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第23話 井上丈太郎からの返信

「いきなり代理人からの回答とは恐れ入った。告訴するつもりか。勝手にしろ。世間に知られて困るのは貴様らの方だ。何をもって事実無根とするのか。堂本はしらを切るつもりか。こちらは東京の奥多摩にいる元妻が、入院中の娘から明確な情報を得ている。再度伝える。当方の訴えは前回主張した通りで一分の変更もない。謝罪をするつもりがないのなら、もう容赦はしない。全国で人気の高い堂本聡志の醜聞が発覚するのは、もはや時間の問題だ。覚悟しておけ」

 追記として、恭子の入院先の病院名と元妻の現住所がこれ見よがしに記載されていた。


 野口は聡志に連絡を入れ、翌日の午前十一時に法律事務所で打ち合わせを行うことになった。聡志は届いた文書を確認し終えるまで、短い文面なのに長い時間を要した。

「先生、やっと読めました。前回もそうでしたけど、それにしても読みにくい字ですね。井上氏は気が弱くて、相当興奮しながら書いているのではないでしょうか」

 時間がかかった理由をすべて井上の悪筆のせいにして野口に文書を戻した。聡志にしてみれば、一度で読み流せる内容ではない。不愉快だが、二度、三度と繰り返して読むことで時間がかかっていた。

「たしかに、こんな文章は冷静には書けないでしょう。向こうにも代理人がいれば、パソコンで作成した文書を送ってくるのが常識なんですけどね」

 聡志には、その話題はもう十分だった。

「失礼しました。本題の方をよろしくお願いします」

「では、始めますよ。堂本さん、井上氏は前回にも増して強気に出てると思いませんか?しかしね、これではマスコミに言っても取り合われないと思いますよ」

 野口は椅子の背もたれに深く寄りかかりながら、自信ありげな顔をした。

「先生、私もそう思いたいです。だけど、本当にマスコミは相手にしないでしょうか?」

「ええ、しないと思いますよ。ここに書いてあるのは感情的な事柄のみですから。元妻が娘から情報を得たという単なる伝聞を主張しているだけで、あなたが彼の娘さんを脅したという具体的な証拠は何一つ示されていません。いくらマスコミが飛びつきたくなるスキャンダルだとしても、よく調べずに嘘八百を並べ立てるのは躊躇するはずです。彼らにしたって、名誉毀損で損害賠償請求されるのは、たまったもんじゃないですからね。それに、こういうガセネタは世の中にごまんとあるのです」

 野口は事もなげに言った。当事者の聡志からすれば、理屈は分かっても頭から不安が消えることはない。文言の一つ一つが気にかかる。

「それはそうと、最後に書かれている病院名と現住所は、何を意味しているのでしょうか。それを読んだ時からずっと気になっています」

「そうですね、一回目の脅迫状には書いてなかったですからね。支払いに応じなければ、既成事実を少しずつ示して圧力をかけようという魂胆なのかもしれません。でも、本件はそれとは多少違うような気もしています。入院先や現住所が意外と別の意味を持っているのかも……。たとえそうであったとしても、こちらには痛くも痒くもない情報なんですけどね。そもそも、あなたは恭子さんを脅すような真似をしてないんですから」

 そこまでは自信満々だった。一呼吸おいて、彼なりの疑念を示した。

「ところで、これまで届いた文面から受けた印象では、差出人の井上丈太郎氏は、あなたから大金を奪うこと自体をそれほど重要視していないように思うのです」

「そうなんでしょうか。先生、それでは何を?私を怖がらせて、何らかの恨みを晴らそうとでも?」

「いえいえ、複雑な怨恨とかではなくて、もっと単純なことです。一言で言えば、脅迫状に書かれている謝罪そのものです。娘さんがあなたに指定された野球の試合を観戦し、あなたがヒットを打てば嫌でもデートをしなければならない、という父親からすれば絶対に許せない約束。あなたはそれを否定するけれど、彼は別れた奥さんから真実だと信じ込まされているわけでしょう。私には、約束の破棄を含む謝罪の方がよほど重要なのでは、という気がしてなりません。あくまでも勘ですけどね。私にも娘が一人いますから」

 堅物の野口が初めて家族の話をした。いつもの濃紺のスーツとシルクのタイが優しげに見える。

「先生、それではなぜあんな高額な請求をしてきたのでしょうか」

「そうですね、実際にその金額を求めているのではなくて、ことの大きさを訴えたかったのだと思います。その辺のところは断定できません」

 聡志は郵便一式のコピーを、爆弾に触れるようなしぐさで受け取って、事務所を辞去した。


 その夜は恭子の入院先と奥多摩の現住所をメモして感情が高ぶり、なかなか寝付けなかった。どこにも見えなかった恭子の姿が、おぼろげながら視界に浮かんだ。病気の原因は分からないにせよ、恭子はうつ病を治療する病院のベッドの上にいるのだ。


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