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3話 ヴィヴィッドでフラットな太平洋

1日目 午前9時22分


 この2階の窓は、見通しがいい。相模湾の太平洋(何度も言うが、水はない)側に視界が開けている。

 座礁した船のような形の岩があったり、よくわからない電柱がたまに建っていたりはするが、基本的に一面荒れ地か砂地である。

 シャウロ=フロン=マタタはそのデカい体躯をじっくり相模荒野におろしている。

 ここまで離れていると臭いはしないが、あの見た目だ。たぶんカビ臭いんだろうと思う。

 

 ぬぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 とまた鳴く。


「だいたいよー、あした世界終わるかもしんねえのに、年齢なんか意味あるか? 死んだら19歳の死体と44歳の死体になるだけだろうがよ」と顔を洗って戻ってきた師匠がちらりと窓の外だけ見て言った。

「終わりそうな世界の終わりそうな害獣がそこに」

「シャウロ=フロン=マタタ臭えんだよな、あれ」とうんざりした様子で師匠はまだマタタのほうを見ている。

「あんたもたいがい臭いっす。俺のベッドで寝ていたことが許せない」


 と言われたからかは知らないが、あっさりローブを脱いで、ヴィヴィッドなブルー……とそのあとアレななになんでこいつ、なに探してるか忘れてるだろクソが。


「なんで洗面所行ったのにブラ見つけてこないんすか……」

「ははーん? ナマで見る?」と師匠は慣れないウインク。

「いや、ふつうに襲いますよ」

「やぁだぁ♡ はやくぅ♡」

「あ、やばいひとだ。はよシャウロ=フロン=マタタ倒してもらっていいすか」


 ちっ、と雑に舌打ちをひとつ。仕方なさそうな顔をする。

 外を眺めて、ちょっと首をかしげて、

 

「んー、銛って何本あったっけ?」

「裏の倉庫に何本かはあると思いますけど」

「いや、マジパルド加工のやつ」

「あるわけないでしょうねえ。あんたが意味なく使い切ったばっかです」

「いやあ、先週のはアタシのせいじゃなくない?」

「知らん。協議会から要請も出てないのにマジパルド加工200本も消費するアホがいるとは思わんわ。ちゃんと余裕ある在庫管理だったのに」

「楽しくなっちゃったんだよなあ」

「ちなみに今週どっかであんたの楽しみで大量に作ったグラヴィリア=スモワーフの魔石掃除あるんで。鎌倉が魔石だらけだから掃除しろよカスが、って評議会から来てましたよ」

「魔石って金なんねえよな」

「もう手数料のが高くなるまで秒読みっすね」

「まあいよいよ世界が危ういからな。評議会も変換効率落ちてんのはやばいとは思ってるはず」

「そんなにマズいんすか?」と俺はちょっとだけ真面目に訊くが、

「まあ、まだプラスだから気にしない気にしない」と師匠が真面目に答えるわけがない。


 このあたりは暗くならないようにしようという年長者ならではの心遣いを感じてやってもいいが、たぶん師匠はシリアスな話が苦手なだけだ。法事でいとこと正座耐久レースをして足をつついたり、卒業式で意味もなく爆笑したくなるタイプだろうと思う。

 

「いやでも、200本ぜんぶ使うのはやりすぎでは?」

「あいつらさー、2000匹とかいるじゃん? サクサクいけるから楽しくてさ。見た目カニだからおいしそうだし」

「食うなよ?」

「アタシはブラウくんのごはんを与えてもらえればつまみ食いはしないけどカニ食べたい」

「寒くなってきたんで、カニ鍋もまあいいんですけど、ただそろそろ倒しに行ってよ、シャウロ=フロン=マタタ」


「だが、そのまえにおまえにはひとつ仕事がある。弟子ブラウよ」と師匠は言った。「やっぱり、ブラジャー探して」


 ヴィヴィッドでフラットな太平洋に、しっかりと2つの点が浮いていたが、ガサツなクソ師匠は隠す気もない。

 いや、ちょっとこれは恥ずかしがっているのを無理やり強がっているのかもしれない。目がだいぶ泳いでいる。

 そもそももの探しはとてつもなく苦手なひとだ。工房もとてつもなく汚く、俺が入るようになった直後は、なにがどれだけあるかもさっぱりわからなかった。師匠本人も長年把握していないので、これでよく作業ができるものだと思ったが、ギリギリなんとかなっていたと本人は主張している。

 俺はそっと手を伸ばしてみると、


「な、なに!? なにしようとしてんの!?」

「なにも?」

「嘘だ、ぜったいいま……今日はもう前科もあるし。いやまあ、べつにいいんだけど!」


 なおもゆっくり手を伸ばすと、目を閉じてしまう。


「いや、あの、やっぱ待って! 起きてるってわかってると、恥ずかしいから。夜にしよ! 夜!」と顔を真っ赤にしている。

「いや、冗談なんで……」

「いや、もう揉んだじゃん。冗談とかないだろ」

「アクシデントきっかけと触ろうと思って触りにいくのには天と地の差がある」

「だいたいさー、いつもないない叫んでたけど、どうだったの?」

「思ったよりだいぶ柔らかかった。ないはないけど」

「……変態」と返すのが精一杯そうだ。

 

 これ、わりと分がいいなと俺は思う。

 この勝負に負ける気がしない。

 

 ぬぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 とラブコメしてんじゃねえよ、と言わんばかりにシャウロ=フロン=マタタが鳴く。鳴く間隔が短くなっているような気がしているが、気のせいだと言われたらそうですねと言う自信もある。

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