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第一章:十二話 弟は勇者に ~前編~

三話連続になります。

よろしくお願いします。

「おい、どうなってるんだ?」

「え、ちょ、なに、これ」

「どこだよここ……どうなってんだ!」

「あたしらバスに乗ってた、よね?」


 周囲のざわめきと無数の気配、無遠慮な視線を感じて、常盤平天馬は咄嗟に顔の前で交差させていた両腕を下ろす。


 視界には奇妙な文様が広がっていたが、数秒を経て光の粒子となって消え失せ、光がなくなった分だけより詳しく周囲の様子がわかるようになる。


 天井にも床にも壁にもいくつもある太い柱にも、天馬の記憶にない文字や文様が刻み付けられている、それは荘厳なんて表現がぴったり当てはまる空間と、空間にひしめく多くの人間たちだった。


 空間にひしめく人間たちの一部は制服に身を包んだ天馬の同級生たちだ。呆然と首や目を彷徨わせる彼らに向けて、天馬は素早く視線を動かす。あのとき、バスに乗っていた全員が揃っているようだった。


 ただしそれだけだ。


 修学旅行で用意されたバスは全部で四台なのに、ここにいるのは一台分だけの人数しかいない。他の場所にいるのか、あるいはこの状況は自分たちだけなのか。天馬は結論の出ない疑問を頭の片隅に追いやって、更に視線を動かす。


 自分たちを遠巻きに取り囲んでいる人間たちがいる。取り囲む人間たちの八割近くは、天馬の知識でいうところの司祭服や僧服、いわゆる法衣で身を包み、祈りでも捧げるかのように両手を胸の前で組んで跪いている。


 残りの二割は、跪いている人間たちの更に外側に立ち、天馬たちに値踏みするかの視線を叩きつけていた。その服装はファンタジーや海外の歴史ドラマで見る王侯貴族のものにそっくりだ。


 ざわつきながらも矢のような視線を向け続けるファンタジーの住人らの中から、数人が歩み出てくる。


 中央の男性は巨大な宝石をあしらった金色の錫杖を持ち、服装も豪奢極まりない。


 男性の左右には壮年の二人の男性。一方は中央の人物ほどではないにしろ着飾った貴族然とした人物で、もう一方はきらびやかな刺繍と施された法衣を纏っている。


 男たちの後ろには二人の美しい女性、いずれも年は若く、姉妹なのか顔立ちもよく似ており、清楚で上品な造りのドレスに、粒が大きく煌めきまで計算されつくされた宝飾品を身に着けている。


 彼ら彼女らはこの状況について説明できる人間だろう、と天馬は結論付けた。


「ボストークよ、この者らが勇者に相違ないのだな?」

「はい、陛下。間違いなく勇者様方にございます」

「そうか」

「初めまして、勇者様方。わたくしは真正聖教会大司教のボストークと申します。この度の召還の儀を取り仕切る者でございます。勇者様方におかれましては突然の状況に戸惑いを感じておられるご様子、ぜひとも事情を説明いたしたく存じますがよろしいでしょうか」


 ボストークと名乗った初老の人物は、温和な笑みを浮かべて告げる。その笑みに周囲のクラスメイトたちの緊張と戸惑いがほぐされるが、天馬は例外だった。


 天馬にはボストークの笑みに似た笑顔を見た記憶がある。


 いつだったか、自宅を訪ねてきたノンキャリアの部下を、キャリア官僚の父が懐柔するときに見せたものと同種、そう天馬は判断した。結局、懐柔された部下は失敗を背負い込まされ処分を受け、処分を理由に退職に追い込まれたらしかったので、天馬としてはボストークの笑顔を信じる気にはなれなかった。


「つまり、あんたらがおれたちをここに呼んだってことなのか?」


 唐突に声を出した人物がいた。席にして一つ分だけ天馬の後ろにいる男子生徒が発したものだ。ボストークは笑みを崩さぬまま、首肯した。


「さようでございます、勇者様」

「勇者、ね。勇者ってものに一括りにされるのは不愉快だな。おれには市川瑛士って名前がある。そうそう、市川が姓で瑛士が名前だ」


 どことなく手慣れた様子で言葉を続ける市川に、天馬は見覚えがあった。同じクラスの人間というだけの赤の他人である。学力も運動能力も評価に値しない、言葉を交わしたことすら数えるほどしかなく、修学旅行の班決めでも最後まであぶれていた。


 天馬は市川の様子に疑問を感じる。取るに足らないと捉えていた市川が落ち着いて、いや、どこか昂っている様子にだ。天馬が注意深く市川の表情を探ると、期待と興奮とが半々で入り混じり、その後には腑に落ちたかの顔になる。


