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第3話『え!? 同じ値段でステーキを!?』④

 爆弾とか、そういう物じゃないのだろう。


 マルクスの姿を視界から奪った爆炎は降り注ぐ歓声と共に風に流れ、砂埃が晴れると仰向けに倒れ、苦痛にもがく彼の姿があった。


 新品同様だった鎧は無残に歪み、部分的に焼け落ち素肌が露出してしまっている。




「オイ! 何してんだテメェ!」


「マルクスを殺す気か!」


「ルール違反じゃないの!?」




 訪れた静寂は一瞬でブーイングの嵐に変わった。だが、そんなことは関係ないと言わんばかりに試合終了の鐘が鳴り響き、女は特に気に止める様子もなくその場を後にしようと背を向ける。




『勝者――ミミ』




 慌しく駆け込んだ救護班らしき者たちに運ばれて退場するマルクスと対照的に、女はあくまで毅然とした態度で歩みを進めた。


 主催側の様子を見るに、彼女の戦法はルールに抵触してはいないらしい。武士道というか騎士道というか、何かしらには反していたとしてもルール内のことであればその結果は覆らない。




 まぁ、そんなことは今、大して重要じゃない。




 俺が嘆くべきは、元いた世界の住人と同じかそれ以下の民度を晒した『人間』についてではなく、あの女が使用した『魔法』の恐るべき破壊力についてなのだから。


 この世界の戦士たち……俺の敵となる彼女たちがそろってあんな魔法を使えるのだとすれば、その脅威は想像を遥かに超えてきている。


 俺が悪魔に従属する以上、そんな規格外を相手取る必要に迫られることだってないわけではないのだろう。いくらあの鎧が強力とはいっても、あんな攻撃をそう何度も耐えられるのだろうか? いや耐えられたとしてもだ、武器も持たない俺がたった一人でステゴロの勝負を挑んでところで、見事勝利するなんて可能なのだろうか?


 メルトやレヴィアには悪いが、そんなビジョンは見えそうもない。




「ふざけんなっ! どうしてくれんだよ!?」


「テメェのせいで大損じゃねぇか!」


「だらしないわよ! なにが若きエースよ!」




 彼の敗北が覆らないと分かった途端、先ほどまでミミに向けられていた非難が満身創痍のマルクスへと向けられた。


 ほんと、笑える。


 なにが騎士達の聖地だ。


 そんな高尚な肩書には余りにも不相応なその有様を見れば、俺でなくとも落胆するのは当然である。醜いなんて一言では片付けられない。




(とりあえず、参加しなくてよかった)




 この世界での戦いを多少なりとも甘く見ていたようだ。


 あの鎧の破壊力こそ前回の戦闘を通じて理解していたが、幸か不幸かコカトリスもオートマタも魔法を使うことはなく、鎧によって飛躍的に向上した身体能力のおかげで一撃たりとも攻撃を食らうことがなかったのだ。


 俺に与えられた唯一の武器ではあるのだが、わからないことが多すぎる。




『第二試合、選手入場――』




 アナウンスが流れ、先ほどと同様に二人の騎士がアリーナに現れた。


 第一試合に比べ場内の盛り上がりには欠けるが、同程度の体格と装備を有した二人の試合は見応えのあるものになるだろう。


 二人の騎士は定位置につき、誰もが試合開始を今か今かと待ちわびていた。




 しかしながらいつまでたっても開始宣言や鐘の音が鳴り響くことはなく、観客たちは再びざわめき出した。


 アリーナで向かい合った二人の騎士も状況を把握できないのか、試合前だというのに気が抜けた様子でなにやら会話を始めている。




 なにかトラブルだろうか?


 そう思った直後だった。




『緊急連絡です! ご観覧の皆様は直ちに避難してください! 警備兵は全員場内へ――』




 仰々しい館内アナウンスの意味を理解する前に、俺を含めたすべての観客は愕然とした。


 アリーナの中央に立ち尽くしていた二人の騎士――その首が宙を舞っていたのだ。


 崩れ落ちた二人の間には、佇む漆黒の人影があった。


 それは2メートルを優に超え、その手にはその身長に匹敵する巨大な斧が握られている。


 薄汚れた黒の鎧を纏ったそいつは、まるで死神か、中世ヨーロッパの死刑執行者の様な姿をしているのだが、周囲の観客たちは口を揃えてこう言った。




「あ、悪魔っ!」



 なんの前触れもなく、瞬間移動をしたかのように突如として現れたその巨体を前に、観客席からはいくつもの悲鳴があがり、観客たちは他者を押しのけながら我先にと逃げ出した。


