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それから間もなく、一団は調査を依頼した領主の屋敷にたどり着いた。
門前では屋敷の主である領主と、先に現地入りしていたカーデュレンがラズフィスを出迎える。
調査団は明日一日を休息にあて、その後問題の水源に向かうことになっていた。
個室を用意するというカーデュレンの申し出を丁寧に断り、ユーリは他の調査団の面々同様に開放された広間に入った。
部屋の隅に陣取ると、寝具を取り出して早々に横になる。
自由行動の取れる間に、ユーリにはやっておきたいことがあった。
時間を無駄にしないためにも、明日は朝早くから行動する予定だ。
意識的に周りの喧騒を遮断すると、ユーリは静かに目を瞑った。
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翌朝、起き出したユーリは、地べたに転がる男達を避けつつ広間を抜け出した。
軽く身支度を整えると、食堂へと向かう。
朝も早いため、あまり期待していなかったのだが、厨房ではすでに料理人が動き出していた。
迷惑を承知で食材を恵んでもらえるかと尋ねると、ありがたいことにバゲットとサラダを提供してくれた。
それを素早く胃に納めてから、ユーリは正面玄関に向かって歩みを進める。
豪奢なエントランスを抜け、正門前にある小屋の前で足を止めた。
小屋の前に立つ兵に、王の調査団の証である記章を見せると、小屋の中へと通される。
中には転移用の魔方陣が敷かれ、淡い光りを放っていた。
その両端の簡易装置には魔石が設置され、常に魔力を放出している。
この、魔石を使った転移装置は改良され、近年では様々な都市で設置が進められていた。
ユーリの住処があるような田舎では、滅多に見かけることはないが、いずれ重要な移動手段となるだろう。
魔導師の使用する転移魔方陣と異なり、石の魔力を利用する擬似魔法では、決まった場所にしか行けず、しかも移動できる距離は短い。
だが、逆にユーリのような魔力のない一般人も使用できるという利点がある。
ちなみに、この魔方陣は近くの街に繋がっているのだそうだ。
(今から回れば、昼過ぎには戻れるかな)
頭の中で計画を立てながら、ユーリは魔方陣の上に立つ。
小屋の中を眩い閃光が走り、彼女の体を飲み込んだ。
浮遊感と供に、強い力で引っ張られる感覚があり、一瞬の空白の後両足が地面を踏みしめる。
ゆっくりと目を開けると、そこは既に街の関所前だ。
街の兵士には、領主から預かっている通行許可証を見せる。
彼らはユーリの仮面を気味悪そうに見ながらも、街の中へと通してくれた。
少し歩みを進めてから、ユーリは周りを見渡し、物陰に身を隠す。
素早く仮面を外し、髪を解いてローブのフードを外した。
再び歩き出した彼女は、どこにでもいる普通の娘だ。
別に、ルースのままで買い物をしても良かったのだが、今日の最大の目的である場所ではあまりにも浮いてしまう。
できることなら目立つことは避けたいし、今日は取引があるわけでもない。
ただの買い物なら、女性である方が商品をまけてくれる事もありお得だ。
周りの店を確認しながら歩いていると、まず一つ目の目的を果たせそうな店を見つけた。
開いたばかりの店先では、従業員と思われる女性が掃き掃除をしている。
挨拶をしながら近づくと、軒先には瑞々しい葉をつけた植物が並んでいた。
「あの、こちらは種も売ってますか?」
「ええ、中にたくさんおいてありますよ。どうぞ御覧になってください」
店員の言葉に、ユーリは思わず笑みを浮かべる。
頻繁に来ることはない西部なので、できることなら特有の野菜や薬草の種を買っていきたかったのだ。
本当は苗の方が育てやすいのだが、家の畑に植える前に枯らしてしまっては元も子もない。
現状では、自分は王城に軟禁状態で、自宅にいつ戻れるかも分からず、保存の魔法にも限度がある。
王妹誘拐事件は殆ど収束しているだろうに、どういう訳か未だに帰宅の許可はおりていない。
思わず溜め息をついたユーリだったが、首を振って気持ちを切り替えると、陳列された宝の山に真剣に向き直った。
