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常闇の魔女  作者: 空色
第3章 忍び寄る影
27/80

5








王都を出てからの数日間を思い出していたフォルトは、視線を感じて隣を見下ろす。

いつの間にか自分を見ていたユーリは、鬱陶しそうに息を吐くと顔を顰めた。



「用がないなら戻りなよ。でかい図体で隣に立たれてると邪魔なんだけど」

「あ、いや、すまない。君に、その……礼を言おうと思っていたのだ」

「礼?」

「先日の、新人の失態についての件だ」

「……あぁ、あの事」



それだけでおおよその予想はついたのか、ユーリはやや呆れたような表情をして肩を竦めた。

数日前、新人従者達が体調を崩した。

理由は実に簡単で、毒性のあるキノコを口にしたためだった。


この遠征では、町に宿をとることもあれば、野営をすることもあった。

野営の際は、参加してているメンバー全員で寝床や食事や火の準備をする。

特に食事は集めてきた食材と、王都から持ってきた少ない食材を用いて作るため、限られた量しか各自の口に入らない。


何度も野営や遠征を経験している者達は慣れたものだが、新人従者達は違った。

ただでさえ長距離を移動して疲れているのに、その食事量では不満だったらしい。

こっそりと森の中から食べられそうな木の実やキノコを拾ってきたようだった。


彼らが広げる戦利品の中に、クズメダケによく似たキノコをみかけ、ユーリは顔を顰めた。

それはクズメダケモドキと言われる毒キノコで、死にはしないものの、食べると激しい嘔吐にみまわれるのだ。

ユーリは念のため注意を促したが、彼らは胡散臭い仮面の人物の言うことなど聞かなかったらしい。

その後、案の定激しく嘔吐し始めたのだ。


これから多量の魔力を使用する予定の魔導師に回復魔法を使わせるわけにもいかず、ユーリが嫌みを言いながらも彼らに解毒薬を処方してやったのだ。

おかげで彼女の他者からの評価は、胡散臭い仮面の人物から、不気味な薬師にランクアップしたようだった。



「別に。足止めくうのが煩わしかっただけだし」

「解毒薬に助けられたのは事実だ。それに、君の手を煩わせたこと、誠に申し訳ない」



ユーリは改めて礼と謝罪を述べるフォルトを暫く見つめていたが、やがて興味を失ったかのように視線を逸らした。

その直後、ユーリは腰元に衝撃を受け、僅かにたたらを踏んだ。

驚いて見下ろすと、最近見慣れた青緑の小さな頭が自分にへばりついていた。

王の精霊は勢いよく顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。



「ユ……、ルース様! 主様の天幕できました。遊びに来て下さい!」

「僕はそんなに暇じゃないんだけど」

「えー、来てくれないんですか? 寂しいです、悲しいです」



うるうると翠の瞳に涙を溜めて見上げてくるリリアージュに、ユーリの顔が引きつる。

暫く葛藤していたようだったが、がっくりと肩を落として息を吐いた。



「……もう少し準備したら行くって伝えといて」



彼女の言葉に、精霊の表情は一気に明るくなる。



「嬉しいです! 主様も喜びます!」



己の主に言伝するために駆けていく小さな背中を見送り、ユーリは就寝するのに不要なものを袋に詰める。

最後にローブを引っ張り出した所で手を止め、隣を見上げた。



「で、まだ何かあるわけ?」

「あー、そのだな……」