 膝に乗せたステーキ肉の詰まった紙袋が地面に落とされ、逃げ惑う人々がそれを踏みつける。


 せっかく親父さんがサービスしてくれたというのに勿体ない――なんて気にしている余裕もなく、俺はその姿に釘付けになっていた。



 全身が浅黒く、乱れた長髪とサンタクロースを想起させる長い髭は恐ろしい獣のようである。

 だが、額から生えた一本の角は、彼がレヴィアやメルティと同じ『デヴィリア』であることの証だった。


 三年前の戦争で幼い二人の少女を残し、悪魔と呼ばれた人間たちは全員殺されたか捕虜になったと聞いている。


 だとすれば、あそこにいるのは彼女達と同様に、こちらの世界の人間――ヒュクランの手から逃げ延びた生き残りなのだろうか?

 それとも、捕虜となったデヴィリアが何らかの方法で脱出に成功したのだろうか?


「どっちにしても……これはまずいだろ」


 観客達が逃げ始めたのに少し遅れて十数名の兵士たちが男を取り囲んだが、赤子の手をひねるが如く次々と巨大な斧の餌食となっていく。

 本来なら彼は味方だ。

 彼が殺しているのは俺達の敵――非道な行いでレヴィアたちを苦しめた人間だ。

 悪魔の従者となった俺が邪魔をするなんてもってのほかで、それは主人に対する裏切り行為に値するかもしれない。


「聖騎士軍はまだか!」

「七聖騎士は来てくれないの!?」

「どけよ! とまるんじゃねぇ!」


 瞬く間に兵士たちはなぎ倒され、屍の山が築かれれていく。

 阿鼻叫喚に包まれる闘技場の中心で、ついにすべての兵士が倒れた。

 次なる標的は逃げ惑う民衆だろう。


「自業自得だ……」


 俺がこいつらを守る必要なんてない。

 人間たちの醜さはよく知っている、俺が守るべきはレヴィアとメルティ、そしてすべての悪魔だけだ。

 うまく行けば彼を味方につけることもできるかもしれないし、仮に変身できたとしても俺は……。

 どちらにせよ、左腕のブレスレットは相変わらず黙ったままだ。

 結局俺にできることなんて何もないんだ。


「――――バーストッ!」


 喧騒の中でその声が確かに聞こえた。

 そして、視線の先で今にも観客席へ飛び込もうとしていた悪魔の体が吹き飛んだ。

 のっそりと振り返る男の前に立ちはだかったのは、赤いフードを被り、短剣を握りしめた女――。


「……ミミ」


 他の出場者は逃げ出してしまったのだろうか?

 人間に仇成す悪魔に唯一立ち向かうのが女戦士……情けない話だ。


「バースト!」


 ミミは身軽な動きで悪魔の攻撃を躱しつつ、隙きを見つけては爆破魔法を撃ち込んだ。

 しかし何度魔法を撃っても一時的に悪魔の動きを封じるだけで、一向に力尽きる気配はない。

 むしろ今にも倒れそうになっているのはミミの方だ。

 魔法を放つたび、彼女の動きが鈍くなっていく。

 それでも彼女が逃げ出さないのは、未だ逃げ切れていない人間たちを守るためなのか、それとも戦士としての誇りなのか。


『臆病者の臭いがプンプンしてるのよ』


 いわれのない言葉だとメルティは怒ってくれた。

 だけどやっぱり、俺には言われる理由があるし、彼女にはそれを言う資格がある。

 俺は臆病だ。

 そして彼女は強く、気高い。

 

「バース――――ぐあっ!」


 あまりに一瞬の出来事で細部はわからなかったが、何度目ともわからない魔法を撃とうとしたミミが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。他の亡骸のように真っ二つになっていないところを見ると、斧の一撃を短剣で防いだのだろう。

 すぐに体勢を立て直すミミだが、マルクスとの試合と違って彼女には決定打がなく、いくら立ち上がろうと、攻撃を避けようと、彼女が一人で悪魔に打ち勝つビジョンが見えない。


「……助けはまだなのかよ」


 気がつけば観客の殆どが闘技場から姿を消していた。

 残っているのは逃げ遅れて出口付近で押しあっている連中と、この状況を傍観している俺だけ。

 どうすればいい?

