二話 六波羅第一封印所
「⋯明原 信貴です。よろしくお願い致します。」
明原さんは残像がしばらく残るような、優雅な所作でお辞儀をした。
そして、次に何をすればよいですか、と篠田先生のほうを見た。
「ああ、えっと、他に言いたいことはないですか?好きな食べ物や趣味の話でもいいんですよ。」
ご令嬢を相手にしている篠田先生はいつもの偉そうで鼻につく感じはすっかり抜けて、見違えたようににこやかだ。引き攣った笑顔ではあるけど。
「特にございません。」
顔は笑顔だが、声は冷たかった。
「そ、そうですか。なら座るところ、決めないとですね。」
若干狼狽えつつ、篠田先生は教室を隅から隅、見渡す。
誰も自分の近所へ誘致しようとするものは居なかった。理由は明白だった。
でも、座るところは決まっている。空いている席は僕の隣しかないんだから。
篠田先生と目が合う。
「竹井くん!隣、空いてるよね?」
「⋯はい。」
ーー隣の席なんてあまりに恐れ多すぎる。
明原さんはこちらを見据え、またも優雅に歩いた。
教室中の視線が明原さんを追った。
注目の的なのはいつもの転校生と変わらないが、注目の質は全く違ったものだった。
視線は僕の方へ近づき、やがて僕と明原さんに収束した。
僕は立っている明原さんを見上げたまま、固まっていた。
「⋯あっ⋯えと、あの。⋯よろしく?」
僕の絞り出したそれに、明原さんは柔和な表情で答えた。
「よろしくお願い致します。」
初めはそんな感じだったが、明原さんはなんだかんだクラスの明るい人たちと馴染んでいった。
今も教室のドア付近でたむろして、笑っている。僕に向けたものとは全く違う笑顔。
隣の席である僕は、結局他の女子と同じくらい薄っすらとした関係値になった。
「⋯なあ、どこ見てんだよ。」
タツヤの少し苛ついた声が聞こえる。
「あ、ごめん。なんかぼーっとしてた。」
「さっさとバスの席決めとかないと、俺達バラバラに座るハメになるんだぞ。」
そう言っているタツヤの背後で、また一つ、黒板に名前が書き出される。
バスの座席が埋まっていく。
社会科見学のしおりのバスのページをシャーペンで指し示しながら、タツヤが言う。
「いつもみたいに前の方か?」
なんか変な感じだ。どうもぼーっとする。不快感がする。
「⋯⋯⋯⋯。」
「まあ、俺もお前も酔いやすいし、それが定石だよな。じゃ、先生に言ってくる。」
ーーダメだ。
ーー前は絶対に。
「待て!」
僕はタツヤの腕を引いた。
「ダメだ。後ろにしよう。できるだけ後ろだ。」
「痛ってえな、なんだよ。」
僕はハッとする。タツヤの腕を離す。
「ごめん。⋯なんでだろう、なにか変なんだ。なんというか嫌な予感がする。」
「嫌な予感⋯?⋯ま、お前がそう言うなら、後ろにしとこう。」
「⋯ありがとう。」
「ただ、俺がぶちまけたらお前が片付けろよ。」
「ああ。」
全身を穿つ衝撃。
遠心力で体が潰れそうになるほどの回転。
衝撃。
ひんやりとした礫が頬をかすめる。
遅れて聞こえてくる、ここで起きたすべてを包括した滅茶苦茶な音。
天井が斜めの鈍色の狭くて暗い場所。
六波羅第一封印所へ向かうバスの中で、僕は目を覚ました。
天井が斜め?
前の席は、ぐにゃりと陥没した天井が覆いかぶさって見えない。
バスの上から何かが落ちてきたような、そんな様子だ。
これはおかしな現象だ。どう考えてもおかしな現象。
探題マニュアル、探題マニュアル。
探題マニュアル緊急要項、『神格現象に遭遇した際は落ち着いて、自分の名前を思い出しましょう。』
寝起きで掠れた声が僕の口からでてくる。
「⋯僕の名前は、竹井 蒼真。」
『次に今日の日付、自分の生年月日』
「今日は豪和232年10月25日木曜日で、生年月日は⋯」
「⋯大丈夫よ。落ち着いて。それが必要な相手じゃない。」
僕の肩に手を当てたのは明原さんだった。
「とりあえず、タツヤ君を起こしてあげて。タツヤ君の座ってる窓際に非常口のレバーがあるの。」
「分かった。」
僕はタツヤを激しく揺さぶった。よくもまああの衝撃で起きなかったもんだ。
「おい、起きろって!」
「⋯ッは!!なんだ何が起きた!」
この慌てぶりを見るにおそらく、あの衝撃で気絶してたんだな。
「とりあえず脱出するぞ。お前の右側に赤いレバーあるだろ?引いてくれ。」
「オラッ。」
ガコン、という音とともにドアが外側へ外れた。外の光と冷たい空気が一気に入ってくる。
「よっしゃ出るぞ。」
タツヤから順に外へ脱出する。
バスの前方は、端的に言えばぺしゃんこだった。カステラを上から押しつぶした感じだ。
後ろの二列だけがなんとか、奇跡的に潰されずに済んでいた。
前のみんなは一体どうなったのだろう。
「おい、ソウマ。手伝え。まだ中で何人か伸びてやがる。」
「ああ。」
外に連れ出せたのは僕とタツヤと明原さんと、顔と名前の一致していない人々六名だ。
そしてここは街と封印所の間の山道。めったに人は来ない。
連絡手段を中学生は持ち歩けない。
山を降りるか封印所まで登るしかない。
僕以外のみんながそんなことを議論している。
話が半分しか入ってこない。
また嫌な感じだ。
「⋯全部ユメだったら良いのに。」
拙い文章の初心者ですがよろしくです。
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