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かみかみ  作者: 明日駆
23/102

第21話 “孤立無援”

 巨大な何かが中央坂にいた。


 明らかにそれは普通の生物ではなかった。ずんぐりとした豚のような胴体に、小さな馬の足が無数に生えている。胴体の先端には大量に小さな切れ目が入っており、胴体の後ろにはふさふさとした巨大な馬の尻尾が生えている。なんとも不気味なこの生物―――神さびは、無数の足を蠢かせて坂を登って行く。その様子を七瀬とトヨは民家の屋根の上で観察していた。

 神さびは真っ直ぐに日諸木学園を目指している。そこに天照大神のいる高天原へ続く扉がある事を本能で感じ取っているのだろう。

 神さびは、校門の前で一度動きを止めた。しばらく身じろぎ一つせず固まっていると、再び動き出して校庭へと入っていく。

 その様子を見て、七瀬は動いた。屋根から飛び降りると、素早く校門をくぐる。神さびに気づかれないように校庭を迂回し、校舎の中へと姿を消した。

 校舎の中で神さびを迎え撃つ作戦。これは、神さびとの戦闘において最もオーソドックスな戦法であった。前回の神さび戦では実戦経験の浅い守哉がいたために、高度な戦術を用いる事の多い学校での戦闘を避けて港で戦闘を行ったが、今回戦うのは七瀬一人である。そのため、トヨは日諸木学園で戦闘する事にしたのである。

 日諸木学園は、神さびとの戦闘を前提に設計されている。必要以上に校舎や校庭が広いのはそのためだ。また、呪法を使う意味でも校舎の中は有利である。なにせ、学校は小道具には事欠かない。呪法の中には鉛筆と消しゴムを使って発動するものもあるのだ。ちなみに、日諸木学園には鍵というものがない。これは、神さびとの戦闘時に呪法を使う場合、その道具の調達の障害とならないようにするためだ。そのため、校舎内に貴重品や重要書類を保管する事は禁じられている。単純に窃盗の可能性を考慮しての事でもある。

 さらに、七瀬が最初から校舎内で待ち伏せしなかったのは、神さびの姿形を確認するためだった。神さびは、その多くが神通力を行使する事で不可思議な現象を起こすため、見た目からはその能力を判断する事はできないが、大きさや移動速度などを確認しておく事で少しでも情報を手に入れておくのだ。本来、魔刃剣という強大な力を操れる神和ぎはこういった事前の情報収集をしなくても神さびを倒す事ができるのだが、今回戦うのは七瀬だけなので慎重になる必要があった。

 七瀬と神さびが校舎の中へ入ったのを確認すると、トヨは屋根から降りて校門へ近づいた。日諸木学園と彫られた石柱に手を触れると、何かをぶつぶつと呟く。

 すると、一瞬校舎がうっすらと光を放った。これは、日諸木学園に仕掛けられている最も大規模な呪法包囲結界(ほういけっかい)である。内部に侵入した神さびや荒霊を閉じ込めるための呪法であり、逢う魔ヶ時以外でも常時展開している。本来、包囲結界は学校の敷地内を取り囲むように展開しているのだが、それをトヨは校舎だけを取り囲むように展開しなおしたのである。

 これは、七瀬が得意とする密閉空間での戦闘を考慮しての事だったが、同時に七瀬と神さびが外に逃げ出さないようにするためでもあった。

 完全に閉鎖された校舎を見上げ、トヨは呟いた。


「さて、ヤツは来るじゃろうか。もし来るのならば、止めねばなるまいて。この島の未来のためにも、七瀬のためにも、な」


 トヨは学校の横に建てられている六階建ての建物を見上げる。

 磐境寮。寮に住むあの少年は、七瀬が一人で戦っていると知れば応援に駆けつけるだろう。確信はしていないが、少なくとも七美はあの後磐境寮へ向かっていった。恐らく事情を説明して助けに行くよう頼みに行ったのだ。