まだその場を動いていなかったフォルトは、どこか気まずそうな表情で目を逸らす。

暫く不自然に視線を彷徨わせていたが、決心したのか真っ直ぐにユーリを見つめた。



「ずっと思っていたことなのだが、君は、その……陛下の愛人なのか?」

「はあ!?」



想像だにしていなかったフォルトの言葉に、ユーリは目を見開いて固まった。

愛人という表現は失礼かとは思ったが、フェヴィリウスは魔力の継承を重んじる国である。

そのため、魔力のない女性は側妃の末席にすらなれない。

身分があればまた別なのだろうが、ユーリは市井の女性とのことだった。


長い歴史の中で、彼女のように身分が低く、魔力のない女性が王に愛されたこともある。

だが、やはり彼女達は王の系譜に名を連ねることは許されず、専ら愛人として扱われていた。

個室を与えられはしたが、妃として王に寄り添うことは叶わず、身の回りを世話する侍女として生きた女性もいたようだった。


現在、ユーリは客人として王城に招かれているが、ラズフィスとの会話からは親密な様子が伺えた。

そのため、思わず尋ねてしまったのだが、目の前のユーリが俯き、体を震わせたところで失敗したと顔を歪めた。

どうやら、彼女を傷付けてしまったらしい。


愛人などと言われて、喜ぶ女性はいないだろう。

よく同僚から、お前は鈍いだとか、女性の気持ちを分かっていないと言われていたのを思い出す。

何と声をかけるべきかと焦っていたフォルトだが、ユーリが突然吹き出したことで固まった。


そんなフォルトを尻目に、ユーリは腹を抱えて、耐えきれないとばかりに笑い出した。

笑い続けるユーリを、フォルトは困惑顔で見つめる。

ひとしきり笑ったユーリは、目尻に溜まった涙を拭うと彼に謝った。



「すみません、あなたが突拍子もない事を言うものだから、つい」

「……いえ、構いませんが」



口調や雰囲気が本来の彼女に戻っていたため、フォルトは思わず敬語で返す。

しかし、我に返った彼は瞬時に辺りの気配を探った。

彼女はルースとしてこの遠征に参加しているため、周りに知られると色々と面倒なことになる。

だが、都合の良いことに、二人の話し込んでいた付近に人は居なかったようで、フォルトは胸をなで下ろした。

その間にどうにか笑いを治めたらしいユーリは、やや声を振るわせながらも彼の疑問に答えてくれた。



「そうですね、端的に答えるなら否です」



気持ちを落ち着けるように大きく息を吐くと、ユーリは微笑みを浮かべながらフォルトをみつめた。



「陛下のあれは、言わば刷り込みのようなものだと思うんですよね」

「刷り込み……ですか?」

「えぇ。フォルト殿は、陛下が魔力を扱えるようになった経緯をご存知ですか?」



ユーリの問に、フォルトは素直に頷いた。

昔ある人物に自分は救われたのだと、ラズフィス自身から聞いたこともあれば、カーデュレンから『陛下の恩人』について聞かされたこともあった。

先日、それが目の前の女性であると聞かされて、驚愕したのは記憶に新しい。

ここ最近で最も自分を驚かせた張本人である彼女は、顎に手を当てて少し考える素振りをした。



「うーん、何と言うか……。自分の力を目覚めさせた私に対する恩というか、情というか。とにかく、恋や愛とは違うと思うんですよね。あえて言うなら、身内への親愛に近い気がします」

「……そうでしょうか」

「そうに決まってるじゃないですか。だって考えてもみて下さい。陛下には既にお美しく、愛らしい妃殿下方がいらっしゃるんですから。私のような平凡な人間に目移りする訳がありませんよ」