 俺の仲間は暴れ回る悪魔の方で、全ての人間は敵なんだ、それは分かってる。

 分かってるけど。


「……って、ついこの前も同じようなこと考えてたな」


 レヴィアと初めて出会ったあの日、丁度一週間前の夕暮れ。

 俺は自分の敵だと思っていたレヴィアを助け、味方だと思っていた聖騎士軍の兵隊を倒した。

 あの時と今の違いは、レヴィアとメルティを護ると誓ったこと。

 だけど、どこに所属しようと、誰の仲間になろうと、俺の行動原理は一つだ。


「……うじうじ考えるの、もうやめるか」


 今の俺は何がしたい?

 考える必要もない、答えはとっくに出てるじゃないか。

 俺はレヴィアとメルティを護る、それはどうしたって変わらない。

 だけど、助けが必要な奴がいるなら手を伸ばす、護りたいものは何としてでも護り抜く。

 

「ビビってる場合じゃないよな」


 変身できなきゃ勝ち目はない?

 マスクナイトならそんなこと考えもしないだろ。

 あれはそう、『マスクナイト・第20話《変身不能!ナイトチェンジャーの秘密》』での出来事。イノシシ男の『猪突猛進アタック』をくらい、瀕死のダメージを受けたマスクナイトは、変身ブレス『ナイトチェンジャー』のエネルギーを全放出する『ナイトバースト』を放ち、なんとかイノシシ男を撤退に追い込んだ。しかし、ナイトバーストは使用後3時間変身不能になる諸刃の剣だったのだ! クールタイムを終える前に再び人々を襲うイノシシ男に対し、装転できないマスクナイトは生身で果敢に立ち向かい、その剣を振るったのである!

 

 そうだ、言い訳はもうやめろ。

 変身できなくたって、それは戦わない理由にはならない。

 人間も悪魔も関係ない、ヒュクランもデヴィリアもどうでもいい。

 俺は今――あの高飛車な女戦士を護りたいんだ。

 そのために、戦いたいんだ。


「熱き正義を滾らせろ!」


 ――カシャン。


 闘技場に金属音が鳴り響き、左腕のブレスレットが左右に開いた。

 ずいぶんタイミングよく起動してくれるじゃないか。

 なら、存分に使わせてもらう!


