第9話 試される力
城門を抜けると、そこには想像以上に多くの人々が行き交う街が広がっていた。
石造りの建物が並び、通りには商人たちの声が響いている。
森の中で過ごしていた時間が長かったせいか、その光景がひどく新鮮に感じられた。
この街は、フェルナと呼ばれているらしい。
王都からも近い場所に位置しているらしく、商人や冒険者の姿も多いらしい。
街へ入ると、セドリック公爵がよオウ井下馬車が何台か用意されていた。
私たちはそれぞ俺分かれて馬車に乗ることになったが、私はゼインに呼ばれ、一人だけ別の馬車へ案内された。
「アニス! そっちに乗るの?」
結花が心配そうに声を掛けてくる。
「うん。ゼインさんと話があるみたいだから」
「……そうなんだ」
結花は少しだけ不安そうに馬車へ視線を向けた。
「でも、すぐ戻ってきてね?」
「うん。そんなに長くはかからないと思うから」
「本当?」
「本当だよ」
私はそう言って、結花に笑いかける。
「だから、そんなに心配しなくても大丈夫」
「……分かった」
結花は小さく頷いた。
そして、私はゼインの待つ馬車へと乗り込んだ。
扉が閉まる直前、私はもう一度だけ結花の方を振り返る。結花は、まだこちらを見ていた。
私は小さく手を振る。
すると、結花も手を振り返してくれた。
その姿を確認してから、私は馬車の中へと視線を戻した。
馬車がゆっくりと動き始める。
窓の外では、先ほど見た街の景色が流れていく。
石造りの建物。
行き交う人々。
商人たちの声。
大きな荷物を積んだ馬車の隣を、武器を携えた冒険者たちが歩いている。
森の中では見ることのなかった光景に、私は思わず窓の外へ視線を向けた。
さっきまで結花たちと一緒に見ていた景色なのに、今は一人で眺めている。
そのことに、少しだけ違和感を覚えた。
「……緊張しているのか?」
私が窓の外を眺めていると、ゼインがそう尋ねてきた。
「……少しだけ……ですけど」
「そうか。そこまで重たい話をするために呼んだわけではない。安心してくれ」
その言葉を聞いて、少しだけ緊張が解けた。
街を眺めていると、ひときわ大きな建物が見えてきた。
「あれが、ギルドかな……?」
思わず、ぽつりと呟く。
「ん? ああ、あれがギルドだ。フェルナ支部と呼ばれている」
「あっ……すみません。ぼそっと呟いたつもりだったんですけど、聞こえていたみたいで……」
「ははは。気にするな」
そう会話した後、馬車がゆっくりと止まった。
「着いたぞ」
ゼインの声を聞き、私は馬車を降りる。
目の前にあるのは、先ほど窓から見えていた大きな建物だった。
ここがフェルナ支部。
今も何人もの冒険者が、ギルドを利用するために中へ入っていく。
これだけ多くの人が利用しているということは、冒険者という職業は、この世界ではかなり一般的なものなのかもしれない。
「ここがギルドなんだ……!」
思わず、声が漏れた。
「なんだ? ギルドを見るのは初めてなのか?」
「……? はい。私のいた場所には、こういうものはなかったので」
「そうか」
ゼインはそれ以上追及することなく、ギルドの方へと歩き始めた。
「あの、ゼインさん。もしかして、ここのギルドマスターなんですか?」
「いや、違う。私はここではなく、王都にあるギルド本部のグランドマスターをしている」
「そうなんですか!? それなら、どうしてゼインさんはここ、フェルナにいるんですか?」
「ああ、それはだな……」
ゼインが答えようとした、その時だった。
「グランドマスター、お疲れ様です。フェルナまでお越しになるとは、珍しいですね」
「……本当なんだ!」
思わず、声が漏れた。
先ほどゼインは、王都にあるギルド本部の本部長だと言っていた。
けれど、こうして職員から当たり前のように「グランドマスター」と呼ばれているのを見ると、改めてその立場の大きさを実感する。
「ん? どうかしたか?」
「いえ……本当にグランドマスターなんだなって」
「ははは。疑っていたのか?」
「そういうわけでは……」
そう言いながら、私は少しだけ視線を逸らした。
「あぁ、すまない。エリオよ。フェルナは優秀な人材が多いからな。そこまで心配していないと思ってくれ」
