第3話『え!? 同じ値段でステーキを!?』③
「よぉメルト! 久々だなぁってなんだ!? 今日は彼氏連れか!?」
「いえいえそんな! か、彼氏だなんて……! えへへ」
色黒で筋肉隆々のハゲたおっさんに本日四度目の質問をされ、メルティは頬を赤らめた。
「おい兄ちゃん。メルトを泣かせたらタダじゃ済まねぇからな!」
「あ、いえ、マジでそういう関係じゃないんです。ただの用心棒です」
この返しもこれで四度目である。
どうもメルティはこの商店街の人気者らしく、行く先々で声をかけられるものだから、一応敵国の所属としては気が気じゃない。
彼女自身どう考えているのか、いや、多分たいして考えてはいないのだろうが、そこそこリスキーな状況だということは後で説明しなければならないだろう。
「なんだ? そうなのか?」
「ハイ! シンヤ様は私のナイト様なんです! ねー!」
「あ、はい」
ねー! って、どうしたメルティ。人混みで疲れてしまったのか?
「シンヤっつうのか。まぁそういう事なら許してやる! さぁ好きなだけ見てきな! そんでジャンジャン買ってくれ!」
「ハイ!」
何を許されたのかは疑問だが、今それはどうでもいいか。ここに来て俺のテンションもかなり上がってきた。
武器屋の様な風態の店主が経営するこの店だが、その実メルティが吟味し始めた商品は『肉』である。
「これなんかすげえ旨そうじゃん」
「お! 兄ちゃん中々良い目利きだな! そいつぁ中々の上物だぞ! うちの店じゃ一番の高級品よ!」
「まじすか! いいですね!」
なんの肉かは存じ上げないが、目の前の霜降りステーキが非常に魅力的だ。さっきあれだけの金を入手したのだし、メルティの機嫌も良さげだし、ここは一つ、おねだりでもしてみるか。
「なぁメルティ」
「ダメですよ」
意外や意外、まさかの即答である。
「今日は食材以外にも買うものがありますから、しばらくは節約生活です。ステーキはそのうち別の機会に」
「……はい」
ここでわがままを言うほど俺も馬鹿ではない。こちとら実質のプー太郎なのだ。そもそもそんな奴がおねだりをする資格などありはしない。俺は何を勘違いしていたのだ。自分が自分で恥ずかしい。
「……はぁ」
「が、がっかりしないでください! 他のお肉ならいくらでも大丈夫ですから!」
「じゃあこれとこれとこれとこれとーー」
「そんなにいっぱい買ったら他のものが買えませんよっ!」
慌てる彼女を見て、肉屋のオヤジさんは豪快に笑った。
「なんだ兄ちゃん? 肉がそんなに好きなのか?」
「そりゃあもう。三度の飯より肉が好きです。ってか肉嫌いな奴なんかいます? それもこんなに旨そうなら尚更ですよ」
「そうか! いいぞ気に入った! タダでとはいかねぇが、今日は特別に挽肉と同じ値段で売ってやる!」
「え!? 半額以下になっちゃいますよ!? いいんですか?」
「気にすんな! おめぇさんには贔屓にしてもらってるしな! それによ、ナイト様に精付けてやんなきゃ夜の仕事もできねぇだろ? なぁ?」
「あ、いえだからそういうんじゃ……」
「夜の仕事……? とにかくありがとうございます! ご好意に甘えさせていただきます!」
何はともあれ、おやじさんの粋な計らいでステーキ肉やらその他の肉を沢山購入することとなり、荷物持ちである俺の手は紙袋でいっぱいになった。
次からはバックパック的なものを持参した方が良さそうだ。
「そんで兄ちゃん、ナイトってことはアレに出場すんだよな? もうそろそろ始まる時間だが、こんなとこで油売ってていいのか?」
アレというのは、武闘大会とやらのことだろう。
やはり興味がないわけではないのだが、紙袋を抱えて出場するわけにもいくまい。
「いえ、時間もそんなにないんで出場はしません」
「なんだそうなのか? こんな辺鄙な街じゃ普段はお目にかかれねぇような手練れが集まってるからよ、一度くらいは見といたほうがいいと思うぜ? 兄ちゃん弱そうだしな」
「……ははは、やっぱりそう見えます?」
然程、ショックではない。
ついさっき猫目の女にもそう言われたばかりだ。
実際問題、俺は弱いのだろう。いくら剣道の技術を磨いてきたとはいえ、所詮はスポーツなのだ。こんな異世界で、この前みたいなモンスターに襲われてしまえばブレスレットに頼るしかないだろう。
いかにも下っ端戦闘員ポジションでありそうなオートマタにだって歯が立たなかったのだ。そんな俺が弱いと言われても、反論の余地なんてありはしない。
「そんなことありません! シンヤ様はとっても強いんですからね!」
だからメルティがそうして否定するほど、自分が惨めで仕方ない。彼女は俺に期待している。あの暗黒騎士ではなく、この俺に。
そんなの、答えられるほど俺は立派じゃなければ強くもないのに。
「ガッハッハ! じゃあ尚更見とかねぇとなぁ? 武闘家ならいつ誰が敵になるかもしれねぇんだから、情報を握っとくのも立派な戦術だぞ」
いつ敵になるとか、もう既に敵なんだよ。俺にはメルティとレヴィア以外、味方なんていないんだ。
なんて悪態をついたところでなんの得にもなりやしない。
わかってはいるが、どうもそんなことを考えてしまう。
「そうですねぇ……やっぱりそうですよね! ね! シンヤ様!」
何がですかメルティさん?
