第四章:二十一話 森の騒乱 ~その四~
今やサッカーボール程度の大きさになった岩石魔物がプルプルと震えている。なにかを堪えようとしてのことではなく、激発に備えて溜め込んでいるだけだと容易に知れた。
『大っ嫌いだ……ぬか喜びさせる奴なんて、大っっっ嫌いだぁぁぁああっ!』
岩石魔物は追い打ちを仕掛けてくるでもなく喚き散らす。思い通りに行かないことなんていくらでもあるのに、これまでの人生でも多く経験したはずだろうに、まさしく駄々っ子のように大声を出して、一騎に対して喚く。
『ああ~~~メンドくせぇ、なぁ、お前よぉ、いっそ降伏とかしてくんねえか?』
「は?」
突然の申し出に一騎は非個性的な返し文句しか口にできない。
『は、じゃなくてよ、同じ転生者どうし、争う必要はねえだろう』
先に攻撃を仕掛けてきたのはどっちだったのか、覚えていないとでも口にするつもりだろうか。
同じ転生者だからとの気遣いなど、気配ですら感じ取れない。戦うのが面倒であるだけで降伏を勧めてきたことは明白で、これほど誠意に欠ける降伏勧告があるのか、と逆に一騎が驚いてしまう。
「断……っ」
『おらあっ!』
一騎の返答より早く、岩石魔物は火球をばら撒き、その隙に上空へ飛びあがり、更に大きな火球を落としてくる。
『俺ぁな、楽をして生きたいんだ。こんな醜い姿にさせられてなにが魔族の勇者だ、ふざけんな! 魔族なんぞの思惑なんか知るか。てめえが勝手にこんなことに巻き込んだってんなら、こっちも勝手にやらせてもらう。世界も人間も魔族も知ったことか。俺は、自分だけでも、自由に、好き勝手に、楽に生きんだよ! 邪魔すんな雑魚野郎っ!』
『お下がりください、イッキ様!』
見るにも聞くにも堪えない醜態を中断させたのは、背後からの不意打ちでありながら大声を出して仕掛けるという無意味な、一騎が初めて目にする鎧巨人の攻撃だった。
頭に――頭部だけしかないのだが――血が上って冷静さを欠如していることが明らかな岩石魔物も、宣言付きの攻撃に対応できないほど抜けているわけではない。舌打ちを立て続けに三回、響かせながら正体不明の鎧巨人の攻撃を回避し、間合いを取る。
唸りを伴って振り下ろされた大剣の一撃は地面を叩き、巨大な刀身の半分ほどが地面に埋まった。鎧巨人の驚くべき膂力か、大剣の切れ味か。
『まぁだ、いやがるのかよぉ……っ」
見るからに岩石魔物のイラつきの度合いが更に高まっている。同時に警戒の色も濃い。ああも深々と地面を斬るだけの攻撃力、瞬発力や跳躍力は転生者の目から見ても油断できないものだろう。
岩石魔物が気合と共に赤く輝くと、周囲の岩や土塊が浮き上がり、岩石魔物に集中する。一瞬にして現れたのは、鎧巨人を一回り上回る大きさとなった岩石魔物の姿だった。
鎧巨人は大して力を入れた様子もなしに、地面にめり込むように刺さっている大剣を抜き、切っ先を岩石魔物に突き付ける。左手に装備した巨大な盾は、小さな一騎をすっぽりと覆い隠せそうなほどだ。
『ご無事ですか、イッキ様。あの痴れ者の相手はこのゴブ吉にお任せください!』
「ゴブ吉ぃっ!?」
予想外の言葉に一騎の顎が外れそうになった。ゴブリン種の、今はゴーストになっているゴブ吉が、どこをどうすれば身長で三メートルに届く、フルプレートアーマーに身を包めるというのか。一騎は電光石火の動きで下手人を問いただす。
「説明しろ、宗兵衛!」
『リビングアーマーというやつですよ』
特に隠すでもとぼけるでもなく、宗兵衛は種明かしをした。
リビングアーマー。多くの場合、未練を残して死んだ兵士などの魂が鎧に取り憑いた魔物を指すが、魔法を用いて強制的に作られるケースも存在する。
ゴブ吉の場合がまさにそれであり、宗兵衛が作りだしたミスリル製の巨大フルプレートアーマーに、ゴーストのゴブ吉を憑依させたのである。同じくミスリル製の大剣と大盾を装備し、全重量は成人男子よりも遥かに重いにもかかわらず、ゴブ吉は鎧の肉体を軽々と操るのだ。
『正直、ここまでとは僕も思いませんでしたよ。それだけ、無念の思いが強いということでしょう』
藤山まゆと、その手勢による集落襲撃で、大して役に立たずに殺されたことだ。表立っては無念を強調することの少なかったゴブ吉だが、内心では相当に悔しい想いを抱えていたのだろう。