「そうはさせん」


 呟くと、トヨは寮に向かって歩き出した。



 ☆ ☆ ☆



 守哉がぼんやりと今朝の事を考えていると、突然備えつけの電話が鳴り出した。


 モーニングコール以外でこの電話が鳴るのは珍しいので、何事かと思い守哉が受話器を取ると、電話の主は若干不機嫌そうな声で告げた。


『お客さんよ。部屋の場所教えてあげたから、そこで待ってなさいな』

「お客って、誰だよ」

『七美ちゃんよ』


 そう言うと、電話は切れた。七美が何故自分を訪ねてくるのかと不思議に思い守哉が首をかしげていると、突然部屋の扉が荒々しく叩かれた。

 仕方なしに扉を開けると、そこには急いできたためか荒く息をはいている七美の姿があった。


「な、なんで、こんな、最上階に、住んで、るの、よ……!」


 恨めしそうな顔で七美は言った。激しく息切れしている。


「眺めがいいからだよ。それより、一体どうしたんだ?」

「そ、そうよ。それ、どこ、ろじゃ、なかっ……」


 台詞の途中で七美は激しく咳き込んだ。どうも、わざわざ階段を駆け上ってきたらしい。エレベーターを使えばいいのに、と守哉は思った。


「とりあえず落ち着けよ。つか、どこから走ってきたんだ?」

「く、神代家……」

「あそこから?近いじゃん。意外と七美さん体力ないんだなぁ」

「仕方、ない、でしょ。運動、不足、だった、んだから……」


 そこで七美は大きく深呼吸した。少ししてようやく息を整えると、険しい表情で守哉に言った。


「お願いがあるの」

「なんだよ、やぶから棒に」

「あんたの力を貸してほしいの。七瀬のために」

「……何があったんだ?」


 あれだけ自分を嫌っていた七美が頼み事をしてくるなんて、何かあったに違いない。そう思い、守哉は真剣な顔になって聞き返した。


「天照大神が、トヨバアの無茶を了承したらしいの」

「!それってつまり……」

「継承の儀を行う気よ、トヨバアは。それ自体は問題ないんだけど……いや、あるんだけど……」

「継承の儀を行うために、何か条件があるんだな?」

「察しがいいわね。その通りよ」

「それで、その条件ってのは?」


 七美は口を噛み締めて、悔しそうな顔で言った。


「七瀬が、一人で神さびを倒す事」

「!!!なんだって!?いくら強くても七瀬は一般人だぞ!?そんな無茶な……!」

「トヨバアは無茶だなんて思ってないのよ。……私じゃトヨバアを止められなかった。だから、お願い。力を貸してほしいの。逢う魔ヶ時が近いのよ、もしかしたら今日、神さびが来るかもしれない」


 守哉は話の途中で脱ぎ捨てていた青いパーカーを着ると、靴を履いて部屋を飛び出した。瞬間、右足に強烈な痛みが奔り、顔が痛みで歪む。そういえば、すっかり忘れていた。最近、身体強化の言魂のおかげで自由に動き回っていたので、ついいつもの調子で動いてしまったのだ。

 しかも、なにやら痛みが中々引かない。思わず右足を掴んでうずくまってしまう。


「ど、どうしたの?右足、痛むの?」


 心配そうな顔で七美が守哉に近寄ってきた。いつもと違って優しい七美の態度に、思わず守哉は笑ってしまう。


「な、何がおかしいのよ」

「いや、なんか七美さん優しいなって。いつもこのくらい優しければいいのに」


 いつもと言っても、まだ数えるほどしか会っていないのだが。

 優しいと言われて七美は顔を真っ赤にすると、うずくまった守哉の背中に勢いよく平手打ちを叩き込んだ。


「あだっ!!」

「バカ言ってないで、さっさと立ち上がりなさいよ!もし今日神さびが来てたらどうすんの!」


 それもそうだ、と守哉は呟いた。途端、守哉の全身に力がみなぎる。身体強化の言魂だ。

 右足の痛みが消えた。守哉は立ち上がると、七美をうながして駆け出した。階段を駆け下りて一階へ到着し、玄関の自動ドアが開く事さえもどかしく感じながらも寮の外へ飛び出す。

