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元トップランカーは真の仲間と共に一からやり直す~私を利用するだけのギルドはもういらない~  作者: あずーる


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第1話 数千万円課金したアカウントを削除した

 その日、私は数千万円課金したアカウントを削除した。


 長年積み上げてきたレベルも、限定装備も、フレンドリストも。

 すべてのデータが消え去る前の、あの白い文字を今でも覚えている。


 私はVRMMO――AFO《アース・ファンタジア・オンライン》を愛していた。

 心底、狂おしいほどに。


 どれくらい愛していたかと言えば、生活費の限界まで食費を削り、毎日もやし生活をして、浮いたお金をそのままつぎ込む。大体そんな感じだ。

 通帳の残高が二桁になろうが、欲しかった限定スキンが手に入るなら安いものだった。


 AFOの課金ショップには限定の強力な装備や強化用アイテムも並んでいる。けれど、それらは時間をかければゲーム内でも入手できる代物だ。

 廃課金のトップランカーですら、長時間やりこんだ無課金勢に負けることも珍しくなかった。

 課金すれば無双できるような安易な世界ではない。

 SNSでは賛否両論があり、ときには運営を巻き込むほどの炎上沙汰にもなったことがある。

 だが、運営は一度たりともこのスタンスを変えなかった。


「課金をしなくても努力すれば強くなれる」


 AFOの開発者がSNSで何度もつぶやいていた言葉だ。

 私も賛成している。

 課金で手にした強さなんて実力じゃないと思っている。


 じゃあ課金しなかったのかと言ったらそういうわけではない。

 私がお金を注ぎ込んでいたのは、ステータス補正が一ミリもつかない、完全に見た目専用のスキンだった。

 気に入ったドレスの裾のなびき方を細部まで観察したり、武器の鞘のデザインとの組み合わせを何時間も悩んだ。

 私にとって至福の時間だった。


 私は一部のプレイヤーから無傷(アンハート)と呼ばれていた。

 誰が最初に呼び始めたのかは覚えていない。いつの間にか定着していた。

 ギルドの皆からも、そう呼ばれていた。

 私にはつっきーという名前があるのに。

 誰ももう、その名を呼ばない。


 異名を呼ばれること自体は別に嫌じゃなかった。

 むしろ誇らしかった。


 無傷(アンハート)。

 それは私が難易度S級のラスボス――アースドラゴンから掠り傷一つ受けずソロ討伐したことからついた異名。


 ラスボスなだけあって被弾が前提な攻め気の立ち回りをしないと多すぎる体力を削り切れず、時間制限でクエスト失敗になってしまう。


 例えば、アースドラゴンが終盤に放つ薙ぎ払いブレス。

 大半のプレイヤーはブレスに燃やされながら回復薬をがぶ飲みしてやり過ごす。

 攻撃範囲外まで退避しようものなら時間が足りなくなってしまうから当然の手法だった。

 でも、私はブレスの直前にアースドラゴンが首を振り上げるモーションを見て、腹下に潜り込み、攻撃を叩き込む。

 これが中々タイミングがシビアで、早すぎれば首の当たり判定に轢かれる。遅すぎればブレスが直撃する。


 これを成功させるために何度アースドラゴンに挑戦したかは覚えていない。

 レア素材であるはずのドロップアイテム『大地の心臓』はもうカンストしている。


 ソロノーダメージ討伐の攻略動画は世界中を駆け巡った。

 親しいギルメンや、名前も知らないようなプレイヤーまでも、色んな人から賞賛の言葉を貰った。

 けれど、少なからず嫌味も来ていた。


「まあ、あいつは数千万円も注ぎ込んでるからな」

「高価な便利アイテム使い放題なんだろ? そりゃ負けないよ」

「結局、金にものを言わせてるだけじゃないの?」


 掲示板や野良パーティの間で、そんな言葉が囁かれているのは知っていた。

 でも、私にとってそんなものはどうでもよかった。理解されないのはいつものことだし、私は自分が楽しければそれでよかった。


 そのはずだった。

 本当の誤算は私が所属していたSランクギルドにあった。


 入ったばかりの頃は本当に居心地がよかった。一緒に高難易度ダンジョンに挑み、試行錯誤する時間が楽しかった。

 だから、ギルドの攻略に必要な素材を集め、高価な消費アイテムを提供した。メンバーが「装備の強化資金が足りない」と困っていれば、後で返してくれればいいと軽い気持ちでお金を貸した。