『ギ、ここに来るまでに嫉妬仮面様を見ましたが、股間を抑えて悶絶しておりまして、救援はこのゴブ吉だけです。もちろんイッキ様に助けなど不必要でしょうが』
そんなことはない、助けはとても嬉しい。集落の長としての威厳を保つ必要性から言葉には出せないが、一騎は心からそう思う。嫉妬仮面が動けないでいるのは恐らく、さっきの自爆による岩の欠片が股間の紳士を直撃したからに違いない。想像するだけで一騎は自分の股間が縮む思いだった。
『それで、イッキ様、よろしいでしょうか?』
視線を岩石魔物に固定したまま、巨大な鎧姿のゴブ吉が問うてきて、一騎は思わず頷く。予想外過ぎる展開に、脳みそが満足に活動してくれない。
一騎の頷きを了承と捉え、ゴブ吉は喜びに震えた。今度は、主の役に立ってみせる、と。
『往くぞ!』
鎧巨人、いやゴブ吉が地面を蹴った。流れるような、からは程遠い、洗練さのない動きだが、踏み固められていない森の地面は大きく凹む。軽々と掲げられたミスリル大剣が上から下へと走る。
銀色の閃光を、岩石魔物は身を屈めるでもなく受け止めた。一つには、体躯があまりにも巨大なので回避には向いていないことも挙げられる。本来なら岩くらい、軽々と斬ることのできるミスリルの刃は、火花を散らして岩石の体に受け止められた。かなり強化されていることがうかがえる。
相手の防御力があらかじめわかっていたように、ゴブ吉はミスリル製の左拳を放つ。宗兵衛から手ほどきを受けたものの、熟練のしようもないゴブ吉の戦闘方法は、魔物として至極当然のものだ。洗練さはないが、見た目は派手で、威力も派手さに比例する。
ゴブ吉の左パンチは岩石魔物の額らしき場所を打ち、異音を発した。鎧に憑依しての初めての実戦ながら、ゴブ吉は左拳に確かな手ごたえを感じ、しかし吹き飛んだのはゴブ吉だ。
不意の反撃、球体である岩石魔物には人型魔物のような予備動作がなく、反応のしようもなかったゴブ吉は、防御もできなかった。
フェイントも駆け引きも介在する余裕がない。これが現代地球での格闘技であるなら、軸足のつま先の向き、予備動作としての踵の浮きや肩の回転、個人のクセ、またはこれらを虚実織り交ぜて見せることで、相手より優位に立つのだろう。
ここには、ないものだ。
ゴブ吉は人型で動きも人のそれに近いといっても、鎧は巨大で、強固な防御と攻撃を前に、フェイントなど力づくで押し潰される。
岩石魔物に至っては、軸足のような四肢を用いた戦闘技能がなく、また魔法などという現代地球に存在しない力を振り回す。
格闘技能は有用ではあっても、人間どうしの肉体での闘争とはまるで意味合いが違ってくる。
響く甲高い金属音。
ゴブ吉は小さな呻きを漏らす。鎧を操っているだけなのでダメージはない。つまり衝撃は、ゴブ吉の精神に生じたものだ。ゴブ吉の拳は、岩石魔物を覆う岩の一部を確かに砕いたのに、相手の躊躇のない反撃に驚いたのである。
これはゴブ吉が悪い。岩を纏う場面を目撃していたのに、外殻に過ぎない岩を少しばかり破壊しただけで、「効果があった」と気を緩めてしまったゴブ吉のミスだ。
地面が揺れる。岩石魔物の発した振動が地面に伝わり、ゴブ吉からバランスを奪う。岩石魔物は身を絡ませるように巨体を回転させる。森の地面がゴブ吉を派手に叩く。
倒された、とゴブ吉が思った瞬間、ゴブ吉は自分の上に広がる巨大な岩を見た。岩石魔物が飛び上がり、重量にして数トンはあろうかという巨体を落下させてきたのだ。反射的に盾を構えるゴブ吉。地響きと、地響きに飲まれて消える金属音。
生身ならばこれで決着だ。岩石魔物が体をずらせば、ひしゃげた鎧と、鎧の隙間という隙間から赤い液体が広がっているだろう。
だがそうはならなかった。ゴブ吉は唸り声を上げて盾を押し上げた。岩石魔物はぐらつき、バランスを崩して数メートルを転がる。ゴブリン時代からは比較にならない、ゴブ吉の驚くべき膂力であった。
むくり、と起き上がったゴブ吉の鎧には損傷らしき損傷は見当たらない。ミスリルの頑丈さに、外から戦いを見ていた一騎も、使用者のゴブ吉自身も驚く。
『け、頑丈な野郎だな』
『なにを!』