「装転――ッ!」


 ブレスレットの中央に出現した紫の水晶を強く押し込み、俺は闇に包まれた。


≪ Provisional Contracting......OK. Transfer armed!≫


 電子音声が耳元で鳴り響き、全身に漆黒の鎧が装着されていく。視界から闇が晴れた時、俺は暗黒騎士へと姿を変えていた。

 バイザー越しに二人の姿が映る。

 望遠レンズのようにハッキリと見えたのは、膝をついた満身創痍のミミと、斧を頭上に掲げた悪魔の姿だ。

 二人までの距離は数十メートル。両足に最大限の力を込めて地面を強く蹴り上げた。

 全身が大きく跳ね上がり、ミサイルの様に空中を疾走する。

 悪魔は掲げた斧を振り上げ、ミミの頭めがけて振り下ろした。


「ナイトォ――キィックッ!」

「――――ッ!」


 声にならない声をあげ、斧の悪魔は数十メートル先の壁に衝突した。

 観客席の一部が音を立てて崩れ落ち、土煙が舞い上がる。

 ギリギリセーフだ。


「あ、あんた、なんなの?」


 驚きの表情を隠さない彼女に安堵の息がこぼれた。

 かなり体力を消耗しているようだが、幸い致命傷は負っていない。


「あの悪魔を一撃で倒すだなんて、一体……」

「俺か? 俺は――――どけっ!」

「きゃっ!」


 その瞬間、巨大な斧が回転しながら俺たちめがけて飛んできた。

 ミミを突き飛ばし、間一髪それを回避する。


「まだ倒れてないのかよ――!」


 未だ晴れずにいた土煙が切り裂かれるように吹き飛んだ。

 そこから現れたのは、倒したと思い込んでいた悪魔だ。しかし。その背中には蝙蝠の様な形の巨大な翼が生えている。

 悪魔はその翼をはばたかせ、鳥の様に高く舞い上がった。


「あの悪魔、飛べるのか!?」


 奴が突如闘技場に現れたのは瞬間移動でもなんでもない。空から飛び降りて来たのだ。だから、あの場にいた人間達の不意を突けたのだろう。

 それにしても、悪魔と人間の外見的な違いは角の有無だけと聞いていたのに、これは一体どういう事だ。


「あれは普通の悪魔じゃないわ。聖騎士軍は捕らえた悪魔に魔獣の力を移植する実験をしているって聞いた事があるの。あの頑丈な体もその産物かもしれない」

「……それじゃあマジで改造人間じゃねぇか」


 聖騎士軍の奴ら、どこまで非道なんだ。

 捕らえるだけに留まらず、洗脳するだけじゃ飽き足らず、悪魔と呼ばれた人間を、本当の悪魔の様に造り変えてしまうだなんて。


「助けらんねぇのかよ……」

「洗脳された悪魔が暴走するところは何度も見たわ。ああなってしまったら、説得しようとしても無駄よ」

「そうか……そうなのかよっ!」

「来るわ!」


 太陽を背に、両腕を伸ばした悪魔は急降下する。

 肥大化した鋭い爪で、俺たちを切り裂くつもりか。


「剣だ! 剣を貸せ!」

「はぁ!? 嫌よ! これは私の命なんだから!」

「そうかよ! なら――」


 辺りに散らばった兵士の死体、その手に握られた両刃の剣をひったくるように奪い取り、上段の構えで意識を集中する。

 その時ーー。


≪Error! This sword cannot be registered. Equip your sword.≫


「は? なんだこれ?」


≪Error! This sword cannot be registered. Equip your sword.≫


 剣を構えた瞬間、バイザーの内側に赤文字でアルファベットの長文が表示され、電子音声が鳴り響いた。

 それは俺の集中力を削ぐかのように、何度も点滅を繰り返す。


「こんなんじゃ集中出来ないっての!」


 叫んだ瞬間、ふと、小学生時代に師匠と交わした会話を思い出した。



『いいか深夜。敵は一心不乱にお前を殺しに来る。少しでも集中力を欠けばお前は死ぬだけだ』

『でも師匠。もし何かが集中の邪魔をしたらどうすればいいんですか?』

『深夜』

『はい』

『――どんとしんく、ふぃぃる」



 どんとしんく! ふぃぃる!

 そうだ! どんな邪魔も関係ない!

 俺はただ、俺の剣を振るうだけだ!


「剣道五段を舐めんじゃねぇ!」


 遥か上空から舞い降り、数メートル先まで迫った改造悪魔。

 タイミングを計り、その正中線目掛けて渾身の一撃を放てばそれでいい。

 師匠、そしてマスクナイト――あの技を使います!


