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かみかみ  作者: 明日駆
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第83話 “夕食時”

「……そんなわけで、結局泊まる事になった」


 二橋家の狭く細い廊下。そこにぽつんと台の上に置かれた電話の前に立ち、守哉は言った。


 電話の相手は優衣子である―――七美に泊まっていけと迫られ、七妃にしがみ付かれ、文江が今回だけだと許可を出した末に泊まる事となったため、こうして優衣子に報告する事にしたのだ。


『ふふ、よかったじゃない。仲良くなれて』

「別に、仲良くなったわけじゃ……」

『無理に否定しなくてもいいじゃない。私は嬉しいわよ、保護者としても、一人の友人としても。あなたも私も嫌われ者なんだから、一人でも味方は多い方が頼もしいでしょう?』

「それはそうだけどさ……文江さんと七緒ちゃんには警戒されてるから、少し居辛いんだよなぁ、ここ」

『大丈夫よ、きっと。その二人にどれだけ嫌われてても、それ以上にあなたを好いてくれる子がいるじゃないの』

「七瀬の事か?あいにくだけど、七瀬はここにはいないぜ」

『……ホント、鈍感ね。あなた、いい加減気づいてあげないと、そのうち七美ちゃん泣かせる事になるわよ』

「なんで七美が出てくるんだよ」

『そういう事が言える時点で、あなたは鈍感なのよ。七瀬ちゃんも随分苦労したでしょうに……』

「よくわかんねぇけど、明日の朝には帰るからな」

『わかったわ。明日の学校はどうするの?』

「……今日の結果次第だ。行けたら行く」

『そう。好きになさいな』

「ああ、好きにするさ」


 そう言って、守哉は受話器を置いた。

 二橋家に泊まる事に抵抗感はない。寮や神代家とは違う、不思議な暖かみがこの家にはあるのだ。

 文江にはあまり快く思われていないようだが、それでもトヨよりは客をもてなそうとする心意気が伝わってくる。七妃には早々に懐かれたし、七緒は少々よそよそしい態度をとるが、かといって追い出そうとはしてこない。七美は言わずもがなだ。

