144 討伐隊3 名も無き兵士
一方、エクス家。
ニトラが興奮してバタバタ部屋を走り出して次々と物を壊していく。
「うにゃー!」
「ニトラ落ち着いて、ああっ!1時間スリープ」
「ふにゃ?」
関係者の中で状況を正しく理解したのはルカだけだった。混乱する人を見ると逆に落ち着くというがまさにそれで。
「主、あの女やりやがったな」
「そうね、クレイジーベア」
「旦那様、フールがフールが」
「落ち着いてライ姉。ルカ、少し出掛けてぐえっげほっげほっ」
ルカは背中を引っ張るとエクスの喉が締まった。
「エクス待ちなさい!行かなくても大丈夫よ。あれは、マーラとエクスのせいだから」
「そうだったんですか?旦那様。それならそうと言ってくれれば」
「はあ?僕は何もやってないよ」
意味が分からないというエクスに指を突きつける。
「魔王にあんな力は無い、消去法からいってエクスのバフで調子に乗ってるあの女しかいない」
「そうだぜ相棒。なんか、ヤバそうな触媒持ってたしな」
「つまりは旦那様のせい?」
「だから、何でそうなるんだよ」
エクス以外の人々は、突然の轟音に恐怖して、門の前になだれ込んだ。必死に治安維持する領軍と押し合う。
普段は頼りになるが、今は魔王の手先に見えて仕方がない。
「出せ!この街はもう終わりだ」
「大人しくしてください。街の外は危険です」
「領軍め、なんで理解出来ねーんだ。街の中の方が危険なんだよ」
「現在、それを調査中です」
「訓練漬けのアホどもが、のんびり調査なんかしてたらフールに一人残らず殺されちまう」
「しかし規則で出られません」
「「出ーせ!、出ーせ!、出ーせ!」」
多くの人が逃げ出そうとする中、帰ってきたのはウラカル。
「なんだ?ありゃ」
「アタイは、あんたと一緒に死んであげる」
「ボス、僕もいます」
「まだ負けたと決めるにゃ少し早えな。おっと邪魔だ!どきやがれ」
領民の不安は爆発しそうだったが、平然と入ってくる者がいたため恐慌状態が収まった。
質問が飛ぶ。
「ウラカル!逃がし屋をやってたよな。なあ、外はもう駄目なのか?」
「おい、他のメンバーは?なぜ隊長は帰ってこない」
「知るか!さあ退いた退いた」
「邪魔したら焼き殺すよ」
「皆さんっ。通りまーす。退いてくださーい」
困惑の中、ようやく領軍隊長のリョグが帰還。
「リョグ!!どうなってんだ?外に出せ!」
「隊長!どうしましょう?」
ニヤリと笑ったリョグは高台に立ち声を上げる。
「今の攻撃は、分かんねー。チキン野郎が何人か逃げた。言えんのは俺はこの街を守ってる。だから逃げたい奴までは知らん。門を開け!領軍の守護がいらんやつは迷い木の群れに勝手に突っ込んで死ね」
皆ポカーンとしてる。
動かない部下に檄を飛ばす。
「おらっ、さっさと全開にしろや!」
扉が開くと、強そうな援軍のメンバーが帰ってきた。
町民達は顔を見合わせるものの誰も外に出ようとしない。
それもそうだろう。
リスクを犯して逃げたい奴はとっくに逃げているのだから。
顔を見合わせた。
「領軍もああ言ってるし調査が終わるまで待ってやるか」
「そ、そうだな。魔王もまだ見えないし」
人間は習慣の生き物であり、それを変えることは難しい。
良いのか悪いのかは分からないが、脱走者ゼロ。
とにかく調査隊の報告が気になるところ。
領軍の調査隊に任命された名も無き隊員は、異変の方向へ向かい人々の波と逆らうように走る。
前方から来るのは、マーラとアリエス!
