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かみかみ  作者: 明日駆
21/102

第19話 “取引”

 早朝。


 神代家の庭園で、トヨは佇んでいた。

 もうかれこれ3時間は経つ。待ち人は未だ現れなかった。恐らく、ただの嫌がらせだろう。

 この島に封印された神は、人間―――とりわけ、自分のような堅物をもて遊ぶのが趣味なのだ。昔から悪趣味だとは思っていたが、今更直して欲しいとは思わない。もう慣れてしまったからだ。

 唐突に、何者かが庭園に現れた。人ならざる者の気配。神和ぎ、もしくは神和ぎもどきの居る場所に偏在するそれは、自分達が一人である時にしか姿を現さない。


「……待ちかねたぞ」


 怒りを含んだ声でトヨは言った。いくら慣れているとはいえ、何時間も待たされては怒りもつのるというものである。

 守哉に似た姿をした天照大神は、不敵な笑みを浮かべて答えた。


「おいおい、前回とまったく同じ反応だねぇ。まったく、最近の君はいっつもそうだね?そんな殊勝な態度で、一体どうしたっていうんだい?」


 いやらしい笑みを浮かべながら神様は言った。相変わらず軽薄なその態度に、トヨは不愉快そうな顔を浮かべる。


「天照大神。お前に頼みがある」

「あらら、またかい?今はあんまり気分がよろしくないんだ、できればまた今度にしてほしいねぇ……」

「神和ぎ継承の儀を行いたい」

「それもまただね。何度も同じ事を言わせないでくれるかなぁ?―――断る」

「お前も見ておったはずじゃ。あの小僧が、七瀬に負けるところを」

「そうだねぇ。まったく、無様なものだったよ」


 神様は悲しそうな声で言った。しかし、その顔はどこまでも嬉しそうである。


「ならば、理解したはずじゃ。あの小僧に、神和ぎは勤まらぬ」

「そうでもないぞ?百代目は、未だ神さびを1体しか倒していないが、2体の荒霊を鎮めている。他にも、荒霊たちの話を聞いては、悪戯をやめさせようとしているようだ。頑張っているじゃないか」

「その程度、誰にでもできる」

「できないよ。お前も知ってるだろう?神さびを倒せる神和ぎはいても、荒霊を鎮めれる神和ぎは今までほとんどいなかったって事を」


 その通りだった。力こそ神さびには劣るものの、島民に悪さをする荒霊は後を絶たないために、以前より問題視されていた。なのにも関わらず、多くの神和ぎは面倒くさがって荒霊を率先して鎮めようとはしなかったのだ。単純に力で圧倒できる神さび戦と違い、荒霊は精神の渇望を満たすか圧倒的な神力による攻撃―――即ち魔刃剣―――を用いなければ何度倒しても蘇るので、長期戦になる事が多かったためである。

 トヨ自身、荒霊を鎮めようとはしていない。ただし、毎日のように島中を巡回し、悪さをする荒霊を力で排除している。それ故に、最近では鎮守の森に逃げ込む荒霊が多くなっていた。


