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ミセス・ルードとともに、慌ただしく貸し出しや返却をしたり、問い合わせに答えたり。それから書庫へ資料を取りに行って戻って来た時。リーフェイはミセス・ルードの横に立っている人物を見て、目をみはった。
無言で回れ右をしようとしたが、目ざとくその人物に気付かれて、声をかけられる。
「やあ、リーフェイ、久しぶりだね。元気にしてたかい」
「……ええまあ、そこそこ。ご無沙汰しております」
にこやかに微笑んでいるその人物は、ラザフォード教授。
何故あなたがここにと問い詰めたい気分であったけれど、今は仕事中。ため息を一つついて、喫茶コーナーででも少し待ってもらおうかと口を開きかけたとき。
「あら、今は落ち着いてるから、私一人でも大丈夫よ。少し早目だけど、休憩に行ってきたら?」
ミセス・ルードの有り難いような迷惑なような申し出に、リーフェイは顔がひきつりそうになるのをこらえた。
「それじゃあお言葉に甘えさせていただきますね」
本音を言うと、仕事にかこつけて頭を整理したかった。今からでも逃げ出したい気分にかられる。
喫茶コーナーへ案内するために教授の前に立ったリーフェイに、声がかかる。
「逃げようとか思ってないよね?」
「ええ、まさか~……今更何のご用事かしらとは思ってますけど、それだけですよ?」
「きみも相変わらず遠慮がないねえ」
「教授に遠慮したって仕方がないですからね」
大袈裟なため息には気付かなかったふりをして、教授を喫茶コーナーに案内する。
昼には時間が早いせいか、そこにはまだ誰もいなかった。
一番窓際のソファに教授を案内する。教授にはコーヒーを、自分にはミルクティを買い、席に戻った。
「ありがとう」
教授は礼を言ったものの、コーヒーには手をつけず、じいっとリーフェイを見つめている。
沈黙がいたたまれなくて、リーフェイは飲み物に手を付けた。
教授は何も言わない。ただ淡い緑の目は逸らされることなくリーフェイを見ている。
「・・・・・・・あの、教授」
「うん、なに?」
「なにか、わたしに用事があったんじゃあないんですか?」
「用事はないよ。ただ」
「ただ?なんですか」
「文句を言いたかっただけ。それと、後は恨み事かなあ?」
首を傾げたリーフェイに、少し表情を緩めて教授は言った。
「そんなに、僕は信用出来なかった?僕にはきみを守る力はないと思った?だから、姿を消したのかな」
君が居なくなったと知った時の、僕の気持ちがわかる?
言われた言葉にリーフェイは目をみはった。
「信用出来ないとかじゃあなくて……そこまで教授にお世話になるわけにはいかないと思っただけです。これはわたしの問題ですから。わたしがどうにかしなくちゃいけないんです。教授が気にされる必要はないんです」
それは本心からの言葉だった。もう自分のことなんか忘れていてくれて構わないとも。
すると教授は心底嫌そうに顔を歪めた。
「気にする必要はない、ねえ……そう言われると僕も多少傷つくなあ」
「え?あの……」
「あのね。僕はきみに会いたかったよ。それともきみは、全然僕のことなんか少しも思い出さなかった?」
直接会う事は殆どなかったけれど、通信ではよく話をした。
センセイの様子やユーリの事や……他愛ない話など。
好きな本の話やくだらない話もたくさんした。
初めはいわば業務連絡的なものだったけれど、いつしか年の離れた友人のようにも思っていた。
雇い主でもなし、直接の教え子でもなし……いつしかリーフェイの中では、教授の立ち位置はそうなっていて、そしていつ頃からか違うものも混じり始めていて。それには気付かないふりをして蓋をした。
あくまで“教授”という呼び名を変えなかった。
「いいえ。センセイやユーリや……教授の事を思い出してましたよ。とても楽しい時間でしたから。ユーリは元気ですか?」
すると教授は苦い顔になった。何かあったのだろうかと不安が広がる。
「ああ、元気は元気だけど、色々あってね……成人した今は、一人暮らしをしているよ」
そう、とリーフェイは男の子のようだった少女を思い出す。
女の子の格好に戻って、学校に通えたのだろうか。望んでいたように。
望み。自分の望みは何だったかなあとリーフェイは思った。
一族の意のままになるのが嫌で逃げ回るばかりで、考える事もしなかった。
「ねえ。五年も執念深く探しまわった僕に免じて、少しは僕にご褒美くれてもいいと思わないかい?」
「ええと、探してくれって頼んでませんけど……いえ、わたしに出来ることなら」
つい正直に言いかけて、向けられる視線の強さに目を逸らす。何だか嫌な予感がひしひしとする。
「ふふ、きみにしか出来ないよ。きみは頷いてくれるだけでいいんだから。あのね、僕と結婚して下さい」
「……はあっ?」
「あ、傷つくなその答え。で、いいでしょ?」
「教授、頭は大丈夫ですか、正気ですか、悪い冗談言わないでくださいね心臓に悪いです」
「本気だよ。本気じゃなきゃ五年も探さないし。コンラッドの事笑えないね~。持てる人脈全部使って探したよ」
「なんでそこまで……というか、何故なにもかもすっ飛ばして結婚なんですか……」
「お互いのあれこれについては、十分わかってるでしょ。もともと、きみが街に住むようになったら段階踏んであれこれしようと思っていたのにさ、きみ居なくなるし。それとも、きみは僕が嫌い?」
「そんなことありませんっ、でも」
反射的に答えて、リーフェイはしまったと思う。
嘘でも“嫌い”と言えばよかったのだ。教授の緑の目がきらりと輝いた。
「……教授のことは嫌いじゃあありませんが、何も好き好んで厄介事に関わる必要はないでしょう?もっとよい方がいくらでもいるんじゃないんですか?」
「きみも頑固だねえ。あのさ、僕と結婚した方がお得だと思うよ?だってそこまですれば、きみの一族もいい加減諦めるだろう?きみが僕を嫌いじゃなくて、一緒に居てもいいって思ってくれるなら、頷いてくれないかな」
「教授、物好きって言われませんか」
「変人のコンラッドと友人づきあいをしていた時点で、そりゃ何度も言われたとも」
で答えはとにこやかに聞かれ、リーフェイは逃げ道が断たれた事を知る。
そして。
「わ、教授、離して下さいってばっ、こんなところでっ」
「だって苦節8年だよ!嬉しくって嬉しくって!きみのご両親のところにもご挨拶に行くからね!」
大きな腕で抱き締められ、リーフェイは逃れようとしたがあまりにも教授が嬉しそうに笑うので、少しだけなら、いいかと体の力を抜いたのだった。
「教授、そろそろ離して下さい」
「……」
「教授?わたし、そろそろ仕事の時間なんですが」
「……やだ」
「教授。さっきの言葉、撤回しても……」
「わかったよ。じゃあそのかわり、きみも“教授”って呼ぶの無しね!」
「……努力します」
ねえ、約束をしましょう。
いつか、どこかで、会う事を。
END
その後の話を続けて投稿します。