ゼインがそう言うと、職員は小さく頭を下げた。
「それは、ありがたいお言葉です。それより、後ろにいる方はお連れ様ですか?」
職員の視線が、私へと向く。
「ああ。今から、この少女と話すことがあってな。だから、応接室を用意してほしい。ここに来た理由は、また後で話そう」
「承りました。まずは応接室のご用意をしますね」
「ああ、頼む」
職員はもう一度頭を下げると、すぐにギルドの奥へと歩いていった。
私はその背中を見送りながら、改めてゼインへと視線を戻す。
王都のギルド グランドマスター。
そんな人物が、どうして私と話をするために、わざわざここまで来たのだろうか。
先ほどまで少し緩んでいた緊張が、再びわずかに戻ってくるのを感じた。
そのとき、先ほど奥へ向かった職員が戻ってきた。
「お待たせしました。応接室の準備が整いましたので、ご案内いたします」
「ああ、頼む」
ゼインはそう言うと、職員の後に続いて歩き始めた。
私もその後を追う。
ギルドの奥へと進んでいくと、受付付近の喧騒が少しずつ遠ざかっていった。
代わりに聞こえてくるのは、足音だけ。
やがて、職員が一つの扉の前で足を止める。
「どうぞ、お入りください」
職員は扉を開け、私たちを中へと促した。
「失礼します」
そう言って、私はゼインの後に続いて応接室へと入った。
「まずは、座ってくれ」
「はい」
ゼインは向かいのソファに腰を下ろすと、私にも座るよう促した。
「さて……何から話そうか」
「それは、こちらが聞きたいくらいです。どうして私をここに?」
「そうだな。まずは君たちのことについて、少し聞かせてもらいたい」
「分かりました」
それから、私たちがこの世界に来てからのことを話した。
どうしてこの世界に来たのか。
これまでどこで何をしていたのか。
そして、これからどうするつもりなのか。
私はこれまでの出来事を、話せる範囲でゼインに伝えていった。
しばらくして、話題は私たち自身のことへと移っていった。
「……なるほど。ということは、君たちの中には転生者もいれば、そのまま転移した者もいるということか」
「……はい。私たちは、元の世界とは異なる姿や力を持ってこの世界に来た者を転生者。元の世界にいた時の姿のまま、この世界に来た者を転移者と呼んでいます」
私の説明を聞き、ゼインは顎に手を当てながら、しばらく考え込んだ。
「なるほど……」
やがて、何かを確かめるように、ゼインが再び口を開く。
「では、転生者と転移者では、この世界に来た時に得られるものも違うのか?」
「……はい」
私は一度だけ言葉を止めた。
この先の話は、私たちがこの世界に来た理由にも関わる。
どこまで話していいのか、まだ判断がつかなかった。
それでも、ここまで話してしまった以上、隠し続けるのも難しい。
「転生者は、元の世界で持っていた力を持ったまま、この世界に来ます」
「……元の世界で持っていた力を?」
「はい。ですが、転移者は違います」
私はゼインの目を見ながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「転移者は、この世界に来る際に……神から加護を授かったと聞いています」
「……神からの加護、か」
ゼインはその言葉を噛みしめるように、短く呟いた。
「……君たちの事情は、よく分かった。色々と話してくれてありがとう」
ゼインはそう言うと、テーブルの上に置かれていたベルを鳴らした。
チリン、と澄んだ音が応接室に響く。
しばらくすると、扉が開いた。
「お呼びでしょうか」
「エリオ。少し調べてほしいことがある」
ゼインはそう言うと、先ほど私たちから聞いた話を簡潔にまとめたメモを差し出した。
「転生者、転移者……それから、神の加護についてだ」
「……それを?」
「ああ。過去の記録や伝承に、何か手がかりが残っていないか調べてみてほしい」
エリオはメモに視線を落とした。
「確認します。ただ……」
「分かっている。すぐに結果が出るとは思っていない」
「はい。なるべく早くお伝えできるようにしますが、少々時間はかかるかと」
「構わない。頼んだ」
エリオは一礼すると、応接室を出ていった。
