一話 京滋府立六原中学校
教室のドアを開けた瞬間、誰かの、僕以外に向けた声が耳に入る。
「転校生が来るらしい」
夏休み明けだと言うのに、夏休みの話をする人はほとんど居なかった。
教室はその転校生とやらの話題で持ち切りだった。
僕はあちらこちらで騒いでいる人たちに萎縮しながら、自分の席へそそくさと向かった。一番ひだりの一番うしろの席。隣には誰も居ない。
僕はそこへドスンと座り、すぐに顔を伏せた。
長い休みが終わってしまって、誰がしゃきっとしていられよう。僕にとって転校生なぞ、なんのモチベーションにもならない。
「おい、ソウマ!聞いたか!?」
愛すべき机と密着している僕に、前の席から裏返りがちな声でゴタゴタ言ってるのはタツヤだ。
僕は籠もった声で答える。
「⋯お前が探題のお世話になったことか?」
「ち、ちげえって。転校生だよ転校生!」
僕は顔を上げた。
「聞いたっちゃ聞いたけど。べつに去年も来てたじゃん。そんな大騒ぎすることでもーー」
「おいおい。」
タツヤはやれやれと言ったジェスチャーをする。半年くらい前の英語の授業で紹介されたボディランゲージを、流行りも過ぎたのにまだ擦っている。
「聞いて驚くなよ。今回の転校生は別格だ。」
余り大きな声で言いたくないのか、こっちへ寄れ、とジェスチャーする。
耳を近づけてやる。
「てんこうせいのなまえは」
声を潜めながらゆっくりとタツヤは言う。
「あーーーーー」
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯
⋯⋯
⋯やけに鮮明で、そして嫌な感じの夢だった。
おそらくこれは。
「⋯”ツジユメ”。⋯⋯ッ!」
やばいやばい
探題マニュアル、探題マニュアル、探題マニュアル。
探題マニュアル緊急要項、『神格現象に遭遇した際は落ち着いて、自分の名前を思い出しましょう。』
「⋯僕は、僕の名前は竹井 蒼真。」
僕のすこし震えた声が部屋の埃を揺らす。
探題マニュアル緊急要項、『次に今日の日付、自分の生年月日、⋯』
「今日は、えっと、今日は豪和232年8月27日月曜日で、僕は218年6月6日生まれで、⋯」
⋯一通りの確認はできた、はずだ。多分何も持っていかれてない。
学校にも行けるはず。
夏休みが終わるショックで弱ってただけだよな。大丈夫。
「あれ、さっきこの話しなかったっけ」
タツヤはキョトンとしながら首を振った。
「いいや、してないはずだけど。」
「⋯ああ⋯ごめん、ただのデジャブだわ。⋯とにかくさ、転校生なんてべつに去年も来てたじゃん。そんな大騒ぎすることでもーー」
「おいおい。」
タツヤはやれやれと言ったジェスチャーをする。半年くらい前の英語の授業で紹介されたボディランゲージを、流行りも過ぎたのにまだ擦っている。
「聞いて驚くなよ。今回の転校生は別格だ。」
余り大きな声で言いたくないのか、こっちへ寄れ、とジェスチャーする。
耳を近づけてやる。
「てんこうせいのなまえは」
声を潜めながらゆっくりとタツヤは言う。
「あ け は ら し ぎ」
電流が走った気がした。
明原電鉄、明原ガス、明原農協、明原寺院、明原封印。
明原財閥の長女と、奇しくも、実に奇しくも同じ名だ。
僕は思わず立ち上がった。
「はぁ、嘘だろ!?明原信貴?あの?」
「ちょーいちょい。声がでけえって。俺が仕入れた情報なんだぜ?」
「⋯ダウト。転校生ごときで教室中騒ぎになるなんておかしいと思ったんだよな。」
「おいおい、俺が仕入れたのはマジだぜ?ちょっとゲロっちまっただけだ。」
「⋯はぁ。」
こいつの性格的に、ぜっっったいにこんなやばい秘密を守るわけない。納得だ。
そしてこいつの情報源もだいたい想像がつく。
「さすが税金泥棒の探題。中坊に情報漏ーーー」
「ちょおーーーっ。やめろ。俺はこれ以上探題マニュアルを写経したくない。やめろ。」
タツヤは震えながら頭を抱えた。やはりオーバーなリアクションで。
チャイムが鳴る。
騒がしかった教室が一気に静まり返る。
長い夏休み明けに聞くこの音は、むしろ懐かしいのかもしれない。
チャイムとともに入室した先生、篠田先生の顔にも同じような感情を覚えた。
いつもどおり、生真面目な顔だ。指の先までビシッとしていて、体中真面目が行き渡っている。
「みなさんおはようございます。2学期初めの朝の会を行います。」
気をつけ。礼。
みんな号令に従順だが、心の中は転校生のことで一杯だろう。
「では、みなさんに嬉しいご報告が。」
その一言に教室が色めき立つ。
「今日からこのクラスに、転校生が来ます。みなさん拍手で迎えてください。」
彼女が一歩、この部屋に入った瞬間空気が変わった。
変わったというのは悪い意味ではない。でも、いい意味でもない。
時間が止まってしまったような感じだ。
彼女の一歩一歩が、彼女の絹みたいな白い髪が、一挙手一投足が、ありえないくらいゆっくりに見える。
やがて彼女は至るべき点で、くるりと90度回り、こちらを向いた。
気づいたときにはみんな、拍手すらしていなかった。気圧されて体を後ろへやや反らせた。
大きな両目がぱっちりと開かれ、まつげがたなびいた。
青く魅惑的な光を宿した双の目を、大衆へ向けた。
「⋯明原 信貴です。よろしくお願い致します。」
拙い文章の初心者ですがよろしくです。
ブックマークしていただくと励みになります。




