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事故調査ファイル_災の共鳴⑤

 砂埃の舞う『祈りの広場』は、数千の民衆の殺気と、重苦しい祈りの声に包まれていた。

 高く積み上げられた瓦礫の上に、引きずり出されたマルティスが跪かされている。

 瓦礫の傍らには地中より掘り起こされた大聖堂の聖鐘『小さき乙女の祈り』が、真新しい木製の台座に吊るされていた。


「不信仰者マルティス。 汝がかさねた怠惰という罪を、神はお許しになりませんでした。ここで流された多くの血に報いるべく、聖光庁より判決を申し渡します。

 信者たちを瓦礫の下へと追いやった汝の罪は、彼らが味わった苦痛と同じ形で償われるべきでしょう。よって、石打ちの刑に処すことを宣言いたします」


 神官長が処刑の合図として錫杖を振り上げた瞬間。


「異議あり!!!!」


 魔導拡声器によって拡張されたゼノンの声が響き渡った。


「聖法第百九条に基づき、審議の中断を要求いたします!」


 群衆の前に転がるように出て来たゼノンは、分厚い聖法大典を片手に眼鏡をくいっと押し上げる。

 『礎石の座』からこの『祈りの広場』に来るまでの間、ゼノンは必死に走りながら、この場に見合う法令を探しだせという、無茶ぶ(ミッション)りな任務(インポッシブル)をクリアしてみせた。


「聖女・清貴様には、聖座より『神託精査権(しんたくせいさけん)』……すなわち、如何なる判決であっても、それが真に神の御声に適っているかを確認するための、優先的かつ絶対的な”精査権”が与えられております!」