「まぁ、お前の言い分もわからんでもない。確かに、百代目は弱い。お前の孫の方が圧倒的に強い」

「ならば―――」

「だが、お前の孫は神和ぎに相応しくない。その点では百代目の方が圧倒的に優れている」

「何故、相応しくないというんじゃ。理由を言え」

「前にも言ったと思うが、お前の孫には最大の欠点がある。なんだかわかるか?」


 言われてみてトヨは考えた。七瀬の欠点。神和ぎに相応しくないと言われるような、最大の欠点。しかし、どれだけ考えてみても思いつかない。

 考え込むトヨの様子を見て、神様は呆れた。


「わからないのか?まあ、そうだろうな。神和ぎになるための資格など、気づいた者の方が少ないんだから」

「神和ぎになるための資格じゃと?」

「そうさ。それがあの娘にはなく、百代目にはあった。そして、お前も持っている。……さて、もう一度問おう。なんだかわかるか?」


 先ほど考えてみてもまったくわからなかったので、トヨは即答した。


「わからん。教えろ」

「イヤだね。自分で考えろ」

「では、どうすれば七瀬を神和ぎにしてくれるんじゃ」

「どうするもこうするもないよ。資格を持っていないんだから、神和ぎになる事はできない」


 そう言って、神様は姿を消そうとした。しかし、途中で何かを思いついた顔になってトヨに振り返った。


「一つ、条件を出そうか」

「条件じゃと?」

「そう。継承の儀を行うための条件」

「教えてくれい。そのためならば、何でもしよう」


 トヨは地面にひざまずくと、深く頭を下げた。トヨを見下しながら、不敵な笑みを浮かべて神様は言った。


「簡単だ。おまえの孫娘が、次に来る神さびを一人で倒す事。もし、一人で神さびを倒す事ができれば、継承の儀を行う事を約束しよう」

「わしが協力してはいかんのか」

「ダメだ。一人で神さびを倒す事が条件だからな。お前の一切の手助けを禁じる」


 トヨは考えた。七瀬は今まで神和ぎの援護はしてきたが、一人で戦った事はない。いくら肉弾戦が強いとはいえ、七瀬は神和ぎではないために逢う魔ヶ時の恩恵を少ししか受けられないのだ。呪法を使うにしても、神力は無限でも道具には限りがある。魔刃剣もない。長期戦になれば、まず七瀬に勝ち目はないだろう。

 しかし、これは最大のチャンスだ。もし、七瀬が一人で神さびを倒す事ができれば、忌まわしい百代目の小僧を島から追い出し、七瀬を最後の神和ぎにする事ができる。

 トヨは覚悟を決めると、頭を上げた。


「その条件を呑もう。次の神さびは、七瀬一人で倒させる」


 その言葉に、神様は満足げにうなずいた。


「承知した。では、もしお前の孫が一人で神さびを倒す事ができれば、継承の儀を行う事を約束しよう」

「わしへの罰はないのか」

「あるさ。当たり前だ。言っておくが、お前の我が儘を受け入れるのはこれで最後だ。継承の儀を行えば、お前には最も重い罰を受けてもらう」


 トヨは唇をかみ締めて神様を睨みつけた。


「おお、怖い怖い。何もそんなに睨まなくてもいいだろう?これは正当な対価だよ。大体、失敗すればお前は罰を受ける必要はないんだからな」


 神様は身をすくめるフリをしておどけてみせると、唐突に姿を消した。


「まぁ、覚悟はしておく事だ。孫共々な」


 神様の声が庭園に響き渡る。トヨは立ち上がると、神様が姿を消した空間を睨みつけて呟いた。


「……何を企んでおる、天照大神め」


 ふん、と鼻を鳴らすと、トヨは家の中へ戻っていった。



 ☆ ☆ ☆



 日諸木学園の目の前から港まで、一直線に繋がっている坂―――通称、中央坂を登りながら、神代七美は思考にふけっていた。

 考えていたのは、七瀬が友達だと言っていた少年、未鏡守哉の事だった。島の外からやってきた人間で、百代目神和ぎ。島の皆が憧れている存在、神和ぎに何も知らないままされてしまった少年。七美は、そんな守哉の事が嫌いだった。神和ぎに憧れていなかったと言えば嘘になるが、少なくとも他の島民と違って神和ぎの座を奪われたからという理由で嫌いになったわけではない。妹と間違えて馴れ馴れしく話しかけてきただけでなく、それ以降も自分に馴れ馴れしく接してきた守哉が、どうしてもムカついて仕方がないのだ。

 守哉に関しては、先日学校の保健室で七瀬から色々と聞いている。というか、七瀬は守哉の話しかしなかった。あんなに楽しげな七瀬は久しぶりだったので、七美は驚いていた。なので七美は、守哉は七瀬を巧みな話術で篭絡した悪党だと確信していた。

 大切な妹を手篭めにした挙句、自分にも手を出そうというのか。そう思うと、七美の中からふつふつとした怒りがこみ上げてくる。七美は、行き場のない怒りをその辺に落ちていた石ころにぶつけた。力をこめて思い切り蹴飛ばす。