 二人が寮の前の坂を駆け下りようとすると、目の前に人影が立ちはだかった。


「ここから先は行かせん」


 険しい表情で仁王立ちしながら、立ちはだかった人物―――トヨは言った。

 何か言おうとして身を乗り出した七美を手で制すと、守哉は一歩踏み出して言った。


「あんたがここで立ちはだかるって事は、神さびが来ているんだな」


 トヨは答えない。その沈黙を、守哉は肯定の意思として受け取った。

 トヨを睨みつけると、そのまま坂を下りようとする。トヨは一歩前に踏み出すと、両手を前方で交差させた。


「ここから先は行かせんと言った」


 怒りを含んだ声でトヨは言った。守哉は答えずに坂を下りて行く。それを見て、トヨは両手を握って真横に離した。途端に光がほとばしり、トヨの手に長刀が出現する。

 守哉は坂の中腹で立ち止まると、左手をかざした。歪な星型の火傷の前で右手を握る。


「俺は、あんたとも戦いたくなかった」

「わしは、お前を殺したくて仕方がなかった」


 トヨは頭上で長刀を振り回した。宙に青白い光の軌跡が描かれる。


「何より、七瀬に戦ってほしくなかった。訓練ならまだいい。でも、あいつに実戦なんて無理だよ」

「お前はあの子の事を何も知らんだけじゃ。あの子は強い。お前よりも、ずっとな」

「そうだな。確かに、七瀬は強いよ。正直、あいつが神和ぎになったら凄い事になると思う」

「ならば、何故それを邪魔する。お前があの子に加勢すれば、あの子は神和ぎになるチャンスを失ってしまうのじゃぞ」


 守哉の右手に剣の柄が握られる。勢いよくそれを引き抜くと、青い刀身が宙に煌めいた。


「七瀬が、戦う事を望んでいないからだ」


 両手で握り、眼前で構える。対してトヨは、長刀の刀身を地面に向けて斜めに構えた。


「そんなはずはない。あの子は、戦うために生まれてきたのじゃ。戦う事を望まぬはずがない」


 その言葉に、守哉の魔刃剣を握る力が強くなる。トヨを鋭く睨みつけると、怒りを含ませた声で言った。


「戦うために生まれた人間なんていない。人の存在理由を自分の都合で決めつけるな!」


 トヨの表情が険しくなる。トヨは叫んだ。


「若造が、知った風な口を利くな!!!」


 同時に、二人は動いた。



 ☆ ☆ ☆



 日諸木学園第ニ校舎―――中等部校舎の二階で、七瀬は眼下の神さびを見つめていた。


 神さびは第一校舎と第二校舎の間にある中庭で動きを止めている。どうやら何かを探っているようだ。時折、巨大な馬の尻尾をふりふりと動かしている。その姿を見て、七瀬は生理的な嫌悪感を抱いた。

 敵は馬と豚の輪廻に捕らわれた神さび。どうやら鼻が利くらしく、校舎内の生徒が残していった食べ物を見つけては食べていった。視力はないのか時折壁に頭をぶつけている。どうやら発達しているのは嗅覚だけで、それも発達というほど優れているわけでもないようだ。

 情報収集は十分だ。そう判断し、七瀬は動いた。廊下に並べておいた大量の手作りの鳥居を倒す。連鎖してドミノのように倒れていく鳥居を見ながら、七瀬は呟いた。


「……螺旋護法」


 瞬間、眼下の神さびの周りを囲むように巨大な壁が地面から生え出た。驚いたのか身をすくませた神さびを、大量の壁が囲んでいく。壁の高さは10m近くあり、厚さは30cmほどもある。突破するには上から這い出るしかない。神さびは上から這い出ようともがいた。しかし、這い出れない。神さびの尻尾が壁と壁に挟まれているのだ。

 七瀬は窓を開けると、神さび目掛けて鉛筆をばら撒いた。大量の鉛筆が神さびの上に降り注ぐ。神さびに鉛筆が当たる直前に、七瀬は呟いた。


「……剣山牙法(けんざんがほう)