扉が閉じるのを確認すると、ゼインは再び私へと視線を向けた。
「では、本題に入ろう」
「本題……ですか?」
「君には、ここで技量を測らせてもらいたい。君の力を疑っているわけではない。ただ、実際にこの目で見てみたいと思ってな」
「えっ、ここで戦うんですか?」
思わず声を上げてしまう。
どうしよう。結花に早く戻ると言ってしまったのに。
なるべく早く帰れるように、早めに終わらせないといけないかも……。
「いや、ここではない。場所を移そう」
そんなことを考えていると、ゼインが立ち上がった。私も慌ててその後に続き、応接室を出る。
先ほど通ってきた廊下を引き返していくが、受付へ戻ることはなく、さらにギルドの奥へと進んでいった。しばらく歩くと、廊下の先に大きな扉が見えてくる。
ゼインがその扉を開く。
その先に広がっていたのは、広々とした訓練場だった。
「……広いな」
思わず、そんな言葉が漏れる。
ただ広いだけではない。訓練場の中には大小さまざまな障害物が設置されており、実戦を想定した訓練にも対応できる造りになっているようだった。
さらに、周囲には観客席まで設けられている。
これなら訓練場としてだけでなく、闘技場として使われることもあるのだろう。
「アニス。今から君戦ってもらうのは、Bランクパーティ。《白銀の鷹》だ」
「えっ、パーティ?」
そう聞いた直後、訓練場の向こう側から四人の男女がこちらへと歩いてきた。
先頭に立っていた男が、こちらに気づくと大きく手を上げる。
「よう! 俺はアルヴェイン。ここのリーダーだ。よろしくな!」
「うん、よろしく……」
勢いに押されながらも、私は軽く頭を下げる。
すると、隣にいた少女が呆れたように口を挟んだ。
「ちょっと、この子にがっつきすぎ。私はリリア。このリーダーの幼馴染だよ。よろしくね!」
「うん! よろしく!」
「あれ? 俺の時と反応違くない……?」
リリアが後ろを振り返る。
そこには、大きな身体に大盾を背負ったドワーフと、長い耳を持つエルフの女性が立っていた。
「その後ろにいるのが、ドゥランとエレナだよ」
「よろしくお願いしますね。アニスさん」
「よろしくな」
「はい! 皆さんよろしくお願いしますね!」
私は、エレナへと視線を向けた。
エルフだ……。
長い耳。整った顔立ち。どこか現実離れした雰囲気。
……かわいい。
おっといけないいけない。空想の自分がよだれを出してる。戻せ、もどせ~。
私は慌てて、頭の中の自分を現実へと引き戻した。
「それで……私、あなたたちと戦うんだよね?」
「あぁ! 俺たち四人全員が相手になるぜ!」
「ちょっと、本当に大丈夫なの? 女の子一人だよ? パーティ一つを落とせるのなんて、Aランク……もしかしたら、Sランク並みの実力が必要だよ?」
「え、そうなの?」
そうして話していると、ゼインがこちらへと歩いてきた。
「まぁ、君たちを呼んだのは、この子の技量を試すためだ。そこまで気にしなくてもいい」
「でも……」
リリアはまだ納得していない様子だった。
「本当に大丈夫なの? この子、一人なんだよ?」
「大丈夫だ」
ゼインはそう言うと、私へと視線を向けた。
「この子は、大型のフォレストブルを一人で倒した」
「……え?」
リリアが目を見開く。
「大型の……フォレストブルを?」
「一人で、ですか?」
エレナも驚いたように、私へと視線を向けた。
その視線を受け、私は少しだけ居心地の悪さを覚えた。
「えっと……はい」
「フォレストブルを……」
今まで黙っていたドゥランが、低い声で呟く。
大型のフォレストブルが、どれほどの魔物なのかは分からない。
けれど、四人の反応を見る限り、どうやら私が思っていた以上に有名な魔物らしい。
「しかも、ほとんど傷を負っていない」
ゼインがそう付け加えた。
「……それは、本当なのか?」
アルヴェインが、初めて真剣な表情を見せた。
「はい」
「なるほどな……」
アルヴェインは腕を組み、私をじっと見つめる。
先ほどまでの明るい表情とは違う。
まるで、目の前にいる相手を改めて見定めるような視線だった。
「そりゃ、ゼインさんが俺たちを呼ぶわけだ」