 果たして、蹴飛ばした石ころは綺麗な放物線を描いて飛んでいき―――道端に座っていた少年の頭に命中した。


「あだっ」


 石ころが当たった少年は、頭を抑えてうずくまった。しまった、と呟いて七美は少年の傍に駆け寄る。 


「ご、ごめんなさい!大丈夫?血、出てない?」

「あ、ああ……大丈夫。小さなこぶが出来ただけみたいだ」


 言いながら、少年は顔を上げた。心配そうに少年を見つめていた七美と目が合う。そこで、二人はあ、と間抜けな声をもらした。

 少年は、未鏡守哉だった。


「……なんでこんなとこにいんのよ」


 途端に七美の表情が険しくなる。守哉は苦笑しながら言った。


「いや、ここで待ってたら七美さんに会えるかなって思ってさ」

「ストーカーね。現行犯もいいとこだわ。殴っていい?」

「あ、あはは……。暴力はやめようぜ。とにかく、俺は君に用があって待ってたんだ。少し、いいか?」


 何を勝手な、と七美は激昂しそうになったが、途中で思い止まった。本来ならばボコボコにして二度と口を利けなくしてやってもいいぐらいの相手だが、今回は自分が不本意にも守哉に怪我を負わせてしまった。まあ、話くらいなら聞いてやってもいいか、と思い、七美は守哉の向かい側に腰掛けた。


「まぁ、いいわ。どうせ、急ぎの用もないし」

「そりゃ助かるよ。ありがとう」


 優しい笑みを浮かべて守哉は言った。途端に七美の頬がほんのり朱に染まる。

 七美が守哉を嫌う理由の一つが、これだ。とにかくこの少年は美しいのだ。そんじょそこらの美人では歯が立たないくらい、顔立ちが整っている。一体、どうすればそんなに美しい顔を保てるのか、教えてほしいぐらいだった。

 とはいえ、そんな事口が裂けても言えるわけがないので、七美は顔を逸らしてむすっとしながら言った。


「それで、何の用?」

「単刀直入に言うけど、3年前、神代家で起こった事件について教えてほしいんだ」


 七美の表情が凍る。怒りをあらわにしながら守哉を睨みつけると、怒りを含んだ声で言った。


「なんでそんな事知りたがるのよ」

「最近、七瀬に元気がないのは知ってるよな」

「ええ。というか、あんたから聞いたんだけどね。実際に会ってもよくわからなかったし」

「そして、その原因がトヨババアにある事も知ってる」

「それはただの推測にすぎないわ」

「いや、昨日確信した。七瀬は、ババアに逆らえない。逆らえなくて、とても嫌な事を命令された。それで、元気がなかったんだ」

「嫌な事って何よ」


 守哉は、昨日の訓練について七美に説明した。それを聞くと、七美はしかめっ面をして守哉に言った。


「あのババア……相変わらずえぐい事するわね」

「俺がボコボコにされて、ざまーみろとか思わないのか?」

「思うわよ。でも、それ以上にあんたは七瀬の友達なんでしょ。せっかくできた大切な友達を倒せだなんて、いくらなんでもやりすぎよ」

「だよなぁ。でも、断れない七瀬にも問題があると俺は思うんだ」

「それは、仕方ないのよ。だって、あの子は……」


 そこで七美は口ごもった。守哉に話していいかどうか、迷ったのだ。そんな七美に、守哉は真剣な顔で告げた。


「話してくれ。他言はしない。絶対に」

「でもねぇ……」

「お願いします。他に頼れる人、いないんだ。これを聞いたら、金輪際話しかけたりしないから」


 そう言うと、守哉は七美の前で土下座した。頭を下げた守哉を見下ろしながら七美はため息をつくと、守哉に顔を上げるよう促した。


「わかったわよ。話してあげるわよ、まったく」

「ホントか?」

「ええ。その代わり、そのこぶの件はチャラね」


 守哉の頭を指差しながら七美は言った。


「なんだ、こんなの気にしてたのか。別にいいのに……つか、これ何をぶつけたんだ?」

「石ころよ。とにかく、こぶの件はチャラだから。いいわね!?」


 顔を近づけて凄みながら七美は言った。守哉は冷や汗を流しながら苦笑した。


「わ、わかったよ。だから、話してくれ」

「本当にわかってんのかしら……まあ、いいわ」


 七美は、そこで一旦言葉を切った。目を伏せて悲しげな表情をすると、ぽつぽつと語りだした。


「両親を殺されたのよ」


 守哉の表情が凍った。それを横目で見ながら、七美は続ける。


「それも、目の前で。その場に居合わせたのは、七瀬と七歌姉だけ。だから、詳しい事は後から聞いたの。比較的正常だった、七歌姉からね」

「ま、待ってくれ。殺されたって……どういう事だよ」


 守哉は、七歌の名前が出てきた事に多少驚きながらも言った。七瀬は、七歌が死んだのは3年前だと言っていた。自分を庇って死んだとも。 


「言葉の通りよ。3年前、客間で私達の両親は死んだ。そして、七瀬は両親が死ぬ様を目撃した。それが、3年前の事件」

「一体、誰が殺したんだ」


 守哉の問いに、七美は怒りをあらわにして答えた。


「トヨバアよ」


 守哉は絶句した。頭が混乱してくる。つまり、トヨは七瀬の目の前で両親を殺す事によって七瀬を脅し、従わせているというのか?

