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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
35/80

13



水源である泉が再び湧き出した事を告げると、領主はたいそう喜び礼を兼ねて宴を開きたいと申し出た。

しかし、レストリア領に赴かねばならない旨を伝え、彼の面目を潰さぬよう丁寧に辞退した。

領主は残念がる素振りを見せたが、快く一行を送り出した。

領主や使用人達が見送る中で、魔術師達が円を組み、詠唱を始める。

水源の一件も終わり、魔力を温存しておく必要もないため、魔術を利用して一気に飛ぶことにしたのだ。



「村の者達には私から伝えさせていただきます。いずれまた、西へおいでになることがございましたら、遠慮なくお寄り下さいませ」

「あぁ、そうさせてもらおう」



ラズフィスが答えを返すと、一行の周りを囲む魔術師達の体が淡く光り出した。

どうやら、魔力の構成が終わり、術が発動したたらしい。

一際強い光が当たりを包むと、深々と頭を下げる領主達の前から調査団の姿がかき消えた。


一瞬の浮遊感の後、目の前にそびえ立った屋敷に、ユーリは暫し息を飲んだ。

今まで滞在していた領主の館もそれなりに立派なものだったが、目前に聳えるものはその比ではない。

隣にいた新米従者など、あんぐりと口を開けている。


城と見紛うばかりのその屋敷の持ち主こそ、ラズフィスの伯父にあたる、前王兄レストリア公爵だった。

数名は慣れたもので、出迎えに現れた使用人の後について門をくぐって行く。

圧倒されていた者達も、我に返ると彼らの後を追った。


エントランスに足を踏み入れると、華麗なシャンデリアが一行を見下ろしていた。

正面には左右に分かれる大階段があり、踊り場には巨大な国旗とそれを抱き込む竜の絵画が飾られている。

その絵の下に、一人の初老の男性が佇んでいた。

使用人に案内されていたラズフィスは、彼を認めると嬉しげに声を上げた。



「伯父上、お久しぶりです」

「よくぞいらっしゃいましたな、国王陛下。お待ちしておりましたぞ」



笑みを浮かべながら、レストリア公はゆっくりと階段を降りてくる。

ラズフィスの前に立つと、両手を広げて抱きしめた。

床に伏せがちとは思えぬほどの力強さに、ラズフィスは安堵の息をついた。



「お元気そうで安心いたしました」

「陛下も、随分と立派になられましたな」



背を起こしてラズフィスを見上げていたレストリア公だったが、王の背後に控える者達に目を止め、笑みを深くする。



「おぉ、カーデユレンに、フォルトではないか。そなた達も息災にしておったか」

「お久しゅうございます、オーウェン様」



声をかけられた二人も、深く礼をして答えた。

彼らを見詰めて頷いてから、レストリア公はその他の騎士や魔導師、戸惑う研究者や従者達を見渡した。



「パルドペの水源を復活させたそうではないか、話は聞いておる。皆、ご苦労であったな。今日はゆっくりと休んでくれ」



どうやら滞在中は4、5人ずつに別れて一部屋を宛がわれるようで、使用人たちが順に案内を始める。

ユーリも騎士や従者数名の組に入れられ、1階の端の客間を宛がわれた。

他の同室者達に続いて歩き出したユーリだったが、背後から名を呼ばれて立ち止まる。

振り返ると、ラズフィスの横に居るカーデュレンが、笑顔で手招きしていた。

彼らの前では、レストリア公がこちらを興味深げに見詰めている。

思わず顔が引き攣ったが、無視するわけにもいかず、案内役の使用人に声をかけて列を抜け出した。



「僕に何か御用でしょうか」

「お前を、伯父上に紹介したくてな」



伺うようにラズフィスを見上げると、笑みを返された。

面倒なことに巻き込まれそうな予感に眉を寄せてから、ユーリは公爵に向き直る。

内心で溜め息を付き、失礼の無い程度に表情を改めた。



「伯父上、彼が先日文でお伝えした薬師です」

「おぉ、そなたが! 姪が世話になったようだな、礼を言うぞ」



笑顔で頷くレストリア公に、ユーリは黙って頭を下げる。

どうやら、今回の遠征ではあくまでもルースとして参加するというユーリの意向は汲んでもらえるようだ。

暫らくの間、誘拐事件の話や、当たり障りのない話題でその場を繋ぐ。


しかし、自分は元々気の利いた話が得意な方ではない。

それに、これ以上王族と知り合いになるのは、できることなら遠慮したかった。