 ゼノンに続き群衆の前に進み出てきた清貴は、拡声器を受け取ると大きく一つ息をついた。


「あー……、ただいまご紹介に預かりました聖女・清貴です」


 途端に、群衆が凍りついた。

 僅かな沈黙のあとに、ざわざわと動揺の囁きが広がっていく。


「あ、あれが、……いや、あの御方が聖女様? 聖女様ってのは、その、ええと、うら若き乙女なのでは?」

「いや、確かに聞いた事がある。こたび召喚された聖女様は男性であった、と」

「それにしても、その、何というか、……いや、清らかさとは、その魂に宿るものなのか?」


 針の筵であった。

 もともと大学教授であった清貴は、学会の演壇に立った経験も少なくない。

 だが、”聖女”を名乗って群衆の前に出たのは初めてである。42歳という人生経験を経た上でも、恥の概念は存在する。

 名乗りたくて名乗っている訳ではないのだ。

 群衆は清貴のあまりにも”おじさん”過ぎる外見に動揺しつつも、立ち並ぶ神官の誰もが異論を唱えない事により、紛れもなく聖女であることを認識したらしい。

 いまだ戸惑いに揺れながらも、手を合わせ、跪く者も現われる。


「説明にありました通り、私には『神託精査権』がございます。よって、今一度、こたびの悲劇とともにもたらされた神のお声を、読み解いてまいりたいと思います。

 ……神官長殿、よろしいでしょうか?」


 清貴が視線を向けると、マルティスに判決を下した神官長は顔をしかめながらも頷いた。

 これだけの大群衆を前にして、聖法に基づいた聖女の権利を否定するのは悪手でしかないだろう。


「えー、それでは、まずマルティスに下された”怠惰”との罪の正当性に関しての妥当性を確認いたします。

 神官長どの、具体的にマルティスはどのような理由により”怠惰”とされたのでしょうか?」

「――説明いたします。大聖堂が崩落した際、聖堂には合計八の扉が存在しておりました。しかし、避難にあたってマルティスが解放を命じたのは正面の大扉のみでした。

 もし、全ての扉が開け放たれていればこれほど多くの犠牲者が出ることはなかったでしょう」


 神官長の言葉に群衆から怒りの声があがる。

 清貴はそれを片手で制すると、マルティスへと振り返った。


「現場責任者のマルティスに質問いたします。事故当時、すべての扉が開け放たれなかった理由はなんですか?」

「それは……人員不足です。大扉を解放するには、一つにつき4人は必要でした。しかし当日、大聖堂の警備員は24人しかおりませんでした」


 ゼノンが魔導拡声器を手渡すと、マルティスは疲弊しきった様子ながらぽつりぽつりと語り出した。


「24人の警備員はどのように配置されていましたか?」

「正面の大扉の警備に4人、大聖堂内部の警備に12人、神殿外周の巡回警備員に8人です」

「なるほど、つまり、8つある扉を即時に解放するためには、それぞれの扉に4人ずつ、さらに32人の警備員が必要だった訳ですね。

 なぜ、この32人の警備員を配置していなかったのでしょうか?」

「根本的な人員不足です。事故当日、大聖堂の警備員はすべてあわせて50名しかおりませんでした。これを二交代制で回した場合、確保できる最大人数は25人までです」

「明星祭は年に一度きりの祝祭です。多少無理を通しても警備員を増やすことは出来なかったのでしょうか?」


 はじめ戸惑った様子のマルティスは次第にその問いかけが自身を助けるためのものであると悟ったらしい。

 あえて、重箱の隅をつつくような質問をするのも、神官たちの言い訳の隙を奪うためだと気が付けば、返答する声もしだいに芯をもったものに変わっていく。


「半年ほど前に、大幅な人員削減が行われました。500人いた造営局の職員が120人まで減らされたのです。

 これによって警備員も三分の一まで減少しましたが、それだけではありませんでした。他の仕事、……大聖堂の掃除や設備点検の人員も削減されたことで、それらの仕事が警備員の仕事に上乗せとなったのです」

「警備員は三分の一まで減った上に、本来の仕事以外にも時間をとられる事になっていたのですね。つまり、明星祭のような大きな祭事があれば、それだけ仕事量が増えていた事でしょう。

 念のためにお伺いいたします。事故当日の警備員の勤務時間はどれくらいでしたか?」

「……一日中、です。一週間以上帰宅出来ていない者もおりました。彼らは懸命に働いていました。

 僅かな睡眠時間をなんとか捻出し、互いになんとか都合をつけあうように努力していました」

「その一方で、勤務時間を超過した場合、翌日の勤務時間中に休憩時間を多くとるといったイレギュラーな運用もしていましたね」

「ええ、……ですが、それが黙認されていたのはごく一部の人員のみです」


 なるほど、と清貴は頷くと立ち並んでいた神官たちに向かって振り返った。


「――神官ゴールトン、当日の神殿扉の鍵を預っていたのは貴方だったそうですね。間違いないですか?」


 突然名前を呼ばれた神官は、慌てふためき目を反らしながらも頷いた。

 清貴はゼノンから受け取った聖光帳記録の写しを開くと頁をめくった。


「神官ゴールトン殿にお伺いします。なぜ、明星祭という大事な行事の最中に休憩を?」

「そ、それは、……事務局も大幅な人員削減を受けたために人手不足になっており、かくいう私も前日は明け方まで勤務しておりました」

「なるほど。それは大変だ。同情いたします。そこでイレギュラーな体制をとらざるを得なかったという訳ですね」

「その通りです。一睡もせず勤務するなど、限界がございます」

「まさしくその通りだと思います。しかしイレギュラーな体制を黙認されていたのは神官たちのみでしたね。

 それに関して同等の権利を訴えた警備員三名が解雇されたと記録に残っています。

 解雇理由は、――与えられた業務を行わず不満ばかりを訴える、すなわち”怠惰”である、と」


 パタンっと音をたて、清貴は記録帳を閉じる。


「与えられた業務を行わずイレギュラーな休憩をとる事は”怠惰”ではないのですか?」

「し、しかし、……本当に私は限界でした! 指は震え、目も霞んでろくに見えない状態だったのです!」

「ええ、そうでしょう。事故当日、大聖堂にいた多くの職員たちがそれに近い状況だった。いえ、休憩を許されなかった者たちはより悲惨な状況だった。そうですね?」


 清貴の声にマルティスだけでなく、裁きを見守っていた多くの職員たちが頷いた。


「因みにマルティス、貴方はどれくらい大聖堂に泊まり込んでいましたか?」


 問いかけにマルティスは今にも泣きそうな顔になる。


「三か月です。……三か月、家に帰る時間もありません。妻の顔も、……まだ乳飲み子の息子の顔も、見る暇がありませんでした」


 群衆の端で、赤ん坊を抱いた一人の女性が、溢れ出す涙を拭いもせずにマルティスを見つめていた。

 頬はこけ、髪はぼさぼさで、今にも崩れそうな女がマルティスの妻である事を知っている者は多かった。

 その姿に、周囲の民衆も自分たちの「生活」を重ね合わせていく。


 神官たちは、清貴がいったい何を証明しようとしているのかを図りかねていた。

 だが、そこに集まった群衆たちの空気は確実に変わりつつあった。

 彼らがマルティスへ向ける視線には、最初のような怒りや憎しみの色はない。


「さて、皆さんにお伺いします。マルティスが”怠惰”の罪で裁かれるべきだと思う者は手をあげて欲しい」


 清貴は静かに問いかけた。

 ――手をあげる者はいなかった。

 立ち並ぶ神官たちでさえも、群衆の無言の圧迫を前に、誰ひとり手をあげられる者はいなかった。

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