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常闇の魔女  作者: 空色
第4章 常闇の魔女
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祝賀会が明けて、貴族達の半数以上は己の領地へと帰って行った。

残った少数はそれぞれ王や都に用があるもの、もしくは王族に縁深いもの達である。

それ故に、ラズフィスや側近だけでなく、クリスティーナも色々と対応に追われているらしい。

ここ暫く、ユーリの客室を訪れる者はいなかった。


有り体に言うなら、ユーリは暇を持て余していた。

森へ帰ろうと決めたは良いが、勝手に城を抜け出すわけにもいかない。

ラズフィスへ話を通そうにも、顔を合わせる機会すらないのだから、当然事態は膠着したままだ。


取り敢えず、ユーリは私物を整理したり、畑や庭の手入れをしたり、薬の実験をしながら日々を過ごしていた。

しかし、元々身柄を拘束されるような状態で城へ来たユーリは、私物など殆ど持って来ていない。

つまり、数時間もあれば部屋の中は大方整理できてしまうというわけだ。

そのため、必然的に研究室や庭に出る機会が増える。


中でも、庭と畑の世話には、とりわけ時間を費やしていた。

帰るときには、育てた薬草や野菜の株を貰って行くつもりだから、知らず知らず力も入るというものだ。


そんなわけで、ユーリは今日も薬草畑に入り浸っていた。

午前中の内に水やりを終え、今は苗の選定を行っているところだ。

大きく育ちそうなものを残し、間引いたものは近くの籠に放り込む。


若い苗はまだ効能が薄いが、薬草であることに変わりはない。

使い道もあるだろうから、後で研究室に持って行くことにする。


鼻歌交じりで作業を続けていたユーリは、背後から呼び掛けられ、思わず籠を取り落としそうになった。

慌てて振り返ると、ユーリに声を掛けた人物が近付いてくるところだった。

身分ある方が、まさか自ら近付いてくるとは思っていなかったため、戸惑いながら軽く身なりを整える。

貴人の前に出るような格好ではないのだが、この際仕方のないことだろう。

せめて失礼のないように、ユーリは深々と頭を垂れた。


その人物は、たまたま空いた時間を散歩に宛がっていたらしい。

ユーリが庭で作業しているのを見つけ、気になって声をかけたのだそうだ。

薬の実験の一環で薬草を育てている事を話すと、その人物は興味深げに薬草畑に目を向けていた。


そのまま一言二言言葉を交わしていたユーリだったが、突然眩暈と吐き気に襲われて顔を顰める。

貴人の前で無様に倒れるわけにはいかないとは思いながらも、とてもではないが立っていられない。

その内、割れるような頭痛と耳鳴りまでしはじめ、とうとう地面に膝をつく。

目の前で、貴人が何事かを口にしているが意識をそちらに向けることができない。

背に冷や汗が流れるのを感じながら、ユーリは意識を手放した。






*************






謁見を望む貴族達の対応をする合間、ラズフィスは簡単な確認とサインをすればば済むレベルの書類に目を通していた。

貴族達の対応も大事な仕事ではあるが、通常時の仕事が減るわけではない。

むしろ、他の事に時間を割いている分、事務処理は溜まっていく。


カーデュレンや文官達ができる限り選り分けてはいるが、最終的な許可を与えるのはやはり王であるラズフィスだ。

この数日で、執務室の机にはうず高く書類が積まれていた。

結果的に、祝賀会前と変わらぬ忙しさに思わず現実逃避したくなる。

目を通し終わった書類にサインを書き、国璽を押して、ラズフィスは息を吐き出した。



「お疲れ様でございます、陛下」

「本当に疲れたな」



笑い混じりの声で言葉を掛けてきたカーデュレンに、ラズフィスは肩を竦めて返す。

午前中の内に次々やって来る十数人の貴族の相手をし、ようやく一息ついたところだ。

これで、疲れていない方がおかしい。

処理した書類をカーデュレンに手渡し、ラズフィスは椅子の背もたれに身体を預けた。

同じ部署へ持っていく書類を一まとめにしながら、カーデュレンはくつくつと笑い声をたてる。



「面会希望も途切れたことでございますし、少し休まれてはいかがです?」



カーデュレンの言葉に、ラズフィスは机上に山と積まれる書類を一瞥する。

放っておけば、更に増えていくことは目に見えているが、疲労が蓄積しているのも確かだ。

それに、この副官が休むように進言してくるからには、他人の目から見てもそれが明らかなのだろう。

仕事の効率を上げるためにも、ラズフィスは暫し息抜きをすることに決めた。



「なら、そうすることにしよう。少し出てくる」



息を吐きながら身体を伸ばすと、節々に軽い痛みを感じる。

