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かみかみ  作者: 明日駆
37/102

第35話 “家族の形”

 逢う魔ヶ時が過ぎたあと。


 気絶していたトヨはこれといって問題なかった。ただ、自分が簡単に敵の罠にかかってしまった事に腹を立て、悔しそうな顔でさっさと一人で家に帰ってしまった。

 その悔しそうな顔といったら、普段のトヨの態度を考えると意外に思えてならない。優衣子に至っては腹を抱えて大笑いしてしまった。


「いい気味だわ」


 まったくもってその通りだと守哉も思った。トヨにはいい薬だ。ただ一人、七瀬だけは複雑そうな顔をしていたが。

 それから、英司の墓の前で三人は並んで黙祷した。その魂が、無事にあの世へといけますようにと、心から祈りを捧げた。

 そして、墓所からの帰り道。不意に、優衣子が呟いた。


「……英司、ちゃんと成仏できたかしら」


 守哉はにひっと笑って言った。


「当たり前だろ。あんたが幸せってわかったんだからさ」


 その言葉に、優衣子は安心したかのように微笑んだ。


「それもそうよね」


 心地よい沈黙が守哉達の間に流れる。夕焼け空は既に沈み、神奈備島に夜が訪れていた。


 神代家の前に到着して守哉達は立ち止まった。

 不意に、守哉は空腹を感じてお腹を押さえた。そういえば、もう夕飯の時間である。


「腹減ったなぁ。早くなんか食いてぇよ」


 七瀬はくすっと笑って答えた。


「……ごはん、食べてく?」

「おう。たっぷり食べてくぜ」

「……ふふふ……。たっぷり食べさせてあげるね」


 幸せそうな雰囲気に包まれる二人を見て、優衣子は言った。


「は~あ。そんじゃ、お邪魔虫は退散しますかねぇー」

「何言ってんだよ。あんたも食ってけよ」

「んー……そうしたいところだけどね。なんか、居づらいのよねぇ。色々と」

「……いろいろって?」

「色々よ。というか、あなたはそれでいいわけ?」


 きょとん、とした顔で七瀬は首をかしげた。よくわかっていない様子である。

 思わず優衣子はため息をついた。


「はぁ……。あんたら、本当に自分達の事がよくわかってないのね」

「なんの事だよ」

「別に。……それじゃ、私もお言葉に甘えさせていただくわ」


 言いつつ、優衣子は背伸びをしながら神代邸に入っていった。


「よくわかんねぇな、あの人」

「……もしかして、気を使わせちゃったかな」

「なんか言ったか?」

「……ううん、なんでもない。いこ、かみや」


 いまいち釈然としない守哉だったが、七瀬に促されて渋々神代邸に入る事にした。



 ☆ ☆ ☆



 そんな守哉達のやり取りを遠くの民家の屋根から見つめていた影が二つあった。


 そのうちの一つ、小さな影が動いた。オスの三毛猫……藤丸である。


「これでよかったのかニャ?」


 藤丸は傍らに立つ人物を見上げて言った。


「もちろんさ。君のおかげで百代目はまた一つ力を発現させた。礼を言わせてもらおう」


 月明かりが不敵に笑う影の姿を照らす。守哉の姿形を模した神様―――天照大神の姿を。


「礼なら俺じゃなくてあいつに言ってほしいニャ。俺に守哉のために働いてほしいと頼んできたのはあいつニャんだからニャ」

「そういうわりには百代目にずいぶんと執着しているようだが?」

「……別に、執着ニャんてしてニャいニャ」


 ぷい、と藤丸はそっぽを向いた。神様は可笑しそうに笑みを浮かべている。


「どうも百代目は自分が思っているよりも慕われているらしいな。いやぁ、可笑しいものだ。実に可笑しい」

「何が可笑しいニャ」

「よく考えてみろ。百代目は心の底から他人を信用しない。仮に信用したとしても、表面上だけだ。それが普段の挙動によく表れている。そのせいで、あの子には友達がなかなかできない。いや、そもそも友達など望んでいないのか……」

