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01 公開処刑

 まるでこの世の終わりのような、悲鳴のような声が辺りに響いた。

 王立士官学校の訓練場は、時折私刑(リンチ)に使われる、いわば公開処刑の場となる。

 この日も、士官候補生ながら剣術士としてシルバー級の認可を受け、さらに身体強化の重ねがけまで可能な侯爵家次男が、何の加護も持たぬ、魔法を使うことすら出来ない平民の男を叩きのめすは(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。


「があああ! 痛ぇ! 痛ぇよォ!」

 

 平民の分際で身の程も弁えず、事実上貴族の子弟のみが入学を許されてきた士官学校に入り込んだ男、リュウという男。

 貴族だけが魔法を使えるなか、魔力を持たず加護も持たない平民など、士官学校に『制度上は存在する』平民枠であっても入学は出来ないは(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 万が一、入学出来たとしても、座学はともかく『実技』においては問答無用で落第となるは(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。


 何しろ、身体強化を当たり前に使う貴族の子弟、それも剣術や槍術など戦う訓練を幼少期から受けてきた者たちを相手取る戦闘訓練では、一方的に嬲りものにされるのがオチだ。

 せいぜい命を落とさないようにするのが関の山と言ったところである。


 そう、そのは(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。


「侯爵家って言ってもそんなモンか」


 リュウと呼ばれる平民の男が、這いつくばる侯爵家令息を傲然と見下ろす。

 ランドルト王国の歴史上、断じてあり得べからざる光景だ。

 

 王国において貴族の実力と権威は絶対であり、平民は常に頭を垂れて貴族の命令に従い、貴族に支配されていなければならない。

 貴族に名を連ねるものが平民に敗れるなど、それこそ天地がひっくり返っても有ってはならない異常事態である。


 その異常事態が、大勢の目の前で起きてしまっていた。


「まるでなっちゃいない」


 士官学校に於いて最底辺と呼ばれるGクラスに所属するリュウと、上位から2番目にあたるAクラスに所属するランゲルハンス侯爵家の次男、アルバートの『訓練試合』は、いわば茶番であるはずだった。

 結末など、賭けの対象にすらならないほど目に見えていた。

 それでも、リュウと同じGクラスに所属する、下位貴族の『落ちこぼれ』達は、半ば強制的にリュウの勝利に賭けさせられていた。


 オッズは、実に1対1000。

 リュウが勝つ見込みなど、0.1%もない。あからさまな侮辱と侮蔑しかない賭けだ。


「リュウ! 油断しないで!」


 訓練場を囲む壁の外側、Gクラスの面々が揃っているエリアから、一人の女が声を上げた。

 準男爵家令嬢、ミナだ。

 彼女はリュウと同じく身体強化術を使えず、また魔法の適性も唯一回復や治療のための術、法術だけがある、士官としては落ちこぼれでしかない存在だ。


 彼女は、教員が主導する強引な賭けで、なんと3ヶ月分の生活費に相当する全財産、30万クローネをリュウに賭けている。

 もしも賭けに勝つことが出来れば、彼女は実に200年は楽に暮らせるだけの金を手に入れられるのだ。


「まだ続ける? 戦意喪失なんじゃないの?」


 審判を務める教官は、冷や汗をかいていた。

 自分の授業で、平民を高位貴族の子弟に勝たせてしまうなど、それこそ教師生命に関わる大失態だ。

 何があっても、起きてはならない不祥事である。場合によっては、貴族としての自らの生命が終わってしまうかもしれない。


「続けろ! 甘ったれるな! 戦場では何が起こるかわからんのだ! 相手が動ける限り、勝負はついておらん!」

「なるほど、確かにそれもそっか」


 リュウはゆっくりとアルバートに歩み寄る。

 アルバートの左腕は、肘関節が脱臼してあらぬ方向に曲がっている。

 また、左足首もひどく傷めているのか、這いずるように後退りをするのが精一杯だった。


「だってさ、センパイ?」

「く、来るな! 私を誰だと思っている! ランゲルハンス侯爵家が黙っておらんぞ!」

「その侯爵家が守ってくれると良いですねぇ? 俺みたいなド平民の、無能の、落ちこぼれに負けちゃった御子息サマを」


 アルバートは、顔じゅうに冷や汗をかいていた。

 ランドルト王国にあって、高位の武官を多く輩出してきた武の名門、ランゲルハンス侯爵家に名を連ねるものが、訓練試合で下級生の、それも平民に負ける。

 数百年もの侯爵家の歴史において、絶対に有ってはならない屈辱だ。


「こんだけ大勢が見てて、噂話とか足の引っ張り合いが大好きなお貴族サマが、黙っててくれるといいですねぇ? センパイ?」

「来るなぁ! い、今、今負けを認めれば許してやる! 私への無礼も無かったことにしてやる! 士官学校にいることも認めてやる!」

「おやぁ? 試合前と言ってることが真逆じゃないっすかセンパイ。因縁つけて決闘ふっかけて、負けたら侯爵家で一生タダ働き、奴隷としてこき使ってやる、でしたっけ?」


 リュウはことさらに声を大きく張り上げる。広い訓練場の周りにいるギャラリー全員によく聞こえるように。


「士官学校で平民がいる事自体が侯爵家に対する無礼である、士官学校にいられなくしてやる。平民が貴族に敵うはずがない。訓練試合で一本でも取れたら裸で逆立ちをして学校を一周してやる。万が一賭けに勝ったら『ランゲルハンス侯爵家の名において』カネは払ってやる——」


