第07話「影」
「イレギュラー・マリオネット -The Wild Guardian-」の続編です。
前作はこちら
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それは煙のように、けれどどこか意志を持った何かのように――
黒い影は、地を這うようにしてレオンの足元へと忍び寄った。
「っ……兄ちゃん、足元!!」
ライガが叫ぶのと、影がレオンの足首に触れたのはほぼ同時だった。
「……!!?」
一瞬、時間が止まったかのような静寂。
次の瞬間――
ザリ……と音を立てて、レオンの足首が硬直する。
「っ……な……!?」
そして、ピキピキという鈍い音と共に、石化は足首から脛、膝へと侵食し、レオンの身体は次第に硬直していく。
肌の質感が失われ、淡く灰色がかった硬質な表面へと変わっていく様は、危険な状態であることを誰の目にも明らかにしていた。
「レオン君!? まさか、石化している……!?」
「レオンさん!!」
「エルト、ダメだ離れろ!」
ルグナスが思わず声を上げながら、咄嗟にエルトを抱きかかえてレオンから距離を取った。
「てめぇ! レオン兄ちゃんから離れろ!!」
ライガは叫びながらレオンに駆け寄り、体に張り付いた影を掴むと、ベリベリと引っぺがしていく。
「……!? なんだ、この感じ……っ」
影を掴んだ瞬間、ライガは一瞬、言葉を詰まらせる。
しかし、すぐにレオンから引っぺがすことに意識を集中させたようだ。
「おい! レオン兄ちゃんの体、どんどん固まっていってるぞ! ノクス、これ何かの術か!?」
「いいえ……違います! 何の術の反応もない……っ!」
ライガは必死で影を引き剥がすが、レオンの腰まで石化は進んでいる。
影は次々と足元から現れてはレオンの体を覆い尽くそうとしていた。
「おいっ! アンタら天人なんだろ! なんとかなんねぇのかよ!?」
ルグナスがノクスとグリオールに向かって声を掛けるが、グリオールも困惑しているようだ。
「そんなの、アタシに言われても……っ!! 一体何なの、あの影……!!」
そのとき。
「……ライガ。グリオール……さまを、たの…む」
震える唇で呟くレオン。その言葉に、ライガは目を見開く。
すると、レオンは最後の力を振り絞り、グリオールに必死に言葉を投げかけた。
「グリ、オール様! これは、ライ、ガ…の…裏…っ」
そして、成す術なく、みるみる全身が石化していくレオン。
「……っ!」
しかし、その頃にはレオンは完全に石像と化してしまった。
「兄ちゃんっ、うあああああああああああっっ!!!」
絶叫とともに、ライガの拳が地面を叩いた。
影は、いつの間にか跡形もなく消えていた。
一方で、ライガは石化したレオンの前から動けず、ただ唇を噛み締めていた。
「……兄ちゃん……こんなのおかしいだろ……。なあ……」
微動だにしないレオンは、もはや物言わぬ石像となっていた。
その姿は、まるで時間ごと閉じ込められてしまったかのように、凍りついている。
「この状態……何が起こっているのでしょう?」
呆然とつぶやいたノクスの問いに、誰もすぐには答えられなかった。
風の音だけが、静寂の中に虚しく響く。
「なぁ、レオン兄ちゃん……死んじまったのか……?」
ライガの声は、まるで希望を探るようにかすれていた。
エルトがレオンを見つめながらポツリとつぶやく。
「ルグナス、君から見てどうなのです? こういった状態異常は付与術士の君のほうが専門なのです」
ルグナスもレオンの石像をジッと見つめながら首を横に振った。
「いや、俺から見てもよく分かんねぇんだ。なんつーかさ、石化してるんだけど、状態異常にはなってない……みたいな」
その言葉に、ノクスは疑問を覚える。
「どういう意味です? これは明らかに状態異常なのでは……?」
「いや、自分でも矛盾したこと言ってるのは分かってるんだけど……っ。上手く言えねぇんだ!」
「おかしいのです。今のレオンさん……僕の『解析』にも情報が全く出てこないのです。もしかして、死んでしまったのでしょうか……?」
グリオールが肩越しに答える。
「いいえ、レオンに限らず、受肉人形に『死』は無いわ」
けれどその声音にいつもの軽薄さはなかった。
「……でも、主人であるアタシにも今のレオンから意識を感じない。深く、深く眠っている。……下手すれば、このまま永遠に目覚めないかも」
「そ、そんな……! 僕が、こんなところに連れてきたせいで……!」
エルトが膝をつき、震えた声で言った。頬にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「いいえ、エルト君。君のせいではありませんよ」
ノクスがそっと肩に手を置く。
「念のため、この魔物の死骸は天界で処分することにしましょう。土葬すると先ほどのようにまた動き出す可能性がありますので、焼却します」
そういうと、ノクスはグリオールに目線をやる。
「オッケー。これだけの物量だとノクスじゃ大変だろうし、アタシが運ぶわ」
そういうと、グリオールは呪文を唱えながらパチンと指を弾く。
すると、モンスターの死骸は次々に別空間へと消えていった。