至宝や華に例えられる側妃達に、ユーリが実際に会ったことはない。

だが、美しいと有名な彼女達がラズフィスの隣に並び、お互いを慈しむ光景は大変絵になるだろう。


片や、自分は平凡な見目の村娘だ。

育て親の教育で妙な知識はもっているが、地位も確かな後見も持っていない。

それに、歴史に関わることを恐れる臆病者の自分は、彼の親愛の情にすら素直に答えられない。

ラズフィスに与えられるものなど、何一つ持っていないのだ。


今は久しぶりの再会で気分が高揚しているのだろうが、彼もじきに気づくはずだ。

こんな情すらまともに返せない女より、素直に自分を愛してくれる側妃を慈しむべきだということに。

そうすれば、自分も何の憂いもなく側を離れることができる。


暫く考え込んでいたユーリは、不意に手を引かれて傍らを見下ろした。

いつの間にか戻って来ていた精霊が、不満顔でユーリを見上げ文句を言った。



「ルース様、リリア待ちくたびれました。お話まだ終わらないんですか? あんまり待たせると、主様が拗ねちゃいますよ」

「お待たせしてごめんなさい。準備は終わってますから、すぐ行きます」



可愛らしく頬を膨らませるリリアージュに苦笑し、ユーリは黙って立っていたフォルトを振り返った。



「それでは、フォルト殿、お休みなさい。次に天幕を出たとき、私はルースですので今のうちに言っておきますね」

「はい、貴女も良い夢を」



ユーリが精霊に手を引かれ、天幕に入っていくのを見送って、フォルトは入り口の前に立つ。

陛下の護衛でもある自分は、王の天幕の警護も仕事のうちだ。

遠巻きにこちらの様子を窺っていた一団に一瞥をくれると、慌てたように就寝の準備を再開した。


その様子を見つめながら、フォルトは溜め息をつく。

遠征を始めてから、陛下が仮面の薬師を殊の外気遣っているのは周知の事実である。

彼らが気にするのも、無理はない。


一部の人間は二人のことを邪推しているようだが、毎晩天幕の中で行われているのは他愛のないお茶会だ。

今日も穏やかな話し声が聞こえてくるだけで、色めいた雰囲気は一切感じられない。


しかし、と一人になったフォルトは考える。

王が彼女へと向ける情は、本当にただの親愛なのだろうかと。

確かに、そういった気持ちもあるだろうが、フォルトはそれだけで片付く感情とは到底思えなかった。


自分が彼の護衛となった時から、ラズフィスはただ一人の人間を捜し続けていた。

王となった頃には表立って彼女を捜索することはなくなったが、それでも密かに諦めていなかったことを知っている。

何せ、王の命で魔女の末裔に関する資料を事細かに作成させていたのは自分なのだ。

身内に向ける親愛の情としては、強すぎる執着ではないだろうか。


それに、フォルトはユーリと顔合わせをした後、何度か客間に通う王の供をしたことがある。

その時のラズフィスの様子に、彼は心底驚いた。


客室まで向かう道のりの中、まるで焦れているかのように、普段に比べてその歩調が速い。

そうして、客室が近づくにつれ、それは穏やかな足取りへと変わる。

室内に通され、ユーリの顔を見た瞬間に安堵の息を吐き、ラズフィスは笑みを浮かべるのだ。


同じように、フォルトは警護の一環として、王が後宮へと赴く際に入り口まで従うことも多々あった。

そんな時、ラズフィスの足取りは、執務室へ向かうのと大差ない。

彼は大抵、執務中と同じような王としての表情で後宮の中へと入っていく。

フォルトはそのまま後宮の入り口で待機しているのだが、夜更けに出てくる王は少し疲れた顔をしている。

そして、そのまま自分の部屋へと戻ると、残りの執務を片付けて就寝するのだ。

いくら自分が鈍いと言われようとも、その差に気付かないわけがない。


だが、天幕の中に漂う雰囲気に欲めいたものはなく、時折精霊の笑い声と穏やかな声が漏れるだけだ。

暫らくすれば、文字通り完璧に仮面を貼り付けたユーリが天幕から出てくるのだろう。

彼女は決して王とは同衾せず、調査団とは少し離れた場所で眠るのだ。


それならば、やはり彼らの間にあるのは、親愛に他ならないのだろうか。

だが、ラズフィスのユーリに対する態度は、身内であるクリスティーナに対する時とも微妙に異なる気がするのだ。


王と彼女の関係に考えを巡らせていたフォルトは、やがて軽く頭を振ると気持ちを切り替えた。

いくら自分が悩んだところで、男女の仲に疎い己が理解できるはずもない。

今は王の天幕を護ることに集中するため、フォルトは姿勢を正して前を見据えた。









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