そう訊き返す前に、彼女はこう答えたのだった。
「残りの買い物は私に任せて、シンヤ様は大会の見学に行って下さい! 私も後から追いかけますので!」
「え? それはありがたい話だけど、一人じゃ大変だろ?」
「ご心配には及びません。シンヤ様がお肉を持ってくれていますから、いつもより楽なくらいです。それに、ちょっと一人で行きたい場所もありますので」
一人で行きたいところ……ランジェリーショップかな? ふふふ。
まぁいいか。この様子なら一人でも問題なさそうだし、俺はのんびり見学でもしてこよう。
「わかった。なら俺はそっちに行ってみるよ。それでその大会はどこで開かれてるんだ?」
「なんだ兄ちゃん? 見ねぇ顔だとは思ったがこの街は初めてか? ほら、アレだよアレ」
「アレ?」
オヤジさんが指差す方に目を向けると、そこには他の建物の屋根から顔を出す巨大な円形の建物が聳え立っていた。
人混みをかき分けるのに精一杯だったとはいえ、あんなものを見逃していたとは。
「ここの闘技場つったらかなり有名なんだがなぁ。兄ちゃん知らなかったのか?」
「あ、えぇまぁ。地元から離れたことなかったもんで」
「ガッハッハ! そうか、だったら僭越ながら言わせてもらうぞ」
彼は握手を求めるように右手を差し出し、ニヤリと口角を上げた。
「ようこそ、騎士達の聖地――『ジラバ』へ!」
「ジラバ……」
思えば、この世界の地名を聞くのはこれが初めてだった。
レヴィアの屋敷があるあの場所の地名さえ俺は知らない。
「騎士達っていうのは聖騎士軍関係ですか?」
「そうだ! いいか? ここはかの七聖騎士が天命を授かった土地なんだ。そしてその舞台となったのがあの闘技場ってわけよ。それを記念して一昨年から『聖騎士杯』が開催されるようになったんだ」
「なるほど」
それはまた、随分と歴史の浅い催事だ。
だが、同時に決定的な祭事でもある。
人間が悪魔に勝利したという歴史を表すのには充分すぎるほど。
「とにかくありがとう。俺は見学に行ってきますよ」
「おう! 今日は血の気の荒ぇ連中が多いから気を付けろよ!」
「じゃあ私は買い物の続きに行ってきますね。用事が終わったら闘技場前の神殿で待ってますから、気の済むまで観てきてくださいね」
「神殿……? って、ひと目でわかるもんなのか?」
「入り口に目立つ朱色のアーチがありますから、すぐにわかると思いますよ」
「神殿も知らねぇたぁ大物だな! ますます気に入ったぜ! サービスしてやるからいつでも来いよ兄弟!」
俺はオヤジさんと握手を交わした後、メルティと別れて闘技場に向かった。
さっきまで全然気がつかなかったが、道行く人の中には剣を携えている者が少なからずいて、それが『騎士達の聖地』という言葉の証明であるように思える。
「さぁさぁもうすぐ一回戦の始まりだよー!」
闘技場は近くで見ると迫力満点だ。大きさは野球のスタジアムより一回り小さいが、石造りであるせいか余計重圧を感じずにはいられない。
入り口付近は人混みで溢れかえっており、神殿とやらを確認することができなかったが、あとからでも特に問題ないだろう。
「今回の一番人気は聖騎士軍の若きエース・マルクスだ! 一本百バリスから受け付けてるからジャンジャン買ってジャンジャン儲けなー!」
入り口付近の人混みに紛れ、何やら怪しげな男が紙切れを売り捌いている。
その男の前を素通りし、人波に乗って天井の高い入り口を潜った。するとすぐに階段が上に伸びていて、その向こうに青空が見えている。
「うわ、すげえ」
思わず、呟いてしまった。
