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かみかみ  作者: 明日駆
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第33話 “破邪の刃”

「本当、何もかも遅すぎるわ。あなた、こんな事でこの島を守れると思ってるの?」


 布団の上に立つ優衣子はそう言った。金色の瞳を妖しく光らせて、不敵な笑みを浮かべて。

 部屋には二人の人間がいた。一人は優衣子、そしてその前には……七瀬!?

 守哉の目つきがつりあがる。


「……七瀬に何をした」

「ふふふ……何をしたと思う?」


 優衣子の前に立ち尽くしている七瀬は、力なく顔を俯かせている。その姿からはまったく生気が感じられない……まるで、立ったまま死んでいるかのようだった。


「答えろ!!」

「せっかちね。いいわ……教えてあげる。この子はね、英司の下僕になったの。わかる?」

「今のあんたと同じ状態って事か」

「違うわ。私は違う……私はただ、英司に従っているだけ。下僕じゃないわ」

「それじゃ人形か。あんたは英司っていう荒霊の操り人形……へっ、バカみてぇだな、あんた」


 できるだけ憎たらしげに言い放つと、一瞬、優衣子の目つきが変わった。挑発に乗ってきたかと思ったが、どうもそううまくいきそうにはない。


「あなたにはわからないわよ。私の事なんて何も知らないあなたにはね」

「わかりたくもねぇよ。荒霊の言いなりになる人間の事なんてな」

「……本当、あなたにはわからないでしょうね、絶対に」


 優衣子の周囲が揺らめく。風が熱を孕んでいる―――


「っ!!」


 抱えていた藤丸を放り投げ、咄嗟に両手を交差させて顔を庇う。瞬間、凄まじい熱風が襲い掛かってきた。両足を踏ん張って耐えようとするが、耐え切れずに吹っ飛ばされてしまう。守哉は向かいの障子を突き破って中庭に転がった。


「くそっ……!」

「ガキのくせに、生意気なのよ」


 守哉は何も考えずに全力で白い砂利の上を転がった。先ほどまで転がっていた場所に神力波が着弾し、大きく砂利が爆ぜる。

 体勢を立て直しながら想像する。身体強化の言魂を発動し、身体能力を向上させる。更に平行して想像を組み上げ言魂にし―――


「―――おらぁっ!!」


 守哉の声に呼応して守哉の周囲の砂利が持ち上がり、津波のように優衣子に襲い掛かった。


「―――あは」


 笑い声で言魂が発動し、優衣子の手前で砂利の津波が止まった。右手を停止した砂利の津波に差し出すと、手首を下げる。瞬間、砂利の津波はただの砂利に戻り、優衣子の立っていた寝室に散らばった。


「アハハハハ、やるじゃないの。二つの言魂を平行して発動したわけ?あなたどんだけ天才なのよ」


 心底楽しそうに優衣子は言った。守哉は小さく舌打ちして立ち上がる。


「あんたも相当なもんだぜ。あれを止めるなんて」

「あなたほどじゃないわよ。……さぁ、ここからが本番。行くわよ……!」


 優衣子が飛ぶ。身体強化の言魂の恩恵か、凄まじい速度で守哉に向かって突撃してきた。


「ちっ……!」


 咄嗟に後ろに飛び退いた。しかし優衣子の方が速い。急接近した優衣子の顔が自分の顔と触れ合うまであと1cmというところで―――


「くっ!!」


 頭突きだ―――そう判断した守哉は、言魂で自分の背骨を大きく反らせた。急激な負荷が身体にかかるが、身体強化の言魂がそれを打ち消す。守哉が大きくブリッジした瞬間、頭上を優衣子の身体が通り過ぎていった。

 両手を地面について回転し体勢を立て直す。優衣子の通り過ぎていった方向を見ると、倒れた木々の間に立つ優衣子の姿があった。


「……ロケット頭突きかよ」

「あら、わりと強いのよ?これ」


 再び優衣子が突撃してくる。辛うじて身体をひねって避けるが、優衣子の身体が通り過ぎていく瞬間に守哉の腹部が真横に裂けた。


「ってぇ……!」


 左手で傷を押さえ、治癒の言魂を発動する。傷はそれほど深くはなく、すぐに治癒した。

 風の刃を纏った突撃。昨日戦った時には見せなかった攻撃だが、優衣子の身長が高いのでかなりシュールだ。しかし、見た目に反して威力は相当なものだ。直撃すればただではすまない。