そろそろ開放してくれとラズフィスに視線を送ると、それに気付いたらしく上手く話を切り上げてくれる。



「伯父上、彼も疲労が溜まっているようですし、そろそろ」

「これは、気がきかず、すまなんだ。さて、そなたが宛がわれた客室は何処であったか……」

「一階の東、三の間にございます、オブゼリオン様」



顎に手を置き悩むレストリア公の背後で、影のように付き従っていた青年が初めて声を発した。

そちらに目を移したユーリは、まじまじと彼を見つめる。

常に身を屈め、気配を殺すようにして控えていたため気付かなかったが、痩身でひょろりとした青年は、下手をするとフォルトよりも背丈がありそうだ。

燕尾服を身に着けた彼は、ユーリと目が合うと深々と頭を下げた。



「これは、代々このレストリア領で執事を務める家の者で、名をユグノーと言う」

「以後、お見知りおきを」



ユグノーと呼ばれた青年は、主の紹介の後に頭を上げて笑みを浮かべる。

もともと切れ長な眼が更に細くなり、狐や蛇を思い起こさせた。

青白い面の中、隠された真紅の瞳がユーリを捉えた瞬間、背筋に冷たいものが走り、彼女は身を震わせる。

だが、それは運よく誰にも見咎められる事はなかったようで、エントランスでの立ち話はお開きの流れとなったようだ。



「そなたの部屋へは、これに案内させよう」

「では、ルース様。こちらへ」



レストリア公に命じられるまま、ユグノーは片手で廊下の奥を示し、客人を先導する為に歩き出す。

公爵に一つ頭を下げ、ユーリはユグノーに続いてエントランスを後にした。


ユーリは目の前を歩く青年の背を見つめながら、黙々と歩みを進めていた。

特段こちらに話したいことがあるわけでもないし、青年もおしゃべりな性格ではないらしい。

当然、二人の間に会話らしい会話もなく、やがて目的の客室に辿り着いた。

軽く礼を言って、ユーリがドアノブに手をかけた時、青年が始めて口を開いた。



「ルース様。ご無礼を承知で、一つお尋ねしたいことがございます」



ユーリは伸ばしていた手を引き、ユグノーへと向き直ると、彼は完璧な笑顔を貼り付けたまま、小さく小首を傾げた。



「つかぬ事をお伺いしますが、以前、どこかでお会いしたことはございませんか?」

「さぁ、僕は特に覚えがない」



確かに、西へは何度か赴いたことがあるが、レストリア領に足を踏み入れた記憶はない。

行ったとすればパルドペの森や周囲の町くらいだが、公爵家の執事である彼が、そういった場所へ出ることなどないだろうから、やはり彼の気のせいだろう。



「そうですか。お時間を取らせてしまいまして、申し訳ございませんでした」



ユグノーの方も、そこまで気にすることではなかったのか、直ぐにその話は終了する。

深々と頭を下げる彼を一瞥し、ユーリは今度こそ客室の扉を開けた。









*************









夕食は宴に参加するもよし、自由に街へ出ても構わないと使用人から言付けられる。

これから騎士として出世していく可能性のある従者達は、緊張した面持ちで先輩に連れられ宴に出掛けていった。

迷わず街に出ることに決めたユーリは、さっそく通行許可証をもらい屋敷を後にする。

堅苦しい作法を気にしての食事では、食べた気になれない。


レストリア公爵の屋敷には、さすがと言うべきか転移魔方陣がいくつかあるらしい。

特に目的の街があるわけでもないため、ユーリは適当な陣を選ぶ。

そうして近くの街にくり出した彼女は、一件の食堂に目星を付けて足を踏み入れた。


夜は酒も提供しているらしい食堂の店内では、グラスや皿が重なる音に、賑やかな笑い声が響いている。

そんな中を横切り、ユーリはカウンターの端に足を進め席に座った。


仮面を付けた怪しい人物に、店主はちらりと視線を向けたが、すぐに調理器具に視線を戻した。

夜の酒場と言うのは、様々な人種が入り乱れている。

変わった人間を一々気にしていては、気疲れするだけだ。

店を仕切る彼としては、しっかり代金を払い、面倒を起こさなければ問題ないのだろう。


すぐに給仕の女性がやって来て、注文を確認していく。

取り敢えずで頼んだ葡萄酒をちびちびと飲みながら、ユーリは食事ができるのを待った。



「はいよ、お待ちどうさん」



程なくして運ばれてきた料理に、ユーリの腹が小さく主張する。

ガロ芋とベーコンのスープはほかほかと湯気をあげ、白身魚とハーブの包み焼きはなんとも食欲をそそる匂いを漂わせていた。

