22 神越ヒミコは困惑する
なんだそりゃ、というのがヒミコの正直な感想だった。
ノリトからの鈴文である。
緋ノ目、刻ノ楔、世界の危機……どれもヒミコにとっては現実離れこの上ない。まるで活動写真の粗筋でもを聞いたかのようである。悪趣味な冗談はやめて欲しい、とまで思った。
だが。
ヒミコは知っている。あの妹狂いが急に昔のように真面目に戻って話をする時は、決まっていつも最低最悪の状況だと。
嫌というほど知っていた。
「……はは、ははは、ははははははは。アイツらを止めなきゃ世界がヤバイねぇ……ケッ、なぁにが世界だよ。たかだか【ふぁっきん】重力球じぇねえか」
ノリトと何通か鈴文を交わし、ヒミコはある程度事情を把握した。
掻い摘んで言うとこういう話らしい。
まず、刻ノ楔というのは、かつてこの地に在った緋ノ君の居所、緋籠城の秘宝らしい。そして、現在はここ凌天閣にて厳重に封印されているとか。
この刻ノ楔、世界を揺るがすような凄まじい力を持ち、緋ノ君以外では制御が困難である。そこで必要なのが緋ノ目だ。なんでも緋ノ巫女含め眼球には死後に力が残留し易く、緋ノ君の場合、異常とも言える蓄積が残っていて、それを使えば刻ノ楔を掌握できるとか。
……念のため、もう一度繰り返しておこう。
なんだそりゃ、というのがヒミコの正直な感想だった。
「にしても気に食わねぇ……あのクソ兄、何を隠してやがる?」
ヒミコが不愉快そうに眉間に皺を刻む。ノリトは明らかに情報を制限していた。例えば彼女は、
『ハァ? ナンデ凌天閣ニ、ンナモンガ封印サレテンダヨ。観光地ジャネーカ、ココハ。危ネーダロ』
と鈴文で訊いたが、その返事は、
『……色々ナ事情ト思惑ガ絡ミ合ッテノ結果ダヨ』
である。どうにも歯切れが悪い。こちらからの質問に対するほとんどの答えがそうだった。
特に刻ノ楔について、
『ダイタイ〝世界ヲ揺ルガス〟ッテナンダヨ。何ガ始マンダヨ。テカ勝手ニ始メンナ』
と尋ねた時が露骨だった。ノリトは一言、
『スマナイ』
とだけ返してくる。よほど言い辛いことなのだろうか。
「あのクソ兄がここまで渋るなんてそうそうねえぞ……」
なお、何故ノリトがなお、何故ノリトがそうも事情に詳しいかについて、ヒミコは薄々察しがついていた。
彼は若干二〇歳にして緋ノ宮大学で博士号を取得し、その後数年、巫術研究所に勤めていた。月並みな言葉を選べば〝天才〟というヤツである。今では頭のおかしい妹狂いっぷりが目につき見る影もないが、確かに昔は誰もがそう称えていた。
そして巫術研究所では、一研究員の身分を遥かに上回る特別な研究をしていたらしい。
一度だけ兄が酔い潰れた同僚を家に連れ込んだことがあり、ヒミコはそうした話を耳にしている。もっとも、兄が途端に険しい顔つきとなったのに気づき、その同僚はすぐさま口を閉ざしたが。
この一件とノリトの性格、加えてその後ヒミコが個人巫女として活動する内に知った世の暗部を合わせると、兄が何をしていたかにおおよその想像がつく。
そして、ノリトがどれだけそれを悔いているかも――。
「ま、多分その時に色々知ったんだろうな……えげつねーことを」
別段ヒミコはノリトを責めるつもりはない。
自分とて、時にこうして人を殺めるような仕事だ。
兄を責める資格など、ないのである。
「さて、と。そろそろ行くか……次は二〇階。そこが最後の結界だよな」
ヒミコはすっかり火の消えていた煙管を鞄に仕舞い――そして、貰い物の煙草入れをちらりと一瞥してから、再び立ち上がった。