 神代邸に突っ込んだ優衣子は、ぱんぱんと埃をはらいながら立ち上がった。


「どう?この攻撃はね、自分自身を使うものだから想像する必要がほとんどないの。集中力も大していらないし、発動しやすい。面倒くさがりの私にはうってつけなのよね」

「あんた元神和ぎなんだろ。こんな攻撃使ってちゃ、周りに被害が出るだろうが」

「あら、知らないの?この島の建物にはね、予め言魂がかけられてるのよ。復元の言魂っていうんだけど、夜中の0時になると勝手に直るのよ」

「……つー事は、破壊し放題ってわけか」

「そういうわけでもないんだけどね……まぁ、これ以上教えてあげるのも癪なのよねぇ。これ以上時間をかけるのも面倒だし、そろそろ終わりにしようかしら」


 不敵な笑みを浮かべる優衣子。あの攻撃には予備動作がほとんどない。単純に言魂の力だけで飛翔してくるのだ。それ故に、非常に対処がし辛かった。

 しかし、対処ができないわけでもない。守哉は飛んでくるであろう攻撃に身構えて、腰を低く落とした。両手を腰溜めに構えて強く握り、想像する。

 

 次が、勝負だ。


「―――行くわよ」


 声。一歩遅れて、守哉は叫んだ。


「―――うぉらぁっ!」


 優衣子が弾丸のように突撃してくる。守哉の声に呼応して、守哉の両手が自動的に飛んできた優衣子の頭を掴んだ。凄まじい衝撃が身体中に奔り、足を滑らせながらなんとか相殺しようと試みる。

 受け止められた―――そう判断した優衣子は、空中で大きく身を捻らせた。右手を砂利の上につき、腰を捻って身体を回転させる。鋭い回し蹴りが守哉のわき腹に直撃した。


「ぐっ……!?」


 しかしこれは守哉もある程度想定していた。直撃したわき腹に意識を集中し、優衣子の身体が回転した事で自由になった両手で優衣子の右足を掴むと、そのまま勢いよくフルスイングして投げ飛ばす。


「んなくそぉっ!!」


 守哉は叫んだ。当然、ただ叫んだわけではない―――その声は、言魂となって優衣子を襲う。優衣子が纏っていた風の刃は、受け止めた守哉の両手をズタズタに切り裂いていた。当然、今優衣子の頭部には守哉の血液が付着している。

 

 それが、守哉が叫ぶと同時に発火した。


「なっ……!」


 これにはさすがに優衣子も驚いた。すぐさま言魂で火を消すが、それが一瞬の隙となった。

 

「―――いけぇっ!!」


 守哉の叫びに呼応して、守哉の足元の砂利が一斉に優衣子に向かって伸びた。凄まじい勢いで優衣子の右足に纏わりつき、勢いよくその身体を振り下ろす。


「がっ……!」


 中庭に勢いよく叩きつけられ、優衣子の肺から一斉に空気が漏れた。咄嗟に右肩に手を伸ばす優衣子。同時に、守哉は言魂を発動した。優衣子の周囲の砂利が優衣子の両手両足を包み込み、砂利の上に縛りつける。

 身動きがとれなくなった優衣子は、呼吸を整えると諦めたかのように言った。


「……やるわね」

「へっ。伊達にババアに鍛えられちゃいねぇよ」


 守哉はわき腹を押さえながら言った。思った以上に先ほどの一撃が深い。両手もズタズタに引き裂かれ、今も大量の血が流れていた。


「そのまましばらくそこで寝てろ。ババアが帰ってきたらなんとかしてもらう」


 言いながら呼吸を整え、意識を集中する。傷が熱を持ち始め、少しずつ癒えていく。

 優衣子はにやりと笑って言った。


「バカね。油断しすぎよ」


 なに、と守哉が聞き返す前に、横から何かが飛んできた。太さが3cmほどもある、巨大な鉛筆だ。咄嗟に飛び退こうとするが、避けきれずわき腹に突き刺さった。痛みに耐えながら飛んできた方向を見ると、そこには虚ろな瞳でこちらを見る七瀬の姿があった。


「なっ……!」

「敵は私だけじゃないのよ。あの子もあなたの敵」


 瞬間、七瀬が動いた。咄嗟に両手を交差させて身を守る。交差させた両手のど真ん中に七瀬の正拳突きが炸裂し、思わず守哉はよろめいた。同時に守哉の集中力が途切れ、優衣子が砂利から開放される。