「ナイトォ――スラァッシュ!」


 俺が剣道において最強と考えている必殺技――ナイトスラッシュが、突進する悪魔を一刀両断に切り伏せ、正中線に沿って二つに割れた悪魔の体が地面に落ちた。

 どれだけタフでも、こうなってしまえば二度と起き上がることはない。


「……ごめんな」


 さっきまで全身が熱くて、どうしようもないほど興奮していたのに、血の気が引いていく感覚と共に、頭が鮮明になっていく。

 いくら改造されていたとは言え、いくら大勢を殺したとは言え、俺は人間を殺したんだ。

 彼もこんな結末を望んでいたはずはないだろう。

 再び始まった戦争で、戦いのさなか捕まって、暴走するまで弄られて。


≪Error! This sword cannot be registered. Equip your sword.≫


「うるせぇよ」


 アルファベッドの点滅は、剣を地面に突き立てた途端に停止した。

 それと時を同じくして、真っ二つに切り裂いた改造悪魔の亡骸は、轟音と共に爆発を起こした。


「ーーッ!? なんで爆発したの!?」

「そういうもんだろ」


 数えるのも嫌になるほどの死体の山は、俺が迷わなければ救えた命なのかもしれない。


「あんた……本当になんなのよ」


 そして彼女が居なければ、もっと大勢の犠牲が生まれていただろう。

 二度とこんな惨状を作らないためにも、俺はもう迷わない。


「今の構え……それに『剣道』って――」

「貴様ら! なにをしている!」


 突如として、銀の鎧の兵士たちが闘技場に雪崩れ込んだ。 

 彼らが手にする盾の表面には、白い翼の紋章が描かれている。


「聖騎士軍とあろうものが遅かったじゃない」


 ミミがぼそりと呟いた。

 なるほど、こいつらが聖騎士軍か。

 俺の正義と相反する天使の軍団。


「おい貴様ら! 悪魔をどうした!?」


 中央に立つ一人の兵士が、遠巻きに切先を向けてそう叫んだ。


「あの改造悪魔なら、俺が倒した」

「な、なにぃ!? 貴様は何者だ! 所属と名を名乗れ!」

「名前? 俺は、俺は……」


 正義の騎士マスクナイト。そう名乗れたらどれだけ幸せだったことか。

 残念ながら俺はまだその名に相応しくない。

 俺は、この鎧は――。


「俺の名はブラックナイト……暗黒騎士ブラックナイト!」


 そうだ、俺は偽物の悪魔令嬢に仕える騎士であり、彼女たちをもう一度自由に――人間に戻すために闘う戦士。


「お前たち聖騎士軍を倒すために地獄から来た――『悪魔』だ!」


 その言葉に兵士たちは一瞬怯んだものの、「捕らえろ!」と叫んだ兵士の号令で、一斉に刃を抜いて走り出す。

 これでもう後戻りはできない。

 聖騎士軍と戦い、いずれデヴィリアの世界に平和をもたらす。

 俺がこの世界に来た理由、俺にこの鎧が与えられた理由、それが今はっきりと分かった。


「来るなら来い、一人残らず倒してやる」

「まって、ブラックナイト」


 迫りくる数十名の聖騎士軍を前に、地面に突き立てた剣を今一度引き抜こうとした俺の腕をミミは掴んで制した。


「いくらあんたでもこの数は分が悪いわ。それに増援が来るかもしれない。だから、この場は私に任せて逃げるのよ」

「え? いや、下手したらお前が捕まるぞ」

「あんた絶対訳ありでしょ? 私なら大丈夫だから、早く」

「……分かった、この恩はいつか返す」

「いらないわ。さっき助けてもらった恩返しだから」

「ああ、そうだったな」


 彼女は俺から手を放すと、わざとらしく地面に倒れた。


「痛っ! 誰か、そいつを止めて!」

「大丈夫か!? クソ! 待てぇ! ブラックナイト!」


 なるほど、そういう作戦か。

 なかなかの女優じゃないか。


「またどこかでね、ブラックナイト」

「ああ、またな」


 俺は地面を強く蹴り上げ、観客席を経由して闘技場の外に飛び出した。

 観客席を経由した理由は語るまでもなく、置き忘れたステーキ肉やらの食材を持ち帰るためである。



   * * * * * *



 闘技場を飛び出した後、太い木の陰に身を隠したところで変身が解けた。幸い周囲には誰もおらず、姿は見られてなさそうだ。

 今にして思えば、客席で変身したのが迂闊だった。

 逃げ惑う観客たちは俺のことなど気にも留めていなかっただろうし、ミミもそれどころではなかったはずだから正体がばれていないことを願おう。

 なんにせよ、今後は変身する場所を選ばなければならない。

 ブレスレットが言うことを聞いてくれるようになれば、という前提付きだが。


「にしても、疲れたな……」

「あれ? シンヤ様?」


 その声に思わず体が跳ね上がる。

 恐る恐る木の反対側を覗き込むと、そこには細長い木箱を持ったメルティが立っていた。


「やっぱりシンヤ様! どうしてそんなところに隠れてたんですか! 武道大会でトラブルが起きたって大騒ぎだったんですよ! いつまで経ってもシンヤ様の姿はみえないですし、心配で気が気じゃなかったんですからね! もしかして陰から覗いて楽しんでたんですか!?」

「いやいや、ちがうから! 落ち着け! な!?」

「シンヤ様のばか~! ふえぇ~ん!」

「泣くなよ~! ごめんごめん! 心配かけて悪かった!」

「ばか! ばか!」

「ははは――いてっ! 痛い! ちょっとまじで! 脛を蹴るのは無しだろ! 弁慶だって泣いちゃうんだぞ!」


 木箱を抱えているせいでぽかぽかパンチではなく執拗に左脛を蹴られて本当に痛いが、メルティが無事で一安心だ。

 そういえば神殿とやらで待ち合わせをしていたはずだが、彼女はどうしてこんなところにいるんだろう?

