第2話 『魔法陣は高らかに』
春はこの世界に与えられた祝福らしい。
花は咲き乱れ、出会いと別れ、新たなる物語の始まり。
偶然にも全てが綺麗に揃いすぎていて、俺は嫌いだった。
あまりにも出来すぎている無駄のない季節、不純物は花粉症くらい。青春を謳歌する人間にとっては素晴らしく、惰眠を謳歌する
俺みたいな愚か者にはその暖かさが憎い季節だった。
冬は好きだ。なぜなら、街を行き交う人々に平等に寒さという苦痛が与えられるから。俺のような哀れな弱者にとって、平等というものは唯一の救いだ。俺は誰かと対等になれないが、平等という水槽の中であれば、さも同じ存在のように振る舞うことができる。
──どうして、こんなことを考えているのだろう。
ああそうか、とても寒い。凍てつく寒さだ。
何がどうなったのかは分からないが、俺は転生したのだ。
だとしたら、この寒さは祝福だ。
よし、この祝福に染まった世界を、この瞳で観測しようじゃあないか。
意識的に目を開くのはいつ振りだろう。
いつもはアラームに心臓を突き刺されていたからな。
「...ここは...どこ...だ?」
ぼやけた視界がまず捉えたのは、大きな窓の外に降る雪だ。
視界が鮮明になるにつれ、ここが教会であることが分かってきた。そして、意識がはっきりする頃には目の前に修道服に身を包んだ女が立っていることが分かった。
「お目覚めになりましたか。」
修道女はじっとこちらを観察している。何だか照れ臭くて下を向くと、俺を中心として巨大な魔法陣が描かれていた。
つまり、俺は何かの儀式に利用されようとしていたのか?
いいや違う。状況から考えれば、俺がこの魔法陣から召喚されたという方が正しい気がする。
「説明の前に、まずはこちらの衣服を着用してください。私といえども、目の前に全裸の男がいるのは少々目のやり場に困るものです。」
「あ...はい...」
ちょっとあの女神様、服くらいは用意してくれてもいいじゃないか。いきなり好感度がマイナスから始まることには、学生時代や社会人時代のおかげで慣れてはいるが、まさかそこに異世界も加わるとは。
俺は急いで衣服を身につけ、気まずいながらも修道女に案内されて、教会と地続きの巨大な洋風建築に招かれた。
「これこれ、異世界といえばデカい洋館だよな!」
「もう既にあなたの部屋をご用意しておりますので、ご案内します。」
「...用意が早いな...俺はいつからあの魔法陣の上で寝ていたんだ?」
「あなたが召喚されて目を開くまでは一瞬でしたよ。」
「召喚...お前がこの世界に俺を呼び寄せたってことか?」
「ええ...正確には女神様のお導きによるものですが。」
あのヘンテコ女神、どうやらこの異世界ではちゃんと崇拝されているらしい。では、俺には何の役割があるのだろう?
女神が俺をこの世界に転生させた──あるいは、魔法陣を用いての召喚時に女神が俺を選んでこの世界に転生させたのか?
「なあ、俺は何の為に呼ばれたんだ?」
「詳しくは後でべっつりと説明しますが...」
「べ、べっつり?」
「簡潔に言うと、あなたは兵器です。」
「へ、へいき?」
「はい。べっつりもっちり、兵器です。」
「べっつりもっちり?」
「はい。もちもちです。」
「へ、兵器ってことは...戦争に駆り出されるのか?」
「はい。我々は戦争の為にあなたを召喚しました。」
せ、戦争...?
俺が兵器...?
何一つとして力を持っていない俺が、兵器として召喚された?
やはり、あの女神はヘンテコだ!この異世界の戦争がどうであれ、魔法陣を機能させるレベルの魔術とかが存在するのなら、一般人の俺がどうやって兵器たり得るのだ!
「まずは、自己紹介を。私はフィリス・カレンデュラ。あなたを召喚せし、あなたを使役する指揮官です。あなたの名前は?」
「俺の名前は...ヒビヤ ショウだ...」
「よろしく。ショウ。あなたと共に、戦果を祖国に持ち帰ることができたら、これほどの祝福はないでしょう。」
まるで何もかもが計画通りかのように、フィリスは微笑んだ。
翡翠色の瞳の奥の信念が、荘厳に連なる山脈のように屹立していた。
俺はきっと、この吹雪の音を忘れることはないだろう。
だってそれが、第二の人生の始まりで、戦争の始まりだったのだから。
かつての一度目の人生も、この二度目の人生も、時に未来は予想外を運んでくるという点では同一らしい。
「では、少し長くなりますが、話をしましょう。来たる戦争について──」
俺はもう既に自らの意思で一度終わりを選んだ。
二度目が与えられたことが奇跡なのだとしたら、この世界の理に従おう。驚きはあれど、不思議と恐怖は抱かなかった。むしろ、このひりつく感覚をどこか求めていたようにも思う。
やってやろうじゃねえか。それが俺の役目なら。
久しぶりだ。役目が与えられるのは。
なるほど、これは良いかもしれない。役目が無いよりはマシだ。
役目が無ければ、理由を探す為に生きなければならないところだった。




