10話 魔獣とご対面
部屋に戻った僕は、すぐに荷造りを始めた。
持っていくものは数日間の着替えとリリックのノート。
少ない荷物をトランク一つにまとめ、僕は馬車へと急いだ。
モルガナイト辺境伯領地はエメラルド公爵領地の隣に位置し、馬車で約5時間ほどとかなり近い。
馬には常時回復の魔道具がついていて、スピードを出して走っても馬に負担はかからないそうだ。
馬車には揺れや振動を防止する付与魔法がかけられているため想像していたよりずっと快適な馬車旅だ。
前世の車と乗り心地は変わらない。
僕の付き添いにはアンジーが付いてきた。
おそらく父に命令されたのだろう。
付き添いなんて要らないのに。
対面で馬車に座った彼女はずっとぶつぶつと文句を言っている。
そんな彼女を横目に僕は馬車の窓から外を眺めていた。
さっきまで絶望していたはずなのに、今は本当に清々しい気持ちで一杯だ。
初めて出る外の世界は本当に自分が異世界に来たと思い知らされる。
長閑な景色を見ながら僕はこれから何をしようかと思いを馳せらせていた。
馬車が街の中へ入ると一気に騒がしくなり、ゲームやアニメで見たような屋台が広がっていた。
見た事ないフルーツや食べ物。武器なんかもたくさん売っていた。
目を輝かせながらその光景を見ていると、
「キャァァァァァァ!!!」ドーンッ!!!
突然悲鳴と騒がしい物音が聞こえ始めた。
「ま、ま、魔獣だ!!!!騎士団へ連絡してくれ!!」
なんだって、魔獣だと?こんな街中になぜ?!魔獣は国境付近の森にしか現れないって聞いたけど…
扉を開けて外を確認しようとした時だった。
ドンッ! ドサッ…
突如後ろから蹴り落とされたのだ。
蹴り落とした犯人はアンジーである。
「こんなところで死にたくない!」
そう言ったアンジーは主人である僕を見捨てて、馬車から馬を外し1人馬を走らせ逃げていったのだ。
それを見ていた御者も同じ様にもう一頭の馬を連れて走り出す。
ああ…なんて奴らだ。
コイツは僕よりクズじゃないか。
ドッカーンッ!
呆れる僕のもとに物音が近づいてくる。
聞こえる方へ目を向けると、3メートルくらいの大きさの熊のような赤い毛並みの獣が暴れていた。
「あれが…魔獣…」
人々は我先にと逃げ出していた。
ああ、僕も見てないで逃げないと!急いで方向を変えて走ろうとした時だった。
まただ。
僕の目の前で女の子が転んでしまったのだ。
女の子に魔獣が気付き向かって行く、
(まただ、また僕は…これから先やっと色々見えてきたのに、こうやって僕のトラウマを抉る。無理だよ僕には…だって僕には、本当に力なんてないんだから。きっと誰かが助けてくれるよ、、この世界には勇者がいるんだから…)
スローモーションのように時がゆっくりと流れる、僕は女の子からまた目を逸らした。
そして気づく。
(違う…この世界に勇者は居ないんだ。)
一度逸らした目をまた女の子に向ける。
魔獣はどんどん近づいてきていた。
(ああ、また同じことを繰り返すのか?僕は何度同じ過ちを繰り返せばいいんだ。違うだろ?僕は決めたんだよ。僕は僕を好きになってから死にたいと!!もう同じ事は、繰り返さない。僕が…僕が…)
「この世界に勇者がいないなら僕がなる!!」
そう叫び震える手を固く握りしめて、動け!と胸を叩いた。
大きく一歩を踏み出し女の子に向かって人々の波を逆らって走る。
だめだ、これじゃ魔獣とほぼ同時だ。
抱えて逃げる事ができない!僕に剣の才能は無い。
それにここに剣だってない。
だったらもう、一か八か魔法しかないじゃないか!
魔法の発動はどうせイメージだろ?もうそれしか俺には残ってない。
雑な作戦だし冷静さのカケラもない。
心臓はバクバクと脈を大きくする。
だけど、魔法が使えなかったとしてもあの子だけは絶対に守りたい。
救いたい。
あの時出来なかったことを…必ず!