 あの日、ギルドハウスに忘れ物を取りに戻るまでは。


 薄い木製のドア越しに、歓談する声が漏れ聞こえてきた。


「今日のレイドもアンハートのゴリ押しで終わったな。まあ、廃課金様のアイテムのおかげで楽させてもらったわ」


 聞き覚えのある声だった。先日、装備更新の資金が足りないと頼み込んできた前衛の男だ。


「でもさ、ぶっちゃけ動きが機械的すぎてつまんなくね?」

「おいおい、あんまり言うなよ。実際助かってんだから」


 そんなのフォローになってないよ。


「ていうかさ、お前アンハートからまだ金借りっぱなしだろ? 返したのかよ」

「あー、あれ? 返してねえよ。ていうか、返す必要ある? あいつ数千万円もゲームに突っ込めるような金持ちなんだぜ。たかだか数十万円くらい、ポケットマネーだろ。あいつだって別に催促してこねえし、感謝料ってことでいいんだよ」


 ドッと上がる笑い声。


 ドアの取っ手に伸ばしかけた手が動かなかった。

 指先から体温が奪われていくような感覚。


 私は何と言ってその会話に入ればいいのか分からなかった。

 毎日もやし生活して絞り出した金なんだから返して、とでも言えばよかったんだろうか。

 今となってはもう叶わないことだけど。


 私は何も言わずにその場を離れた。


 ギルドハウスを出て、街の片隅でシステムメニューを開いた。


 数千万円を費やしたアカウント。無数の思い出と実績。

 確認画面に表示された「アカウントを削除しますか?」の問いに肯定を選択した。


 画面が暗転し、消去完了の通知が出ると同時にVRゴーグルのロックが外れる。

 四畳半のアパートの窓から見える外の景色はもう夜だった。


 後悔がなかったと言えば嘘になる。

 けれど、怒鳴り散らしたい衝動や、貸した金を返せと騒ぎ立てる気力は湧いてこなかった。ただ、あの人たちと一緒に遊ぶ必要はもうないのだと、それだけを理解した。


 しばらくの間、ベッドに仰向けになって明かりの消えた蛍光灯を眺めていた。

 最後に点けたのはいつだろうか。ゲーム以外には極力電気代を使いたくないから節約している。


「……はぁ、AFOでもやって気を紛らわすか」


 口から出た言葉に、自分でも少し呆れた。

 そうだった。アカウント消したんだった。


 そう思ったときには既に、手癖でVRゴーグルをかぶり直して、電源を起動していた。

 もちろんデータは消えてなくなっている。

 新規アカウント作成の文字だけが表示されていた。


 懐かしい。私がこのゲームを始めたのはいつだったか。

 最初のころと比べてUIも随分と変わった。

 なんというか、初心に帰った気分だ。


 考える余地もなく、私は新規アカウント作成のボタンを押した。


 今度は誰かのために効率を追い求めることもなく、昔の知名度に縛られることもなく。

 純粋にこの世界を楽しむためだけに。


 視界が真っ白な空間へと切り替わる。

 旧アカウントのときは、早くプレイしたい一心で初期プリセットのまま適当に済ませてしまった。けれど、今回は違う。


 髪型は動きやすいミディアムショート、色は夜空のような深いダークブルー。瞳は少しツリ目で、銀色にしようかな。

 アバターの調整画面をいじっていると、いつの間にか時間が跳んでいく。決めたはずなのに、また別の組み合わせが気になる。


 気付けばプレイヤーネームを入れる所まで進んでいた。

 何時間アバター調整に費やしたかは分からない。

 でも満足。


 新しいプレイヤーネームはどうしようか。

 つっきーをそのまま使うわけにもいかないし……


『ルナ』


 これにしよう。うん。


 続いて職業と武器の選択。

 魔法使いを選んで空を飛ぶのも捨てがたい。武器も最近追加されたロケットランチャーでも選んでみようか。

 まあ、その気になればいつでも変えられるから、今は一番試してみたいビルドを選んでみようと思う。


 職業:アサシン

 武器:ランス


 軽快な奇襲職に長柄の槍という組み合わせは、一般的な攻略論では「かみ合わない」と切り捨てられることが多い。

 けれど、アサシンの間合いの詰め方と、ランス特有のリーチを掛け合わせた立ち回りには、以前から試してみたい可能性があった。旧アカウントではギルドの戦力バランスを優先して触れずにいた、私なりのロマン構成だ。


 レベルも所持品も、すべて一からの再スタート。


『ワールド「アース・ファンタジア」へ接続します。良い旅を、ルナ様』


 システムメッセージとともに光が視界を包み込んだ。


 どこまでも広がる青空と、風に揺れる緑の草原。

 親の顔より見た始まりの街。


 手元には支給された初期装備のランスが一本。


「私は今、AFOにログインしているッ!!」

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