ずっと同じ姿勢で書類を捌いていたからか、身体が凝り固まっているようだ。

年寄り臭いと思いながらも、ラズフィスは机に手を付き立ち上がった。



「あぁ、陛下。暫しお待ち下さい」



席から離れようとしたラズフィスを、不意にカーデュレンが呼び止める。

彼は自分の机へ歩み寄ると、書類の束を手に取った。

それをラズフィスに手渡し、にっこりと微笑む。



「研究所へ行かれるのでしたら、ついでにこちらの書類をお願いいたします」

「……お前は、自国の王を使いにするのか」



腕の中に積み上がった書類の山を見下ろして、ラズフィスは疲れた表情でカーデュレンに視線を移す。

彼は胡散臭いほど爽やかな笑顔を浮かべ、首を傾げてみせた。



「立っている者は親でも使えと申しますので」



カーデュレンの言葉に、ラズフィスは顔を顰め、不満を述べようと口を開きかける。

そもそも、自分は研究室へ行くとは一言も言っていないはずだ。

確かに行くつもりではあったが、見透かされているようで面白いものではない。

しかし、少し考えるように宙を眺め、ラズフィスはやがて諦めたように口を閉ざす。

苦虫を噛み潰したような顔で息を吐くと、踵を返して執務室を後にした。






*************





朝から執務室に篭りっぱなしだったため、外の空気を吸うのは久方ぶりな気がする。

燦々と降り注ぐ日の光りに目を細めながら、ラズフィスはゆったりと歩みを進めていた。

回廊を抜け研究室へ向かっていた彼は、何気なく中庭に目を向け目を瞠る。



(あれは……)



ささやかな畑の傍に根を下ろす樹の元に、小柄な人影が蹲っていた。

その人物は幹に背を凭せ掛け、座り込んでいるようだ。

目を凝らしてその人影を見ていたラズフィスは、それが見知ったものであることに気付く。

足早に近付いてみれば、予想とたがわぬ人物に声を上げた。



「ユーリ!」



手にしていた書類を置き、ラズフィスはユーリを抱き起こす。

軽く揺すりながら声をかけると、彼女はゆるゆると目を開けた。

ぼんやりとした視線が彷徨い、ゆっくりとラズフィスの顔に焦点が結ばれる。

何度か瞬きを繰り返し、やがてユーリの目にしっかりとした光りが戻った。



「……陛下?」



ユーリは訝しげに首を傾げ、辺りを見渡してから、再びラズフィスを見上げる。

ラズフィスはその手をとり、彼女をゆっくりと立ち上がらせた。

ふらつくことなく立ち上がったユーリの様子に、ラズフィスは安堵の息をつく。



「一体、何があった」

「すみません。日に当たりすぎたのか、急に具合が悪くなったみたいです」



まだ少し頭痛でもするのか、ユーリは眉間に皺を寄せ、こめかみに手を当てる。

ラズフィスは、軽く首を振る彼女をやんわりと止めた。

霍乱であるなら気分の不快もあるだろうし、涼しいところで休むのが一番良いのだ。



「無理をするな。大丈夫なのか、体調は」

「十分休みましたし、平気ですよ」



難しい表情を崩さないラズフィスに、ユーリ肩を竦めてみせる。

彼女はラズフィスの足元にある書類の束を目にし、小首を傾げて問いかけた。



「これから、どこかへ行く予定だったんですか?」

「あ、あぁ、研究室へ行こうと思っていたのだ」



当初の目的を思い出したラズフィスは、放置してあった書類に目をやり、それを引き寄せた。



「それは丁度良い。私も今から行こうと思っていたところだったんです」



体調を確かめるように軽く身体を伸ばし、ユーリは己の膝に両手を付く。

心配そうに自分を見下ろすラズフィスに、苦笑を返して背を起こした。



「そんな顔をしなくても、大丈夫ですってば」



ユーリは畑の方に歩いていき、置いてあった籠を持ち上げる。

中には薬草が入っていたようで、彼女が揺すりあげた際に幾つか苗が零れ落ちた。

だが、ユーリはそれを拾うことなく籠を抱え直して歩き出す。

その際、足元にあったものは踏みつけられてしまったため、もう使い物にはならないだろう。



「ユーリ、良いのか?」

「間引きした分ですし、少しくらい構いませんよ」



ラズフィスは半分潰れた薬草から視線を上げ、隣に並んだユーリを見下ろした。

彼女は背後を一瞥し肩を竦めると、回廊に向かって足を向ける。

しかし、動き出さないラズフィスの様子に、振り返って訝しげな表情を浮かべた。



「陛下、どうかしました?」

「……いや、何でもない」



暫らくその場に佇んでいたラズフィスは、頭を振って答えるとユーリの隣に並ぶ。

彼女と供に研究室に向かいながらも、その顔はどこか思案に暮れているように晴れないものだった。






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