84 没落の足音(子爵9)
エクスが帰宅を決意した翌日。
子爵家では毎度のことながら、豚が喚いていた。
「イエスマン、欠陥魔導師はまだ見つからんのか!」
「鋭意捜索中にございます、子爵さま」
彼は、赤ん坊と同じく喚き泣くのが子爵家当主の仕事だとでも思っているのだろうか。脳みそを使わず脊椎反射のみで同じ質問を繰り返す。
「欠陥魔導師以外の者ではいかんのか?確かに金はかかるかもしれんが構わんぞ、ん?どうなんだ?」
「いえ、何度も申し上げている通り、他の者には出来ないのです」
いつもなら、それを何とかするのが執事の仕事だろとお怒りになられるのだが、今日は様子が違った。
追い詰められた事により、ラードリッヒ子爵の脳みそが活性化したのか、その愚鈍な瞳にほんの微かな、あたかも一瞬の火花のような知性の光が宿る。
そして、ようやくお気付きになった。
とても大事な事に!
「イエスマン。なぜ欠陥魔導師でも出来る仕事が他の者に出来ないんだ。ギルマスも言っておったが、あの者は欠陥魔導師なのだろう?」
「それなのですが、・・・・・・誰にもエクスの真似が出来ないのです。そればかりか、大魔導師に認定されたとの噂までありまして」
イエスマンの絞り出すような小声に、子爵さまのお顔は、驚き・怒り・疑惑・困惑とルーレットを回し始めたかのようにくるくると表情を変え始めた。
「なっ・・・だい、だい、大魔導師様だと???けっけっけっ欠陥の癖に?」
「はい。それはあくまで噂ですが」
表情ルーレットがぴぴぴっと、止まったのは疑惑。
「もしや、初級魔法しか使えないというのは嘘だったのか?」
「いえ、それは本当でして。子供でも使える初級魔法しか使えないのは間違い無いのです。ただし、その効果持続時間だけが、誰にも真似が出来ない。異常な長さらしいのです」
ぐぬぬうう。
たったそれだけの違いなのにっ。と顔を真っ赤にして震える子爵さま。
失敗した時に考えるべき事は何か?
反省?対応策?言い訳?恭順?忖度?
否!それは搾取される側の考え方だ。自分は、曲がりなりにも搾取する側の支配者階級の貴族である。
つまり重要なのは、責任の押し付け先。後腐れの無いターゲットに思い当たり、子爵さまの脂肪がぷるぷると怒りに震えた。
「ギルマスだ。・・ギルマスの話を鵜呑みにしたばかりにこのような状況に。あの疫病神めっ、許さんぞ!鉱山送りにしてやるっ」
振り上げた浮腫みきった拳、しかし・・・
ギルマスは、その子爵の怒りの鉄槌をひらりと華麗に回避ッ。その攻撃は無効だと嘲笑う。なぜなら、
「すでに、入っております。彼は、今っ現在!鉱山の中に犯罪奴隷として」
鎮痛な執事の指摘に、ぐはっと口を大きく開ける子爵さま。
ぱくばくと新鮮な空気を吸い込んでどうにか落ち着きを取り戻すと、悔しそうに顔を赤くして鉱山の方向を睨みつけられた。
「ぬううう。ならばせめて刑期を10年追加せよ!」
「仰せのままに」
悔し紛れに、刑期を延長!