「……だからって、普通の女の子じゃないのは分かったけど」
リリアはそう言いながらも、先ほどまでの心配そうな表情を少しだけ和らげていた。
「でも、相手が強いからって手加減はしないぞ」
アルヴェインが、口元に笑みを浮かべる。
「もちろん。私たちも、全力でいかせてもらいますね」
エレナも静かに杖へと手を添えた。
「……えっ」
思わず、声が漏れる。
「全力?」
「当たり前だろ?」
アルヴェインが笑った。
「俺たちはBランクパーティ。《白銀の鷹》だ」
その言葉に、四人の雰囲気が変わった。
先ほどまでの気さくな空気が消え、目の前にいるのが王都で名を知られた冒険者たちなのだと、改めて実感する。
……早く終わらせて、結花のところに戻らないと。
私は小さく息を吐き、目の前の四人を見つめた。
「……分かりました。やればいいんですね? ゼインさん」
「あぁ、頼むよ」
ゼインの返事を聞き、私は小さく息を吐いた。
こうなったら、なるべく早く終わらせるしかない。
「それじゃあ、始めようか」
私たちはそれぞれの位置に着き、戦闘態勢を取る。
「試合形式は単純だ。どちらか一方が、相手を全員戦闘不能にした時点で勝敗を決める」
「分かりました」
アルヴェインが頷く。
「それなら、俺たちはアニスを戦闘不能にすれば勝ち。アニスは俺たち四人全員を戦闘不能にすれば勝ちってことだな」
「そういうことだ」
……ふーん。
私一人で、四人全員を倒せばいいのか。
「じゃあ、早く終わらせますね」
「……え?」
その言葉に、白銀の鷹の四人が一斉にこちらを見た。
「試合開始!」
直後、黄金のベルが訓練場全体に鳴り響いた。
その音に呼応するように、観客席の前方に淡い光が走る。どうやら、戦闘の影響が観客席に及ばないよう、結界が張られているようだ。
「行くぞ!」
アルヴェインの声を合図に、白銀の鷹が一斉に動き始める。
私もその場で、右手を前へと伸ばし、呼びかけた。
「行くよ。──レーヴァテイン!」
その言葉に応えるように、訓練場の上空で炎が渦を巻き始めた。
炎は次第に大きくなり、周囲の空気を赤く染めていく。
「……なに?」
炎の中から、一本の剣がゆっくりと姿を現す。
燃え盛る炎を纏いながら、レーヴァテインはゆっくりとこちらへ降りてきた。
まるで、天上から神が武器を授けているかのように。
私は空へと手を伸ばす。
降りてきたレーヴァテインの柄を、しっかりと握りしめた。
その瞬間、炎が大きく揺らめく。
炎神の剣――レーヴァテイン。
「……行くよ」
私は白銀の鷹の四人の位置を確認し、最初の標的を考える。
まずは、後衛から落とした方がいいのかな?
その方が、前衛のメンバーを落としていくよりも楽になるかも……!
そう考えた私は、リリアへと視線を向けた。
そして、左手をそちらへ向ける。
手のひらに炎が集まり、瞬く間に一つの火球を形作った。
私はそれを、リリアへ向かって放つ。
「リリア! 来てるぞ!」
「分かってるよ!」
リリアはすぐさま魔力障壁を展開した。
直後、火球が障壁へとぶつかり、大きな音を響かせる。
「っ……!」
炎が弾け、土煙の中に赤い光が広がった。
この火球を防ぐために、リリアの意識は正面に向く。
その隙に、私は進行方向を変えた。
正面から攻撃を続けるように見せて、土煙の中を大きく回り込む。
狙いは、リリアの背後。
遠距離攻撃をしてくる彼女を先に倒せれば、この後の戦いはかなり楽になるはず。
それに、土煙で視界が奪われている今なら、背後を取るのは難しくない。
……このままいけば、いける!
そう思った時──。
「――リリア!」
アルヴェインの声が響いた。
「……え?」
もしかして気づかれてる?
私は足を止めず、リリアの背後へと向かっている。
姿は見えていないはず。
それなのに――
土煙の向こうから、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。
……まさか。
私の足音を聞いている?
そう考えた瞬間、土煙の中からアルヴェインが飛び出してきた。
「させるかよ!」
「っ!」
私は咄嗟にレーヴァテインを構え、アルヴェインの放った剣技を受け止めた。
ガキィン!
