表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみかみ  作者: 明日駆
52/102

第49話 “希望を招く想い”

 日諸木学園の第一校舎。その屋上に、天照大神はたたずんでいた。


 その目は、遠く離れた神奈裸備島の磐座機関本社ビルへと向けられている。いや、正確にはそこにいる一人の少年へと向けられていた。


「発動したか……。さて、今度はどうするか」


 大呪法、絶対輪廻。それは、かつて神和ぎの一人が、自らの命を代償に手に入れた禁断の呪法である。

 磐座機関のいう代替実験というのは、この呪法の実験だ。未だに成功した事がないために実験と呼ばれている。彼らは科学的に大呪法を研究し、その成功率を計算しているようだが……それが無意味である事を、天照大神は知っていた。


「ハハハ。それにしても、バカみたいだな。初代と二代目の血を引く者なら成功率は高いだと?目のつけ所はいいが、いい加減気づいてもいいだろうに。その呪法は成功しないと」


 絶対輪廻は、天照大神から魔闘術を授かった神和ぎから、何の力も持たない一般人に魔闘術をコピーするという呪法だ。元々は神和ぎを増やし、神さびと戦うための戦力とするために存在する。代替実験という名前はそこからきている。神和ぎの代わりに他の誰かを戦わせる、というわけだ。

 ただし、この呪法によって生み出される神和ぎには欠陥がある。正規の手順を踏んで神和ぎになったわけではないため、天照大神から恩恵を受けられないのだ。そのために逢う魔ヶ時の恩恵を受けられず、莫大な神力を必要とする魔刃剣も使えない。当然、言魂で具象化できる想像にも限りがある。

 その代わり、メリットもある。天照大神から神力を供給する神和ぎとは違い、自分自身で神力を生み出す事ができるのだ。そのため、逢う魔ヶ時以外の時間帯ではその戦闘能力は神和ぎを上回る。

 だが、本来神和ぎとは神さびを倒すために存在する。強力な力を使うのは逢う魔ヶ時だけで十分なのだ。なのにも関わらず人間は力を求める―――逢う魔ヶ時という枷を外そうともがいている。それで初代神和ぎは痛い目を見たというのに、人間は何も学習しない生き物なのだろうか。それとも、学習しているからこそなのだろうか。


「本当、バカな生き物だよ、人間というのはな。だがまぁ、今回は予想通り百代目が巻き込まれているからな。仕方ない、今回だけは許してやろうじゃないか」


 右手を神奈裸備島に向かって掲げる。瞬間、右手がぼんやりと光りだした。光はだんだん大きくなり、遠く離れた磐座機関本社ビルへ向かって伸びていく。


「百代目に免じて今回だけ許してやるよ。ま、当然それだけでは済ませないがな。私の百代目に手を出した罪、償ってもらおうか」


 薄く、その笑みに暗い影が落ちる。


 珍しい事に―――天照大神の目の奥に、怒りの色が見えていた。



  ☆ ☆ ☆



 全身に寒気が奔る。


 守哉は、自分の身体から何かが抜けていくような感覚に襲われていた。白馬が呪法の発動を命じてからずっとだ。


(何が……起こってるんだ……!?)


 視界が完全に開けている今なら状況がわかるが、どうやら今いるこの部屋全体が呪法の一つらしい。部屋は綺麗な四角形で、部屋のあらゆる場所に呪印が書き込まれている。今はその全てが光り輝いていた。

 眼下には忠幸の姿が見える。どうも自分は、天井にはりつけられているらしい。酔いも完全に醒めているようで、頭のぐらつきはなくなっていた。

 今なら声も出せる。何とかして抜け出すために、守哉はイメージした。


「―――解けろっ!」


 言魂を発動する―――いや、発動していない。何も変化が起きない。


(言魂が失敗した……!?嘘だろ!?)


 今まで言魂が失敗したのは、一番最初の訓練の時だけだ。あの日以来、毎日のように言魂の練習をしているために、自分が言魂の発動に失敗するなどという事はまずありえない。

 という事は、今発動している呪法が、言魂の発動を阻害しているという事だ。だとすれば、最早抗う術はない。


「くそ……!おい、忠幸!起きろ、起きろよっ!」


 大声で呼びかけてみるが、返事はない。どうやら薬か何かで眠らされているようだ。

 言魂を使えない事がわかっているのか、部屋の外にいるであろう白馬達は何も言わない。ただ、呪法が終わるのを待つだけだ。

 何度か両腕に力を込めてみるが、ピクリとも動かない。呪法が身体からあらゆる力を奪っているのか、次第に強い眠気が襲ってきた。


(ダメだ……今寝たら死ぬ気がする。くそ、終わるまで待つしかないのか……)


 歯を噛み締めて眠気に耐える。限界まで目を開き、必死で眠気と格闘した。

 どんどん力が抜けていく。そして、守哉の眠気が限界まで近づき、部屋の呪印がよりいっそう輝きを増した時。


 凄まじい光が、部屋中を真っ白に染め上げた。



  ☆ ☆ ☆



 何かが起きた。


 そう感じて、七瀬は立ち止まった。


(……何か……イヤな予感がする……)