「マーラさん!ご無事でしたか」
「?」
なぜか2人とも服装に乱れは無いようだが。
「フールの被害は?」
「ああ、騒がせたな。あれは私とエクスの殲滅魔法陣だから問題ない」
「ええ!!!凄い威力でしたよ。それなら、なぜ事前にお伝えしてくれなかったんですか?今、街はパニックに」
「作戦がバレると当たらないからな」
「それは、失礼しましたっ。では、フールは?」
「分からない」
怜悧な表情のマーラさんの代わりに微笑んだのはアリエスちゃん。
「やっちゃったかも!です。マーラ様の魔法で、魔の森の半分以上が焦土になってますから」
これは嬉しいニュース。
「すぐ現場確認します。お二人はお疲れ様でした!」
通信の魔道具を取り出した。
興奮で声が上ずる。
「本部本部、こちらは調査隊」
「本部、明瞭度5。調査隊どうぞ」
「先程の正体不明の爆撃は、S級魔導師マーラ様のものと判明。ひっなんですか?マーラさま???」
「訂正しろ、私とエクスの魔法だ」
「失礼しました!マーラ様っ。大魔導師エクスの助力あり。これより現場確認に向かいます」
「続報求む、オーバー」
敬礼して俺は走った。
森の入口に到着して心が震えた。マーラ様の偉業を見て勢いよく魔道具を掴む。
「本部、本部!」
「どうした?調査隊」
「現着した!マーラ様が森を6割焦土へと変えたのを確認。視界が広い!凄い!凄すぎる!」
「吉報をありがとう。帰投せよオーバー」
感激に震えていると上から声がした。
「そこの人、助けてくれ!」
「どうした?どこにいる?」
声の方を見上げると、周囲を囲む壁の上からのようだ。
「ここだー!塀の上に閉じ込められてるんだ」
「分かった、今行く」
疑問に思いながら物見塔の螺旋階段を登ると、壁の上の歩廊に繋がる扉に鍵が掛けられていた。格子の向こうには疲弊したスラム民達が見える。
「出してくれ、森林警備隊に騙されて一日中ここで新型結界の魔道具を稼働させられている。メシも殆ど貰えないし」
「酷いな、少し待て」
再び通信機を握る。
「本部、本部」
「どうした?何かあった?」
「外壁の上にスラム街の人達が森林警備隊に強制収容されているのを発見した」
「何故だ?」
「おそらく新型結界の生贄だろう。腹を空かせて可哀想に。俺は今怒りを覚えている」
「良いぞ、牢屋の鍵をぶっ壊せ!」
話が分かる。俺は森林警備隊が嫌いだと万能キー(剣)を抜く。
「離れてろ、鍵を壊す」
日頃の鬱憤を込めてガンガンと叩くと壊れた。ざまぁみやがれ。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「領軍さま、出来れば食べ物を」
「分かった、取り敢えず全員降りろ!」
だが一人、老人が笑ったまま森を見下ろしていた。
「何をしている。さっさと貴様も降りろ」
「見えるんですよ、星が」
「星?気でも狂ったか、んあっ!?」
歴史の中心にいる。
通信機を持ちながらそう思った。
「本部、本部」
「ご苦労だな。今、食料を運ばせてる」
「違う、そんな事よりも聞いてくれ。あぁぁこれが人の為せる技なのか?魔の森が魔石で輝いている」
焼けた黒土にキラキラと魔石が光る。
まるで夜の銀河のような光景。
「魔石?」
「森の6割の魔物が全て魔石になった!全部集めれば軍隊だって呼べる」
「それほどの量なのか」
「なあ、フールの横っ面を金貨袋で殴らないか?」
「了解!すぐに全員を向かわせる。良くやった。オーバー」
泣いていた。
階段を駆け下りると、スラム民を儲け話に誘う。
「ボーナスタイムだああああ。おい、スラム民、ただ飯を食ったらもうひと仕事手伝え!俺たち領軍は森林警備隊と違って気前が良いぞ!」
皆で金持ちになろう。
魔王フールをあふれる鉄貨で沈めてやる。