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標的   作者: 三ツ沢中町
第一章 暗殺夜行
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第二話 談話エリアの殺人予告

 談話エリアの殺人予告

 

「……これを点滴剤に打ち込むだけでいい」

「これか……それだけでいいんだな?」

「ああ、それだけだ」

「で、いつ、やっちまうんだ?」

「明日の丑三つ時だ」

「ははっ、草木も眠るってやつか?」

「ああ、そうなる深夜二時半だ」

「当然、院内の見回り時間は外してあるんだろうな?」

「もちろん外している。標的(ターゲット)は特別室三三〇号のご老人だ」

「……一之瀬富士男、だろ?」

 こいつ!

「お前、どこまで調べた?」 

「まあ、なんつうか……相手を知ってからやるのがイズムだからな」

 余計なことを。

「そうか。なら他言は無用だ」

「わかってるさ」

「ならいい」

「ところで、報酬二〇〇〇万は大丈夫何だろうな?」

「もちろんだ。死亡が確認され次第、指定口座に振り込む手筈だ」

「了解した」

「失敗は許されんぞ、わかってるな」

「あゝ任せろ」

 

 

 一時間後の談話エリア

 

 

「あの自販機まで押してもらえたら、後は自分で部屋まで戻りますから……」

 私は検査室から病室に戻る途中、車椅子を談話エリアにある自販機前で止めてもらい、冷たいブラック缶珈琲を一本購入した。車椅子を自走しながら人通りの邪魔にならない窓際まで移動し、窓から望める景色を見ながら珈琲を飲みだしたその傍で、立ち話をしている二人の清掃員の奇妙な会話が漏れ聞こえてきた。


「明日の丑三つ時、特別室の老人が殺される」そう察しをつけた私は、この殺人予告話を看過できぬ代物と肌で直感した。

 そして詳細を尋ねようと車椅子を反転させた視線のその先に、先程までいたはずの清掃員らの姿はなかった。

 

 四〇一号室の面々

 

「おう、車椅子の兄ちゃん! どうだってい?」

「右足のこと……ですか?」

「おうよ!」

「……そうですね、レントゲン技師さん曰く、複雑骨折していた右足首が完治し、歩けるまで回復するには、まだ時間がかかるとのことでした」

「そうけえ。兄ちゃんよ、人生はまだ長げーんだから、慌てることはねぇよ」

「はぁ、お言葉どうも……」

 この病室には、私が入る前から仕切り屋でお節介をイズムにしている高齢者が一人いる。

 私は話し方が()()()()()調で、粋の良い割り切りをして見せるこのオヤジを、敬意を込めて「親方」と読んでいるが、確か部屋の表札から「小江戸甚平」と記憶している。

 怪我についても庭の植木剪定で脚立から転落ち、鎖骨と右上腕を骨折、加えて腰椎の圧迫骨折で入院しているんだと見舞いに来た人に話していたのを思い出した。

 この部屋には、もう一人患者がいた。

 その親方でも声をかけ難そうな協調性に欠いたこの男は、いつ見ても目付きの鋭い顔つきをしていた。

 私にしても彼が数日前の夜半にこの部屋に運ばれてきたこと以外何も知らず、挨拶さえまともに交わしてはいなかった。

 私を含めた患者三名がこの病室の面々であり、窓際の一角のベッドを私は占拠していた。

 


 奇妙な会話

  

 

「失礼します! 只今から清掃に入ります」

 清掃員のおばちゃんがいつもの挨拶をして部屋に入ってきたようだが、ひょいと時計を見やるとまだ三時ではないか。この部屋には決まって毎朝八時十分と毎夕五時十分に清掃が入るのだが、いつもの聞き慣れたおばちゃんの声とは違うことには気づいた。そしてその声は部屋に入るや否や隣の()()のところで小声に変わり、何やら話し込んでいるようだ。


「あんた。ちょっと良いかい。聞いとくれよ。今朝ね、二階の談話エリアの掃除をしている時に、えらいこと聞いちゃったのよ」

「またえれえことって何かね?」

「入院患者のその男が明日の丑三つ時に三三〇号室の患者さんの点滴に毒を盛るって話らしいのよ」

「……そりゃ、聞き間違いじゃなけりゃ、何とかせにゃなるまいな……」

 私は何とも聞き覚えがある話に声をかけた。

「あのぅ……親方! その話、もう少し詳しく聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「おっ、兄ちゃんか……開けていいぞ!」

