9話 干からびた勇者。
それから僕は干からびた。
それはもう、ものすごく干からびた。
干からびすぎて呼び出しに応じない僕に痺れを切らした母が怒鳴り込んできたが、干からびた僕をみて気持ち悪いと帰っていったくらいには干からびている。
叩かれずに済んだのでまあ…嬉しい誤算だ。
何を考えれば良いのかすら分からない。
何も知らない世界で、味方も居ない一人ぼっちでどう生きていけば良いのか分からない。
前世と比べてこの世界には魔獣や魔物がたくさん居て常に命の危機もある。
そんな世界でこれから僕はどうなっていくのだろう。
リリックのように女神に祈れば良いのか?
「女神…」
そうだ…女神だ。
リリックの記憶は女神に祈ってから途絶えてる。
という事は、僕を呼んだのは
"女神アフロディーテ"
「おい!女神!見てるんだろ!!なんで僕をここへ連れきたんだ!!何も知らせず、自分を勇者だと思っていた僕は、さぞ滑稽だったろう。もう気は済んだだろ、頼むからもう楽にさせてくれ!それが出来ないなら教えてくれ…僕はどうしたら良い…?何をすれば良い…?頼むから、、、教えてくれ……」
返事は来ない。
ただ広い部屋の中に自分の声が響くのみ。
「女神すらも僕を見放すのか」と、小さく声を漏らす。
前世での知識を生かして国を発展させる。
異世界系物語ではあるあるだが、僕には知識がない。
物を知ってても作り方や、それに連なるデメリットも知らないから下手に使う事が出来ない。
僕はこれまで何もしなかった。
本当に何もしてこなかったのだ。
ただ自分が傷つかないように、
それだけを必死にやってきた。
本気で頑張ってやって失敗した時に本当に無能なんだと知られるのが怖かった。
だから何もしなかった。
やってダメだと思われるより、やってないから無理なんだと思われる方がマシだったからだ。
そんな言い訳を続けていたら、本当に何も出来なくなって行った。
困っている人を見つけても、助けようと思えば出来るけど他にも人は居るから僕じゃなくても良い。
と、見てみぬふりをする事が当たり前になってしまった。
本当に僕は何もしなかったんだ。
悪い事も良い事も。
その代償が今自分が置かれている立場なのだろうか。
少しだけ正気を取り戻し考えれる程にまで気力が戻った時、珍しく父に呼ばれた。
執務室の扉を叩いて中へ入る。
昨日ぶりの父はやはり硬い表情をしていた。
昨日のことを思い出すと冷や汗が止まらない。
「モルガナイト辺境伯の娘とお前を婚約させるつもりだ。」
(こ、こ ん や く ?)
「お前には早いが近々モルガナイト領地に向かいそこで暮らし、婿養子になるためにしっかり学ぶといい。」
ああ、これはリリックが最後に聞いた話だ。
僕が完全に家族に捨てられたんだ。
だけど…
「はい!父上!行きます!婿!なります!!」
僕にとってはこれは好機だ。
もう、どうしたってこの家ではやっていけない。
だったらもう家から出るしかないのだから。
僕の言葉に驚いた父は続けて少しだけ大きな声で「お前、この意味本当に分かってるのか?向こうへ行けば我が家門と縁を切ったも同然なんだぞ」と焦った様に言い始めた。
縁が切れるのか、それは知らなかった。
だけどそれは願ったり叶ったりだ。
それに、なんなんだこの人はリリックに悲しんで欲しいのか?ずっと蔑ろにしてきたくせに。
僕はだんだんと腹が立ち
「はい!分かってます!!縁が切れたって構いません。それに、どっちにしたって僕が行く事は決まってるんでしょう?」
こんなにはっきり自分の思いを伝えたのは前世を含めても初めてだ。
ずっと言葉にできず飲み込むことしかなかったから、すごくスッキリしていい気分だ。
「もういい。好きにしろ」
僕の言葉に何も返せなくなった父は呆れた様に一言だけ放った。
「はい!好きにします。では今から行くので馬車を用意してください!」
「は?!」
驚く父を無視して、僕はそう言い残して部屋に戻った。
そして決めた。
これからは自分に正直に生きよう。
そして他人にも正直に生きよう。
何も出来なくて残念がられても、自分にも他人にも偽らずに向き合っていこう。
どう思われてもいい、言いたい事は飲み込まずに言って、やりたいことをやろう。
嫌われてもいい。
だって既にめちゃくちゃ嫌われてるんだから。
僕は勇者になれないし、才能もない。
愚図な小心者だとちゃんと認めよう。
1人では何にも出来ないんだから、そんな時は助けてもらえるように努力しよう。
僕は何にも成れないけれど、正直に生きて最後は自分を好きになって、好きな自分のまま死んでいきたい。
僕は今日から本当の意味で生まれ変わると決めた。