炎の剣と、アルヴェインの剣が激しくぶつかる。
「……っ!」
まさか、もう気づいたの?
アルヴェインは私の攻撃を受け止めながら、リリアを背に庇っていた。
「させるかよ!」
アルヴェインが剣を押し返す。
私はその力を受けて後ろへと跳び、距離を取った。
……気づかれてたなんて。
土煙で姿が見えないなら、音を頼りにする。
考えてみれば、当たり前のことなのかもしれない。
でも、それをすぐに判断して、リリアのところまで来るなんて。
私はレーヴァテインを構え直した。
思ったより、簡単にはいかないみたい。
……このままじゃ、リリアに近づくことすら難しそう。
なら、まずは目の前のアルヴェインをどうにかしないと。
私は、改めて目の前の男へと視線を向けた。
すると、アルヴェインが剣を構え、こちらへと突っ込んできた。
「行くぞ!」
「……っ!」
振り下ろされた剣を、私はレーヴァテインで受け止める。
ガキィン!
「重いっ!」
両手に伝わってくる衝撃に、身体が大きく揺らいだ。
この一撃……!
受け止めるだけで、体勢が崩されそうになる。
「アル、右に避けて!」
リリアの声が響いた。
「っ!」
何か来る。
そう思った瞬間、アルヴェインがすぐにその場から飛び退いた。
直後、私の目の前に火球が迫る。
「くっ……!」
私は咄嗟にレーヴァテインを振り、火球を受け止めた。
炎が弾け、視界が一瞬赤く染まる。
……連携してる!
アルヴェインとの戦いに集中している間に、リリアが攻撃を仕掛ける。
そして、アルヴェインはそれを分かっているから、すぐに避ける。
それだけじゃない。
「ほら、こっち行くぞ!」
声と同時に、横から大きな盾が迫ってきた。
「っ!」
ドゥランだ。
私はレーヴァテインを構え直す暇もなく、盾を受け止める。
ドンッ!
「ぐっ……!」
強烈な衝撃に、身体が大きく後ろへと押し込まれた。
「今だ!」
「――えっ?」
視界の端で、エレナが杖をこちらへ向けているのが見えた。
まずい。
そう思った瞬間、足元から土が盛り上がった。
「っ!」
私は咄嗟にその場から飛び退く。
直後、先ほどまで立っていた場所を土の塊が突き抜けていった。
危なかった……。
私は距離を取りながら、白銀の鷹の四人を見渡す。
アルヴェインは前方。
ドゥランはそのすぐ近くで、こちらの動きを見ている。
リリアとエレナは後方から、いつでも攻撃できるように構えていた。
……なら。
再び、リリアを狙った。
でも、アルがすぐに助けに来た。
アルと戦おうとすれば、リリアが援護してくる。
その隙をドゥランが狙い、さらにエレナが攻撃を仕掛けてくる。
一人を狙えば、別の誰かが必ず邪魔をしてくる。
……そういうことなら。
私はレーヴァテインを握り直した。
なら――
「一人ずつ相手にしなければいいんだ」
私は四人全員を見渡した。
一人を狙うから、他の三人に対応される。
なら、最初から全員を巻き込めばいい。
私はレーヴァテインを強く握りしめ、魔力を最大限に込めた。
その瞬間、レーヴァテインは応えるように、剣身を覆うほどの炎を燃え上がらせた。
私は、炎を纏ったレーヴァテインを大きく振り抜く。
「いっけぇぇぇぇ!」
剣身を覆っていた炎が、まるで巨大な刃となって放たれた。
「なっ……!」
「全員、避けろ!」
アルヴェインの声が響く。
だが、炎の刃はあまりにも大きい。
避けようとしても、どこへ逃げても炎に巻き込まれてしまう。
「俺が受け止める!」
ドゥランが盾を構え、前へと出た。
「ドゥラン!」
巨大な炎の刃が、盾へと激突する。
「ぐっ……あああああっ!」
ドゥランが必死に盾を構える。
それでも、炎は止まらない。
盾にぶつかった炎はさらに大きく膨れ上がり、まるで巨大な鳥のような形となってドゥランへと襲いかかった。
「ぐおおおおおおおおっ!」
ドゥランの身体が大きく吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。
「ドゥラン!」
リリアが叫ぶ。
その瞬間、炎の一部が彼女へと迫った。