 しん、と訓練場が静まり返った。


「――だったっけ。試合前の宣誓でそう宣言しましたよねぇ? ね? 先生も聞いてますよね?」

「私語を慎まんか! リュウ・ノーチ! 減点だ! 減点10!」

「な、なんで!? 先生! 何でですか!」


 思わずミナが大声を上げる。が、準男爵という最底辺の貴族の家柄の出身である彼女の声に、耳を傾けるものなど誰もいなかった。

 士官学校では、名目上爵位や身分にかかわらず全学生は平等である、という理念が掲げられているが、それは所詮ただの理念だ。

 実態としては、学校内において爵位以上に重んじられるルールはない。

 爵位が上であれば、下の者に対して何をしても黙認される。下剋上などあり得ない、それが士官学校における暗黙の掟だ。


「あーぁ、減点になっちゃった。じゃあセンパイ、俺がセンパイに勝つには、判定じゃなくてセンパイが負けを認めなきゃいけないなぁ?」

「ひぃっ……」


 リュウが静かに、全く足音を立てない足さばきで、未だに這いずり回るだけのアルバート・ランゲルハンスとの間合いを詰めた。


「つまり、センパイを今以上に痛めつけなきゃいけない訳だ。先輩が『お願いですから降参させてください』って皆の前で言うまで。ねぇ?」

「来るな! く、来るな! 私を誰だと思ってる!」

「よぉく知ってますよセンパイ。試合場で逃げることも出来ず、動きも封じられて、無様に這いずり回るしかない上に負けを認めることも出来ない、自分で勝負を終わらせる事が出来ない存在——」


 さらにリュウが間合いを詰めた。

 不思議なくらいに足音が聞こえない脚運びの異様さに気づいたものは、リュウと同じGクラスのミナしかいない。


「俺達平民が、『負け犬』って呼んでるやつ?」

「くっ……クソが! ナメやがって! 殺してやる! 殺してやるぞ! お前を殺すまでこの試合は終わらない!」

「うわぁ殺してやるだって。あぁ怖い。じゃあ、俺は殺されないようにセンパイを『丁寧に』『丹念に』『確実に』壊さないといけないですよねぇ? じゃないと殺されちゃうから」

 

 リュウは小柄な身体から、ふっと力を抜いた。

 崩れ落ちる――そう見えた次の瞬間、まるで猫科の猛獣のようにリュウは地面を蹴り、低い姿勢のままで倒れ込んだアルバートへと襲いかかった。


 アルバートが記憶しているのは、自らに襲いかかる拳――ではなく、掌底であった。

 眉間。

 人中。

 鳩尾。

 丹田。

 金的。

 正中線に並ぶ人体の致命の急所に、なんのためらいも情け容赦もなく、小さく鋭い動きで掌底を叩き込んだリュウは、そのまま後ろから羽交い締めにするようにアルバートに組み付く。


 ごきん、という嫌な音が何度も訓練場に響いた。

 ぶち、と何かが強引に引きちぎられる音も続く。


「あああああアルバートさま!? アルバートさま! しっかりしてください!」


 なぜか公平な審判であるはずの教師が、アルバートに駆け寄ってリュウの手を引き剥がそうとする。


「離れろ! 離れんか! 平民の分際で――」


 教師は言葉を途中でとめ、怯えたような顔で一歩後ずさる。

 リュウの眼光が、教師の双眸を捕らえていた。


「相手が動ける限り、何があるか分からない」


 ぼそ、とそう呟いたリュウは、次々に、丁寧にアルバートの関節を破壊していく。

 そのたびにぼき、ぶち、という人体が破壊される音が響いていく。


「俺は減点されてるんでね。審判が俺の勝ちを宣言するまで、このお坊ちゃまを『丁寧に』壊していくしかない」

「ああああ……アルバートさま、アルバートさまぁ!?」

「可哀想にねぇセンパイ。この先生が俺の勝ちを宣言するまで、どんどん将来が無くなっていくよ。とりあえずもう両腕は一生使い物にならないね。次は脚だ」


 既にアルバートは意識を失い、完全に脱力した状態である。

 だが、リュウは一切の情もためらいも見せなかった。


 両腕をアルバートの左足にかけると、一気に両腕と腹筋に力を込め、足首と膝の関節を破壊する。

 激痛で目を覚ましたアルバートは、言葉にならない悲鳴をあげた。


「さぁて、次は耳を壊して、あとは両目かなぁ? 音も光も無い世界で、両腕も両足も動かせないカラダになってみようか、センパイ? ま、でも貴族だし、死にゃしないでしょ」

「やめてくれぇ! わかった! わかったからもうやめてくれえええ!」

「何がわかったんですか? センパイ、ほぉら次は右足ですよ」

 

 ぼき、という太い骨が折れる音に伴って、靭帯がねじ切られる音。右足は股関節から使い物にならなくなった。

 

「私の、私の負けだ! 私の! 負けだぁ!」


 もはや、誰にもどうすることも出来ない、この上なく明確な敗北宣言だった。


 この日、ランドルト王国士官学校のみならず、王国の貴族界を大いに震撼させる大番狂わせが起きてしまった。


『ランゲルハンス侯爵家令息アルバート氏、士官学校内での訓練試合にて平民リュウ・ノーチに成すすべ無く敗れ再起不能。我が国の貴族の意義とは一体!?』


 王都の庶民向け新聞やタブロイド紙の一面の見出しは全く容赦ないものだった。

 だが、これはまだ、名も無き平民リュウ・ノーチが王国にもたらした激震に比べれば、まだまだ予兆ですらないものだった。

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