 七美の話は続く。


「娘達の教育方針について、口論になったらしくてね。途中で激昂したトヨバアが、飾ってあった日本刀使って首を切り落としたんだって」

「そんな……」

「信じられない?でも、事実よ。私、見たもの。首のないお父さんとお母さん、そして血まみれになって立ち尽くしてる七瀬を。地獄絵図だったわ」


 そこで守哉は疑問に思った。何故、血まみれになっているのがトヨではなく七瀬なのだ?

 それを察したのか、七美はつけ加えた。


「私が事態を察して客間に入った時、トヨバアはいなかったのよ。七歌姉は気を失って倒れてたけど、七瀬は違った。運悪く、お母さんの傍にいたみたいでね、大量に返り血を浴びちゃったのよ」


 七美は淡々と告げる。あまりにも、残酷な過去を。


「それ以来、七瀬はおかしくなった。目の前で両親が死んだのを見たくせに、両親を探して家中を歩き回ったり。今までした事もなかった人形遊びを一人で始めたり。焦点の合ってない虚ろな目で空中を見つめて、ぶつぶつ呟いてたり。そしてなにより、近づく人間を怖がった。それはもう、尋常じゃないほど怖がってたわ」

「……防衛機制ってヤツだな。心が耐え難い事態に直面した時、自分を守るために幼児退行を起こしたんだろ」

「よくわかんないけど、そうなんでしょうね。でも、そんな七瀬の事を思ってか、トヨバアは七瀬に言魂をかけたの。部分的に記憶を封印し、心に鍵をかけるための言魂を」

「言魂を……」

「それから、七瀬はまた変わったわ。とても大人しくなって、率先して両親の代わりに家事をやり始めた。皆の言う事には素直に従ったし、特にトヨバアには従順になった。そして、家族以外の人間と関わりあおうとしなくなった」

「それって、あんまり今と変わらないんじゃないか?」

「違うわよ。あんたは知らないだろうけど、昔の七瀬は人の言う事なんか聞きゃしない悪ガキだったのよ?悪戯好きで、よく両親を困らせてたわ。トヨバアにも反発してたし」


 守哉は、今までで一番驚いていた。あの七瀬が、悪ガキ?


「ホント、男の子みたいな子だったのに。髪もショートにして、女の子らしい服装をするのを嫌がって、短パンにシャツ着て近隣の男の子達と一緒に毎日遊んでたわ。よく喧嘩もしてたし」

「……マジかよ」

「マジよ。まぁでも、七瀬が今みたいになっちゃったのは仕方ないかもしれないわね。だって、目の前で両親が殺されたんだもの。それも、同じ家族の手で。むしろ、正気だった七歌姉の方がおかしいのよ」


 その七歌姉も死んじゃったけどね、と七美はつけ加えた。


「その……七歌って子は、どうして死んだんだ?」


 守哉はあえて七歌と友達である事を伏せる事にした。七美が相手だと、ややこしい事になりそうな気がしたからだ。


「七歌姉も殺されたのよ、トヨバアにね。こっちは訓練中の事故だったらしいけど……」

「けど?」

「もしかしたら、事故じゃないかもしれない。よく知らないのよね、そっちの事は。ただ、七瀬はトヨバアが両親と七歌姉を殺した事を忘れちゃってるけど」

「……仕方ないよな。目の前でそんな事があれば……」

「ああ、違う違う。正確には、忘れさせられたのよ。トヨバアに」

「どういう事だよ」

「さっき、言魂をかけられたって言ったでしょ。それで、トヨバアは七瀬の記憶を改ざんしたのよ。自分の都合のいいようにね。そして、改ざんされた記憶の中には、両親の死も含まれている。だから、今の七瀬はお父さんとお母さんが死んだ事を知らないわ。それどころか、3年前から以前の記憶も曖昧になってるのよ」