 磐座機関本社ビルは目の前だ。しかし、何故か入る事に躊躇してしまう。守哉は目の前だというのに。

 本能的に、七瀬は感じ取っていた。異質な気配がビルの中に漂っている事に。具体的にいうと、ビルの66階のある部屋の中に。


「はぁ、はぁ、はぁ……!や、やっと、追いついた……!」


 息も切れ切れに七美と七子が追いついてきた。顔中汗だくで、ずいぶん疲れきっている。

 七瀬は二人に近づくと、背中を優しく撫でてやった。


「……だいじょうぶ?二人とも」

「あ、あんた、なんで、そんなに、平気な、顔、してんのよ……」

「……なんでだろうね?」


 けろっとした顔で七瀬は言った。七美はそれを恨めしげに見つめている。正直、七瀬の運動神経は計り知れないものがあるのだ。

 七子は七美よりは体力があったのか、息を整えながらビルへ足を踏み入れた。


「休憩室が中にあるわ。休むならそこで休みましょう。飲み物もあるわよ」

「……でも、かみやが」

「私達を置いていく気?」


 七瀬は少し不満そうに押し黙った。七子はため息をつきながら、二人を中へと招き入れる。

 休憩室に着くと、七子は自販機で緑茶を三人分購入した。


「はい、お茶。ほら、七瀬も」

「……わたし、のど渇いてないよ」

「そう言わずに飲みなさい。せっかく買ったんだから」


 そう言われて渋々緑茶を受け取る七瀬。本当はすぐにでも守哉に会いに行きたいのだろう。

 七子は長椅子に座ると、緑茶を一気に飲み干した。顔の汗を手でぬぐい、一息つく。

 あれほど走ったのは人生でも初めてかもしれない。というか、あんなに急ぐ必要はあったのだろうか。

 ふと横を見ると、七瀬は険しい顔でずっと休憩室の外を見ていた。七美は長椅子に座って未だに息を整えている。


「ねぇ、七瀬。早く会いたいのはわかるけど、もう少し待った方が……」

「……なんか、変」

「え?」

「……おかしいよ。凄く、おかしい」

「何がおかしいの?」


 七瀬はずっと抱えていた紙袋をぎゅっと抱きしめると、天井を睨みながら言った。


「……このビル、すっごく大きいのに人の気配を感じない。ここ、ロビーでしょ?なのに誰もいないなんておかしいよ。それに、あちこちから異質な気配がする。凄くイヤな気配」


 七子はため息をついた。自分の妹とは思えないほど、七瀬は勘が鋭い。


「このビルはね、100階まであるんだけど、普段はそのほとんどを使用していないの」

「……どうして?」

「ある実験のせいでね、必要以上に余分なスペースを設けてるの。保管しなきゃいけないものが多いから」

「……保管しなきゃいけないものって、なに?」


 七子の顔が引きつる。まさか人間だとは言えるわけがない。


「ええっと……歴史的に貴重なものとかよ。結構大きい物も少なくないから」

「……またうそついた。本当のこと言ってよ」


 勘が鋭いにもほどがある。どうしてこんなに七瀬は優秀なんだろうか。七美も見習ってほしい。


「嘘なんてついてないわ。本当よ」

「……うそだよ。七子おねえちゃん、うそつく時、左のまゆ毛がぴくって動くもん」


 まさか、と思い七子はまゆ毛に手を伸ばした。それを七瀬がじと目で見ている事に気づき、更に顔が引きつる。騙された!


「……ほら、うそついてる」

「七瀬……本当に昔に戻ったみたいね。とっても意地悪だわ」

「……かみやのためならどんな意地悪だってするもん。それより、もういいでしょ?早くかみやのところに案内してよ」


 はぁ、と七子はため息をついた。もういい加減、隠し事はできそうにない。例え守哉のいる場所を誤魔化そうとしても、七瀬は呪法のエキスパートだ。一人の人間を探知する呪法ぐらい知っているに違いない。

 七子は覚悟を決めると、真顔で七瀬と向き合った。


「わかったわ。でも、これだけは約束して。何かあったらすぐに逃げる事。私以外の白衣を着てる人の言う事は絶対に聞かない事」

「……うん。わかった」

「私も、わかった~」


 長椅子でぐだ~っとしていた七美が手をふらふらと振りながら言った。


「七美はここにいてもいいのよ?疲れてるでしょう?」

「もう大丈夫。ここにいてもしょうがないし、ついてくよ。あ、でも、勘違いしないでね?別に守哉に会いたいってわけじゃないから」

「誰もそんな事聞いてないわよ。それより、行くなら早く行きましょう。もう七瀬出ていっちゃったわよ」


 見ると、確かに七瀬は休憩室を出てエレベーターのボタンを押していた。慌てて七美も立ち上がると、空になった緑茶の缶をゴミ箱に投げ捨てて立ち上がる。


「まったく、あの子は守哉の事になると見境ないもんね。一途というか、何と言うか……。苦労するわ、保護者として」

「あなた、保護者のつもりだったの?」

「つもりじゃないわ、保護者よ」


 休憩室の扉を開きながら、七美は笑って言った。


「守哉も七瀬も無茶すんだから、私がしっかりあいつらの面倒見なきゃいけないのよ」


 そこで守哉の名前を出すところ、あなたも十分一途だと思うわよ。


 そう思った七子だったが、言ったらきっと七美は怒るのであえて黙っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