「うは、テンプレじゃん。召喚とか勇者とか日本語が普通に通じるとかお姫さまっぽいのもいるとか……異世界ものってマジか」


 小声でぼそぼそと呟き続ける市川は、拳を握りしめて小さなガッツポーズまで作っていた。


「事情を説明してくれるのはありがたいのですが、場所を変えてもらえませんか? さすがにこんな石の上でする話でもないと思うんですけど」


 おずおず、といった感じで声を出したのは随行教員の田名部五月だ。教師になって五年目の中堅どころにして、学内の様々な仕事を押し付けられている苦労人でもある。公務員に惹かれて教職を志すも夢破れ、今では一年毎に契約更新を強いられる、非常に脆弱な身分であった。仕事に対しての熱意は乏しく、しかし辛うじて残る大人としての責任感から発言したのである。


 もう一人の教員――田名部の先輩にして正規の職員、次の学年主任を狙う野心家である出口教諭――は事態に目を回すばかりで役に立たなかった。


「確かに、しかるべき場を用意いたしましょう」


 ボストークは丁寧すぎるほどの仕草で頭を下げた。


「ね、ねえ、天馬、これって大丈夫なの?」

「そうだぜ……いくらなんでも怪しさ爆発だろ」


 天馬に話しかけてきたのは男女合わせて四人、幼馴染で女子バスケ部の神月瑞樹、神月の友人の桜田巴、中学校からの付き合いの佐々城宗篤と新庄公仁だ。


 校内では知られた常盤平グループのメンバーだ。同学年に一騎がいるが、こちらはグループなど作りようもないので、常盤平グループと言えば天馬のグループだと認識されている。


「話を聞かないことには始まらないだろ? それに、少なくとも危害を加えるつもりはなさそうだ。もしそうならすぐに全員、床に押さえつけられるなりなんなりされているだろうしさ」

「まあ天馬がそう言うなら」


 瑞樹の言葉に天馬は微笑を浮かべた。





 天馬たちが通されたのは巨大なテーブルの並んだ大広間だ。あのまま話をしたそうだった市川をやんわりと無視して、ボストークが場所を変えることを提案、ざわつくクラスメイトらを天馬が落ち着かせたのだ。


 広間のテーブルは身分や職責によって座る席が決められているようで、上座と思われるテーブルには、先程の錫杖を持った豪奢の服装の男性と、姉妹と思われる二人の美しい女性が座り、他の席も整然と埋まっていく。


 錫杖を持った男性は国王フィリップ六世、姉妹はレティシア第一王女とリュシエラ第二王女、他にも大臣職や将軍職を務める上位貴族たちがずらりと並んでいる。生徒たちも案内に従って座り、ボストークらに近い席には天馬たちと市川が座ることになる。


「さて」


 穏やかだが力強い声でボストークが話し出す。


「この度の状況について初めから説明をさせていただきます。色々と疑問もあるでしょうが、まずは最後までお聞きください」


 天馬たちを召喚したこの国の名はレメディオス王国。


 この世界では現在、人間と魔族とが長い間、戦争を繰り広げている。いつごろから始まったのかは定かではないが、元々、人間族の場所だったこの世界に、神々との争いに敗れた魔族が流れ着いたのが事の始まりらしい。


 神に敗れたとはいえ魔族の力は強く、人間たちは抵抗も対抗もできなかった。滅びも間近に迫ったあるとき、神々は人間に対して召喚という力を授けた。勇者や英雄といった存在を呼び出すシステムだ。最初の勇者召喚により人間族は反転攻勢を成功させ、以後も勇者召喚を繰り返すことで徐々に状況が好転していた。


 しかし、最近になって魔族側に変化が生じたのだ。従来では考えられないくらいに強力な魔族や魔物の出現である。


 初めて『その化物』が歴史上に登場したのは三百年ばかり前。


 魔族は基本的に身体能力も魔力も人間よりも強大であるのに、『その化物』はいわば魔族の勇者と言わんばかりの力を有していた。特に百二十年程前に出現した化物は魔王級と呼ばれるほどに強く、人間側は甚大な被害を被ったのだ。


 この強力な魔物は徐々に数を増やしており、これはつまり、人間は再び滅びの危機を迎えつつあるということだった。


「この人間族、いや世界滅亡の危機に際し、我ら真正聖教会と王国は決断をしました。今再び、世界には勇者という救いが必要だと。それが、それこそがあなた方なのです。歴代の勇者様方がそうであったように、あなた方も我らが大神アルクエーデン様より強大な力を授かっているはずです。あなた方にはぜひ、その御力でもって我ら人間族とこの世界を救っていただきたい」

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