第70話 旅の仲間
もしも世界を変えられるならどんな世界を望むだろう。
争いの無い平和な世界?
それとも血塗られた混沌とした世界?
普通ならば、自分に都合のよい世界を目指すだろう。
それは利己的で、独善的で、自己中心的。思想として語れば、間違いなく批判の対象になることだろう。
しかし、そういった願いや望みを誰が裁けようか。世界を変えるほどの力を持った者に誰が敵うだろうか。それに、世界が変わってしまうのだ。その世界に生きる者たちは世界を疑ったりしないだろう。変化したことこそがその世界の起源であり、起源より以前は無い。変化を比較する対象が無いのである。だから誰も疑わない。
彼女もまた、変化を望んだ者の一人だった。そして彼女には、その願望を実現させるだけの力があった。
小さな彼女はささやかな願いを叶えるために大きな過ちを犯した。
そして今も、彼女は過ちを犯し続けている。
***
「兄さん」
リリアの声に呼び止められ、ウェスは振り返った。列車を待つ多くの人々の中に彼は居た。現在鉄道は、街を脱出した人々のために無償で解放されている。乗客は避難していた人々が大半を占めているが、これを機にという者も少なくはなく、車両内はつねに満席状態であった。
「一人で行くつもりですか?」
「着いてくるつもりか?」
「はい」
ウェスは苦笑したが、すぐに表情を戻した。
「どうもな、こいつは一筋縄じゃいかない臭いがするんだ」
ただ連れ戻せばいい。それだけならウェスは妹の同行を快く了承しただろう。しかし、どうも近頃の予期せぬ出来事はクルリに通じているきらいがあった。きっとそれはウェスの関知できる枠の外でも起きていることなのだろう。クルリを見つけさえすれば、もっと対策はとりやすいのだろうが、現在彼女の行方は不明。手がかりはイドから得た情報のみ。そもそもが胡散臭いのだ。
「お前には家に居て欲しいんだがな」
「長期の家出息子が家の心配ですか?」
リリアの言葉には棘どころか鋭い刃物がついていた。
「私は家族皆が揃ってる家に帰りたいんです。せっかく兄さんやクルリさんが来て賑やかになったのに、二人ともどこかへ行ってしまうなんて…」
「まぁ、事情が事情だからな」
「…兄さんは放っておいたらまた居なくなっちゃいそうなんです!」
「居なくなる…か…」
「一筋縄でいかないなら、私がもう一本縄を投げますから」
リリアの強い訴え。
それはウェスにしかと届いた。
「…ああ、それじゃあ頼む」
「え?」
リリアは間抜けな顔になった。
「なんだよその顔は」
「い、いえ、兄さんのことだからあれこれ理屈を並べて一人で行こうとするかと思っていたので。なんだか拍子抜けというか…」
「断ってほしかったのか?」
「そ、そんなこと!」
「俺は、確実にクルリを連れ戻したい。そのためには一人じゃだめなんだ。だから俺は…、…こんな言い方はお前に悪いかもしれないが、なんだって利用するつもりだ」
「いいえ、いいんです。思いっきり私を利用してください」
リリアは柔らかく微笑んで見せた。
「ああ、でもクルリさんはいいですね。兄さんにこんなに思ってもらえて…」
「………。なに言ってるんだ。お前だって大切な家族なんだぞ」
「………、…はい。そうですよね!」
その笑顔はなんだか作り物のように見えた。
ちょうどそのとき列車が入ってくる。
「それじゃあ乗りましょうか」
「ああ」
二人は列車に乗り込んだ。乗車した車両はあっという間に満席になり、行き場の無い人々がうろうろしている。二人も中を歩き、適当に空いている席を探すが、なかなか見つからない。席にも通路にも人が溢れ返っていた。復旧作業で人の出入りは満席なのは予想していたが、まさかこれほどまでとは考えていなかった。二人は立ちでの移動を決め、できるだけ楽な場所を探し始める。
「お、ここ空いとるで!」
ふと呼び止める声を聞いて二人がそちらを向くと。
