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BIRD CAGE  作者: 水花
9/10

いつかどこかで

「パパ、どこにいるかなあ」

 娘はきょろきょろとあたりを見回している。

娘の手をしっかり繋いだまま、私も人波の向こうを気にしていた。

私たちは自宅の最寄り駅を目指していた。パパのお迎えにいくの、と言ってきかない娘のために、私はたまにならいいかとお出迎えに来ていたのだ。

 内緒にして夫を驚かせるのもいいかもしれない、とちらりと考えたが、もし残業になって遅くても困るし、すれ違っても困る。なので、夫に連絡は入れておいた。楽しみにしているとの返事を貰ってあるので、ひとまず安心していた。

 夕方の駅前は混み合っていた。娘にはしっかり手を繋いでおくのよと言い聞かせているが、もの珍しいのか娘は落ち着かない様子であちこちに目をやっている。そのたびに、リボンをつけた紅茶色の髪がひらひらとなびいている。

 しっかり手を繋いでおかないと危ないわね。私は好奇心旺盛な娘に内心で苦笑していた。

 駅に入る手前の交差点に差し掛かる。こちら側もあちら側も、大勢の人がいる。

 娘は習い覚えた歌を歌っていた。

 信号が変わるのを待っている間、何気なく路の向かい側を眺めていて……息を呑む。


「……父さん……?」

 何年も前に自分を置いて居なくなった父親。その当時の姿のままの父親が、道の向こうに居る。その傍らには。

「……母さん?」

 彼らも目を見開いて、こちらを見ていた。何ごとか唇が言葉を紡いでいる。

その言葉は聞こえるはずはなかったけど、私はそれが、自分の名前だと、わかった。

なぜか、そう確信できた。


 信号が変わる。歩き出した人波の中を渡っても、何度あたりを見回しても、その場に探す人は見つけられなかった。

 今のは夢だったんだろうか。それとも見間違い?

どこか茫然としたまま、流れゆく人波を見つめる。

銀の髪を持っていた父親も、自分と同じ紅茶色の髪を持っていた母も、そこには居なかった。


「ママ?どうしたの?パパのところに行かないの?」

 首を傾げた娘が、しきりに私の服を引っ張っている。それで我に返る事ができた。

「ごめんなさいね、パパ、待ちくたびれちゃうわね……あら」

 小さな袋がポケットの中から落ちて、それを拾い上げる。

こんなもの、ポケットに入れておいたかしら、と首を傾げて、中を確かめる。

そこにあったものを見て、私は普段は心の奥に仕舞いこんでいる、懐かしい日々の情景を思い出した。


『これはおまじない。いつかどこかで、また会えますようにってね』


 私が願っていたのは、これをくれた人とまた会えたらいいのに、という事だった。そう思っていたはずだった。けれど心の奥底では……自分を置いて行ったはずの父親に、また会いたいと望んでいたのかもしれない。

 もし会えたら、聞きたい事がたくさんあるはずだった。けれど。


「あんな幸せそうな顔、してたんですもの」


 一瞬の夢幻だと、幻影だと人は言うだろうか。

 私には、もうあの瞬間だけで十分だと思った。自分の心が生み出した幻でも構わないとさえ。

 蒼い珠を手のひらで転がし、ふと思う。

 これをくれたあの人にも、また会えそうな気がした。

そして、会いたい人に会えたと言ったら、どんな顔をしてくれるのだろう。

 そう思うと、自然と顔が綻んできた。


「あ、パパっ、こっちだよっ」

 父親を見つけた娘が、伸びあがって手を振る。

 片手をあげながら、夫が近寄って来た。

 そして娘を抱きあげて、嬉しそうに笑う。

「パパ、おかえりっ」

「ただいま。お出迎えありがとう」

 娘ははしゃいだふうに、歓声をあげて父親にしがみつく。その様子を見ていると、ふいに夫が尋ねてきた。

「何かいい事でもあったのか?」

 なぜ、と首を傾げて夫を見上げると、彼は私の頬を撫でて、優しそうに目を細めた。

「とても、嬉しそうな顔をしていたから」

 私は夫の腕に自分の腕を絡め、小さく笑った。そうして家の方へと歩き出す。私と家族が暮らす家に。


「……ええ、とても懐かしい人に会えたのよ」





                                         END


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