第四話 絶対絶命
絶対絶命
カーテンが開きかけた瞬間、その手が動きを止めた。
その男は誰かに話しかけられていた。
「あの、今そこに落とされたものって、オタク様のものではないですか?」
「えっ、どれです?」
「あそこに落ちているのですが?」
男はカーテンから手を離し、声を掛けた人の言われるように廊下まで戻っていった。
危機一髪、潜入した神楽は、男が隠れ蓑にしていた病室から抜け出ることに成功したのであった。
「おばちゃんよ、これは俺んじゃねえよ」
男はそう言って声をかけた清掃員をチラッと見やり、病室に戻って行った。
そんなやり取りをしていた婦人を横目で見ながらオッケーサインを出して、神楽は無事生還したのであった。
動向
午後六時を回りことは動き始めた。
「ブゥーブゥー」とメール着信用のバイブが反応した。
病室に戻っていた私はスマホで内容を確認した。
神楽から写真が送信されてきたのだ。
更にバイブがありメッセージが届いた。
写真にはアルミケースの中に注射と小瓶に入った白濁色の液体が写っていた。その小瓶にはラベルが貼られており『UD4』と書かれていた。
「UD4? 何?」
直様スマホで検索するも、何の手がかりも見当たらず、この殺人計画は素人の単なる怨恨によるものではなく、裏側にただならぬ組織が関与する、そんな予感が私の脳裏をよぎった。
私はUD4と書かれた液体薬品の製造元と薬品成分を知ることが、この殺人計画の黒幕にいち早く辿り着くことができる方法と直感した。
しかしこの薬品は、ネット検索で見つかるような代物でないことは調べ始めてすぐに理解できた。
薬品の実態が掴めずとも、この薬品の製造元については、写真に写り込んだアルミケース中の注射器や小瓶が納められる緩衝材が特注加工であること、また蓋裏に貼られた波形スポンジ或いはアルミケース開閉用のヒンジの特徴からアルミケースの受注業者を特定することで、芋づる式にこの殺人予告騒動の元凶に辿り着くことができると明鏡は考えたのだった。
必ず悪は暴かれると。
協力依頼
この殺人予告の調査協力を、R産業監査部の小林くんとシリウス監査法人の元上司である鬼怒川霧香さんに依頼することにしようか。
ミステリー作家である私を信奉する情報収集に長けた小林くんには、このアルミケースの製造販売業者とクライアントを特定するアプローチのルートを。
もう一つは、大手監査法人シリウスの医療機関・製薬会社専門チームが持つ情報を手に入れられる立場にあるパートナー職の霧香さんに、医療器具メーカー毎に取引する器具ケース製作業者と、医療器具セットを納入する取引先の製薬会社を洗い出してもらうルートであった。
この二つのルートで調査した結果を重ね合わせれば、殺人計画の黒幕と取り巻きの全体が浮かび上がる筈であると考えたのであった。
午後六時過ぎ、私は両名への電話による依頼を避け、写真を添付した依頼メールを送信することにした。
その訳は、病院内のどこに殺人計画の関係者が潜んでいるか掴めないことへの警戒によるものであった。
連絡
私は会長自身に明日深夜に起こるだろう暗殺行動について、直接本人に伝えるかどうかを迷ったが、身の安全を確保するため状況を説明すべきと考えがまとまり、以前何度かかけたことのある携帯番号に入電した。
「あっ、朱鷺谷と申します。一之瀬会長さんの携帯で良かったですか?」
「……ああ、儂じゃ、一之瀬じゃ。明鏡……くんか?」
「はい、そうです」
「儂が知らん間に、お前さん、アドバイザー辞めとったんだな。社長からは、君がR産業のホールディングス化へのスキーム提出と、社内の対社長勢力の一掃を持ってミンタカ監査法人に戻りたいとの意向があったと聞いておってな。じゃから儂は社長に契約継続の可否を任せたんじゃ」
ん? ということは、すべて社長の策略だったのか。想定外の見事な幕引きを演出してくれたものだ。
「会長がてっきり契約を打ち切ったものかと」
「いずれにせよすまないことをした」
「いいえ。確かに会社にとってできることはすべてやり尽くした感はありましたし、私も潮時だったのでしょう」
「今は監査業務に戻っとるのか?」
そうか。社長は当然知らないか。
「実はSケ崎総合病院に入院していまして……」
「ああ?……儂もそこに入院しとるぞ」
「ええ、知っております」
「はて、どうして知っとるんじゃ?」
「R産業の同僚から聞いていました。よかったらカーテン開けていただくと、向かいの病棟の一つ上の階に窓越しに携帯している男性が見えませんか?」
「……おお、あれはお前さんなのか?」
「ええ。驚かれたでしょう? それで唐突ですが、お聞きしたいことが……」
「何だね?」
「ええ。会長の周りで最近トラブルなどが起きているとか、不穏な動きを感じるとか、何ですが……」
「ハッキリ言いたまえ」
「そうですね。実は会長の命を狙っているものが、患者に扮してこの病院に潜伏しているようなんです」
「何だって?」
「このことを知ったのも、今日の昼間に殺人計画の話を聞いたと言うものがいまして、これを辿って行くと、会長が明日の丑三つ時に襲われることになるのです」
「……まさか……儂の命を狙う意図が見えん」
「だとしても、魔の手は迫っています。本当なら警察にすべてを委ねたいのですが……」
「警察ではダメなのか?」
「そうは言いませんが、もし警察官が警備体制を敷いたら、少なくともその期間の会長の安全は保証されるのでしょう。
しかしながら、今後はいつどんな形で暗殺を実行するか読めない状態に陥り、いつ訪れるか分からない不安に苛まれることになるでしょう」
「つまり、お前さんがこの犯行を止めると言うのだな?」
「まあ、そうなるのでしょうか?」
「お前さんはそんな危険を犯してまでやると言うんか?」
「となりますね」
「何がそこまでお前さんを駆り立てるんじゃ?」
「ただ……」
「ただ、なんじゃ?」
「ただ、私に刃を突きつける刺客からの果し状ではないかと思えてならないのです」
「どういう……ことかな?」
「実は私はアドバイザー契約が終了となったあの日、帰宅途中に何者かから背中を押され、地下鉄への階段を転げ落ちました。階段の上で私を笑っているように見えた人物のシルエットを目撃しました。その去り際の仕草から犯人に心当たりを感じました。ただ、その人物がなぜ私を狙ったのかが分からないのです」
「一体誰だね、その男とは?」
「……それはまだ、お話できません。昔から恨みごとは沢山買っている身でありますから、まだ憶測の域は超えていませんから……」
明鏡は突然、何か例えようのない強い違和感を覚え、咄嗟に曖昧な返答をしたのだ。
「そうか……では話を戻すが、儂の命を狙う者、予告者Xとしよう。そのXをどうやって確保するつもりじゃ?」
「その話ですが、そちらにお邪魔してお話したいのですが、今からでも宜しいですか?」
「勿論じゃ」
「ではそちらにこれから伺います」
——君への果し状は届いていたんだね。この後がとても楽しみだよ。フフフ——