「きゃぁぁぁぁ!」
リリアは咄嗟に横へと飛び退き、回避を試みる。
しかし、完全には避けきれなかった。
炎の一部が彼女の身体を打ちつけ、そのまま地面へと叩きつける。
「リリア!」
エレナはすぐさま杖を掲げた。
何重にも重なった魔力障壁が展開され、迫りくる炎の刃を受け止める。
しかし、障壁は炎に触れたそばから激しく揺らいでいた。
「……っ、もう……魔力が……!」
「俺の魔力も貸す! 何とか耐えてくれ!」
アルヴェインがエレナへと手を伸ばす。
「……はいっ!」
アルヴェインから流れ込んだ魔力によって、魔力障壁がさらに強く輝いた。
なんとか炎の刃を受け止める。
しかし、完全に防ぎきれたわけではない。
障壁の隙間から漏れ出した熱気が、二人の身体を容赦なく襲っていた。
熱い。
息をするだけで、肺まで焼けてしまいそうだ。
エレナは魔力を使い続け、アルヴェインもまた、魔力を送り続ける。
それでも、炎はなかなか消えなかった。
やがて、炎の刃が徐々に勢いを失っていく。
燃え盛っていた炎が消えていくと、訓練場には焼け焦げた地面と、熱気だけが残された。
そして、その先にいた白銀の鷹の姿が見えた。
ドゥランは、盾を手にしたまま地面に倒れている。
その盾は大きく傷つき、ところどころが赤く熱を持っていた。
「……ドゥラン!」
アルヴェインが声をかける。
しかし、返事はない。
どうやら、気を失っているようだった。
少し離れた場所では、リリアも地面に倒れ込んでいる。
彼女もまた、ピクリとも動かない。
「リリア……!」
エレナは膝をつき、肩で荒く息をしていた。
何重にも展開した魔力障壁はすでに消え、残っている魔力はほとんどないのだろう。
杖を支えにしなければ、立ち上がることすら難しそうだった。
そして、その隣にいるアルヴェインもまた、無傷ではなかった。
エレナに魔力を分け与えたことで、彼自身もかなり消耗している。
剣を地面に突き立て、それを支えにすることで、どうにか立っている状態だった。
「……はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、アルヴェインがこちらを見る。
立っている。
けれど、それだけだった。
今にも倒れてしまいそうな身体で、それでもまだ剣を手放してはいない。
……えっと。
これって、私の勝ち……なのかな?
「そこまでだ!」
訓練場全体に、ゼインの声が響き渡った。
その声と同時に、試合を見守っていた結界が消えていく。
私はレーヴァテインを下ろし、元の場所へと返した。
どうやら、本当に終わったらしい。
「……勝った?」
そう呟きながら、私は改めて白銀の鷹の四人を見る。
ドゥランとリリアは倒れたまま動かない。
エレナは膝をつき、アルヴェインは剣を杖代わりにして、かろうじて立っている。
……終わったぁぁ。
これは、私の勝ちでいいよね?
そう思った瞬間、地面に倒れているドゥランとリリアが目に入った。
「……あっ」
さすがにやりすぎたかも……。
私は急いで二人の下へ駆け寄る。
「大丈夫?」
返事はない。でも息はしている。
よかった……。
私は手を上に掲げ、回復魔法を放った。
「──ヒーリングシャワー!」
直後、訓練場の上空に淡い光が広がった。
そこから、光の粒が雨のように降り注いでくる。
その雨は訓練場全体へと広がり、倒れているドゥランやリリア、膝をついているエレナ、そしてアルヴェインの身体を包み込んでいった。
やがて、傷が少しずつ癒えていく。
「……これは……」
エレナが驚いたように呟いた。
どうやら、回復魔法はちゃんと効いているみたいだ。
よかった。これで、少しは動けるようになるはず。
「……まさか、ここまでとはな」
「え?」
私はゼインへと振り返った。
「いや。君の実力は、想像以上だった」
そう言って、ゼインは小さく息を吐く。
「これで、十分に分かったよ」
「……何がですか?」
ゼインは、倒れている《白銀の鷹》へと視線を向けた。
「君の力は、ただ者ではないということをな」




