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かみかみ  作者: 明日駆
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第92話 “霊体憑依”

 話は少し前にさかのぼる。


「七緒ちゃん、ここで待っててくれ。俺はちょっと用事ができた!」

「え!ちょ、ちょっと!どこへ―――」


 校舎に爆音が響いた直後、守哉は突然怖い顔をしてどこかへ行ってしまった。

 一人残された七緒は、むくれてぶつぶつ呟き始めた。


「えー……私はどうすればいいんだろ。もー、皆勝手すぎ。どうしていっつも私を置いてどこかに行っちゃうのかなぁ……」


 そう、貧乏クジを引かされるのはいつも自分。こういう時に何もさせてもらえないのが当たり前で、ただ待っているのが自分の役割だった。

 あの時もそうだった。3年前、七乃が死んだ時も。

 鮮烈に印象付けられているのは、地面に横たわっている七乃の姿。そして、それを―――


 三階の窓から。


 青ざめ、引きつった顔で。


 見下ろしている自分―――


「うっ……!げほっ、げほっ!」


 強烈な吐き気に襲われ、思わず咳き込んでしまう。

 今でも覚えている。手が震えていた事、その時自分がした事、その後皆がした事―――トヨが、何かしていた事。

 そして、何よりも。


 その時、自分は―――冷たく、笑いながら見下ろしていなかったか?


「うぇっ……!!!」


 吐いた、と思った。しかし、口を押えた手の平を濡らしていたのは唾液ばかりだ。幸いと言うべきか、とてつもなく重いトラウマを思い出しても吐く事さえない自分の根性に嫌悪感を抱くべきか。

 あの後の事も覚えている。当事者である自分をほったらかしにして、いつの間にか事後処理が終わっていた事を。運ばれていく七乃の遺体を、自分はただ呆然と見送る事しかできなかった事を。


(ダメだ……これ以上思い出しちゃいけない。忘れなきゃ、今だけでも忘れなきゃ……!)


 頭を勢いよく振り、なおもトラウマを思い出そうとする思考を振り払う。例え非情と思われてもよかった。それが贖罪になるのなら。

 もちろん、自分を非情と思う人間―――つまり真実を知る人間は、死んだ七乃以外にいない事などわかりきっていたが。


「っと、やだなぁ……気分が暗いと、嫌な事ばっかり思い出しちゃう。もっと楽しい事考えなきゃ―――」


 自分に言い聞かせるように呟いて顔を上げた、その時。


 いつの間にか目の前にいた、七乃と目が合った。


「っ!?な、なな―――」

「お姉ちゃん」


 どうして。なんでここに―――混乱する七緒を前に、七乃は優しく微笑むと、


「ごめんね。ちょっとだけ、借りるね」


 何を、とは聞けなかった。


 問いかける前に、七緒は意識を失ってしまった。



  ☆ ☆ ☆



「七緒ちゃん!いるなら返事をしてくれ!七緒ちゃん!」


 七緒を待たせていたはずの螺旋階段。そこで守哉は何度も七緒の名を叫んだ。

 しかし、返事はない。移動したのか?お弁当だけ置いて、何も言わずに?


「……かみや、七緒がどうかしたの?」

「ここで待たせていたはずなんだ。くそ、いつの間に……!」


 七緒の気配がなくなっている事に気づいたのはつい先ほどだ。七瀬が突入してくる時には包囲結界が解かれていた事を考慮すると、七緒が戦闘に巻き込まれる事を避けるために校舎から出て行った可能性はある。

 だが、もし。もし、七乃そっくりの少女が七緒に気づいていたとして、七緒に七乃の居場所を尋ねていたとしたら。

 七緒が七乃の居場所を知っているわけがない。そうなればあの少女は、守哉の時のように七緒を殺そうとするのでは……!?


「まずい……すぐに七緒を探さねぇと!」

「……まって、焦らないで。かみや、順を追って説明して?ここで何があったの?」


 そうだ、焦っていても仕方がない。守哉は深呼吸して心を落ち着かせると、ここで七緒と会った事、そして七乃そっくりな少女と出会った事を話した。

 七瀬はにわかには信じられない様子だったが、一方で納得したようにうなずいた。


「……かみや、天照大神は七乃が二つの存在に分かれているって言ったんだよね?心と器の二つに」


 天照大神から聞いたヒントは自分では理解しがたいものだったため、七瀬、七美、優衣子の三人には話しておいたのだ。その時は三人から有力な情報を得る事はできなかったのだが……


「ああ。二つの存在は互いに引き合う性質を持つとも言ってたな」

「……かみや、輪廻転生の輪って覚えてる?」

「大体だけど、一応は覚えてるぜ」


 現世に生きる全ての生物は、二つ以上の輪廻と呼ばれる性質によって縛られている。現世の生物は、輪廻から解放される事により死を迎え、新しい輪廻に縛られる事により再び生物として生まれるのだという。これが輪廻転生の輪―――神奈備島特有の概念の一つで、生と死の循環を表しているものだ。

 そういえば、神さびがちぐはぐな見た目なのも輪廻転生の輪の仕業なんだとか。


「それがどうかしたのか?」

「……もしかしたら、七乃は身体を構成する輪廻が分裂してるのかも。たぶん、心と器の二つに」

「どういう事だよ」

「……守哉が遭遇した二人の七乃は、どちらも同一人物なの。片方は心、片方は器……何らかの方法を用いてうまく心と器の輪廻だけを綺麗に分けることができるのなら、七乃が二人いることの説明がつくよ」