 瞬間、大量の鉛筆が鋭さを増しながら巨大化した。急激に膨れ上がった鉛筆の先端が神さびへと突き刺さる。神さびのうめき声が辺りに響いた。そのおぞましさに、七瀬は思わず身をすくませる。


(……大丈夫。敵はまだこちらに気づいてない。落ち着いてやれば、倒せるはず)


 胸に片手を添えて深呼吸すると、七瀬は再び呪法に集中した。用意していたハンドバッグの中からマッチを取り出して火をつけると、神さびの上に落とす。火のついたマッチが神さびの上に落ちた事を確認し、呟く。


「……炎城牢(えんじょうろう)


 瞬間、マッチの炎が膨れ上がり、神さびの身体を包み込んだ。凄まじい熱量が神さびの身体を焼き尽くしていく。神さびは甲高いうめき声を上げながら苦しむように身をもだえさせた。

 長時間に渡り呪法を維持しようとすればそれだけ大量の神力を消費する。また、同時に多数の呪法を発動させておくには精神力の消費も激しくなる。七瀬は両手を胸の前で組んで祈るように精神を集中した。しかし、中々うまくいかない。神さびのおぞましい声を聞くのは初めてではないはずなのに、今日は妙にその声に恐怖を感じる。

 しばらくすると、ずっと続いていた神さびのうめき声がしなくなった。倒したのかも、と思い目を開けて窓の外を覗くと、


 神さびと目が合った。


 いつの間にか神さびの先端の切れ目の一つが開き、七瀬を見上げていた。不気味なほど黒いその目を七瀬が見つめていると、突如他の切れ目が一斉に開いて七瀬を見つめた。

 ひっ、と七瀬は声にならない悲鳴をもらした。集中が乱れ、呪法の効力が弱まる。

 その瞬間を神さびは見逃さなかった。一度足に力を込めると、次の瞬間凄まじい速度で垂直に飛び上がる。思わず七瀬が窓から飛び退くと、窓のレールに大量の馬の足が引っかかり、壁を突き破って神さびが校舎内に侵入してきた。

 驚きと恐怖で身がすくむ。尻餅をついた七瀬はしばらく動きを止めた神さびを見つめていた。

 すると、神さびの身体がぶるぶると震えだした。身体の向きを変えるように動くと、胴体の先端を七瀬の方へ向けた。大量の眼球が七瀬を一斉に見つめる。

 瞬間、七瀬の背筋を悪寒が襲った。


「……っ!!!」


 悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えてその場を飛び退る。瞬間、先ほどまで自分がへたり込んでいた場所目掛けて神さびが身体を突っ込ませた。凄まじい衝撃で校舎全体が揺れ、ぶつかった廊下が陥没する。

 七瀬は思わず神さびに背を向けて走り出した。一旦、態勢を立て直さなければならない。肩に下げたハンドバッグを手で押さえながら廊下を駆け抜ける。

 後ろで何かが擦れあう音が響いた。走りながら七瀬が後ろを振り向くと、神さびが身体を凄まじい勢いで揺らしながら七瀬に向かって突進していた。足はどうやら校舎に身体を突っ込ませた衝撃で使い物にならなくなったらしく、足のあった部分から大量の血があふれ出ている。胴体が廊下を擦っているため、神さびが通った跡には大量の血が残されていた。

 神さびは速い。このままでは追いつかれてしまう、と判断した七瀬は、階段に向かって身体を突っ込ませた。空中で身を翻し、踊り場で着地する。すると、轟音を立てて神さびは階段の前で止まった。再び身体を揺らしながら方向転換する。

 それを見た七瀬は素早く階段を降りると、第一校舎へ向かって駆け出した。あの位置からではすぐには追いつけないはずだ。むこうがこちらを見失ってさえくれれば、また一方的に攻撃ができる。

 しかし、その考えは甘かった。突然、二階の壁が轟音と共に吹き飛んだ。驚いて上を見上げると、ちょうど神さびがこちらへ向かって跳躍しようとしているところだった。


(足が再生してる……!?)