「だからニャんニャんだ」

「なのにもかかわらず、あの子を慕う人間がいる。まぁ、ほんの一握りだがな。あの子の本質をよく知った上で、自分が信用されていない事を知った上で、あの子を信用する人間が存在する。可笑しいと思わないか?信用されずして、何故その人を慕える?信用されていないとわかっていて、どうしてその人を信用するというのだ」


 可笑しそうに笑いながら神様はその場でくるくると踊りだした。隣に座っていた藤丸が嫌そうな顔で神様から距離を置く。


「わからない。本当にわからないなぁ」

「お前には一生わからニャいだろうニャ」

「一生?私にそんなものはない。だとしたら、このまま私はこの答えを知らないままなのかな?それは少し寂しい。だから、答えをくれまいか?気になって仕方がないのだ」


 藤丸は意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。


「知るか。自分で考えろニャ」


 不意に藤丸の姿が消えた。具現化していた神力が霧散し、藤丸の気配が急激に薄れていく。

 神様はくすっと小さく笑った。


「そうだな。どうせたっぷりと時間はあるんだ。考えさせてもらうとするか、人間という生き物について」


 不意に、神様は空を見上げた。夜空に映える満月が、自分を見上げる神様の姿を照らそうとする。


「人は面白い。実に面白い生き物だ。なぁ、そうは思わないか?」


 答えはない。当たり前だ。相手は物言わぬ星なのだから。

 神様は両手を広げ、月明かりを一身に受けながら満月に向かって叫んだ。


「―――人間、最っっ高ォォォォォォォォッ!!!!」



 ☆ ☆ ☆



「……?」


 神代家で夕飯を食べ終わった後の帰り道、不意に守哉は立ち止まって後ろを振り返った。誰かの叫び声が聞こえた気がしたからだ。

 守哉が立ち止まったのを見て、隣を歩いていた優衣子が振り返った。


「どうしたの?」

「いや……なんでもない。早く帰ろうぜ」


 再び歩き出す二人。時刻は8時を過ぎていた。当然ながら通りに人気はない。行事やよっぽどの事がなければ神奈備島の島民は夜に外出などしないのだ。

 黙々と歩く。寮までは5分もかからない。しかし、二人はかれこれ30分は歩いていた。


「って、ちょっと待てぇ!」


 立ち止まって思わずつっこみをいれる。優衣子も立ち止まり、不審そうな顔で振り向いた。


「?今度は何?」

「何じゃない!歩きすぎだろ!なんで寮に着かないんだよ!」

「んー……そういえばそうねぇ。いつもならもう着いてるはずなのに……ああそうか」


 ぽん、と優衣子は軽く手を叩いて言った。


「呪法かけてたんだったわ。寮の近くに」

「なんでかけてんだよ!?」

「寮に人を近づけさせないようにするためよ。英司がかけとけって言ったから、かけといたの忘れてたわ」

「なんで今更それに引っかかるんだよ。つか、俺が逢う魔ヶ時に寮へ行った時はすぐに着いたぞ?」

「それは逢う魔ヶ時だからよ。逢う魔ヶ時の神和ぎは天照大神の恩恵を全て受けられるんだもの、罠系でこの程度の呪法は効かないわ。神和ぎもどきは別だけどね」


 だるそうに説明する優衣子をじと目で見ながら守哉は言った。


「わかったから、さっさと呪法を解いてくれよ。このままじゃ帰れねぇ」

「そうしたいところだけど、この呪法は呪法の内側から解く事ができないのよ。たとえ呪法をかけた術者でもね」

「んじゃどうするんだよ」

「呪法にそそぎこんだ神力がなくなるまで待つか、あるいは言魂で呪法破りをするか、の二択ね」


 また知らない単語がでてきた。悲しい事に守哉はあまり記憶力がいい方ではないため、いい加減覚えきれないのである。というかめんどくさい。

 しかし、ここで聞かなければ帰りようがない。仕方なしに守哉は言った。


「……呪法破りってなんだよ」

「ずいぶん嫌そうな顔で聞くのね……まぁいいけど。呪法破りっていうのは、その名の通りかけられた呪法をその内側から破る事。ようするにぶっ壊すわけだけど、逢う魔ヶ時でもなけりゃ完全に破るのは不可能よ。だから、今回の場合は呪法の一部を破って脱出する事にしましょう」