「くそっ!七瀬、目を覚ませ!」


 大声で呼びかけるが、返事はない。虚ろな瞳のまま容赦なく攻撃を仕掛けてくる。反撃する事もできず、守哉は防戦一方になった。

 七瀬は強い。しかし、以前戦った時よりも七瀬の動きは鈍く、一撃一撃も軽い。どうやら七瀬は戦闘時はなんらかの呪法で筋力を底上げしているようで、操られている今はその呪法を使っていないようだった。

 ならば、勝機はある。守哉は一方的に七瀬に殴られながら精神を集中した。


「―――七瀬、ごめんっ!!」


 言魂が発動する。七瀬の周囲に烈風が吹き荒れ、一気にその身体を吹き飛ばした。そのまま七瀬の身体は弧を描いて池の中に落下する。

 治癒の言魂を使っていたのか、何もしてこなかった優衣子はそれを見て呟いた。


「酷い人。自分を慕ってくれる女の子を池に落とすなんて」

「うるせぇっ!元はといえばテメェのせいだろうが!」


 言いながら優衣子に向かって駆け出す。距離は短い。一気に懐に飛び込んで爆弾パンチだ―――

 守哉がそう思った、その時。


「そろそろ、本気で行くわよ」


 優衣子が右肩に左手を当てると、右肩の一部が光りだした。おかまいなしに突撃した守哉のこめかみめがけて左手を振るう。避けきれる、と判断した守哉だが、左手から伸びた何かが直撃し、真横に吹き飛ばされてしまう。


「っ…!?」


 直撃した部分をさすりながら体勢を立て直す。優衣子の方を見ると、その左手にはいつの間にか槍が握られていた。


 緑色に光る切っ先を持つ、長大な槍が。


「まさか……」

「そう、そのまさか。風牙・嵐穿(ふうが・らんせん)……私の魔刃剣よ」


 優衣子の手に握られた魔刃剣が踊る。その動きに合わせて優衣子の周囲に烈風が吹き荒れた。


「属性は風。さぁ、あなたも抜かないと死ぬわよ」


 そう言うと、優衣子は魔刃剣を守哉に向かって振り下ろした。瞬間、凄まじい風が巻き起こり、守哉に襲い掛かる。咄嗟に横に転がった守哉だが、横を通過する直前に風が破裂し、転がった守哉を吹き飛ばした。


「くそっ……!」


 受身をとりながら体勢を立て直す。その時には既に第二波が襲い掛かってきている。咄嗟に守哉は言魂を発動した。


「―――風よ……!!」


 守哉の声に呼応して、守哉の目前に風の壁が吹く。しかし、優衣子の風はそれさえも巻き込んで守哉を吹き飛ばした。勢いよく後ろに吹き飛び、神代邸を囲む壁の内側に生える木に激突する。


「無駄よ。嵐穿は風を司る魔刃剣。全ての風は私の支配下にあるわ」


 よろよろと立ち上がる守哉。わき腹に突き刺さっていた鉛筆を引き抜き、傷痕に右手を添える。治癒の言魂が発動し、少しずつ傷が癒えていく。

 このままではまずい。さすがに魔刃剣を出されては―――

 不意に、守哉の左肩に重みがかかる。見ると、藤丸が飛び乗っていた。


「大丈夫かニャ、守哉」

「……お前な、援護くらいしろよ」

「お前が放り投げた時に熱風をくらって吹っ飛ばされてたんだニャ。運悪く岩にぶつかってさっきまで気絶してたニャ。痛かったニャ」

「和魂のくせに、岩にぶつかったのかよ」

「仕方ニャいニャ。この島のあらゆる物質には神力が含まれているから、実体化している以上接触は避けられニャいのニャ」

「ふーん……。さて、それはともかく作戦会議だ。どうすれば勝てると思う?」

「決まってるニャ。魔刃剣を抜くしかニャいニャ」

「……だよなぁ」


 守哉はげんなりして左手の平を見た。そこには歪な星型の火傷―――聖痕が刻まれている。


「できれば使いたくねぇな」

「ニャんでだニャ」

「強すぎるからだよ。魔刃剣を使ったら藤原さんを殺しかねない」


 しかも、自分は魔刃剣の詳しい説明をほとんど受けていない。昨日聞いたトヨの説明はまったく当てにならなかった。トヨは自分の魔刃剣の自慢しかしなかったからだ。正直、隣で説明したそうにうずうずしていた七瀬に聞いておけばよかったと後悔している。