 それだけじゃないような気が守哉はした。トヨには何か、考えがあって七瀬に言魂をかけたのではないだろうか。


「七瀬のためだって、トヨバアは言ってた。でも、そんな事殺した本人が言う事じゃない。だから、私達はトヨバアに反発して出て行ったのよ」

「私達って事は、他にも姉妹がいるんだよな」

「まあね。七人姉妹だもの」

「七人!?七人もいるのかよ!?」

「この島じゃわりと普通な事よ。まぁ、今は五人姉妹だけど。……私が知ってるのはここまで。話はこれでお終いよ」


 そう言うと、七美は立ち上がった。そのまま、守哉に背を向けて立ち去ろうとする。

 その背に向かって、守哉は疑問に思っていた事をぶつけた。


「どうして、家を出て行ったんだ?七瀬を置いて」


 七美は振り返って答えた。


「言ったでしょ。トヨバアに反発したからよ。皆、トヨバアの自分勝手に嫌気が差したのよ」

「だったら、何で七瀬を連れて行かなかったんだ?七瀬は一番の被害者だろう」

「あの子は、トヨバアの言いなりだったのよ。トヨバアが残れって命令したから、残らざるをえなかったの。それに、七歌姉は残ったわよ」

「じゃあ、どうして七歌は残ったんだ」

「どうしてって……そりゃあ、残された七瀬を心配したから」

「なら、出て行ったお前らは七瀬を心配しなかったのか」

「したわよ。心配しないわけないでしょ」

「心配してたのなら、なんで七瀬を残して出て行ったんだ」

「だから、トヨバアに嫌気が差したからよ!何度も同じ事言わせないで!!」


 守哉は立ち上がった。七美と真正面から向き合いながら、真顔で問い詰める。


「違うだろ。トヨバアが怖くなったんだろ。自分達も殺されるかもしれないって、そう思った。だから、逃げたんだ」

「違うわ!私達は―――」

「違わねぇよ。今でも神代家に近寄らないのは、ババアが怖くて仕方ないからだろ。まぁ、無理もないと思うけどな。結果的に、残った七歌も殺されてるんだし」


 守哉は一度目を伏せると、悲しげな表情になって七美に言った。


「でもさ。皆でなんとかすれば、トヨバアを止める事もできたんじゃないのか?」


 七美は答えない。わかっていたのだ、そんな事は。

 自分達は、トヨが怖くて仕方がなかった。両親を殺したトヨが。自分の子供を殺したトヨが。それを、さも当然のように振舞っているトヨが。

 本当に、怖くて怖くて仕方がなかったのだ。


「正直、俺もババアは嫌いだ。自分勝手だし、横暴だし。でも、この島が抱えてる事情と一番向き合ってるのはババアだと思う。皆、神和ぎに憧れるばかりで知ろうともしないんだ。神和ぎの仕事をさ」


 守哉は黙り込む七美の横に並んだ。その肩に手を置くと、優しく告げる。


「怖がって逃げてるだけじゃダメだと思う。俺は逃げる事は卑怯だとは思わないけど、逃げ続けるだけじゃ何も解決しない。だからさ、立ち向かってみろよ、トヨバアに」

「……私は……」

「俺、気づいたよ。七瀬はババアに無茶苦茶言われて元気がない。なら、ババアを止めれば七瀬は元気になると思う。そして、ババアを止めれるのは七美さん達だけだ。俺の言葉じゃ、ババアの心には届かない」


 七美は答えない。唇をかみ締めてうつむいているだけだ。


「それに、七瀬も七美さん達が帰ってくるのを望んでるんじゃないのか?きっと、七瀬があんな風になった本当の理由は、一度にたくさんの家族がいなくなったからなんだよ」


 どこまでも優しい声で、守哉は言った。その声が胸に染みて、七美は目尻に涙を浮かべた。

 

 というか、なんでこんな話になったんだろう?なんで、説教されてるんだろう、わたし。


「悪い、話が逸れたな。これで俺の話も終わりだ。勝手言って悪かったな。でも、考えておいてくれよな……七瀬のためにも、さ」


 そう言うと、守哉は去っていった。残された七美は、しばらくして目をごしごしと手で擦って振り返ると、小さくなった守哉の後姿に向かって呟いた。


「勝手な事ばっかり言って。あんたなんかに言われなくてもわかってんのよ、そんな事」


 そう呟く七美の顔には、優しい笑みが浮かんでいた。

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