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かみかみ  作者: 明日駆
95/102

第90話 “探索”

 土曜日。


 守哉は、高等部一年生の教室で机に突っ伏していた。


「……腹減ったなー」


 呟くと同時に腹が鳴る。意図的に鳴らしたわけではないが、腹が空気を読んで鳴ってくれたというのなら面白い。

 さて、何故守哉が現在日諸木学園にいるのかと問われれば、その答えは数日前にさかのぼる。



  ☆ ☆ ☆



「……うそ」

「嘘じゃねぇよ」


 その日の放課後、守哉は神代家に来ていた。付け加えれば、それは約束していたからである。約束というほどの事ではないが、それはさておいて。

 守哉が神代家にやってきたのは、七瀬に話をするためであった。先日、守哉が港で出会った少女―――七乃について。

 死んだはずの妹が生きている―――その事実を、七瀬は複雑な想いで受け止めたようだった。


「……七乃……七乃が、生きてる……」

「七乃と最初に会った時は、生きてるっていうより、生かされてるって感じだった。でも、昨日会った七乃は、最初に会った時と全然違った。多分、何かされたんだと思う」

「……何かって……誰に?」

「わからねぇ。それはこれから調べようと思う」

「……わたしも協力するよ、かみや。妹のことだもの」

「ああ、頼む。でも、まだどこから手をつければいいのかわかんねぇんだ。七乃は消えたわけじゃないって言ってたから、捕まってなければまだ神奈備島にいると思うんだけど」

「……だとしたら、学園にいるかも」

「日諸木学園に?」

「……うん。日諸木学園は、荒霊を引きつける力があるの。正確には、天岩戸が神さびや荒霊を引きつけてるらしいんだけど」

「って事は、闇雲に動き回るより学園の中を探した方が七乃に会う確率は高いって事か」

「……うん。だと、思う……っ!?」


 不意に、七瀬は苦しげに頭を押さえた。


「お、おい!どうしたんだ!?」

「……あ、あたま、が……いたい」


 痛みに耐えるように目を瞑る七瀬。守哉は手で優しく七瀬の頭を包み込むと、治癒の言魂を発動する。

 しばらくして、七瀬は顔を上げた。


「……もうだいじょうぶ。ありがとう、かみや」

「本当に大丈夫なのか?少し寝た方がいいんじゃ……」

「……ううん、へいき。七乃のこと、早く探してあげなきゃいけないから」


 にっこりと笑う七瀬。守哉はその笑顔が強がりに見えて仕方がなかった。 


「七瀬、今日は身体を休めた方がいい。まだ何の手がかりもないんだからな」

「……だったら、なおさら探した方がいいよ」

「七乃も心配だけど、俺はお前の事も心配なんだよ。今日は休むんだ。いいな」


 今日の七瀬は少し様子がおかしい。強引にでも休ませた方がいい、と守哉は判断していた。

 七瀬は少し嬉しそうに微笑むと、


「……えへへ。いつもと逆だね」

「逆?何が?」

「……立場、かな。いつもなら、かみやが無茶して、わたしが心配して……って感じだから、ちょっぴり嬉しいかも」

「う……俺、そんなに心配かけてたか?」

「……うん。でも、わたしだけじゃないよ。ゆいこさんも、七美おねえちゃんも……みんな、かみやのこと心配してるよ。かみやは気づいてないだけ」


 みんな、かみやのことが大好きなんだよ―――と、七瀬は付け加えた。

 そんなに心配かけた事あったっけ、と記憶を探ってみれば、意外とあった事に気づく。右目を抉られた時とか、右足を切断された時とか。自分が気づいていなかっただけで、他にもたくさんあるかもしれない。

 そして、そういう大変な事があった時には、いつも七瀬が傍にいてくれた事に、今更ながら気づいた。


「言われてみれば、俺……七瀬に心配かけてばっかりだったな」

「……そうだよ。だから、あんまり無茶しないでね。心配って、される方は嬉しいけど、する方は気が気でないんだから」

「そうだな、気をつけるよ。でも、七瀬も無茶すんなよな」

「……うん。わたしも気をつける」


 そう言って、お互いに笑いあう。

 この子と出会えて本当によかったと、守哉は実感した。



  ☆ ☆ ☆



 以上、回想終わり。


 そんなわけで、守哉は日諸木学園の校舎内を探し回る事にしたわけだが……


「見つかんねぇなー。ここにはいねぇのかなー……」


 あれから数日間、逢う魔ヶ時まで放課後を探し回ったものの、七乃と出会う事はできなかった。

 それどころか、うろちょろし過ぎたのか生徒達に怪しまれてしまい、つい先ほど教師に説教されてしまった。以前起こした暴力事件をきっかけに、元々守哉に関する悪評には尾ひれがついて知れ渡っていたので、ちょっとした行動でもすぐに噂になってしまうのだ。保護者こそ呼ばれなかったものの、次何かしでかしたら停学にするぞ、と脅されてしまった。