 でも、だからこそ。守哉は、自分がこの家にいる事に、強い違和感を感じていた。


「どうも慣れないんだよなぁ、ここ……」


 今までの自分の境遇を振り返れば、そう思うのも仕方ないだろう。

 だが、自分が二橋家に来たのは、この島について調べるためなのだ。贅沢は言ってられない。


「夕飯できたよー!早くこーい!」


 台所の方から、七美の声が聞こえてきた。

 その元気に満ち溢れた声に、優衣子とは大違いだなぁと守哉は思いつつ、客間へと向かおうとして―――


「あんっ」


 廊下に投げ出された、誰かの手を踏んづけた。


「あっ……ごめん!」


 驚いて足をどかす。見ると、そこにいたのは七子であった。寝起きなのか、寝癖だらけの髪に青いパジャマを身に着けている。

 以前会った時とは随分と違った印象だが、とりあえず布団から這い出てきたらしい七子に手を差し伸べる事にした。


「七子さん……いたんですね。大丈夫ですか?」


 七子は答えず、驚いたように守哉の顔を見つめている。よく見たら、その頬が僅かに赤い。

 ……また嫌な予感がする。


「ええっと……大丈夫そうなので、俺は行きますね」

「待って」


 がっしと腕を掴まれた。意外と腕力があるのか、振りほどこうとしても振りほどけない。というか痛い。


「あの、痛いんですけど」

「守哉君、もう一回踏んでくれない?手を……いえ、今度は頭を!」


 思いっきり顔が引きつるのがわかる。

 ヤバい、とんでもない地雷を踏んでしまった気がしてならない。


「い、いえ……そんな、目上の人にそんな失礼な事は」

「私ね、さっき君に踏まれて……感じちゃったのよね」

「俺の話聞いてます?ていうか、腕放してくださいよ。結構痛いんですけど」

「いやね?私も、自分の性癖を知らないわけじゃないのよ。むしろ、前々からそれを知ってて、それなりに受け入れてきてはいたのよね」

「そんな独白はしなくていいから、放してくださいよ!」

「だけど……さっき、君に手を踏まれて、私感じちゃったのよ。とても……凄く!……だから、ね?」

「俺の話聞けよ!放せって……うわ、ちょっと!何しようとすんですか!」


 這い上がるゾンビのように七子がすがり付いてくる。えへえへと気持ち悪くにやつきながら。


「お、お願い……!私を痛めつけて!それでわかるから!確信できるから!!」

「確信しなくていい!俺を巻き込むな!」

「早く!はぁ~や~くぅ~!」

「や、やめろ!放せ……放してくれー!」


 ぐいぐいと身体を押し付けてくる七子。それを引き離そうともがく守哉だが、ヘンな何かに目覚めた七子は強かった。引き離そうとして力を入れると、喜びながらもっと身体を押し付けてくるのだ。