「ふ~ん。んで、それって誰がすんの?」

「決まってるじゃない」


 優衣子はにっこりと笑って守哉を見つめた。それはそれは美しい、魅力的な笑みであったが、その笑みを向けられた守哉は心底嫌そうな顔をした。


「なんで俺がするんだよ」

「だって私、言魂はあんまり得意じゃないもの。ここは正真正銘の神和ぎであるあなたがやるべきじゃない?」

「イヤだ!やり方わかんねぇし!」

「教えてあげるわよ~。言っとくけど、私は別に呪法が勝手に解けるのを待っててもいいのよ?どれくらいかかるかわからないけど。まぁ、あなた次第って事ね」


 優衣子はだらしなく地面に座り込むと、大きなあくびをかまして寝転がった。せっかくの美人が台無しである。

 仕方なく、守哉は自分がやる事にした。


「……へいへい、わかりましたよ。俺がやりますよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ」

「そうそう。んじゃ、やり方を教えるわよ」


 優衣子は地面に寝転がったまま右手を夜空にかざした。ゆっくりと空を掴み取るように指を動かす。


「罠系の呪法は、その多くが指定範囲内を呪的に掌握する事を前提にしているの。つまり、今私達がいるこの空間は呪法によって掌握されている状態にある。ここまでは大丈夫?」

「ああ」


 大丈夫ではないが、守哉はそう言った。言っている事はさっぱりわからないが、とりあえず話を続けさせる。


「掌握されている空間は球状に掌握されている事が多い。今回は私が仕掛けたから球状ってわかるけど、実際は色んな形に掌握されているから注意ね。……まぁ、簡単に言うと包み込まれてる感じよ。銀紙に包まれてるチョコレートと同じ。つまり私達は今、銀紙に包まれているチョコレートの中にいるわけ」

「さいですか」

「だから、突破するには銀紙を破る必要がある。でもその前に、銀紙が包んでいるチョコレートの大きさを把握しなければならない……つまり、呪法がかかっている空間を把握しなければならないの。そうしなければ、銀紙のある場所がわからないわけ」

「ほいで?」

「簡単にまとめると、まずチョコレートの形を把握。次に銀紙の位置を把握。そして銀紙を破る……そんな感じね。後は、それをイメージに変えるだけ」


 そんな感じと言われても、と守哉は心の中で呟いた。いつの間にやら頭の中はチョコレートでいっぱいである。チョコレートで例えるから甘いものが食べたくなってきた。


(今ならチョコレートも具現化できるかもなぁ)


 ただし、チョコレートを包んでいるのは銀紙じゃなくてパンツだが。

 何故か守哉の脳内ではチョコレートはパンツに包まれていた。フリルのついたパンツ。いやあえて言おう、それはパンティーであると。

 

 (いやぁ、いいねぇパンティー。チョコレートを包むパンティー。変態ちっくだけど、まぁこの際いいかそれでも。どうせあんな説明じゃよくわかんねぇし)


 第一、銀紙などと言われても、実は守哉は銀紙に包まれたチョコレートというのを食べた事がないのである。昔、まだ母親が自分の虐待に関わっていなかった頃によくチョコボールやらうまい棒やらは買ってもらったものだが、普通の板チョコなどは食った事がないのだ。何故か。

 ちなみに、この島に板チョコは売っていない。駄菓子屋はあるが、扱っているチョコレートはせいぜい五円チョコかチョコボールくらいである。

 そんなわけで、守哉は実にくだらない想像をした。というか、どう考えて変態としか思えない想像を。


(チョコボールの形を把握し、それを包み込むパンティーを破る、というわけだな)


 パンティーを破る事にある種の興奮を覚えつつ、守哉は想像した。パンティーの中にチョコボールがある。自分は今、そのチョコボールの中にいる。脱出するには、パンティーを破るしかない。うん、いけそうだ。


(まてよ……パンティーの中にチョコボール。それって、うんこじゃねーか)


