C面
――C――
……と、まぁ、そんなこんなで結局、攻略対象と仲良くなろうなどという僕の浅はかな計画は、ものの見事に全て頓挫した。こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。
正直、多少間違っても、一人くらいは仲間にできると思っていた。友情エンドだとしても、仲間との絆の力で魔王は倒せたはずだし。それがまさか、あの、恋愛まで進めなければ一番簡単なルートだったエリックまであんな様子で、絆どころではなかったのだというから笑えない。セド先生とか、頼み込めば来てくれるかもしれないけれど、絆となるとなぁ。
あれから各員の様子を見ながら一週間ほど過ごしてみたけれど、状況は変わらず。アレンはすごい顔で僕たちを見てくるし、クロウは研究室から出てこないし、セド先生は人が変わったようだと評判だし、エリックは三歩引いてイリアの影を踏まないよう接してくるし、不敬が怖くて王子殿下には近づけない。
また、一連のことが噂となり、他の人たちも、僕らを遠巻きに見るばかり。廊下でばったり出会ったアマーリエ嬢が二秒で意識を失ったせいで、噂に拍車が掛かったような気がする。
「どうしたもんかなぁ」
「結局、どうして彼らと接触したかったの? 倒せないモンスター、というのが、彼らと関係するの?」
黄昏時の教室で、イリアは頬杖を着きながら、僕に問いかける。もうここまで付き合って貰ったんだ。正直に、言ってしまおう。というか、取り繕うのも限界だし。
「僕は、前……うーん、夢みたいなもので、未来の可能性を知っているんだ」
「未来?」
首を傾げるイリアに、僕はただ、淡々と言葉を続けることしかできない。
「そう。それによると、君と彼らで手を取り合って、絆の力と光魔法で、復活する魔王を倒す、と、あった」
「なんで絆の力なの?」
「正負の関係だ……った、と思う。なんでも、負の力を持つ魔王には、信頼とか、友情とか、愛とか、正の力でなければ倒せない、らしい」
「なるほど」
イリアは頷きながら、真剣に僕の話を聞いてくれる。魔王が復活する、なんて、今の段階で予兆も前兆もないような夢物語を話しているのに、彼女から嘲りや不信は感じなかった。
「笑わない、のか?」
「うん。そういうことなら、もっと早く話してくれても良かった、かも」
「は、はは、そうか、そうか。……イリアは、優しいんだな」
「優しいのはキミだよ」
もっと……もっと、僕が彼女を信じていれば良かったのか。
なんだか、情けない話だ。守られてばかりで、怯えてばかりで、恥ずかしい。
「また、仲間捜し、手伝ってくれるか?」
「うーん、それなんだけどさ」
「?」
イリアはそう、きょとんと首を傾げた。
「キミじゃ、だめなの?」
「僕?」
「正の力で魔王を倒すんでしょ? だったらわたしは、キミが良い」
まっすぐと告げられた言葉に、その美しい微笑みに、僕は思わず息を呑む。
僕は――いや、そうか、僕は気がつかないうちに、自分自身を物語から排除していたんだ。
でも、物語に関係のない彼女を引っ張り出してまで、僕は、新しい家族と友人のいるこの世界が守りたかったんだ。なら、僕自身が責任を持って、魔王を倒すべきだろう。
「ありがとう。おかげで決心が付いたよ。僕も戦う」
「うん。心強いよ」
「はは。足を引っ張らないか心配だけどな。でも、意外だよ。イリアが僕を信頼してくれていたなんて。あ、友情か? どちらにせよ、イリアと正の感情で結ばれることは光栄だし、その、照れくさいけど嬉――」
なんとなく気恥ずかしくなって、顔を逸らしながら早口でまくし立てる。けれど僕が言い切る前に、イリアの声が、被さった。
「うーん……やっぱり、伝わってなかったかぁ」
どこか、残念なような、けれど、察していたような達観した声だった。
「――え?」
疑問符を浮かべる僕に、イリアは席を立って、一歩近づく。
彼女の意図が読めなくて、僕もまた席を立って、一歩離れた。
「ダンジョンでは、強さに男も女もないよ」
一歩、距離が詰められる。
僕もまた、一歩、離れた。
「性別も年齢も身分も関係なくて、ただ強い人が生き残って、ただ弱い人が死ぬ」
「イ、イリア?」
一歩、距離が近づく、
一歩、離れて、背中が壁に張り付いた。
「――ところで、ウィル。知ってる?」
「なに、を?」
唐突に変わる話に戸惑うよりも、息の掛かる距離に、彼女の顔があることに、動揺する。
「どんなに見た目が好みでも、ひとは、圧倒的な力を持つ相手を同じ人間だとは思わない」
「そんな、あれ、あ、それでエリックたちは……」
「うん。そう。でも、最初にあの酒場で力を見せたのに、キミだけは違った」
襟を掴まれる。えっ、殴られるの?!
痛みの予感と、それから、鮮やかな海色の瞳が直ぐ傍にあることにドギマギして、僕は思わず目を瞑った。
「だから、わたしは決めていたんだ。強い人よりも、わたしを見てくれるひとを選ぼう、って」
「は?」
引き寄せられて。
唇が、あたたかくて、柔らかなもので、ふさがれて。
「むぐッ!?」
僕と彼女の距離が、ゼロになった。
「わたしがキミを守るから、キミはちゃんと、わたしに守られてね?」
唇が離れる。
初めて見る表情の彼女は、ゲームなんかとは比べものにならないほど艶やかで、香り立つような笑顔を浮かべていた。
「じゃ、わたしは理事長に休学届を出してくるから――」
教室を出て、それで、ああ、そう、と忘れ物でもあったかのように、イリアは出がけに振り向いた。
「――末永く、よろしくね? 逃がさないから。わたしのウィル♪」
壁に貼り付けた背中から、ずるずると床に落ちる。
言われてみれば、僕はずっと、彼女に“わたしが守る”と言われ続けていた。
『大丈夫だよ。キミはわたしが守るから』
『キミはわたしが守るから』
『キミはわたしが守るから、大丈夫だよ?』
それが全て、あ、愛の告白であったとするのなら?
「攻略されたのは、僕だったのか」
頭を抱えて、声にならない悲鳴を上げる。
耳までこみ上げてきた熱は、なくなってくれそうになかった。
それから僕らは、たった一年で魔王を倒す。ほとんど彼女がやったようなものだった。僕がやったことと言えば、あれが魔王だとモンスターの群れから魔王の人相を教えたことくらいだった。
だからあえて、こう、言わせて貰おう――――――――――
『魔王討伐よりも、道中の彼女との駆け引きの方が、一億倍大変だった』
――――――――――と。
――Fin――
2019/02/19
一部加筆しました。