「……それと、レオン君の状態も調べないとですね」
「そうね、面倒だしさっきの魔物を収納した空間に押し込めちゃおうかしら」
次に、グリオールはレオンに向かって指を鳴らす。しかし――……。
「……あら? んん?」
何度もパチンパチンと指を鳴らすが、一向に術が反応しない。
「グリオール? どうしました?」
「おかしいわねぇ……。何故だか空間収納の術式が発動しないの」
「発動しない……? さっきの魔物達は難なく空間に格納出来てましたよね?」
その後何度もグリオールは挑戦するが、レオンの像を空間に格納出来なかった。
「……ダメだわ。アタシの術が弾かれるなんて、どういうことかしら?」
「仕方ないですね。ライガ、レオン君の像は背負って運んでください」
「お、おうっ! 分かった」
「あ、ちょっと待って?」
割って入るように、グリオールが手を挙げた。
「運ぶ先……アタシが決めていいかしら?」
「え、ええ。……じゃあ、お願いします」
ノクスが頷くと、グリオールは静かに微笑んだ。
「エルト君、ルグナス君。僕らは一旦ここを離れますので……君達もこの辺りには近づかないように」
「は、はいなのです!」
「おう! 何か分かったら連絡くれよ?」
◆◇◆◇
二人と別れた後、ノクスたちは転移ゲートの準備を始めた。石化したレオンの像を、ライガが慎重に背負う。
「ライガ、大丈夫ですか? くれぐれも落とさないように」
「わーってるよ! 落とさねぇよ、絶対に……!」
その言葉の裏ににじむのは、自責と、焦燥。
「二人とも、良いかしら? ゲート、起動させるわよ」
グリオールが自分の装置に魂力を読み込ませ、パネルを操作する。
次の瞬間、最初に転移してきた空間の一点が軋み、光を帯びて開いていく。
「再設定完了……っと。さぁ、行きましょう」
◆◇◆◇
転移ゲートを抜けた瞬間、一行の視界に映ったのは、どこまでも沈んだ青と黒の世界だった。
そこは、生と死の狭間にある場所――冥界。
天界よりもさらに厳粛で、冷たい空気が支配する静謐の領域。
「ここは……冥界ヘルフレイルですね」
空には月のみ存在し、漂う霧のような光が地を照らしていた。
周囲に広がるのは、荘厳な石造りの建物群。中央に位置する大きな城が、冥王であるグリオールの居城であり、拠点でもあった。
「……ええ。ここでなら冥王としての力も存分に振るえるからね。ライガちゃん、とりあえずレオンの像を運んでくれる?」
「お、おう!」
グリオールが肩を竦めながら前を歩く。
その後ろには、石化したレオンを慎重に背負うライガと、黙したままのノクスが続いていた。
城の長い廊下を歩き、三人は玉座の間に到着した。
扉を開けると、グリオールは中央付近を指差しライガに声を掛ける。
「あの辺で良いかしら。レオンの像をそこに置いて調べましょ。ついでに他の死骸も」
ライガは頷くとレオンの石像を部屋の真ん中に設置する。
「よいしょっと。この辺で良いのか?」
続いて、グリオールがパチンと指を鳴らすと空間に格納していたモンスターの死骸が出現した。
「ノクス、まずは一般的な術式を試してみてくれる?」
「そうですね。では≪解析の術≫と≪毒消の術≫、あとは≪浄化の術≫も試しましょう」
そう言うと、ノクスは様々な術式をレオンの像と死骸にかけ始めた。
「なぁ、グリオール。レオン兄ちゃん、治るよな?」
「ええ。さっきレオンの意識は眠ってるって言ったけど、あの子との繋がりはまだ感じるの。自分でも不思議な感じよ」
「はぁ……、ふぅっ。ダメですね」
ノクスは額に滲んだ汗を拭う。
「モンスターの死骸は、やはりエルト君の見立て通り外見的な傷跡以外何も分かりませんでした。レオン君の像に至っては、まるで術の効果自体が無効化されているような、変な感覚です」
「無効化……?」
ノクスの言葉に、グリオールがピクリと反応した。
「グリオール、どうしました? 何か心当たりが?」
「ええ、ちょっとね。ノクス、ライガちゃん、少し離れて頂戴」
二人が部屋の隅に移動すると、グリオールの周囲に力が集まる。
「え……? グリオール、一体何を?」
「天界って、基本的に攻撃系の術は禁止してるでしょ? だから冥界に運んだの。ここでなら、好き放題できるし……ねぇ♪」
と、グリオールの指先に小さな炎が灯る。
「ま、ままままさか!??」
「ノクス、しっかり防御結界張っときなさいよぉ~? 死骸ともども消し炭になっちゃうから」
指先の炎は小さな玉になり、みるみる大きく膨れていくと、あっという間に巨大な大火球となっていった。
あまりの熱量に、肌がちりちり焼かれていくような感覚を覚える。
「おいおい! 何だよあれ!? ヤバくないか?」
「ライガ、僕の後ろに!」
ノクスは咄嗟に結界を張る。それでもジリジリと熱が伝わってくる。
「レ~オ~ン? ごめんねぇ、やっぱり、今日は唐揚げより焼肉な気分だわぁ~♪」
その声色はいつもの軽薄な調子だった。
けれど、その目だけは少しも笑っていないのが見て取れる。
そして、迷うことなくグリオールは大火球を目の前の石像に向けて放った。
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