 それはまずい。それでは、パンティーが汚れてしまう。というか、もらしてしまったという事だろうか、そのパンティーの持ち主は。それはいただけない。自分はそっち系の耐性はないのである。

 目を閉じて真剣に思考する守哉を見て、優衣子は尋ねた。


「やれそう?」

「……厳しいな。俺はそっち系の耐性がねぇ」


 アホな子を見る目で優衣子は守哉を見つめた。


「……何言ってるのかわからないけど、とりあえず深く考えずにやる事ね。この想像は一度できるようになれば簡単だけど、初めは難しいから」


 優衣子はそう言ったが、守哉の脳内では既に呪法を破るイメージが完成していた。

 両手を前方にかざし、空中を掴むように指を動かす。守哉の手の中に丸い空間のイメージが出来上がり、それを包み込む何かを感じ取る。


「……いけそうだ」

「もう?焦らなくていいのよ、ゆっくりと―――」


 瞬間、呪法が破けた。音もなく、視覚的にも変化は一切なかったが、呪法をかけた優衣子にははっきりとわかった。守哉が呪法を破ったと。

 思わず身体を起こし、呆気に取られて優衣子は呟いた。


「……うそ。こんな簡単に破るなんて……」

「案外簡単だったな。ほら、さっさと帰ろうぜ」


 言うが早いか、さっさと守哉は歩き出した。優衣子は慌てて立ち上がると、足早に守哉を追いかける。


「凄いじゃない!ねぇ、どんな想像したわけ?ていうか、あの説明で理解できたの?」

「理解できたからできたんだろーが」

「理解力いいわね~。私、1回も成功した事ないのに」


 ぶっ、と守哉は思わず吹き出した。じと目で優衣子を見つめる。


「……自分で成功した事ないくせに他人に教えたのかよ」

「まさか、あれで理解するとは思ってなかったわ。さすが、と言ったところかしら。いや~、見直したわ~」

「あのなぁ……。……はぁ。もういいや、めんどくせぇ。これ以上あんたに何言ってもしょうがねぇよな」

「何よ、その言い方。私は保護者なんだから、もっと敬いなさいよ~!」


 優衣子は守哉の肩に手を回してぐいっと引き寄せた。豊満な胸に頭がぶつかり、思わず守哉は赤くなってしまう。


「は、放せよ!」

「スキンシップよ、スキンシップ。私達は家族なんだから、これくらい当たり前よ」

「当たり前じゃない!絶対違うぞ!」

「照れなくてもいいじゃないの。ほらほら、お姉さんのおっぱいは気持ちいいでしょ~?」

「や、やめろー!むぐ」


 優衣子が守哉を思い切り抱きしめる。顔が完全に優衣子の胸に埋もれてしまい、息ができなくなる。生命の危機を感じてじたばたと優衣子の胸の中で暴れる守哉。なんとか優衣子の腕から逃れようとして、思わず顔を圧迫している物体をわしづかみにしてしまった。

 要するに、胸を。


「……!」

「やん。未鏡君のエッチ」


 一瞬優衣子の腕が緩む。その隙に守哉は優衣子を引き剥がした。ぜーぜーと肩で息をしながら優衣子を睨み付ける。


「二度と、するな……!窒息するかと思ったぞ!」

「いいじゃない、別に。いい思いできたんだから」

「何がいい思いだっつーの!あと少しで死ぬところだったぞ!?」

「男なら細かい事は気にしないの。……そうだ。ねぇ、今度から守哉って呼んでいい?」


 真っ赤な顔でむすっとしながら守哉は答えた。


「勝手にしろ。とにかく、俺は帰るからな」


 寮に向かって早足で歩く守哉。そんな守哉を見て、優衣子はくすっと笑った。


「ちょっと待ちなさいよ。ねぇ、守哉。あなたも私の事、優衣子って呼んでいいからね。いい?ちょっと聞いてるの?ねぇ、守哉ぁ―――」


 優衣子を無視して守哉は歩く。半分は照れ隠しで。もう半分は―――今まで感じた事のない、よくわからない感情で。


 月明かりの下、二つの影は仲良く寄り添って帰って行った。

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