 守哉が言魂を使うかと真剣に考え始めたところで、救世主は現れた。


「ちょっと!七子姉、何やってんのよ!」


 肩を怒らせながらこちらに向かって歩いてきた七美は、守哉にしがみ付いている七子を力ずくで引き離すと、その頭をグーで叩いた。


「あ痛っ……ちょっと、何すんのよ」

「何すんのよ……じゃない!何してんのよ守哉に!?」

「何って……ちょっと、イイ事をしようと思って……」


 うふ、と妖しく微笑みながら、守哉に流し目を使う七子。得体の知れない寒気に襲われて、守哉は身体をすくませた。


「なぁにがイイ事よ!ろくに仕事もしてないくせに、こういう時だけやる気出してんじゃないわよ!」

「もぅ……いつからこの子はこんなに反抗的になったのかしら?お姉ちゃん悲しいわ」

「七子姉がぐーたらしてるからでしょうが!最近は店の手伝いもせずに一日中寝てばっかりで……!」

「だって、仕方ないじゃない。仕事はクビ同然だし、今更就職活動なんてしたくないし。文江おばあちゃんは自分の家だと思って好きにしていいよって言ってくれたし」

「大の大人が目上の人に甘えるなぁ!つか、こっそり守哉にくっ付いてんじゃないわよ!は・な・れ・ろ~!」


 いつの間にか守哉にしなだれかかっていた七子を、七美は思いっきり引っ張って引き剥がした。


「あらあら……もしかして、妬いてるの?素直にならないとお姉ちゃんがもらっちゃうわよ?」

「うるさい!いいから来い!あと守哉!」

「な、なんだよ」

「夕飯!あんたもさっさときなさいよ、バカ!」


 ぷんぷん怒りながら七子を引きずり、客間へと向かう七美。

 なんだかなぁ、と思いつつ、守哉もその後に続くのだった。



  ☆ ☆ ☆



「……ご馳走様でした」


 空になったお皿を前に、守哉は両手を合わせて軽くお辞儀した。

 文江の作った料理は中々のものだった。お皿を何枚か重ねて持つと、台所へ向かう。それを見て、七美は七妃の口元をティッシュで拭いながら言った。


「あ、お皿は置いといて。後で洗うから」

「んじゃ、水洗いだけしとくよ」


 流し台にお皿を置き、水で適当に洗う。油は落ちていないが、ここは七美と文江に後を任せる事にして客間へ戻る。


「どうだい、あたしの飯は?お口に合ったかい?」

「とても美味しかったですよ。料理、お上手なんですね」

「当然さ。かれこれ八十年は料理してるからねぇ」


 なるほど、道理で味付けが年寄り臭いわけだ……などと思ってしまった事は秘密である。

 守哉が愛想笑いしていると、七美がずずいっと近寄ってきた。


「ねぇ、私も料理手伝ったんだよ。どれかわかった?」


 何かを期待している表情。守哉は知っていた。テーブルに並んだ料理の中に、一つだけ不味い一品があった事を。

 しかし、守哉はこう言った。


「え、ええ~……わかんなかったなぁ。全部美味かった……から」

「そ、そう?そんなに美味しかった?おばあちゃんの料理と同じくらい!?」

「……う、うん」


 全力で七美から顔をそむける。すると、こちらを見ていた七子と目が合った。その目は、本当の事を言った方がこの子のためよ……?と言いたげだ。

 ならあんたが言ってくれよ、と目線で答えつつ、守哉は話題をそらすために言った。


「そうだ、文江さん!旧神奈備島古事録はどこで手に入れたんですか?」


 食後のお茶……というかポカリを飲んでいた文江は、急須を口から離して答えた。

 どうでもいいけど、急須から直接飲むのはこの島の風習か何かなのだろうか。優衣子も同じようにして飲んでいた気がするのだが……。


「あれはもらいものさね。昔、ある人からもらったのさ」

「ある人……それって誰なんですか?」

「ある人はある人さ。一応、この島じゃ死んだ事になってる男でね……万が一の事を考えて、あたしに預かっててくれと言って置いていったんだよ」

「それ、もらったって言わないんじゃ……」

「細かい事を言うんじゃないよ。もう帰ってこないだろうし、それならあたしがもらったっていいじゃないか。それに、そいつは死んだ事になってるって言っただろう?だったらこれはもうあたしのものだよ。返す相手がいないんだから」

「でも、死んだ事になってるって事は、実は生きてるって事じゃないんですか?」

「死んだ事になってるって時点で、生きててもこの島じゃ死んでるのと同じさね。それに、旧神奈備島古事録をあたしに預けておいて、何十年経っても返してもらいにこないあの男が悪いのさ」


 すまし顔でポカリを飲む文江。特に悲しんでもいないところ、文江にとってその男は単なる知り合い程度の付き合いだったのかもしれない。

 しかし守哉は、死んだ事になってる男について引っかかるものを感じていた。そう、どこかで似たような男がいたような、そんな感じが。

 気のせいだろうか―――そう思い、考えるのをやめようとしたところで、守哉は思い出した。

 

「鯨田……鯨田栄一郎って人じゃないですか?その人」

「ああ、確かそんな名前だったねぇ……。でも、誰から教えてもらったんだい?」


 その質問に、守哉は答えなかった。いや―――答えられなかった。

 栄一郎を―――あの、自分が殺した恩人を、どうしてすぐに思いつかなかったのか。自分にとって、忘れられない存在だったはずのあの男を、どうしてついさっきまで忘れていたのか。ただの度忘れとは―――思えない。

 黙ってしまった守哉を見て、文江は何かを悟ったのか、


「……どうやら、あんたも忘れていたみたいだねぇ。いや、喰われた……と言うべきか」

「喰われた……?鯨田の記憶を、か?」

「そうさ。あたしだって、あんたが言うまで今の今まで忘れてたからねぇ。忘れられないはずだったあの男を、今の今まで……ね」

「忘れられない……それって、もしかして……」

「おっと、勘違いするんじゃないよ。忘れられないってのは、そういう意味じゃない。ただ、あの男は……」


 そこで、文江は優しく七妃の頭を撫でた。そして、気持ちよさげに目を細める七妃を見ながら、答えた。


「あの男は……この子達の、祖父さんだったからねぇ。あたしにとっちゃ、それなりに思うところがあるのさ」


 その言葉に。


 守哉は、栄一郎の死に際の言葉を思い出していた。


 ―――俺の孫達の面倒を見てくんねぇか。んで、俺の代わりに、愛してやってくれよ―――


「鯨田が、七瀬達のお祖父さん……」


 そう呟くのが、精一杯だった。


 この事実に、守哉は少なからず驚愕して―――静かに、息を呑んだ。

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