毒づく岩石魔物に、ゴブ吉は斬撃を入れる。遠心力も加わった斬撃は岩石魔物を正確に捉え、手応えなく空を滑った。
岩石魔物を構成する岩に当たったと思ったタイミングで、斬撃に当たる部分の岩だけが素早く動いて、空を切らせたのだ。
表情は不明瞭ながら、得意気な顔をしていることは想像のついたゴブ吉は、ならば、と再び大剣を振るう。ただし今度は刃ではなく、刀身の腹で相手を叩く。
意表をついたのか、さすがにもう一度大剣に空を切らせることはできず、砕けた岩がいくつも宙を舞う。
砕けた岩に痛覚はなく、岩石魔物には何の痛痒を与えるわけでもない。砕け、飛んで、弾け、失ったなら、もう一度、纏えばいいだけの話だ。なにしろ森中に材料は転がっている。
翻ってゴブ吉は肉体的なダメージがなくとも、フルプレートアーマーを自在に動かすには、大きな魔力が必要だ。宗兵衛が何らかのフォローをしていることは確かにしろ、リビングアーマーとしての経験が浅いことも踏まえると、長期戦は絶対に不利。
互いにダメージがない現状、有利なのは岩石魔物だが、有利であるというだけでは岩石魔物は一向に満足しなかった。
『あああぁぁぁ~~~~っ、うざっっってええええぇぇぇぇええっ!』
感情をそのまま乗せた激発は、内側からの魔力の爆発を感じさせる。一騎には次の攻撃が読めた。自爆攻撃だ。ゴブ吉も只事ではないことを察したのか、ミスリルの盾を構えて一騎と岩石魔物の間に立つ。
『庇ってるつもりか、あぁんっ!』
事実、庇っていることに構わず、岩石魔物は自爆を強行した。至近での炸裂に一騎は飲み込まれそうになるが、爆風も岩弾もミスリルの盾と鎧が防ぐ。粗雑で、なにより圧倒的な暴風が過ぎ去った後、本体だけとなった岩石魔物は目を見張る。自爆攻撃のほぼ中心にいながら、鎧巨人は健在であり、鎧巨人より後ろはほぼ無傷であったからだ。
『な、な、な』
絶句する岩石魔物に目もくれず、一騎が心配するのはゴブ吉だ。あの強大な威力を一身に受けて無事でいてくれているのか、一騎の脳裏には倒れ伏していたあの日のゴブ吉の姿がフラッシュバックする。
「大丈夫か、ゴブ吉!」
ミスリルの鎧はあちこちがひしゃげ、ヒビが入り、砕け飛んだ箇所もある。
『ギ、問題ありません。傷ついたのはあくまでも鎧、器だけです』
支障なく動けると返されては、一騎の口があんぐりと開かれるのも無理はない。
ちょっと待ってくれ、これってかなり強いんじゃないのか、と考えてしまう。
今回はミスリル製、当然、鉄製の鎧なんかも宗兵衛ならいくらでも作ることは可能と思われる。ゴーストとなった魔物を憑依させることで、転生者とも渡り合えるリビングアーマーを作り出すのみならず、鎧が砕けたところでゴーストには欠片のダメージもないときている。
しかも、先の藤山まゆ襲撃で犠牲になったゴブリンたちはそれなりに数がいて、いずれも成仏せずに魔の森に留まっている。ゴブ吉による戦闘データが蓄積されるなら、更なる増援はあることは想像に難くない。
同じことに思い至ったのか、本体だけの岩石魔物の余裕はひび割れていた。ひび割れるだけで済まなかったのは、岩石魔物が増援を感知したからだ。岩石魔物の苛立ちと失意の混じる目が忌々しげに上空を貫く。
感知能力の乏しい一騎は、岩石魔物の動きにつられて上を向いた。直径数十センチの影が見え、一秒ごとに影は大きくなる。七秒後には一騎の視界は次なる鎧巨人の姿に埋め尽くされていた。轟音と衝撃で地面を揺るがせて着地する新たな鎧巨人。
『オオオォォォォ!』
ゴブ吉の鎧よりも細身に作られている鎧を動かすリビングアーマーは、着地と同時にミスリル製の大剣を岩石魔物目掛けて振り回す。ゴブ吉よりも鋭い剣閃は、増援の正体を知る手がかりだ。剣士隊の隊長に任命し、藤山まゆたちに殺害されてゴーストになったゴブ助だった。
サッカーボールサイズの敵一体を、フルプレートアーマーに身を包んで剣を握る三メートル級の巨人が左右を抑える。イジメに見えること間違いなしの中、
「あれ? これってもしかして、ゴブ吉たちよりも俺のほうが狙われるんじゃね?」
一騎は気付かなくてもいいことに気付いてしまう。ゴブ吉とゴブ助の巨体の隙間から岩石魔物を確認、両者の視線は交錯した。




