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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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例えば、この世界のことを知らなかったからとか、利用されただけだとか、擁護する言葉はそれこそたくさんある。

しかし、ユーリは決してそれを望んではいない。

本人に届かない言葉なら、ただ無駄に上滑りしていくだけだ。


戦場で人の命を奪ったのは、何も彼女だけではない。

それでも、獣一匹殺したこともない平和な世界で生きていた娘にとって、人を殺してしまったという衝撃は相当なものであったろう。

加えて、存在しないはずだった自分の行動で、人の生を、世界の理を歪めてしまう事への恐怖は如何ばかりか知れない。


だが、それを分かってやれるものは、恐らくこの世界中の何処にもいないだろう。

ユーリは自分の行動を選択するたびにその恐怖と戦い、安堵と後悔の狭間で揺れ動くのだ。

これまでも、これからも、彼女は増えていく罪に怯えながら、ただ一人、永遠に近い時を生きていかなければならない。


それはある意味、死よりも深い苦しみとなるだろう。

だが、ユーリは一瞬の死よりも、罪を抱えたまま生きる道を選んだ。

それが、彼女なりの償いであるのかもしれない。


思わずといったように言葉を漏らした後、ユーリは懺悔する様に目を瞑り微動だにしなかった。

しかし、気持ちを切り替えるように息を吐き出し、顔を上げ真っ直ぐにラズフィスを見つめた。



「もうすぐ夜が明ける。そうすれば、皆、目を覚まします」



床に転がる兵達を一瞥し、ユーリは窓の外を指差した。



「塔を出て、真っ直ぐ南へ進めばセルゼオン領です。森の結界も、もうない。それ程迷うことなく辿り着けるでしょう」



先程までの葛藤など無かったかのように、ユーリは静かに微笑んでいた。

その表情は、幼き頃、この塔で分かれた時の彼女の笑みと重なる。

それは、ラズフィスの記憶を消し、彼の前から消えようとした時の笑顔にも似ていた。

眉を寄せ、ラズフィスはユーリから視線を逸らさぬまま問いかける。



「お前は、これからどうするつもりなんだ」

「そうですね。取り合えず、この塔は再び封印して、暫らくは各地を転々とするつもりです」



そして、二度とラズフィスの前には現れないつもりなのだろう。

今度こそ完璧に行方を暗まし、何者にも足取りなど掴ませない。

魔力が戻った今、彼女には容易いことだ。

ここで得た全てのモノを捨てて、遠い地で再び誰とも関わらない日々を送る。

きっと、躊躇いもせず、ユーリはそうすることを選ぶのだ。



「お前は、本当にそれで良いのか?」



己の世界を、家族を、人としての生を諦めなければならなかった一人の娘。

捨てること、諦めることに慣れてしまった彼女は、これからもそうして生きていくだろう。


だが、本当は彼女が酷く人間くさい事を知っている。

薬の研究が大好きで、一度凝りだすと止まらなくて、感謝の言葉にほんの少し照れた様に笑う事を知っている。

面倒臭がりで、でも目の前で他人が困っていれば放って置けなくて、文句を言いながらも手を伸ばす事を知っている。


どれほど魔力があろうとも、どれほど長い時を生きようとも、普通の人間となんら変わらない。

こんな風に感情を殺して微笑んでいて、平気であるはずがないのだ。



「……じゃあ、他にどうしろって言うんです?」



ユーリはラズフィスの問いに、自嘲するような笑みを浮かべた。



「自慢じゃありませんけど、私は弱くて、臆病で、どうしようもない女なんですよ」



ユーリの感情の乱れに呼応して、溢れた魔力がゆらりと空気を動かす。

風もないのに彼女の黒髪が舞い上がり、バチッと小さく火花が散った。



「存在するはずのなかった私のせいで、人が、歴史が、世界が変わってしまうのが怖い。できるものなら、ここから抜け出して、すぐにでも元の世界に帰りたかった」



膨れ上がる膨大な魔力を感じ取ったのか、うるさいほど鳴いていた虫の音がピタリと止まる。

ふわりと浮き上がったユーリの背後では、大きく傾いた月がその姿を木々の間へ沈めようとしていた。

陽よりも柔らかな白い光りが、俯いた彼女の表情を隠す。



「ねぇ、どうして私だったの?」



やがて、ユーリは小さな声でぽつりと呟いた。



「もっと頭の良い人なら、あんな惨劇を生み出さずにすんだかもしれない。もっと強い人なら、迷いながらもなお、前に進めたかもしれない」



どれだけ長い時を生きても、どれだけ武器を手にすることに慣れても、その思いは消えなかった。

なぜ、どうしてと繰り返したところで、答えは出ない。

それでも、自分でなければこんな風にならなかったのではないかと、そればかりが頭を過る。


結局、自分は何も変わりはしなかった。

現状に怯え、震えるだけの惨めな娘のままだ。

ただ、それを上手に隠せるようになっただけ。

いつだって心の奥底では、弱虫な娘が、助けて欲しいと悲鳴を上げて泣いていた。



「本当は、独りは寂しい。痛いのも、苦しいのも、辛いのも嫌い。物の様に扱われるのも、化物を見るような目で見られるのも嫌だった!」



頭を振り、ユーリは心ののまま声を荒げる。

一度吐き出してしまった言葉は、容易に納まってはくれなかった。

止めなければと思うのに、感情的になる自分をどうすることもできない。


化物じみた強い力も、永遠に等しい時も、別に欲しくなんてなかった。

家族がいて、友がいて、退屈だと言って笑いあう日常があればそれで満足だった。



「私はっ……!」



絞り出すような掠れた声で叫び、ユーリは耐え切れぬように両手で顔を覆った。



「私は、ただ、人であれればそれで良かったのに……」



荒い息を繰り返し、彼女は必死に荒れ狂う感情を抑え込もうと唇を噛む。

そこにいるのは、殺人兵器でも、魔女でもない、孤独に震える一人の娘だった。


ラズフィスは今度こそユーリへと手を伸ばし、そのまま彼女を引き寄せた。

不安定に浮いていた彼女の体が崩れ、ラズフィスの腕の中へと落ちる。

体が触れ合った瞬間、乱れていた黒の魔力が火花を散らしたが、彼は構わず小さな体を己の胸元に抱き込んだ。


一瞬、彼女の身が硬直し、自分を囲う腕から抜け出そうと身じろぐ。

だが、ラズフィスが腕の力を緩める気が無いことを悟ると、やがて暴れるのを止めて大人しくなった。

怖ず怖ずとユーリの両手があがり、縋るようにそっとラズフィスの服の背を掴む。

そうして暫く、二人つの影はただ静かに抱き合っていた。




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