 それで、仕切りカーテンを「シャッ」と開けた。

「どうも、盗み聴きするつもりではなかったんですが、お話が気になりまして……」

「そりゃ奇妙な話で悪かったな」

「あっ、いいえ。ところで……」

 親方と話していた人は、先ほど奇妙な会話をしていた清掃のおばちゃんであった。

「わしの女房だ。ここで働いとるんじゃ」

「どうも、はじめまして。主人がお世話になっています」

「いいえ、私の方こそいつも気にかけてもらってます……ところで……三三〇号室の話ですが、どちらでその話を?」

「ええ……二階の確か……あそこは二〇三号室の前にある談話エリアで、その部屋の患者さんだと思うんですが、黒のスーツにサングラスをした見るからに怖そうな男性から指示を受けていたみたいでした」

「その二〇三号の患者の顔、覚えてますか?」

「ハッキリと覚えてはいないがね、痩せ型で太い黒縁のメガネにマスクして……そうそう、なぜかスリッパでなく黒いスニーカー履いていた。ほれ、白の三本筋の入った……」

「アディダス?」

「あぁ、それそれ」

「他に何か特徴はなかったですか?」

「……そうだ。左手の指に刺青みたいなの見えたわ」

「わかりました。ありがとうございました」

「ところで……お宅さんて、警察の方かしら?」

「あっいえ、残念ながら……あの?」

「はい?」

「その三三〇号室は……特別室では?」

「ええ、特別室よ。この病院には特別室が三室あって、三三〇号室はその中でもビップ用の部屋になっていて、普通の患者は入れないのよ」

「どういうことですか?」

「私も詳しくは知らないがね、政財界のお偉い様の専用室扱いになってる見たいよ。扉を開けた先は更に患者専用室と応接室に分かれていてそれぞれに中扉があるのよ」

「病室にしては確かに特別感ありますね……では、親方婦人!」

「……あっ、私のことかい?」

「はい。その特別室の患者って、もしかしたらR産業の会長では?」

「あら、どこから聞いたの? よくご存知ね。そうよ、でもどうして?」

「ええ。知り合いから会長の入院のことを聞いていまして……」

「あの会長さんとも知り合いなのかい?」

「ええ、まぁ微妙な間柄ってなとこですが」

「なら、余計に何とかしなきゃならないわね!」

「そうじゃな! そんなら話は早い。儂らでその会長さん助けたろうじゃないか?」

「あんた! そうは言ってもどうやって?」

「……」

「それなら私にちょっとした考えがあります。ただし、犯行は丑三つ時ですから、皆さんが院内を動き廻るのは、少々無理があると思うので、事前調査や裏方をお願いしたいのですが……」

「いったい何をしたらいいのかしら?」

「ご婦人には、二〇三号室の予告者(仮)がトイレに行ったその隙を見計らって、ベッド周辺の様子や荷物の中身を写真に収めてきてもらえないでしょうか?」

「おいおい、それは女房が危なきゃねえか?」

「その点はご安心下さい。私の有能な助手がサポート致しますので」

「なら母ちゃんは、その有能な助手が守ってくれる訳だな」

「その通りです。そして仕掛る時間は三時半から夕食の時間を挟んだ六時三十分までとします。全体を通しての活動時間を考えればここがリミットでしょう」

「分かりました。いや、何か分からんけどやりましょう」

「ご婦人と親方の連絡先頂いてもいいですか?」

 親方が妻の電話番号を表示させたスマホを見せてくれた。そして、自分の電話番号を空で言いだした。

 

「そんじゃ儂は、いったい何をしたらいいんじゃ?」

「……それでは親方には、この病室からあそこに見える非常階段と三階のあの辺りの窓付近を、スマホで動画を撮りながら見張っていてもらえないでしょうか?」

 と窓下に見える中庭に面した入院病棟壁面を指差しながら、そんなお願いをしたのだ。

「それだけでいいのか?」

「はい、それだけで十分な役割を担ってもらえます。予告者Xが犯行に及ぶまでの侵入経路、或いは犯行後の逃走経路が病院の非常用外階段にあった場合に、Xの確保の一助になったり、事件の全容を補完する情報になるやも知れないからです」

「わかった。……でもよ、その特別室の方はお前さん一人で大丈夫なんかい?」

「そこは任せてください」

 私は一旦話を閉じた。

 

 

——朱鷺谷明鏡、警察のまねごとでもしているのか? 取り留めた命を粗末に扱ってる場合じゃないぞ……フフッ——

 

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