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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
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夜の帳が下りるころ、室内に来客の訪れを知らせる声がかかる。

侍女達に道を塞がれ、迎えまで来てしまってはもう逃げることなどできない。

諦めの境地に至ったユーリは、苦笑いをしつつ客人を迎え入れる。

既に支度を終えていたユーリに、カーデュレンは部屋に入ると小さく頭を下げた。



「お待たせしてしまいましたか? ユーリ殿」

「いいえ、こちらこそ、お手数をおかけして申し訳ありません」



夜会とは概ね、男女の組み合わせで参加するものらしい。

踊ったりもするのだろうから、当然と言えば当然だ。

それは恋人同士や夫婦であったり、家族であったりするのだが、ユーリにはパートナーとなるべき人間はいない。


中には誰とも添わずに参加する者もいるようだが、通例を崩すのだからそれなりに注目されることとなる。

ただでさえ目立ちたくないのに、入場早々に噂の的となるのは避けたい。


あわよくばそれを理由に辞退しようと考えていたユーリだったが、周りの対応の方が一枚上手だった。

添い役にはカーデュレンが宛がわれ、いつの間にか遠縁の親戚の娘という設定まで付いてしまった。

クリスティーナに頼み込まれたのだろうカーデュレンに、ユーリは様々な意味を込めて頭を下げる。



「なるべく襤褸を出さないよう、大人しくしていますから」

「それ程お気を張らず、普段通りにしていただいて結構ですよ」



カーデュレンは笑って答えるものの、そう簡単にはいかない。

遠縁という、殆ど他人の関係だが、仮にもカーデュレンに添われての出席なのだ。

自分がへまをすれば、彼にも少なからず非難が行くだろう。

貴族の作法など知らないのだから、いつも通り過ごすなど無理がある。

食事を取りに行く以外は、動かずに大人しく壁の花でいようとユーリは改めて決心した。



「本当は陛下がユーリ殿の添い役をおやりになりたかったようなのですが……」

「……側妃方を差し置いて、客人の添い役とか。どう考えても、外聞が悪いでしょう」



それこそ良い噂の的だろうに、冗談ではない。

ラズフィスが諦めてくれて、本当に良かった。

痛み出した胃を押さえていたユーリは、ふと気付きカーデュレンに尋ねる。



「それより、カーデュレン殿は宜しかったのですか?」

「私ですか?」



もし彼に奥方や婚約者がいるなら、他の女を伴って夜会などいい気分ではないだろう。

カーデュレンは一瞬目を丸めたが、次いで笑みを浮かべ首を振った。



「今のところ、そういった相手はおりませんから、お気になさらず」

「じゃあ、室長は?」

「……姉は自由な人ですからね。いつも夜会には一人で入っているのです。今さら私が付き添っても、逆に嫌がられますよ」



確かに、彼女の性格なら付き添いなど突っぱねそうだ。

そして、あわよくばそのまま行方を暗まし、夜会をサボるのだろう。

まぁ、今回は自分という格好の玩具がいるのだから、祝賀会には参加するだろうがユーリとしては楽しいことではない。

思わず溜め息を付くと、何故かカーデュレンのものと重なった。

互いに目を見合わせ、どちらからともなく苦笑する。



「では、参りましょうか」

「そうですね、会場までよろしくお願いいたします」



差し出された右腕に、小さく断りを入れながら手を添える。

ユーリは深呼吸をして、肩の力を抜く。

それなりに修羅場を潜り抜けてきたと自負しているが、これほど緊張するのは久しぶりだ。

侍女達に見送られ、ユーリは客室を後にした。







*************






祝賀会の会場である大広間は、まさに絢爛豪華という言葉が相応しかった。

天井には創世記を基にした、鮮やかな絵が描かれている。

そこから下がるシャンデリアは、お互いの光りできらきらと輝きを放つ。

壁にはめ込まれた、大きな鏡に映りこむ月ですら、まるで一枚の絵のようだ。

煌びやかな服を着た男女も、絵画から抜け出してきたかのように会場を彩っていた。


そんな、彼らが作り出すざわめきの中を、ユーリは俯き加減に進む。

普段、深い森で生活する自分は、人ごみには慣れていない。

それに加えて、様々な香油や化粧、食事等の雑多な臭いが混じり合って正直きつかった。


早くも軽い人酔いの状態で、ユーリは口元を引き攣らせる。

クリスティーナに誘われた手前、なるべく会場に留まるようにしようと思っていたのだが、既に心が折れてしまいそうだ。

先導はカーデュレンに任せ、ユーリは引き攣った顔を晒さないよう足元を見つつ歩みを進めた。



「おぉ、来たか」



暫らく場内を歩いた頃、聞きなれた声が耳を打ち、ユーリは顔を上げる。

多少人が疎らとなっている壁際で、室長が手を挙げているのが見えた。

彼女の側まで行き、多少はまともな空気を吸って、ようやく人心地つく。