「今の俺じゃ魔刃剣を使いこなせない。でも、魔刃剣を使うしかない。どうすりゃいいんだ……」


 優衣子は暇そうに魔刃剣を振り回している。どうも、守哉が仕掛けてくるのを待っているらしい。


「守哉、思い返してみろニャ」

「何をだよ」

「他の魔刃剣の使い手を。あいつらはどういう風に魔刃剣を使っていたニャ?」


 他の魔刃剣の使い手。言われて、守哉は思い返してみる。といっても、守哉が知る他の魔刃剣の使い手は優衣子を除けばトヨしかいない。そのトヨはどういう風に魔刃剣を使っていたか―――


「魔刃剣を振り回しながら雷を操ってた……」


 目の前の優衣子も似たような使い方をしている。振り回しているだけでいいのだろうか?


「守哉、魔刃剣の本質は言魂にあるのニャ。魔刃剣を振り回すのは剣に宿った力を高めるためニャんだニャ」

「なんでそんな事知ってるんだ」

「友達に聞いたニャ。いいから魔刃剣を抜くんだニャ!」

「わ、わかったよ」


 左手を前に、その手の平の前で右手を握る。聖痕が光だし、右手を一気に引き抜いた。青い刀身が夕焼け空の下に顕現する。

 守哉が魔刃剣を抜いたのを見て、優衣子は満足そうに言った。


「ようやく本気になってくれたのね。いいわ―――それじゃ、お互いラストスパートといきましょう」


 優衣子が振り回していた魔刃剣の刃が光りだす。同時に中庭全体に台風が出現したかのような烈風が吹き荒れる。


「くそっ……!俺の魔刃剣はあんな派手な事はできねぇぞ!?」

「そんニャ事はニャいニャ。できニャいのはお前が魔刃剣の力を知らニャいだけニャのニャ」

「どういう事なんだよ!?」

「お前の魔刃剣は氷牙……即ち氷の魔刃剣。絶対零度の魔刃剣はあらゆるものを凍てつかせる力があるニャ。魔刃剣同士の力が拮抗している以上、あとはお前次第ニャ!」

「意味わかんねぇよ!」

「そこはわかれニャ!わからニャいと死ぬニャ!」

「くそっ……!!」


 毒づきながら、守哉は考えた。雷を操る雷牙、風を操る風牙……ならば、自分の魔刃剣は氷を操る氷牙。今まで自分は地面に突き刺して氷の刃を出現させていただけだったが、使い方はそれだけではないはずだ。


(思い出せ……)


 そう、あの時と同じように使うのだ。初めて魔刃剣を抜いた、あの時のように。


(思い出せ……)


 目を瞑り、両手で魔刃剣を握る。意識を魔刃剣に集中させ、眼前に構える。


(思い出せ……!)


 聞こえる。心臓の鼓動に似た、魔刃剣のリズム。同時に守哉の意識が内側に向き、外界との接続が切れる。今、守哉には何も聞こえてはいない。


「こないなら、こっちからいくわよ!」


 焦れた優衣子が魔刃剣を振り回す速度を上げた。烈風の速度が増大し、猛烈な風が中庭の砂利を巻き上げていく。

 風の刃が目前に迫る。瞬間、守哉は目を開いた。


「―――うぉりゃあああああああっ!!!!」


 構えた魔刃剣を振り上げ、迫り来る風の刃を切り裂いた。瞬間、凄まじい冷気が発生し、周囲の空気を凄まじい勢いで凍てつかせていく。烈風が冷気に喰われ、氷と化していく。


「なっ……!!」


 優衣子が驚きの声を上げる。魔刃剣同士の力は拮抗する―――即ち、最終的には使い手の精神力で勝敗が決する。優衣子の操る風が守哉によって凍らされたという事は、守哉の精神力が優衣子を上回ったという事だ。

 凄まじい冷気が優衣子を襲う。咄嗟に優衣子は言魂を使おうとしたが、凍てついた風がそれを邪魔した。吹雪が吹き荒れ、次第にそれは優衣子の周囲に凝縮していき―――


「いやぁぁあああああああああぁぁぁぁっ!!!!」


 抗う術を奪われ、優衣子は吹雪に飲み込まれた。

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