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第五章:五話 ぶつかり合う

 口元に笑みと、目には軽侮の光を閃かせて、エストは一騎を見る。彼女の周囲の生徒たちも一騎に向けて嘲笑を浴びせる。


「っ」


 怒りに任せて席から立つ一騎。これで相手が男なら問答無用で殴りかかっていただろうが、リズが女ということもあって、立ってから先の行動が続かない。奥歯を噛み締め、怒りの篭った視線で報いる。


「座りなさい」


 ベルカンプの声は、穏やかさの中にも軽侮が混じっていた。


「でも、先生!」

「君が高貴な血を引いていないのは事実でしょう。そして君は紛れもなく魔物だ。おっと亜人だったかな」

「な!?」


 差別感情を剥き出しにした顔と声と態度のまま、ベルカンプは一騎を着席させる。


「いいですか、皆さん。魔法士とは互いを尊重しあい、助け合わなければなりません。なぜなら、魔法士は自らと仲間、国を守るために危険に身を晒すことになる以上、互いの信頼が重要となるのです。だからこそ、魔法士はチームを組む」

「ですが先生。こいつは魔物です。一緒にいたら、他が危険な目に遭います」


 リズの発言がなにを意味しているかは明白だった。生徒たちは三人一組のチームを作っており、一騎のチームには六大公爵家の人間が二人もいるのだ。


 すなわち、光の派閥筆頭、エル家のフェリス。風の派閥筆頭、シルファリオ家のカインである。


 リズがカインに好意を寄せていることは有名で、落ちこぼれの一騎がカインと同じチームなのが気に食わないのだ。


「もういっぺん言ってみろ!」

「何度だって言ってあげる。魔物のイッキ。学業成績は劣悪、魔物は魔物でもゴブリンなんて雑魚。ああ、お前みたいな無能と一緒だと周りが迷惑するわ」

「リズ、てめえ」

「貴族の名前を気安く呼ばないで。薄汚い魔物風情が」


 一騎の雰囲気が攻撃的になる。魔物、の単語が一騎の心を強かに傷つけた。


 確かに一騎は魔物だ。帝国ではホブゴブリンは亜人として遇されているが、ゴブリンは魔物扱いだからこの点については否定の余地はない。ましてや一騎はゴブリンあることを、ホブゴブリンであると偽ってここにいるのだから。


 しかし経緯がある。


 誰も好き好んで魔物になったわけではない。承諾も同意もなしにこの世界に召喚され、ゴブリンにされたのだ。


 殺し合いに放り込まれ、必死になって逃げて、生き延びた。自分の全部を、たった一言で否定された感覚を思い知らされる。


「…………」


 普段は快活な一騎の瞳に暗い濁りが漂う。思わずリズがたじろいたほどだ。


 一騎が帝国に来た目的は、集落の拡大だ。人間との交易を通じて、発展させることを重要視している。魔法士なんて立場には特に興味もない。できることなら学校にも通いたくはなかった。なにしろロクな思い出のない空間だ。


「リズ、その口、潰されたいのか?」

「な……」


 人間だったときの一騎なら、ここまで力を込めて反発することはなかった。適当で曖昧な笑いを表情に張り付かせて、その場をやり過ごしただろう。


 だが今の今の一騎がここにいるのは、自分のためだけではない。集落の長として、代表としてもここに来ているのだ。


 自分が軽んじられることは、エストや宗兵衛たち仲間が軽んじられること。集落の長として、決して受け入れてはいけないことだ。


 いや、まあ、宗兵衛や嫉妬仮面が軽んじられることについては、特に異論がないのであるが。


「っ、できもしないことを。下種な魔物、それもゴブリン如きが貴族に勝てる気?」


 一騎とリズが睨み合う。教室内のすべてはリズの味方で、一騎は周囲からも否定的な視線と空気を向けられる。


「はいはい。そこまでにしなさい」


 再度、なだめに入ってきたベルカンプ教諭が手を叩く。


「ですが先生」

「分かります、君の気持ちはよく分かりますよ、リズ君。その感情は至極当然のことといえるでしょう」


 差別的な言葉に唇を噛む一騎。国としては亜人を受け入れている帝国だが、上流階級と呼ばれる場所では全く違うのが実情だった。


「ですが、今、リズ君がもっとも集中しなければならないことは、試験に合格することでしょう。貴方にはヘンドリクソン伯爵家の家名も掛かっているのですよ」

「それは……そうですけど」

「心配せずとも、試験の最中に決着をつける機会があるでしょう」


 魔法士試験は単純な学力試験ではない。実戦形式での魔法の運用も求められる。生徒どうしが衝突することも珍しくないのだ。


「分かりました。魔物如きが試験に合格するはずもありませんが、機会があればこのリズ・ヘンドリクソンが直々に叩き潰してあげるわ」

「できるもんならやってみろよ。けどな、俺が勝ったらきっちりと謝ってもらうからな」


 一騎に対しリズは鷹揚に頷き、「ありえないわ」とはっきりと口にした。



                   

