85 褐色幼女アミン4
僕たちは、フォレストエンドへと戻って来た。帰りは飛行船という王族待遇で。
「エクス君、ありがとう!」
お別れ間際に機関室の船員さんが声を掛けてきたので、手を振ってそれに応えるとルカが不服そうに見てきた。
「今度はいったい何やったの?」
「えっ?動力炉にファイヤーボールを入れてきただけだけど…」
何か不味かったのかな?
盛大に、ルカがため息をついて、くま吉が両手を広げて賛同した。
「はぁ、何も分かってないんだから」
「相棒は、やれやれなんだぜ」
2対1。助けを求めて、うさぎちゃんを見ると
「いいのよ、エクスさんだから」
なんて言われるし。
どうやら、味方なんていないらしい。
おっといけない。
ぼんやりしていた。
ルカの手を引っ張って、カンカンと響くアミンさまの足音を追いかけて地上へと急ぐ。
うえっ!?
降りた先には、なんと子爵さまと執事さんが待ち構えていた。なんて事だ。
ウラカルの話だと僕の事を追いかけてるらしいので、少し身構えてしてしまう。もっと早く気付けば、船の中に隠れていたのに。
でも、アミン女王が「仕方ないのう。大人の妾が交渉というのを見せてやるのじゃ」と大見得を切っていたから、ここは任せても大丈夫ですよね?
「これはこれはアミン女王。ようこそ、私のフォレストエンドへ」
「ふむ。久しいのう、ラードリッヒ子爵に、イエスマン」
「恐縮にございます」
……どうやら、彼らが待っていたのは女王のようだ。うわっ、自意識過剰で恥ずかしいかも。
社交辞令な大人な挨拶を眺めていると、子爵さまはニチャアと笑った。
「アミン女王。この度は、逃げた私の小間使いをわざわざ連れ戻してくれたようで感謝します」
その瞬間、和やかな空気がピシッと凍った。あれ?やっぱり待っていたのは…僕?
メラメラと闘志を燃やしだした横にいるルカの頭を撫で撫でして沈静化。はいはい、良い子だからちょっと落ちつこうね。平和が一番。
そんな時、前から低い声が響いた。
「はて、小間使いじゃと?ここには、妾が認めた先生方しかおらん。それは、妾の国と宣戦布告という意味と受け取ってもいいのかのう?」
えっ!?アミン女王ッ!
しまったっ、撫でるべきはアミン女王の方だったのか?何が大人だ。この人は中身も子供のままだよ。
「うぐっ。違う。私は欠陥まど…まど」
子爵さまが狼狽しだし、執事さんが何か耳打ちをしてる。戦争だめー。
「(子爵さま、エクスですよ、エクス)」
「ごほん。女王よ、勘違いされるな。私はエクスさんに直接、話があるだけですから!あー、エクスさんは自らの過ちに気付いて、私の下に戻ってきてくれたのだよな。そうだろう?ん?んん?」
うえええ。初めて名前を呼ばれたのに、その猫撫で声に思わず背中にぞわぞわと悪寒が走ってしまった。欠陥魔導師とか呼ばずに、ちゃんと呼んで欲しいとか思ってたけど僕が間違ってました。
子爵さまが怖い目で脅迫してくる。執事さんも申し訳なさそうにじっと見つめてくるし。
たぶん、僕が「はい」と答えれば、この場は丸く収まる。僕一人が犠牲になれば良いだけ。
でも、僕はもう負けない。
負けてあげない。
「僕は、貴方のお仕事はお断りしたはずですが」
うおおーっ。
すんなりと言葉が出てきた。
よく考えたら、2回目だしね。
身体に纏わりついてきた子爵さまのぞわぞわが身体から離れていく。ふひゅう。
気持ちいい。
「なっ、何だと!欠陥魔導師の分際で、女王の前で私に恥をかかすとは何事だっ!」
あー。
どう言えば良かったんだろうか?
負けてあげなくて、ごめんね。
「ラァドリッヒ子爵…妾の認めたエクス先生をまだ侮辱するつもりか?覚悟するがよい。その喧嘩、高くつくのじゃ」
「ぬぐっ、そ、そのようなつもりは。決して」
ヤッバイ。
アミン様も怒ってるみたい。
誰かぁー。
このままでは、スライム枕戦争が勃発してしまう。
僕のために争わないでっ。
「アミン女王陛下ッ」
「ん?何じゃ?イエスマン。言いたい事があるなら申してみよ」
この場を納めてくれたのは意外にも執事さんだった。
「女王陛下。発言の機会を与えて頂き感謝します。そこにいるエクス先生と私達には少なからず関係が御座います。それを踏まえて他国の領地で我を通すとおっしゃるなら、それなりの何かを頂きとう存じます」
すると、さっきまで怒っていたアミン女王がニッコリと笑った。
「ふむ。それもそうかの。ならばそちらの用意した魔石を通常の2倍の価格で買い付けてやるのじゃ。それで手打ちにせい」
その様子を怪訝に思っていると、僕の耳にくま吉が囁いてきた。
「やれやれ、相棒。これは茶番なんだぜ」
「茶番?」
今度は反対の耳からウサミが甘く囁く。
「エクスさん。つまり怒ってたのは演技で、これは交渉なのよ。さっきルカが話してたし」
「そうなのかな?」
うーん?
僕には素に見えたけど。
「いえ、それには及びません女王陛下。それよりも、ドワーフはといえば技術力でしたよね」
「そ、そうじゃが?イエスマン、貴様。何が言いたい」
小首を傾げたアミン様に、イエスマンはそこで口を閉ざした。
突如、子爵さまが声をあげた。
「そうだ!良いことを思いついたぞ。ドワーフの国で魔道具を作って貰えばよろしい」
「子爵さま。それは、素晴らしい考えに御座います」
子爵さまの大声にびくぅっと驚いたアミン様が、ジト目で答えた。
「…狸め。良かろう、分かったのじゃ」
どうやら、戦争は回避されたようだ。
ほっとしてると、お怒りの子爵さまと目が合う。
「フンッ、欠陥魔導師め。仕事が貰えなくて残念だったなぁ?貴族であるこの私に逆らうからこうなるのだ」
「アッハイ」
その八つ当たりを聞いてアミンさまの顔が不機嫌になったのを執事さんが宥める。この人も大変そうだな。
「それよりも!アミン女王陛下、宴の準備が出来ております。今日は子爵さまの秘蔵の酒を放出しますので存分にお楽しみください」
「イ、イエスマン?」
慌てる子爵さまを見て、アミンさまはニヤリと笑った。
「ふむ。話が分かるのう。さっきのは聞かなかった事にするのじゃ」
「女王よ、感謝致します。子爵さま。早く行きますよ」
「ぐぐっ、私のコレクションが!」
僕を求めて戦争を起そうとしていた人達が去って行った。酒盛りと聞いて、ドワーフの血が騒ぐのか船員さんたちもぞろぞろと子爵家に入っていく。
僕たちを取り残して、ひゅるりと冷たい風が吹き抜ける。
さっきまで主役だったはずなのに、あっという間にモブになってしまった。
「しっかし、相棒はなんだかお姫様みてえな立ち位置だな」
「うっ…確かに。でも今はモブだけど」
そこに、ようやく人見知りのルカが息を吹き返したのか間に入ってきた。
「それは違うわ。王子さま、家までエスコートして」
悪戯っぽく差し出された小さな手を、僕はそっと握り直した。