メイン料理と共に運ばれてきた雑穀のパンを千切って放り込むと、穀物の香ばしい匂いが口一杯に広がる。

久しぶりに口にした味に、思わずユーリの口元に笑みが浮かぶ。


カーデュレンの計らいで本当の客人扱いとなってからというもの、ユーリは気後れするほどの待遇を受けていた。

一時期よりはましになったものの、専属侍女は変わらずいるし、提供されるものは高級品だ。


その高級品の中の一つとして、毎日の食事で出される白パンがある。

ふわふわの手触りのパンは、たっぷりとバターが使われており、ほんのりと甘い。

庶民が手にすることは滅多になく、口に頬張るだけで少し幸せな気分になるのも確かだ。


だが、ユーリはそれと同じくらい、食べなれた雑穀パンが好きだった。

王城のパンと比べればとても硬いが、その分噛みごたえがあるし、噛めば噛むほど味が出る。

それに、スープやソースに浸して食べると、また違った味が楽しめるのだ。

久しぶりの庶民の味を噛み締めながら、ユーリは温かい食事を楽しんだ。


そんな風にして、ユーリが食事を終える頃、若い二人組が食堂を訪れた。

二人は混み合う店内を見渡してから、カウンターの方に歩み寄ってくる。

そして、ユーリの隣を一席あけ、腰を落ち着けた。


どうやら仕事の話をしているようで、初めの内は明日の日程などを小声で確認しあっていた。

もれ聞こえてくる話によると、偶然にも彼らが明日荷物を搬送するのはレストリア公爵の屋敷であるらしい。

食後の紅茶を飲みながら、ユーリは彼らの話に耳を傾けた。



「それにしても、公爵様は本当に勉強家だな。よくあんな小難しくて古い本を読む気になれるな」

「学のない俺らには、到底思いつかないようなことを考えておられるんだろ」



レストリア公爵は魔術や歴史に関心が高いらしく、全国から古文書や書籍を取り寄せているらしい。

自分の養い親といい、カーデュレンといい、どこにでも奇特な愛好家はいるようだ。

己の事は棚に上げ、ユーリは呆れたように溜め息を付いた。

そのまま、ふと壁掛け時計を目にすれば、街に下りてから随分と時間が過ぎていた。

そろそろ潮時かと、席を立とうとした時、二人組みのうちの一人が突然思い出したように声を上げた。



「そう言えば、レストリア公爵様のお屋敷ときたら、あの噂知ってるか?」

「噂?」



彼らの話に興味を引かれ、ユーリは浮かしかけた腰を落ち着ける。

酒が入った男は、声を潜めるでもなく、どこか楽しそうに笑みを浮かべた。



「公爵様の屋敷にある、東の角部屋のことさ。通称、開かずの部屋の話だよ」

「開かずの部屋ぁ!? 何だそりゃ、嘘くせぇな」

「まぁ、聞けって」



酔っ払いの特徴と言うか、男の話は様々な話題に飛びがちだった。

要領を得ない男の話を分かりやすく纏めるなら、それは良くある怪談話に近いものだ。


元々、レストリア領というのは王族直轄地であり、領主には王の親族が就任することが多いらしい。

そして、何代か前のレストリア領主というのが、王位継承権の争いに負け、半ば軟禁されるような形であの屋敷へと送られたそうだ。

彼は王位を諦めきれず、あらゆる魔術や呪いを狂ったように研究した。

しかし、その中で領主は魔力を暴走させ、屋敷の一室で事切れたのだという。



「それが、その開かずの部屋ってわけか?」

「おうよ、どの鍵使っても開かねぇし、今でも時々部屋の中から不気味な唸り声が聞こえてくるって話だ」

「ほーう、そのご領主様の怨霊が住み着いちまったのかね」



少し気味が悪そうに肩を震わせた相方に、話を持ちかけた男は内緒話をするかのように身を寄せる。



「つー、訳でよ。明日、公爵様のお屋敷に着いたら、その部屋見に行かねぇか?」

「なに言ってんだ、勝手にお屋敷の中を歩き回れるわけねぇだろうが」

「分かってるって、冗談言ってみただけだ。それよりよ、あの給仕の姉ちゃん、色っぺぇな!」



明らかに興味が従業員の女性に移った二人組みに、ユーリは今度こそ店を出るために席を立つ。

カウンターの向こうでグラスを洗う主人に声をかけ、料理の代金を皿の横に置いた。

店の扉を開けると、すっかりと日も暮れ、辺りは藍色に染まり天には星が瞬いている。

吹き抜けた風に身を震わせ、ユーリはローブをしっかりと体に巻きつけ、レストリア公の屋敷へ戻るために歩き出した。








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