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植物の種や、魔法薬の材料を買い揃えたユーリは、最大の目的にして最難の買い物に頭を悩ませていた。
硝子ケースに可愛らしく飾り付けられた品々を眺めるが、やがて諦めたように溜め息をつく。
今日のこの日まで、薄暗い森の中、植物と獣に囲まれ、実験ばかり行っていた日々のつけが回ってくるとは思いもしなかった。
(女性の一般的な好みが分からないなんて、不覚だった)
自分ならば貴重な植物や、一角獣の角等をもらったら小躍りして喜ぶだろうが、世の女性はそうはいくまい。
綺麗な布や装飾品を好むだろうことは分かるが、相手は恐らく一流の品々を身に着けているはずだ。
ユーリは誘拐事件前に薬を売っていたため、それなりの資金は持っているが、それで購入できる品物などたかが知れている。
そうなると、あとは趣味の良い小物くらいしか選択肢がないのだが、あいにく自分は可愛らしい小物など買ったことがない。
殆ど森からも出なかったため、女友達が居るわけもなく、現在の流行すら疎いのだ。
ここが往来でなければ、頭を抱えて唸っていたかもしれない。
恨めしげにケース内の煌びやかな小物を睨みつけてから、次の店へ移動しようとした時、突然背後から声を掛けられた。
「よう、お嬢ちゃん。不景気な面してどうしたよ」
「あんた、見かけない顔だな。旅人か? 暇なら俺らにちょっとつき合ってくれよ」
あまりにもお決まりの台詞に、眉根に皺が寄ったが無視して店の前を離れる。
ガラも頭も悪い人間と関わりあうのは時間の無駄だ。
なにせ、自分には今日一日しか自由になる時間がないのだから。
浮いても良いから仮面を着けておくべきだったかと軽く後悔していると、乱暴な力で肩を掴まれた。
不機嫌な表情を隠さないまま振り返ると、下卑た笑みを浮かべた男が二人、自分を見下ろしている。
「残念ですが、暇ではないので他をあたってください」
肩に乗せられた手を叩き落とすと、踵を返して歩き出した。
それでも諦めの悪い男達は、ユーリの後を付いてくる。
「おいおい、ちょっとくらいいいじゃねーか」
「無視すんなよ」
「うるさいな。邪魔だって言ってるんですよ、そこまで頭悪いんですか?」
鬱陶しい気持ちをそのまま声色にのせ、吐き捨てるように言葉にする。
恐らく、彼らはその挑発に乗り、激昂するだろう。
面倒ではあるが、彼らが追いかけてきたら適当に撒いて、その後ゆっくりと買い物に戻ることにする。
少し時間を無駄にするが、頭の残念な連中につきまとわれるよりはましだ。
案の定、馬鹿にされたことに腹を立て、男は突然怒鳴りだした。
「このヤロウ、こっちが下手にでりゃあ付け上がりやがって」
「おい、待てっつてんだろーが!」
腕を掴まれ、強制的に歩みを止められる。
振り返ったユーリが足に魔力を集め、術を発動させようとした瞬間、背後から伸びた腕が男の手を振り払った。
思いもしなかった介入に唖然としている間に、腹部に腕が回され、後ろに引き寄せられる。
抱きとめられるのと同時に香ったのは、最近嗅ぎ慣れた上品な香の匂いだ。
「私の連れに何か用か?」
低く落ち着いた声が頭上から響き、ユーリは思わず彼を見上げる。
整った顔立ちの人間が凄むと、迫力があるというのは本当のことらしい。
おまけに、彼の腰には飾り物ではない剣が下がっている。
目の前の小物風情が太刀打ちできる人物ではないだろう。
予想にたがわず、二人組みの男達は罵声を投げながら逃げていった。
彼らの背中を呆れながら眺めていると、頭上で思い切り溜め息をつかれる。
再び顔を上げると、黒の瞳が自分を呆れたように見下ろしていた。
よくよく見てみれば、髪の色も黒一色に染まっている。
だが、顔立ちはどう見ても、ユーリの知る人物そのものだ。
「あなた、一体こんな所でなにをしているんです?」
自分が訝しげに眉を潜めてしまったとしても、それは仕方のないことだろう。
本来ならば、彼はこんな風に街中に平然と立っていてよい存在ではない。
自分を腕に抱いたまま、小首をかしげる男は器用に片眉を跳ね上げた。
それすらも、絵になるのだから憎らしい。
色合いこそ違えど、ユーリの背後に佇むのは、この国の頂点に座する国王陛下その人だった。