「トトラ! と、シェーラか!?」
トトラとシェーラが二人仲良さげに(というほどではなさそうだが)並んで座っていた。
「どういう組み合わせですか?」
リリアが尋ねると。
「二人旅や」「方向が一緒なだけよ」
と、バラバラのことを答える。
そっぽを向いているシェーラを見ながら、「合わへんなぁ」と、トトラは呟き、言葉を続けた。
「まぁ、ワイはこの国を見て回ろ思てな。商人の街は…、まぁ、いつでもええし」
「私は逃げるだけよ。王宮魔術士にもバレたし。まぁ、王宮魔術士が私みたいな小物を狙うとも思えないけど、居心地悪いじゃない?」
「私も王宮魔術士なんですけど…。兄さん、この女捕まえますか?」
「いや、やめておこう。そういう約束だからな」
リリアが怪訝な表情を浮かべる。
「約束?」
「ああ、一旦仲間になる代わりに、もう手出しはしないってな」
「それであの時一緒に戦ってたんですか」
リリアは納得したのかポンと手を叩いた。
「あ、そうそう。あの契約はまだ有効なのかしら?」
「どっちでも構わないさ」
「それならもう少しついていこうかしらね」
「本気か?」
「まぁ、気まぐれでいつ抜けるかは分からないけどね」
「ほんならワイも行こか。…とは言うものの、自分等の目的はなんなん? クルリちゃんが居らへんこととなんや関係ありそうやけど」
この霊能士は妙なところで鋭い。流石は『見る』ことに特化した者だけはある。
「あとで話す約束だったな…」
列車が動き始める。
ウェスは全てを話した。
ここへ至るところまでの経緯、自分のこと、クルリのこと、神様のこと、神食いのこと、そしてこれからの目的のことも。包み隠さず全てを話したのだ。
それはトトラとシェーラを(シェーラは若干怪しいかもしれないが…)信用しての話だ。でなければ、ウェスが話の核を話すことはまず無い。
「はぁ、なんやえらいことに巻き込まれた気がするわ」
「ああ、巻き込んでやった」
トトラは肩を落とす。
「私なんかに話してよかったのかしら?」
「別に金になる話でもないだろう?」
シェーラは「そうね」と呟き、座席に深くもたれた。
「でも兄さん。方向は分かっていても、詳しい場所までは分かりませんよね? それに、移動していたらもう手がかりはありませんよ?」
「…ああ。あいつはこれを置いていったからな」
ウェスは懐から青い布切れを取り出した。
クルリのリボン。これを彼女が着けてさえいれば、この捜索はもっと容易なものになっていただろう。
彼女はなぜこれを置いていったのか。そのまま意味を捉えるならば、それは探さなくていいという意味だ。
「クソッ…!」
ウェスはくしゃりと布切れを握る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リリアが大声を出してウェスの閉じた拳を抉じ開ける。
「な、なんだ?」
驚きながらウェスはリリアから身を引く。
「これ動いてます!」
「ああ、こいつは俺のマフラーに反応して…」
「違います! 僅かですが違う方向にも反応してます!」
皆がウェスの掌の布切れに注目した。
それはウェスのマフラーに反応して動いていた。だが、確かによく見れば、リリアの言う通り違う方向にも反応しているように見えた。
それはあまりにもクルリを求めるが故の幻覚かもしれない。しかしウェスはそれでも信じたかった。僅かでも手がかりがあるのなら、それを信じずにはいられなかった。
反応の方角は西。この列車はセイスト地方最大の街、ルルシュタッドまで向かう。
これで70話(おまけを除く)となりました。
私の連載では最長記録絶賛更新中ですが、長いが故の中弛みが目立っています…。はい、精進します!
お気に入り件数も少しずつ増えてとても嬉しいです。こんなお話を読んでくださっている方々には本当に感謝感激有頂天突き抜けひっくり返って頭打ち付けます!(←意味不明)