隣から響く笑い声に室長を睨め付けたユーリだったが、ぽかんと口を開け、まじまじと彼女を見つめた。



「何というか、普段と夜会とでは随分雰囲気が変わりますね、あなた」

「詐欺だとよく言われる」



からからと笑う室長の装いは、身体のラインが強調されるようなタイトなドレスだ。

濃紺色の生地はやや光沢がありながらも、優美さを損なってはいない。

それでいて、大胆なスリットがあでやかで、見る者の目を引く。

こうして見ると、本当に美しい人であったのだと改めて気付かされた。

あのボロボロの白衣の中に、こんな素晴らしい肢体が隠されているとは誰も思うまい。



「では、姉上。ユーリ殿をよろしくお願いいたします」

「あぁ、任せろ」



ユーリが感心している間に、姉弟は話をつけたらしい。

カーデュレンは軽く頭を下げ、その場を離れて人波の中へと消えていく。

王の副官である彼は、祝賀会でも様々な役割を担っている事だろう。

そんな忙しい中、自分の添い役をしてくれたカーデュレンに、心の中で礼を述べながらその後姿を見送った。


少々手持ち無沙汰ではあったが、まだ祝賀会自体は始まっておらず、食事に手をつける訳にはいかない。

給仕が持ってきた軽めの酒をちびちびと舐めながら、ユーリは室長と他愛無い話を続けた。

薄桃色の酒は果実酒らしく、ふんわりと甘い匂いが香る。

匂いの割りにすっきりとした後味だから、甘辛く煮た鳥などが合うだろうか。


会場の脇に設置された長いテーブルには、既に色取り取りの食事が並べられている。

数種のキノコのバター炒めに、瑞々しい旬の野菜が盛られたサラダ等、前菜だけでもかなりの量だ。

やわらかそうなローストビーフは、きっと口に入れたらとろけるのだろう。


散りばめた宝石のようなデザートも、実に鮮やかで見る者の目を楽しませる。

どれもこれも美味しそうで、何から食べようか迷ってしまう。

殆ど昼食を摂っていないに等しい腹が、先ほどから切なげな主張を繰り返していた。


暫らくそうして上機嫌でいたユーリだったが、次第に眉間に皺が寄り始める。

初めは気のせいかと無視していたのだが、これだけ不躾な視線を浴びれば誰でも気付くだろう。

多くは隣の室長に向かっているようだが、隣にいるユーリも当然とばっちりを受けるのだ。

溜め息をつき、ユーリは室長に小さく不満を漏らす。



「何だか、あなたと一緒に居る方が視線を浴びている気がするんですけど」

「だが、滅多に話しかけられることはないぞ。声をかけてくるとすれば、よほどの馬鹿か、知り合いくらいだ」



室長は肩を竦め、一息にグラスを煽る。

さすがは腐っても侯爵令嬢と言ったところか、他者からの視線には慣れているようで、この程度では動じないらしい。

だが、こちらはしがない一般市民なのだ。

じろじろと見つめられる事に、慣れているはずもない。


さらに辟易するのは、彼らの態度だ。

室長を知る者は普段との違いに、知らぬ者はその美しさに目を瞠る。

そして、隣にいるユーリを見て、必ず微妙な顔をするのだ。



(悪かったですね! 美女の隣に居るのが、こんな平凡な女で!)



中にはあからさまに首を傾げる者もいて、ユーリは笑みを引き攣らせた。

また、室長が言うところの馬鹿もそれなりに居るようで、彼女に声をかけては素気無く追い払われる。

そして、ついでのようにユーリにも声をかけて行くのだ。


本当なら無視でもしてやりたい心境だが、カーデュレンの事を思えば無下にはできない。

ユーリはおっとりと微笑みながら、にこやかに挨拶を返す。

手の甲に口付けられ、歪みそうになる口元に必死に力を込める。

グローブを付けてきて本当に良かったと、準備してくれた侍女に心の中で礼をした。


知り合いの方は室長の紹介が入り、お互いに一言、二言会話を交わす。

そんなことを延々と繰り返し、一通りの波が去った後、ユーリは深々と溜め息を付いた。

既に神経も磨り減り、いい加減行方を暗ませたくなる。

始まってすらいないのに、この疲れようでは先が思いやられた。

壁に凭れかかるユーリを見下ろし、室長は面白そうにくつくつと笑う。



「何だ、お前も随分とどでかい猫を被るじゃないか」

「被らずにやってられますか!」



噛み付く勢いで振り返ったユーリの耳で、赤い石の耳飾りが光る。

存在を主張する耳飾りを見つめ、室長はぽつりと呟いた。



「それを見ると、本当にお前が『イグシスニアの精』だったのだと改めて得心するな」

「はい? 何のことです」



訝しげに見上げてくるユーリに首を振り、室長は騒がしくなった入り口の方へ視線をやった。



「いや、こちらの話だ。それよりも、どうやらようやくお出ましのようだぞ」



彼女の言葉が終わるか、終わらないかの内に、場内でわっと歓声が上がる。

どうやら、王族達が会場に現れたらしい。

ここからようやく、祝賀会の幕が上がるのだ。

気を引き締めなおし、ユーリは入り口へと視線を向けた。








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