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青い色の物語  作者: yusa
サイドストーリー
53/53

3. カナンと星麗と遥空と

 冬を間近に控えた頃、山の村に行くことになった。

 今年は貴星、星麗、傅に加え、遥空と爺も一緒だ。もちろん護衛の右近、左近、睦月、如月もである。

 春日は去年と同じように迎えに出てきてくれた。


「ようこそ、山の村へ」


 山の村に来て数日経ったころ、夜から急に冷え込んできた。


「明日の朝は雪が積もってるかもね。雪が降ったらきれいだよ。一面銀世界だよ」

「ヴェルデでは雪がほとんど降らないので、楽しみだよ」


 翌朝は星麗の言った通り、一面に雪が積もっていた。眩しいくらいの銀世界だ。

初めて見る光景に遥空は大はしゃぎだ。星麗と二人で雪の積もった庭に降り、走り回ったり、雪を掛け合ったり、おもいっきり雪を楽しんでいる。


「今日、来ますよ」


 春日が空を見上げて言う。空には紫雲が見えた。紫雲の間から陽の光が地上を照らしている。


「カナン、来るかな?」

「星麗、カナンって、前に言っていた友達だよね? 雪が積もっては来られないんじゃないか? こんな雪の中を歩いて来るとでも言うのかい?」

「そうだよ。歩いてくるの。大丈夫だよ。カナンだもん」



 遥空は星麗の言っていることがよく理解できない。


「雪が積もっているのに、どこから来ると言うのだ? 家が近いということかな?」

「あっ、カナンだ。カナンが来たよ」


 東側の小高い丘に真っ白な鹿がいた。その姿に遥空は驚いたが、同時に神々しさに目を奪われた。


「カナンって……あの鹿のこと?」

「そうだよ。カナンは神使なんだ。村の人たちを守ってくれてるんだよ」

「友達って……」

「そう、カナンは友達なんだ。今日も遥空が絵を描きたいような景色を案内してくれるよ」


 星麗は丘を登り始めた。遥空も状況をよく呑み込めてないが、星麗について行くことにした。


「カナン、久しぶりだね。この間話したでしょう。遥空だよ。遥空と一緒に来たんだよ」


 星麗はカナンに抱きつく。カナンは黙って目を細めている。

 遥空は恐る恐るカナンの背中を撫でた。カナンは静かにしている。ふわふわして気持ちがいい。次第に怖さが消えてきた。


「カナンって鹿だったんだね。星麗が友達と言っていたので、てっきり人かと思っていたよ」

「あれっ? 僕言ってなかった? へへっ」



 カナンが歩き出した。二人はカナンについて行く。しばらく歩くと、去年、細氷を見たところに着いた。今年も細氷がキラキラと光る幽玄の景色が目の前に広がった。


「……」


 遥空は言葉も出ないほど感動しているようだ。


「ねっ? 遥空、すごい景色でしょう?」

「ああ、この世の景色とは思えないほど美しい……」


 遥空は心が奪われてしまったようだ。星麗はしばらくカナンに寄り添いながら、遥空の気が済むまで見せてあげようと思った。


「ねえ、カナン、遥空はねすごい絵を描く人なんだよ。僕のシエロのいいところを余すところなく引き出してくれるんだよ」


 カナンは星麗の声に目を細めてじっとしている。まるで、話を聞いているかのようだ。



 遥空は、星麗と話すカナンを見ていた。細氷の輝きのなかのカナンは限りなく気高く、神秘的で、まさに神使そのものだった。


「この景色を絵に描きたいよ。すごく描きたい。頭の中にイメージが広がっている」

「描けそう?」

「ああ、帰ったらすぐに描きたい」

「そう言うと思ったよ。じゃあ帰り道に地底湖のところを通って帰ろう」


 カナンが動き出した。まるで星麗たちの会話の内容が分かっているかのように、洞窟に向かって歩き出す。


「カナンはね、きれいな景色をいつも見せてくれるんだ。今日は、この間見た景色を遥空に見せてあげたいって、さっきお願いしたんだよ」

「星麗のいう事が分かるのかい?」

「そうだよ。友達なんだもん」


 洞窟に着いた。カナンは星麗たちが追い付くのを待って、洞窟に入っていく。そして、この間のように、地底湖の手前に座りこむ。


「遥空、見てよ。この下の湖」


 天井から差し込む光を受けて、地底湖は今日も美しい青色を見せていた。


「ああ、星麗の作ってくれた青い器と同じ色だ」

「そうなんだ。この湖の色を器に出したんだよ」

「カナンはすごいね。こんなにきれいなところを案内できるなんて」

「うん。春日がね、カナンはこのきれいなところを見せて、僕に再現してほしいんじゃないかって言ってるんだよ。今度は遥空にもお願いしてるんだよ。絵に描いてねって」

「ああ、描くよ。むずむずしてきたよ」



 春日の館に帰ると、遥空は画材を広げて絵を描きだした。もう郷に帰るまで待てないようだ。

 遥空が絵に取り掛かっている間、星麗は春日の工房で青い器を作り始めた。星麗は星麗で試したいことがあった。完成したシエロを釉にして器を焼いてみようと思った。細氷が舞い落ちる景色が頭に焼き付いている。


 二人がそれぞれ絵に、器に没頭してから数日後、遥空が広間に顔を出した。少し遅れて星麗も春日の工房から出てきた。二人ともぐったりしている。いつものように傅の手料理で回復を図る。

 お腹が落ち着くと、遥空が絵を披露した。

 そこには、細氷がふわりと舞う丘に凛と立つカナンの姿が描かれていた。なんとも崇高な美しさだ。


「春日殿、この絵を山の村に進呈しますよ」

「ありがとうございます。まさか、カナンをお描きになっていたとは……」

「カナンはこの村の守り神ですよね? そう星麗から聞きました」

「ええ。カナンは星麗様がいらっしゃる時には必ず姿を現しますが、普段はあまり人前には出ないのです。この絵があれば、いつでもカナンに会えます。村の者は喜ぶでしょう」

「カナンにも見せてあげたいね」


 翌朝、星麗の器が焼きあがる。

 何とも柔らかい美しさだ。細氷の繊細さがそのまま表れている。


「これがシエロですか……」


 春日は驚いて、それ以上言葉が出ない。


「柔らかい輝きが何とも言えませんな。スプレモの美しさとは別物なのですね。これは、新しい青い器ですね」

「ディオスの宝が増えたと、陛下のお喜びになられる顔が目に浮かびます」

「星麗様、作り方を教えてください」


 春日は居ても立っても居られない様子で、星麗を工房に引っ張るように連れて行く。



 星麗と遥空が庭に作られたかまくらから顔だけ出して星空を見上げている。


「貴星様、ディオスの宝がまた一つ増えましたね。あのお二人は何なんでしょうか?」

「春日、あの二人はね、美しいものを極める才能を天から与えられた者たちなんだよ」

「はあ……言われてみれば、まさにその通りですな。そして、そんな稀有なお二人が巡り合ったという事ですか?」

「ああ。そういう運命の星の下に生まれた二人なんだよ」



「遥空、山の村は気に入った?」

「もちろん。山の村もカナンも大好きだよ」

「じゃあ、また次の冬もこようね」

「ああ、次も、その次も、またその次もだ」


 二人は暁の星空を見ながら、いつまでも話していた。


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