が入ってきた。その声と姿に一騎は拳を握る。


 リズ・ヘンドリクソン。


 水の派閥、ヘンドリクソン伯爵家の長女で、ここ数日の間に一騎との因縁を作り上げた少女である。



                   

 数日前のことだ。


 その日その時間、帝国史の授業中に騒動は起きた。元々、帝国史を担当する教員は貴族や権力べったりの人物で、授業の準備をせず、ひたすら板書きを続けるだけ。他人の受け売りをさも自分の意見のように言うことを得意とし、しかも所々間違って引用するものだから信用性も低い。


 そのベルカンプ講師は薄い髪を丁寧に後ろに撫で付け、分厚いレンズの丸眼鏡の奥から細い目を光らせて講義を続けていた。


「帝国の誇りでもある四大公爵家。すなわち、エル家、シルファリオ家、アクエリアス家、ダイアス家。彼らは遥か昔、魔王討伐を果たすという偉業によって公爵に封じられた英雄たちです。さて、彼らが討伐した魔王について説明をしてもらいましょうかね……カイン君」


 講師の指名にカインは「はい」と返事をし、立ち上がった。


 二百年以上前に出現した魔王フィクトナー。あらゆる属性を自在に操るとまで言われた強力な、それも魔物ではなく魔法士だ。元はさして強力ではなかったフィクトナーは、いつごろか強大な力を手に入れ、帝国に混乱を撒き散らす存在へと変わり、長きに亘る戦乱を引き起こした。


「そのフィクトナーを討伐し、帝国に平和と安寧をもたらしたのが、我々の先祖である偉大な英雄たちです。フィクトナーが全ての属性魔法を使っていたことについては様々な説がありますが、現在では魔族と取引をしたとの説が有力になっています。なぜなら残されている資料を確認する限り、フィクトナーには大した才能はなく、国家を混乱させるだけの能力など持ち合わせていなかったことがわかっているからです」


 カインの返答にベルカンプ講師は笑顔で頷いた。


 帝国においてもっとも重要な戦力が魔法士であり、その筆頭が四大貴族だ。魔法士は帝国の剣にして盾。帝国の誇りそのもので、常に帝国の歴史に貢献してきた貴族たちこそが、魔法士の地位に相応しいと教室中に響き渡る声で宣言する。


「もうまもなくすれば、君たちも魔法士試験に挑むこととなりますが、由緒正しい血を引く君たちなら、全員が合格できることでしょう」


 クラス中の生徒たちは当然だとばかりに頷き返したが、ここでリズがわざとらしく声を上げた。


「由緒正しい血を引く者が合格するということは、このクラスの中に合格しそうにない野良犬がいるということですか、ベルカンプ先生」


 笑い声が教室を満たす。


 リズの言葉が誰を指しているかは明白すぎるほどだった。

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