この体になってから自分の中に血液とは違う何かが流れている事をずっと感じていた。
それが、おそらく魔力だろう。
エメラルドが魔力をあまり使わないと聞いていたから使ってみたりした事は無かった。
流れを意識して、右手に集める。
壁は忍者アニメで見たあれだ、地面に魔力を流して分厚い壁をイメージして…
女の子の元へ駆け寄り抱きしめて覆い被さる。
魔獣はもうすぐそこにいて爪を立てて手を振り下ろそうとしていた。
すぐさま地面に手を叩きつけ魔力とイメージを押し流す
《土壁!!!》
すると周りの地面が勢いよく盛上がり僕たちを囲うように壁ができた。
ドォンッと壁に魔獣の攻撃が当たるが壁はびくともしない。
成功だ。
技名適当だったけど、何とか出来たな…いや、
「これじゃ見えないし!逃げれねぇよ!!」
土で自分を丸ごと囲ってしまい外の様子が全くわからなくなってしまった。
僕の腕の中には、不安そうに怯える女の子がいた。
僕は硬い表情筋をフルに使い、精一杯にこっと笑った。
「大丈夫!僕が守るよ!よしっ!さっきの要領で魔獣討伐といきましょうか!」
女の子を宥めて、さっきと同じ要領で今度は女の子だけを土壁で囲う。
その後魔獣がいるであろう方向。
さっきから壁をドンドン叩いてくるから丸わかりである。
今度は氷の魔法。
水を意識して急速に冷やし固めて電柱くらいの太さで棒状に、、
乱射は周りの人に当たるから危険だ。
「大丈夫出来る…いでよ、如意棒!!!」
ドンッ!ガラガラガラ…
手のひらから氷の塊を魔獣のいる方向へ押し出した。
壁を内側から突き破り外にいた魔獣にヒットする。
殺傷力が低かったため、魔獣は吹き飛ばされたものの体勢を戻し『ウォォォォォオオオオ!!』と雄叫びを上げた。
「一撃で決めないとやばいな、火は…だめだ家に燃え移る…水で殺傷力が高い攻撃は…」
イメージを固めて手のひらに魔力を集中させる
水を薄く刃のように、微細な振動を加えて、風で素早く押し出す。
よし、固まった。
技名は水刃いや、横文字で言いたい。
何て言うのかな…
「う〜ん…ウォーター…」
初めての魔法にも慣れ始めて余裕が生まれていた。
なんて名前で技を繰り出すか悩むほどには余裕があった。
悩みながら魔力を溜めていく。
すると、魔獣が僕の魔力に気付き逃げの姿勢をとったのだ。
(やばい、!逃すか!!)
「ウォータースライダァァァ!!!!!
……カッター!!!」
ビュンッ…
焦った僕は夏になると、陽キャがこぞっていくパリピ滑り台の名前を呼んでいた。
手のひらから出た刃は風を切り魔獣の首へ、刃はそこに物質は何も無かったかのように通り抜ける。
魔獣の動きは止まりゆっくりと首が滑り落ちた。
ドサッ… ブシャァァァア‼︎
胴体と首が離れると勢いよく血飛沫が吹き出す。
魔力と共にかなりの体力も消耗してしまったようだ。
肩で息をしながら魔獣の最期を見届けた。
僕は初めての戦闘で魔獣討伐に成功したのだ。
「うぉぉおおお!!」「あんな小さな子がレッドベアを討伐したぞ!」「あの緑色の眼はエメラルド家か?」「剣術だけじゃなかったのかよ!」
周りで見ていた人々が歓喜の声を上げる。
僕も初陣での初勝利にアドレナリンが出っ放しだ。
「ウォータースライダーカッターなんて魔法初めて見たぞ?ウォーターカッターの上位魔法か?」
うぉぉぉ、やめてくれ!そこにつっこまないでおくれ!!
焦ってたんだよ!ウォーターカッターなんて普段から言い慣れないし!
技名叫んだ時だって僕の魔力が「なにそれ?」みたいな感じでびっくりしてたもん!
今度からは水刃って言おう。
僕は恥ずかしくなりながらも心の中でひっそりと決意していた。
「おにぃちゃん!!」
照れ臭く居た堪れないでいた僕にさっきの女の子が抱きついてきた。
年は5つくらいだろうか僕より少し小さい。
「助けてくれてありがとう!!」
女の子は満面の笑みでお礼を言った。
それを聞いた瞬間、僕の目から涙がこぼれ落ちた。
レッドベアが怖かったからでも、倒して安堵したからでも無い。
ずっと、罪悪感のようなものを感じていた。
あの時見捨ててしまった女の子に対してずっと申し訳ないと思っていた。
あの時死んでしまったのは僕だったけれど、目を逸らした事にずっと後悔していてそれが今、この子の笑顔で許されたような気がしたからだ。
涙は溢れて止まらない。
「お兄ちゃんどうしたの?怪我したの?」
「んーん。違うんだ。怪我なんてしてないよ!無事でよかったほんとうに」
涙を拭いて精一杯の笑顔で応える。
僕は今初めて自分のことが好きになれそうだ。




