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カエル味のあめ玉  作者: 大木戸いずみ
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「一番厄介なのは少し知識を身につけただけの意識高い系の人」

「言いたいことは分かるような気がする。……自分の頭でしっかりと考えろってこと?」

「そう、思考力を磨けってこと。知識を身に着けて、それをどう使うのかで賢さが表れるから」

 想像以上に彼女は真面目だった。自分の意見をしっかりと持っていることに少し驚く。サークルで出会う大学生なんて、勝手にもっと浅はかな人間ばかりだと思っていた。

 ……僕も人に言える立場じゃないけれど。

 表面だけの知識で全てを知ったかのように話すべきではない。どんどん愚かさが露呈してくだけ。そういう人たちは、僕にとって自分の母よりも扱いにくい部類だ。

「で、沖原くんは、全部捨てれないんだね」

 話題が「愛」へと戻った。

 フランシス・ベーコンは、恋をしたら馬鹿になる、と言っているのか。

 僕は少し考えた。今、一番手に入れたい人は誰かと聞かれたら、迷いなく「岡峰さゆり」と答えるだろう。

 けど、もう僕は彼女を手に入れる権利などない。

「変なことを考えて、ただ純粋に沖原くんはどうしたいのか。周りの状況なんて後からついてくるんだよ。決めるのは沖原くんの意志で、その気持ちに従って」

 彼女の曇りなき瞳に僕は捕らえられた。逃げたいけど、今は逃げてはいけない。

「最低な人間になってしまう」

 何とも女々しい回答をしてしまった。最低な人間になる覚悟もないの、と言われそうで少し鼓動が速くなった。

 島崎には嫌われたくない。

「恋に溺れたら、倫理観も貞操観念も、理性も、全部なくなっちゃうもんじゃない? 客観的に見たら不純であっても、主観的に見たら純粋な愛だから」

 彼女は今まで、どんな恋愛をしてきたのだろう。大学生特有の底辺の恋愛というよりも、それを超えた大人びた雰囲気がある。

「もしかして、浮気肯定派?」

 僕がそう言うと、島崎は「まさか」と否定した。

「浮気して純情ぶるなって思うよ」

 そう嘲笑する彼女に「うん」と返す。未だに島崎順子という人間を掴めない。

「リスクマネジメントは本当に大切だと思う。要らないリスクを背負う必要なんてないから」

「うん」

「けど、行動しない言い訳は探さなくていい」

 島崎の確かな声が心にまで届いた。人は核心をつかれると、少し嫌な気持ちになるのかもしれない。

 けど、だって、でも、なんて言葉は愛には必要ない。

 僕が黙っていると、彼女はフッと柔らかな表情を浮かべた。

「私はスタンダールになりたい」

 突然のスタンダールの登場に戸惑う。彼のことはあまり詳しくない。赤と黒という作品を書いたことぐらいしか知らない。

 彼女は「これ!」と壁に掛かっていた額縁を指差す。僕は美しい文章で書かれた文章を目で追った。

愛情には一つの法則しかない。それは愛する人を幸福にすることだ。

 スタンダールになりたい、と言った彼女を真っ直ぐ見つめながら、僕は口を開いた。

「島崎さんの」

「順子」

「順子の愛は、自己犠牲?」

「はずれ~~」

 楽しそうに笑う彼女を抱きしめたくなった。誰かを愛おしいと思うのは随分と久しぶりだ。島崎を傷つけたくないからこそ、簡単に一歩を踏み出せない自分がいる。

「私の愛は、このほくろに詰まってるんだよ」

 島崎は僕の手を取り、ほくろを指でなぞった。細い指だと彼女の指の動きを見ていた。

 おひつじ座、と彼女に言われてから、おひつじ座の星の並びを調べた。確かに、僕のほくろの位置はおひつじ座だった。

 愛が僕のほくろに詰まっているって訳が分からない。……けど、彼女らしい回答だ。

「フランシス・ベーコンにはならないの?」

 僕がそう聞くと、彼女は静かに顔を上げた。

 彼女の瞳を見た瞬間に僕はもしかしたら、酷な質問をしてしまったのかもしれないと後悔をした。

その目の奥に切なさが存在した。彼女を抱きしめたくなる衝動をグッと我慢した。

 僕は島崎の言葉を待った。

「……愛する人の幸せを私の自分勝手な感情で壊せない」


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