 しかし、だからといって七乃探しをやめるわけにはいかず、守哉は職員室からの帰り道に少し探し回ってみたのだった。

 が、結果は見ての通りである。そんなわけで今は休憩中。


「これ以上探し回ると今度はどんな噂が流れるかわかんねぇなぁ……。やっぱ、学園内は七瀬か七美に頼むべきだったかな」


 念のため、七瀬には学校以外の場所を探してもらっている。さすがに島中を一人で探すのは無謀すぎるため、一応七美と優衣子にも協力を頼んでおいた。現在七瀬と七美と優衣子の三人は、七乃を探して島中を走り回っている事だろう。

 ちなみに、トヨには秘密である。言ったところで協力してくれそうにないし、何よりトヨに頼み事をするのが嫌だから、というのが理由だ。特に隠す事なく探し回っているのですぐにばれるとは思うが、まぁばれたらばれたでどうって事ないだろう。


「……さて、そろそろ皆帰った頃かな」


 身体を起こし、感覚を研ぎ澄ませる。人気は感じられず、人の声や物音も聞こえなかった。

 何も、休憩のためだけに守哉は教室にいたわけではない。教師や生徒達が日諸木学園からいなくなるのを待っていたのである。

 神奈備島が抱える事情により、日諸木学園には宿直の教師などはおらず、また警備員も存在しない。日諸木学園は基本的に貴重品を置いて帰る事が禁止されているため、盗難の類もなく、放課後に見回りをする教師もいない。そういった事情を利用して放課後に校舎に残って遊ぶけしからん生徒もいないところを見ると、天津罪の掟とかいうのはよほど厳しい掟のようである。

 とはいえ、まだ逢う魔ヶ時でない以上、まだ校舎内に残っている生徒もいるかもしれない。ついさっき教室に設置されたスピーカーが「校舎内に残ってる生徒はさっさと帰れ」といった内容の放送を何度も垂れ流していたので大丈夫だとは思うが。


「ま、いっか。見つかったらそれはそれだ。今は七乃を探すのが先だな」


 今更悪評を気にしたところで、改善などされるわけもない。改善する努力もする気はない。他人に嫌われるのは慣れている―――

 そう思った直後。

 不意に、異質な気配を感じて守哉は足を止めた。


「……何だ?これ……」


 感覚の鈍いトヨと違い、守哉にはわかった。この異質な気配が、荒霊のものではない事に。

 いや、感覚的には荒霊に近い。だが、根拠こそないものの、荒霊ではないという確信が、守哉にはあった。

 しかも、この気配。先日感じたものと似ている―――


「……まさか、七乃か?」


 感覚を研ぎ澄まし、教室を出る。静寂だった廊下には、今は異質な気配が満ち溢れている。荒霊がよく使う、狭い空間の中で自らの存在を隠す手段の一つだ。確か、己満(おのれみたし)という能力だったか。

 七乃がこの手段を使っているという事は、七乃を追っている存在がこの校舎内にいる可能性が高い。

 だとすれば―――


「倒す、しかないか―――」


 呟きは言魂となり、守哉の身体能力が上昇する。

 更に研ぎ澄まされた感覚は、他のある気配を捉えていた。異質な気配とは違う、別の気配―――それも、恐らくは人の気配に。


(まさか、赤砂御先生みたいな磐座機関の諜報員がまだいたってのか……?)


 赤砂御空貴。高等部一年の担任であり、磐座機関の諜報員だった男。表面上は諸般の都合という、どうとでもとれる理由で学校を辞めた事になっているあの男は、今は恐らく神奈裸備島にいるのだろう。ちなみに、高等部一年の新しい担任は中等部から来た教師である。名前は……忘れた。確か、わりとよくある名前だった気がする。

 それはともかく、赤砂御の後任として新しい諜報員がやってきたという可能性もある。守哉はあらゆる可能性を考えつつ、気配を殺しながら人の気配のする方へと近づいた。

 廊下の曲がり角から覗き見る。階段の影に隠れて姿はよく見えないが、恐らく女性。だが、容赦などしない。先手必勝―――!

 

「うおらぁっ!」


 拳を振りかぶり、影に向かって突進する。そこでこっちに気づいたのか、後ろを向いていた影は守哉の方へ振り向いた。

 その顔には、見覚えがあった。先日会ったばかりの、強気そうな顔立ち―――


「……って、七緒ちゃん!?」

「守哉さん!?」


 視線が交差する。驚きに目を見開く七緒の表情は、どう見ても七乃を追う諜報員のそれではない。

 急ブレーキをかけて止まろうとするが、間に合わない。咄嗟に守哉は叫んだ。


「―――伏せろっ!!」


 叫びは言魂となり、七緒の身体を無理やりしゃがませる。守哉の身体はその上を飛び越えて、校舎の外へと続くであろう扉に顔面から激突した。


「あだっ!!」

「……だ、大丈夫ですか!?」


 凄まじい勢いでぶつかったせいか、身体強化の言魂が解けている。意識も朦朧として、目の焦点が合わない。

 先ほど凄まじい勢いでぶつかった扉がビクともしていないのが見えて不自然に思えたが、その疑問を口にする前に守哉の意識は急激に遠のいていった。

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