関係者各位にエクスのお家芸が無自覚発動し、今日の当選者たるギルマスに、臭いメシ付き10年の追加クリティカルダメージ。
該当者に不吉を告げるかのようにその時、鉱山ではギルマスの粗悪なツルハシが折れた。暗い坑道で、エクスゥゥーという、(まだそんな元気が残ってるんだ!?)意外と丈夫なギルマスの祈りの声が木霊する。まぁ、そんな話はさておき。
「イエスマン。それで、どうすればいい?どうするつもりなのだ?」
「はい。現在、鋭意捜索中です」
現状は手詰まりである。
子爵さまの無意味な叱責と解決策の要求が続くが、いかに有能なイエスマンとて無理な物は無理。
つまり・・時間だけが、死んでいく。
これぞ会議。
成果と言えば無能な子爵さまに、罵倒のボキャブラリーがほんの少し増えたぐらいか。
しかしながら、その時風が吹いた。
突風のように淀んだ部屋の扉を開けたのはメイド長。
「執事様っ、緊急事態にございます」
「何事ですか?」
ただならぬ雰囲気に頭を切り替えるイエスマンだったが、メイド長は子爵さまの存在に気付き、話し難そうした。
「あっ・・子爵さまのお耳に入れるような内容では」
「構いません。ここで話してください」
いつもなら、面倒事を増やされるのを嫌い子爵さまのお耳に重要な話は入れないのだが、今日に限って子爵様のエンドレス駄々っ子メンタルドレインに判断力が鈍っていたのか、その場で重要な話を進めてしまう。
「え?どうなっても知りませんよ、わたしは。・・・隣国のドワーフの女王が視察に来られたようで着陸許可を求めてます」
「何ですと?いつもはシープタウンの祭りで直帰なさるのに。よりにもよって、こんな面倒な時に」
さらに悩みが増えたイエスマンだったが、隣の子爵さまがポンと手を叩いたのを見て、己の犯した過ちに気付き悔しそうに唇を噛んだ。
これ以上、問題をややこしくしないでと天に祈るが。
無駄だ!ちらりと横を見ると、ラードリッヒ子爵が破顔した。そのお顔は、まさに。おおっ、いつものあのお顔だ。
「おおっ、そうだ!良い事を思い付いたぞ」
・・・・執事とメイド長の顔が、数秒先の暗い未来を幻視して仲良くお通夜のように沈み込む。
拝聴せよ、(実現不可能な)素敵なアイデアを!
「ドワーフの女王に、欠陥魔導師を探して貰ってはどうか?ドワーフの技術力ならば容易かろう。ついでに今後は反抗せぬよう教育する魔道具も貰えばいい」
イエスマンに、やはり子爵さまのお耳に入れては駄目でしたでしょ?とメイド長の非難と抗議の視線が突き刺さった。まるで後始末よろしくと言っているかのよう。
ご機嫌な子爵さまの顔が、さらに追い打ちをかける。
眉間にシワを寄せるイエスマンだったが、天啓が閃き声が漏れた。
「そうです。・・ドワーフの技術力があればエクスの魔道具ぐらい作れるかもしれません」
独り言を理解したメイド長と、聞き逃した子爵さま。
「さすが、執事さま」
「ん?何か言ったか?イエスマン」
イエスマンが、メイド長に目配せをした。思わぬところから現状を打開出来る秘策が舞い込み、声が震える。
「いえ、子爵さま。とても素晴らしい考えにございます。そのためにもまずは女王を接待致しましょう」
「で、あろう?任せたぞイエスマン」
イエスマンは笑う。
新たな希望を見つけた男は、メイド長へと指示を飛ばす。
「希望が見えました。我々なら出来るはずです。やりますよ」
「はいっ、永遠氷が溶けてしまいグレードはだいぶ下がりますが全力で接待します。では、着陸許可を送ってきますね」
中庭に、ゆっくりと巨大な飛行船が降りてきた。空を見上げるイエスマンから陽の光を奪い、だんだんとその大きさが明らかになるのを見て思わず感嘆の声が漏れた。
「大きいですね。これが、ドワーフの技術力ですか。これならば、エクスの代替が可能でしょう」
地面間際になるとダウンバーストが吹き付け、舞い上がる砂ぼこりに執事が目を細めた。
そんなシリアスな気持ちを吹き飛ばすかのように、子爵さまの声が響いた。
「イエスマーーン!目に砂が。攻撃されたぞ!私を守れっ」
「子爵さま!?大丈夫ですか?」
慌てて甲斐甲斐しく子爵さまのお世話をしていると、ズゥゥンという地響きがして飛行船が着陸した。
これより、子爵家没落回避(有り体に言えば勤務先の確保?)を賭けた接待が始まる。
ドワーフの女王を満足させよ。
飛行船からタラップが降ろされ、船員と見られるスタイルのいい褐色の女性が次々と降りてきて警護のため展開していく。
その奥から、見た目だけロリの女王が現れた。
そして、女王の隣には少年。
ん??
イエスマンは目を擦った。
どこかで見た事があるような。
なっ!なんだと。探していたが、こんな登場は想定の想定外だと声が震える。
「エクス?なんでそこに」
「何だと!?そうか。そうか!ようやく反省して私の下に戻ってきたのか。全く手間のかかる奴よ」
お気楽にはしゃぐ主人の隣で、予定の狂ったイエスマンは漠然とした不安に駆られた。