「貴族として愚かな行為ではありますが、それも今日限り。このクズ魔物を叩き潰して、栄光ある魔法士の立場を守ってみせます」


 リズはカインの前で優雅に一礼する。「期待する」とカインの短い言葉にリズの顔は魅力的にほころんだ。


 次の瞬間、一騎に向けた表情はいつも以上に刺々しく、敵意に満ちていた。


「てめえら貴族ってのは、ほんっとムカつく連中ばっかだな」

「こっちのセリフよ、下種魔物」


 ――――それってイッキに言ってるの?


 あわや掴み合いか、というほど剣呑な空気を切り裂いた、というよりも入ってきた窓、とついでに壁ごと吹き飛ばす。轟音と共に散乱する瓦礫、巻き起こる埃と悲鳴と混乱。


 瓦礫や雰囲気を踏みしめて立っているのは、殺気と怒気を纏った大精霊エストだ。


 エプロン姿なのは、〈黄金の草原亭〉での仕事を片付けたばかりだからだろう。纏う感情に相応しく、窓の面した壁が丸ごと吹き飛んで巨大な穴ができてしまっている。窓際の席にいた生徒たちは吹き飛んだだけで死者や重傷者は出なかった。


 ちょっとした奇跡と言える出来事も、起きたインパクトの前には掻き消される。ギロリ。音がしそうなほどに強いエストの眼光が、生徒たちを薙ぎ払う。


「エ、エスト様……」「これは、そ、その」「大精霊様っ」


 この世界における精霊の地位は高い。特に大精霊は真正聖教会において信仰の対象にもなっていて、王族や貴族よりも上位に位置付けられる。


 魔法士にとっては精霊との契約が名誉と考えられていることもあり、精霊契約を望むものは後を絶たないが、難易度が相当に高く、現役の魔法士でも精霊契約をしているケースは稀だ。


 そもそも精霊と出会える機会が少ないのである。ましてや大精霊を目の当たりにするなど、世代を跨いでも容易には起こりえない。


 天才だの上流階級だのと持ち上げられて已まない貴族たちの口からは、戸惑いと混乱と恐怖と若干のイラつきが漏れ出てくる。大精霊を怒らせてしまったことと、その大精霊がゴブリンなどに味方することにだ。


 教室内でもっとも家格の高いカインが一歩進み出る。


「大精霊様、恐れながら申し上げますが、そのようなゴブリンのために大精霊様がお心を砕く必要はないかと存じます。大精霊様は大精霊様に相応しいものと共にいるべきかと。そのような薄汚い魔物と一緒にいる必要はありません。歴史と伝統、誇りと名誉と血筋を持つ我々こそをお選びください」


 カインの言葉に賛同のざわめきが広がり、ざわめきが教室中を覆う前に、エストが床を踏み抜いた衝撃が貴族生徒たちを叩く。


「だ、大精霊様っ?」

「お前ら人間不在が、わたしが選んだ相手を……っ」


 これはマズい。


 瞬間的に一騎は悟った。魔法士とやらの力がどれだけのものかは知らないが、エストは勇者の宝装を砕くほどの力の持ち主だ。集落に噴き上がったマグマを思い出して、一騎の血の気は音を立てて引いていく。


 生徒たちも、今、自分たちの目の前に立ち、怒気を噴き上がらせているのが人の形をした破滅であることを悟る。悟らざるを得なかった。


「待て待て待て待て! ちょっと待てエスト!」


 今にも爆発しそうなエストを、後ろから羽交い絞めにする一騎――なのだが、一騎は身長の低いゴブリンなので、エストの肩に手を回すことはできず、腰にしがみつく形になっている。


「離してイッキ、こいつら全員、炭にするから」

「だから待て! 怒ってくれるのは嬉しいけどホントちょっと待ってくれ! 今のお前の攻撃だと炭すら残らないから!」

「かえって都合がいいじゃない」

「決着はちゃんと俺がつけるから!」


 その一言で、灼熱されていた場の空気が凍結された。石化とさえ言える。


「魔法士試験が始まる。その中で」


 高低差のある一騎とエストの視線が交わった。


 エストの目は意表を突かれて一瞬の半分だけ丸くなり、すぐに全幅の信頼が込められたものになる。一騎は少し重いと感じつつも、自分にこんなにも信頼を寄せてくれる相手がいる事実が素直に嬉しかった。

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