 周りを見渡しても神殿らしきものは見当たらない。

 あるのは木製の小屋と……朱色の鳥居?

 

「な、なぁメルティ」

「ぐすっ……なんですかぁ……心配かけた罰で晩御飯はちょっとだけですからね!」


 抜きにはされないのか。

 このメイド、激甘である。

 いや、そうじゃなくて。


「これって、神社だよな……?」


 気がつかなかったが、俺が隠れていた太い木の幹にはし(・)め(・)縄(・)が巻かれている。

 全くの異世界だと思っていたが、信仰する神は俺の世界と同じなのか……?


「じんじゃ……? 私たちは神殿と呼んでいますが、シンヤ様はなにかご存じなんですか?」

「俺が住んでた世界には数え切れないほど建ってたよ」

「シンヤ様の世界……?」

「ああ、そこは――って痛ぇ!」


 すっかり忘れていた。

 俺が異世界の住人であることは禁句だったな。


「シンヤ様! どうしましょう! 私のキックが強すぎて腕まで衝撃が!?」

「いやいや、大丈夫大丈夫。メルティの蹴りなんて気持ちいいくらいだよ」

「ならいいのですが……」


 こんなところに神社があるのは気になるが、とりあえず今日は色々ありすぎて疲れたし、早く屋敷で休みたい。

 メルティの料理も食べたいし……って、そういえば。


「ごめんメルティ。これ落としちゃってさ、運悪く通りがかった奴に踏まれちゃったんだよ。ごめんな」


 ぐしゃぐしゃになり足跡のついた紙袋をメルティに見せると、彼女はなんでもないように笑って見せた。


「大丈夫です! 袋は破れていないみたいですし、ステーキは無理でもシチューにしちゃえば問題ありませんから!」

「おお! メルティのシチュー楽しみだ!」

「はい! いっぱい作るので、たくさんたべてくださいね!」


 満面の笑みを浮かべる彼女は、心配をかけた罰の話は忘れてしまっているらしい。

 

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。騒ぎに巻き込まれたら大変ですしね」

「そ、そうだな」

 

 さっきまで騒ぎの中心に居たなんて言ったら、彼女は心配で寝込んでしまいかねない。

 今日の出来事は、折をみて話すことにしよう。


「その木箱重そうだな。俺が持つよ」

「いえいえ! 見た目に反して鳥の羽の様に軽いので私が持ちます! 私が持ちたいです!」

「そ、そうか。なにが入ってるんだ?」

「えっと、それは内緒です!」

「内緒かぁ」


 ランジェリーかな? ふふふ。


「帰ってからのお楽しみですよ! さぁ世界の門まで競走です! お先に~!」

「あ! ずるいぞメルティ! まてまて~!」

「うふふふふ~」

「あはははは~」



 なんて。

 俺とメルティがいちゃついている間に、レヴィアに危機が迫っているなど考えもしなかった。

 あの屋敷にいる限り彼女は安全だと、理由もなく思い込んでしまっていた。

 レヴィアの言う通り、二つの世界はまだ戦争の真っただ中なのだ。

 俺がこの世界に訪れたあの日、聖騎士軍がデヴィリアの世界を偵察していたことは紛れもない事実だというのに。


「あらぁ。可愛らしいお嬢さんね」


 純白の鎧を纏った仮面の騎士は、屋敷の窓から睨む悪魔の少女を舐めるように見据える。


「安心して? あたしは男にしか興味が無いから」


 度重なる騎士の攻撃で、屋敷を護る結界も限界を迎えてた。

 そして、ついに結界は機能を停止する。


「七聖騎士が一人、『純潔の騎士スターティ』。迎えに来たわよ、最後のお姫様」


 全力の魔力を放出するレヴィアの瞳には、絶望と焦りの色が浮かんでいた。

 ちゃんと歯は磨いてるか? ブラックナイト、黒川深夜だ!


 七聖騎士の一人、純潔の騎士が攻撃を仕掛けて来た!

 水の魔法で分身を作るなんて厄介な奴だぜ!

 このままじゃまずい、一体どれが本物なんだよ!?


 次回、《デモンバトラー ブラックナイト》

 第4話『激ファイト! 暗黒騎士VS純潔の騎士』


 熱き正義を滾らせろッ!

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