 神さびの身体が宙へ躍り出る。それを見て七瀬は第一校舎へ向かって全速力で駆け出した。先ほどまでいた場所に神さびが激突し、地面が大きく陥没する。

 一度神さびの動きを止めなければならない。そう判断した七瀬は、ハンドバッグから小さな鳥居を四つ取り出すと、足元に順番に並べた。すぐにそれを倒すと、こちらに向かって突進してくる神さびに向かって叫ぶ。


「……螺旋護法!」


 瞬間、神さびを阻むように四つの壁が地面から生え出た。しかし、突然壁に亀裂が入り、砕け散ってしまう。一度はその動きを止めたものの、再び神さびは七瀬に向かって突進を開始した。

 螺旋護法はもう通用しない―――。口をかみ締めて七瀬は第一校舎へ飛び込んだ。七瀬が飛び込んだ入り口は狭く、神さびの巨大な図体では侵入できないはずだった。七瀬は第一校舎の廊下に出ると、再び呪法の準備を行う。

 轟音と共に神さびが第一校舎に激突した。狭い入り口に巨大な身体をねじ込もうとしてもがいている。

 これで動きを止められる。そう思い、七瀬は冷や汗を流しながらほくそ笑んだ。

 しかし、次の瞬間異変が起こった。神さびが大量の眼を大きく開くと同時に、神さびと接触していた部分に亀裂が入り、砕けたのだ。驚く七瀬を尻目に、神さびは入り口の周囲を砕きながら身体をねじ込んでいく。

 これがこの神さびの特殊能力なのだ、と七瀬は理解した。自分と接している物質を脆くする力、といったところだろうか。

 七瀬はすぐさま立ち上がると、廊下を駆け出した。しかし一瞬早く、神さびは自分の身体を凄まじい勢いでひねった。巨大な馬の尻尾が壁を砕きながら七瀬に迫る。咄嗟に七瀬は飛び退こうとしたが、それがまずかった。一瞬宙に浮かんだ七瀬の身体を猛烈な勢いで馬の尻尾が襲い掛かり、七瀬の身体が廊下の壁に叩きつけられる。


「……っあぐっ…!!」


 叩きつけられた衝撃で肺の中の空気がしぼり出された。廊下に叩きつけられ廊下を転がる。


「……っがはっ!!っげほっ、っげほっ、っげほっ……!!」


 激しく咳き込みながら七瀬はよろよろと立ち上がった。後ろを向くと、神さびが再び方向転換しようとしているところだった。今のうちだ―――そう思い、七瀬は駆け出そうとしたが、突然激痛が右半身を襲い、床に倒れこんでしまう。

 痛みのした部分を見ると、皮膚がズタズタに引き裂かれていた。巨大な馬の尻尾が当たった部分である。よく見れば、神さびの尻尾には小さなトゲのようなものがついていた。

 このままではやられる。そう思い、七瀬は痛みを堪えて必死に駆け出した。瞬間、七瀬が先ほどまでいた場所に神さびが激突し、衝撃で七瀬の身体が廊下を転がる。取り落としてしまったハンドバッグが廊下を滑っていく。思わず拾おうとして手を伸ばすが、突然何かがハンドバッグを押しつぶしてしまう。倒れたまま見上げると、ハンドバッグを押しつぶしたのは神さびの尻尾だった。


(……もう……戦えない……!!)


 ハンドバッグには呪法を発動するための媒介が入っていた。つまり、ハンドバッグを失った以上、最早勝ち目はない。七瀬は泣き出しそうになるのを堪えて立ち上がり、右半身の痛みを無視して駆け出した。

 

「……かみや……わたし……っ!」


 嗚咽と共に言葉がもれる。痛みと恐怖で涙を流しながら七瀬は走った。何度もよろけそうになりながらも、必死で走る。

 振動が響く。後ろを向くと、神さびが大量の眼を見開いて迫ってきていた。

 逃げられない。七瀬の顔が死の恐怖で歪む。神さびは突然飛び上がり、七瀬に覆いかぶさるように襲い掛かった。


 瞬間、校舎に轟音が響いた。

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