そこそこ長い石造りの階段を上り切った先には、前の世界でもそうそう見たことがない程の人間で溢れかえっていたのだ。彼らはベンチのようなスタンド席に座り、アリーナに登場するであろう出場者を今か今かと待ちわびている様子だ。
「あ、すみません、前通ります」
「うぉおおおおおおっ!」
「えっ!? なにっ!? ごめんなさい!?」
なんとか空いている席を見つけ出し、やっとの思い出席に着いたその瞬間、怒声にも似た歓声がコロッセオを飲み込んだ。
見ると、アリーナには選手らしき二人の姿があり、互いに向き合って中央を目指し歩みを進めている。
一方は中々立派な西洋風の防具を纏い、左腰に長剣を備えた金髪の青年だ。遠目でも分かるほど身体の軸がブレておらず、歩き方だけで相当の強者だと見て取れる。
「マルクス! しっかりやれよ!」
「テメェに5万も賭けたんだ! 負けんじゃねぇぞ!」
「そんな女とっとと潰せ!」
周りにいるガラの悪い連中がヤジを飛ばした。
それにしてもマルクスって、さっき一番人気とか言われてた奴か。応援以上にヤジが増えるのも納得だ。実際とんでもなく強そうだし。
それに対して相手に対する応援はほとんど無いに等しかった。
それもそうだろう。体つきから相手は明らかに女性であり、マルクスと比べてかなりの体格差がある。それだけでもかなりのハンデなのに、彼女の装備は一本の短剣と、防御を考慮していない赤い頭巾……って、あれ?
「あの格好……」
頭巾だけじゃない。腰に下げた短剣には見覚えがある。
――――臆病者の臭いがプンプンしてるんだよ。
俺にそう言い放った猫目の女がアリーナで短剣を構えていたのだ。
武道の心得があるのは明らかだったが、まさか大会に出場するほどだったとは。
『第一試合、マルクス対ミミ――試合開始!』
驚きもつかの間、開始宣言と共にどこからともなく鐘の音が鳴り響いた。
それに呼応するように会場の歓声も大きく跳ね上がる。
二人の剣士は同時に剣を引き抜いた。最初に距離を詰めたのはマルクスの方だ。目にも止まらぬ速さで前進し、頭上から剣を振り下ろす。
だが、猫目の女『ミミ』もそれを易々と受け入れず、左手に持った短剣でその刃を受け流す。それを受けてマルクスは切っ先の軌道を変え諸刃の剣を振り上げるも、彼女は素早く身を翻して華麗に躱して見せた。
「あの姉ちゃんなかなかやるじゃねぇか! おいマルクス! 気合入れろ!」
隣のオッサンがヤジの様な激励を飛ばすが、この試合の決着は既に見えている。
マルクスの実力は評判通りだ。一見ミミも善戦している様だが、彼の攻撃を防ぐことに精一杯で全く反撃する様子がない。いや、そんな隙を彼が一切与えていないのだ。
ミミが必死にマルクスの体勢を崩そうと立ち回っているにも関わらず、彼の身体は一本の軸を通したかの如く全くぶれていない。実力の差が如実に現れてしまっている。
とはいえ彼女が弱いわけではないのだ。言うだけはある、対峙した剣士が俺だったら既に彼女は勝利しているだろう。
だが、相手が悪すぎる。マルクスが四方八方から繰り出す斬撃は遠目から見ても分かるほど重く正確だ。聖騎士軍の若きエースの触れ込みは伊達じゃない。
武道をかじっていた者なら誰でも察するだろう、ミミが押し切られて負ける、そんな風に。
「――――ッ!」
だが、俺は失念していた。この世界が俺の住んでいた世界とは決定的に違う概念を持っていることを。
ミミが何かを叫んだのだ。
観客の声援に阻まれて何を言ったのかは聞き取れなかったが、恐らく聞こえていたところでその先の展開を理解するには至らなかったに違いない。
「……マジかよ」
女が後方に大きく跳ねた直後、アリーナの中央が爆発した。直径5メートルほどの広範囲がその中に巻き込まれ、マルクスの姿は一瞬にして炎の中に包まれた。