「でも、同一人物のわりには性格が違うみたいだったけど」

「……それはたぶん、輪廻は分けられても魂は分けられなかったからだと思う。聞いたところ七乃の魂は心の方に入ってるみたいだから、器の方は魂の抜け殻だよ。もし、器が今自我を持って動いているとしたら、それは器の持つ心と引き合う性質に心を植え付けてるんだと思う」

「植え付けるって……」


 心を植え付ける。そんなおぞましい事を一体誰が―――いや、考える必要もない。どうせ、白馬の仕業に決まっている。


「とにかく、これからどうすればいい?心と器に分かれてるのなら、何とかして元に戻さなくちゃならねぇし」

「……元に戻すことは簡単だと思う。元々二つの輪廻は一つに戻ろうとしているから、心と器の輪廻を接触させればきっと元に戻るよ。たぶん、二つの輪廻が近くにいるならショックを与えるだけでも元に戻るかもしれない。ただ……」

「何か気になるのか?」

「……うん。心の方……つまり、元々の七乃の心は器から逃げていたんでしょ?ということは、今元に戻ることは良くないことなんじゃないかな」

「磐座機関が何か仕掛けてる可能性があるって事だな……」


 七瀬の話が事実で、七乃の心が器から逃げているとするならば、磐座機関にとって七乃が分裂した事自体が事故だった可能性がある。例え事故でなかったとしても、幼気な少女を二つに分けて一体何の得があるのか。それとも、二つに分ける事自体が奴らの目的だったのか。

 何にせよ、七乃の心から話を聞かなければならない。そして、行方がわからなくなった七緒も探さなければならない。

 守哉は疲れたように顔を手で覆い、呟いた。


「探し人が二人か……。七緒はともかく、七乃の心はどうやって探せっていうんだ……?」

「……それはだいじょうぶだと思う。今の七乃の心は荒霊と大して変わらないから、守哉なら気配を追って探せるよ」

「荒霊か……ババアと七乃の心が鉢合わせしない事を祈るか。そういや、器の方はどうする?七乃を元に戻そうにも、心はともかく器は言う事聞きそうになかったぞ」

「……う~ん……だとすると、器の方は器の方で追っかけた方がいいかも。七乃の心に話を聞いてからじゃないと元に戻せないから、戦うことになるにしても足止めはしないと……」

「じゃあ、探し人は三人か。そうだな……七乃の心との接触を急いだ方がいいから、俺と七瀬で七乃の心を、七美に七緒ちゃんを、優衣子に七乃の器を追ってもらうか」

「……うん、それがいいかも。すぐにおねえちゃんとゆいこさんと合流しないとね」

「ああ」


 方針は決まった。後は行動するのみだ。


 二人はすぐに校舎から出ると、島中を探し回っているでろう七美と優衣子を探すべく、駆けだした。



  ☆ ☆ ☆



 同時刻。

 

 磐座機関本社ビル、その一室に異質な気配が集中していた。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅっ…………」


 深く長いため息が部屋に響く。

 異質な気配の原因こそ、このため息の主だった。全身から発せられる異質な気配―――神力は、主の周囲を渦巻くように形を成して漂っている。

 ここは実験室。それも、磐座機関本社ビルの中で最も堅固な実験室だ。


『どう?調子は』


 不意に、女の声が部屋に響く。最早聞きなれた声―――拓羅宇美の声だ。

 話しかけられたため息の主こと忠幸は、ゆっくりと顔を上げた。


「調子はいい。以前よりもかなり落ち着いてきたみたいだ」

『そのようね。言魂も安定して使えるようになっているみたいだし……そろそろ、あなたにも働いてもらおうかしら』

「働く?何を」


 いぶかしみ、顔をしかめる。タダで強くしてもらおうなど考えてはいなかったが、今の自分にできる事などたかが知れている。いくら安定してきたとはいえ、自分はここに来て日が浅いのだ。磐座機関の連中が何をしているのかは知らないが、何かとんでもない事をしている事くらいは何となく察しがつく。本当に強くなっているのかさえわからないまま実戦に駆り出される事を想像すると、あまり気は乗らなかった。

 もちろん、戦う相手が“ヤツ”ならば話は別だが―――


『ずいぶん警戒するのね』

「当たり前だろ。あんたらが何を企んでいようが知ったこっちゃないが、悪事に加担する気はないからな」

『ここで得た強さを試してみたいとは思わないの?』

「やっぱり戦うのか。でも、残念ながら俺は強くなった保障もなしに自分の命を賭けられるほど命知らずじゃないんでね」


 すると、宇美はほくそ笑みながら答えた。


『じゃあ、戦う相手が今まであなたが熱望してやまない相手だとしたらどう?』


 その言葉に。

 忠幸の表情が、鬼のそれへと変化した。


「……それは本当か?」

『本当よ。ただし、あくまでも戦うかどうかはあなた次第―――そして相手次第だけれどね』


 不確定要素が多い、というわけか。

 しかし、戦えるのなら―――あの女を倒す機会が得られるのならば、何でもいい。

 悪事に加担する事さえ仕方ない事と思える―――


「いいぜ。俺にできる事ならやらせてくれ」

『そう言ってくれると思っていたわ、忠幸くん』


 嬉しそうに笑い、宇美は答える。ただし、その笑みの裏には何かが隠れているようだったが。


(待っていてくれ、守哉。きっと、もうすぐ会えるからな)


 自身の身体を両手で抱きしめ、ほくそ笑む。

 その表情に、かつての純粋な忠幸の面影は微塵もなかった。

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