第一章:十一話 古木の最期
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間抜けな破裂音が古木の耳を叩いた。
吠えながら渾身の力で繰り出した拳が砕けているのだ。否、拳ではなく、右手の肘から先が木っ端微塵に砕けている。クソデブキモデブオタデブの体が光り出したことなど気にも留めずに殴りつけ、肘から先を失った。
「ああああっぁぁぁっ!?」
残った左手で右腕を押さえる。肉体的な痛みはなく、精神的な衝撃が圧倒的に大きい。
なんだこれは。どうなっている。ゴブリンを殴ってどうしてこうなる。疑問が頭を駆け巡るも、生来、頭脳にほとんど頼ることなく生きてきた古木だ。疑問を早々に怒りに変え、キモデブを睨み付け
「っっが!?」
我が目を疑った。古木の前にいたのは小さなゴブリンなどではない。
体格で自分に匹敵する、双角の鬼だった。不愉快なキモデブへの怒りは再び疑問へと変わる。更に疑問は別のものへと変わる。絶大な恐怖へと。
鬼が手を振るう。古木の交差した腕が砕け散った。
鬼が手を振るう。古木の肉体は上半身と下半身に千切れ飛んだ。
鬼が手を振るう。最大限、恐怖に引きつられていた古木の顔が叩き潰された。
古木は死んだ。人間だった頃から粗野で乱暴。大声と暴力で周囲が動く様を見て、自分にはリーダーシップがあると思い込んでいた間抜けが死んだ。
転生で得た力と衝動に振り回され、友人を殺し、食い、より強くなりながら、自分以上の暴力に晒されて呆気なく死んだ。
「あれ、どういうことなのかわかりますか、『導き手』?」
わずか三撃で決着という惨劇を、宗兵衛は離れた岩影から覗いていた。川の流れに散々、巻き込まれたとあって全身はずぶ濡れで、ポケットの中からは小魚が飛び出てきた。
《肯定。常盤平一騎の特異能力『進化』が発動したものです》
「いやいや、進化ってああいうものじゃないでしょう? どう見てもあれ、鬼なんですけど。ゴブリンって小さな鬼っぽいですけど、進化したらあんな堂々と鬼になるものなのですか? 種族からして別になってるようにしか見えないのですけど?」
《生物学的な進化ではなく、自らの肉体をなりたいものへと変化させる能力です。十分な魔力があれば、竜種への進化も可能と思われます》
「それはもう進化じゃありませんね。僕の知識にある進化とは完全に別ものですよ。長い年月の間にちょっとずつ変化してより複雑で高度になることでしょうに、常盤平のこれはなんでしょう、系統樹なんか全無視のようですし、跳躍進化? いや、そもそも進化って表現であっているのですかね?」
思考のドツボにはまってぶつぶつと独り言を続ける宗兵衛。
転生で得る特異能力について研究したこともないのだから、今この場で考えても仕方ない、との結論を出すのに些かの時間を要するのだった。
鬼が吠える。生命活動を終えた古木の死骸を放り捨て、一歩二歩と歩く。進行方向は宗兵衛が隠れている場所に向いている。
「げげ、こっちに来るんじゃないでしょうね。あれと戦って勝つ自信はありませんよ」
《不要。問題ありません》
「うん?」
宗兵衛の疑問も束の間、三歩目で鬼は動きを止め、全身が輝いたかと思うと、元の小さなゴブリンが地面に横たわっていた。
「ちょ、元のゴブリンに戻っているじゃないですか。あいつの『進化』って逆戻りするのですか?」
《否定。進化形を記憶する前に魔力が切れたものと思われます。十分な量の魔力があった場合、鬼の状態で固定されていたと推測できます》
「進化じゃなくて一時的なパワーアップみたいな感じですね。つくづく僕の知っている進化とは違……あれ? けど常盤平はどうやって『進化』を使ったのですかね? 魔力量が足りないとか言っていませんでしたか?」
《肯定。常盤平一騎が内包している魔力量ではとても足りません》
ならどうして。宗兵衛の疑問は簡単に解かれた。『導き手』の探査によると、一騎が流れてきた川の上流部分に流れのない深みがあったらしい。その深みには長い年月を経て相当量の魔素が蓄積されていて、一騎はそこで大量の魔素を吸収、『進化』に足る魔力を得たのだろうとのことだった。
「ただしせっかく『進化』を使っても魂に刻み込まれる前に魔力が切れてしまい、元のゴブリンに戻ってしまったと、そういうことですか?」
川岸で呑気に寝息を立てているゴブリンを見下ろす宗兵衛。
《肯定。身体機能の上昇は認めますが、『進化』できるほどの魔力は有しておりません》
「生き残れた上に強くなれたんだから良しとするべきでしょうね」
宗兵衛は眠りこけている一騎を背負う。選択肢として見捨てることも考え、考え直して連れて行くことにする。なにしろ未だに洞窟からの脱出もできていないのだ。
「さて、それじゃあ出発しますよ」
《提案。移動の前に古木の情報取得を推奨します》
「情報取得? どうするのですか? それになんの意味があると?」
《スケルトンは魔力で動くため、人間のように骨内部に栄養素の貯蔵がありません。魔力を溜めることはできますが、他者から魔力を得た際に他の生物の情報も蓄積させることが可能です》
「面白い機能だとは思いますけど、いまいち有効性がわかりませんね」
《収集した情報を元に人狼のアンデッドを作成可能になります。収集した情報から人狼の戦闘技能や知識を獲得できるケースがあります。自らの骨体を人狼ベースに変更することが可能になります》
「後ろの二つはあまり意味がないですね。素人の古木の戦闘技能などいりませんし、古木は勉強もダメだったし。骨体が人狼になってもハッタリにしか使えないでしょう?」
スケルトンは魔力で動く。骨の強度も攻撃力も魔力に依存する。ドラゴンの骨ならまだしも、魔力の操作に長けている宗兵衛にとっては、人狼の骨になったからといって各種能力が劇的に向上するわけではない。
「けど一番目はいい。アンデッドの軍隊を作れるってことですね?」
《軍隊を作るだけの魔力があれば可能です》
「よしよし」
満足げに頷いた宗兵衛が骨杖を古木の死骸に突き立てた。骨杖を通じて古木の魔力が宗兵衛に流れ込む。古木は一騎との戦闘で大半の魔力を失っており、残されている魔力は微々たるものでしかない。
《魔力の吸収ではなく情報の獲得が目的ですので問題ありません》
「さよですか」
変わり果てた姿となった古木を見て、宗兵衛には感情の動揺が生じなかった。宗兵衛と古木は友人ではない。クラスメイトではあっても知人の枠内にも収まらない。
とはいえ、ここまで平坦な感情でいられることに、少なからず宗兵衛は驚いた。魔物化による影響なのか、単に自分の性質なのか。すぐには判断がつかず、宗兵衛は結論を先送りにした。
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