8月:告白
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「再婚しようと思うんだ」
お父さんの告白を聞いたのは、8月のはじめの日曜だった。
私とお父さんがこの喫茶店の窓際の席で、月に一度再会し、近況を報告しあうようになって、もう4年になる。
私はこの春、14歳になった。
私は川島いぶき。
川島誠二と川島聖子のあいだに生まれた。
お父さんとお母さんは世間がうらやむ美男美女で、私たちはまるでマイホームのCMみたいな幸せな家庭だったらしい。
ところがある日、お母さんは車の事故で死んでしまった。
私は3歳だった。
祖父母が高齢だったこともあり、お父さんは私を一人で育てることを選んだ。私は物心がつくころにはマンションの鍵を持たされ、どこにでもいる父子家庭の子供として育った。母の記憶がほとんどなかったのが幸いし、私はよその家庭を見てめそめそしたりもせず、持たされた鍵に誇りを持って、その日その日を生きていた。
休みの日になると、私たちはコーヒーをお共に映画やドラマをよく観た。そうでないとお父さんが遊園地だの水族館だのと私を連れ回すからだ。
コーヒーを淹れるのは私の仕事だった。コーヒーメーカーなどは使わず、木箱のついたコーヒーミルで豆を挽き、紙のフィルターでドリップする。子供の成長に悪影響だからと一日一杯までしか飲ませてもらえなかったけど、コーヒーを口に運ぶお父さんが、ほっとした顔になる瞬間が好きだった。コーヒーカップを両手で握りしめながら、お父さんといろんな映画を観た。
ある春の日だった。沈みかけの太陽を前に、そろそろ洗濯物を取り込まなくてはと思いつつもだらだらしていたとき、いつもより早くお父さんが帰ってきた。
おかえりなさいと玄関に足を運ぼうとすると、突然の大雨がベランダを叩いた。私は慌てて回れ右をして洗濯物を次々とリビングに放り込み、その上に倒れこんだ。しめった服から、春の日差しをいっぱいに吸った柔軟剤のいい香りがして、私は仰向けになってゲラゲラ笑った。
それを見ていたお父さんが言った。
「お母さんに似てきたね」
暗い、この世に幸福なんてものが存在しないみたいな、皮肉った微笑だった。
その夜、お父さんは私の部屋に入ってきた。
そういった行為のことは保険の授業で習っていたし、映画でもたくさん観た。
私は受け入れた。拒めなかったというほうが近いかもしれない。それがお父さんにとっての慰めになるなら、私に拒むことなんてできるわけがない。
お母さんが死んで7年。私は小学5年生だった。
夏になっても私たちの関係は続いていた。
私は映画を観る本数が減った。ヒロインのために奔走するヒーローがどうしても陳腐に感じてしまった。その先にセックスがあると思うとなんだか冷めてしまうのだ。
私は代わりにテレビをよく観るようになった。なんでも観たが、特にお笑い番組をよく観た。お笑いはすごい。笑いはなにも救ってくれないが、時々後ろからハンマーで殴られたみたいに頭の中を真っ白にしてくれる。
その日の夏の特番は傑作だった。巧みな仕掛けでドッキリに仕掛けられていく芸人さんたちの姿に、涙が出るほど笑った。
私は次の日、バスに乗って児童相談所に行き、受付で言った。
「私は父と寝ています。父を助けてください」
お父さんは、年を取ってもなお凛々しいそのお顔に脂汗をにじませながら、まるで殺人の告白でもするみたいに重々しく「再婚」と口にした。
お父さんには悪いけど、私は「はあ、そうなんだ」といった調子だった。
お母さんが死んでから10年以上経つし、苦しんだし、苦労もした。
私とのことを除けば、責められるいわれはないだろう。
「それは、おめでとう」
私は言った。
特に他に言うこともなく黙っていると
「許してくれるのかい?」
とお父さんはハンカチで汗をぬぐった。
なにを大袈裟な。
「許すも許さないも、べつに三人で一緒に住もうってわけでもないんでしょ?」
「それはもちろん」
お父さんは反射的に身を乗り出したけど、またすぐ体をひっこめた。
「そんなこと許されないよ」
私は呆れたけど、同時に哀れに思った。
この人にとって、四年前の娘との関係は、まだ昨日のことなのだ。
でも再婚か。
娘との過ちは清算しきれずにいるお父さんでも、お母さんとのことには折り合いがついたのかもしれない。
再婚とはつまりそうゆうことなのだろう。
「きみが許してくれるなら、年末に式を挙げようと思うんだ」
式まで挙げるのは意外だった。
「結婚式したいって相手の人が言ったんでしょ?」
私のせりふにお父さんはは驚いた様子だった。
「あ、ああ、そうだよ。やっぱり女の人はそうゆうことがわかるんだね」
と、お父さんは、テーブルに両手をついて頭を下げた。
「もしよければ、きみも式に参列してくれないだろうか」
いちいち大袈裟なお父さんの挙動に、私は他のお客さんから注目されていないか心配になった。放っておけば土下座でもしだす勢いだ。
「べつに……普通に行くから大丈夫だよ」
「いや、よく考えて決めてほしい。また来月、ここで返事を聞かせてほしい」
お父さんは言った。
「僕たちがちゃんとした親子に戻るために必要なことだと思うんだ」




