優しさの奥
(くっそぉ…一夜のヤツ…)
いつもの帰り道、またもとぼとぼと帰る麗奈。
(勝手なことばっか言って…一体何様のつもりよ全く…)
屋上でのことがあってからというもの、麗奈は明らかに機嫌が悪かった。
理由は簡単。雅の事を悪く言ったから。
(ホント意味わかんない。突っかかる理由がわかんない。ていうか、昨日の見てたってことだよね……)
「………変質者が」
「え、ひどい」
「うわああぁっ!?」
独り言に返答が帰ってきたため心臓が止まるかと思った。
麗奈は思いっきりその場から飛びのき、臨時体勢を取る。が―――。
「あ…え?」
「ごめんごめん。驚かせたかな」
「……唯夏、さん…」
後ろにいたのは何と唯夏だった。
「も、もぉ…驚かせないでくださいよ…」
「ごめん。そんなにびっくりすると思ってなかったから」
「いや、誰でもびっくりすると思いますよ…」
ちょっとした脱力感を覚えたため、麗奈はそれ以上突っ込む事をやめた。
すると唯夏は麗奈の隣を歩き出す。
「今日は仕事の日じゃないですよね?買い物ですか?」
「ううん。バイト終わり。適当にふらついて帰ろうと思ってたら、麗奈のこと見つけたからさ」
「そうだったんですね」
「…で、変質者って誰のこと?」
唯夏の言葉に麗奈は言葉を詰まらせた。まぁ、聞かれるかもしれないということは予想していた。あの言葉を聞いて唯夏が黙っているとは思えなかったから。
「変質者…雅のこと?」
「んなわけないじゃないですか!?」
「じゃあ誰?」
「う…っ」
麗奈は再び黙り込んだ。だが、隣から来る視線があまりにも痛い。
麗奈は大きくため息をついて、しぶしぶと言った形で今日あった事を話した。
一通りの話を済ませると、唯夏は納得したように何度かうなずいた。
「なるほど。つまりは人が楽しんで帰ってる瞬間目撃してんじゃねぇよ、この変質者!ってことになってたわけね、麗奈の脳内が」
「…唯夏さんの自己解釈ちょっと入ってますが、粗方間違ってないからいいか…」
「で、その男子生徒とやらに雅の事を悪く言われたことが心底気に入らなかったと?」
唯夏の言葉に、麗奈は少しうつむいた。
「…あいつは、雅のこと何も知らないくせに…ヒドイ事言ったから…」
「確かにまぁ、そんなわかりやすく嫉妬心むき出しにしなくてもねぇ…」
「嫉妬心って、誰のことですか?」
「ううん。こっちの話」
唯夏はひらひらと手を振る。
「まぁ…麗奈が怒る理由もわかる気がするよ。身近にいる人馬鹿にされるといらっとするよね」
「ですよね!…改めて考えると本当にむかつく…っ」
またもふつふつとわき始めた怒りをどうにか抑えようとする。
その光景を見ていた唯夏がクスクスと笑いをこぼす。
「笑わないでくださいよぅ…。結構これマジなんですから」
「ごめんごめん!そうじゃなくてさ、1つ考えたのよ」
「何をですか?」
麗奈が問うと、唯夏は少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「麗奈さ、雅のこと悪く言われてすごい怒ったでしょ?もしもその男子生徒が…真一や拓斗の悪口言ったら…麗奈はどうする?」
「真一さんと拓斗さん?」
思わぬ人物が出てきたと思った。そこでその人の名を出されるとは思っていなかった。
「…2人を、ねぇ…」
今日あったあまり思い出したくないことを懸命に思い出し、その言葉の矛先をわざと2人に向けてみた。
すると―――――――。
「……なんていえばいいんだろう…そりゃ、むかつきますよ。同じ仕事をしている仲間ですから!」
「うん。それはそうだと思った。でも…ちょっと違和感、感じたんじゃない?」
唯夏の質問に、麗奈は返答できず、ぽりぽりと頬を掻いた。
「確か、に…違和感といいますか、何と言うか…むかつくけど、それほどじゃないというか…」
「雅のときほどの怒りは沸いてこない?」
「……は、い」
確かに当てはめてみるとむかつくのだ。雅のときなんかは本気で突き飛ばしてやった。でも…それが雅でない途端、こんなにも―――?
「ちょっと失礼、ですね…私。人で判断してる」
「ううん。違うよ。麗奈の方向性は間違ってない」
「え…?」
思っても見なかった一言に麗奈は目を丸くする。
「ま、間違ってないって…」
「麗奈さ、雅と2人で何で感情が違ったか、わかってる?」
「いいえ。全く。矛盾してますね…」
「ほんとにわかんない?結構身近なとこに、答えはあるんだよ?」
唯夏はそう言って麗奈の目を真っ直ぐに見つめる。
麗奈もその視線に負けないように見つめ返す。
(身近な、所に…?)
答えがある。って、身近って何の身近?どこの身近?
「ヒントをあげるね。雅と2人。じゃあ決定的に違うものは何?外見や性格じゃない。麗奈から見た、麗奈の視線から言ってみて?」
「私の視線から?」
麗奈の視線から見た雅と真一と拓斗。この3人で決定的に違うところって言えば…。
―――――――あ。
「…付き合いの長さ?」
「惜しいかな。強いて言うなら、麗奈との距離ね」
「距離…ですか」
「麗奈にとって、ここ最近1番身近に感じてる人。優しくしてくれる人。笑ってくれる人って、実は雅じゃない?」
その言葉になぜか麗奈はドキッとした。
正直、そうかもしれないと思ったから。
学校の友達よりも、親友の清乃よりも、同じ仕事仲間の唯夏たちよりも――ここ最近、何よりも早く流れてくるもの。脳裏を掠めるもの。それは―――――――。
――麗奈!
雅の声だ。
「…確かに、そうかもしれないです…というか、最初は不思議だったからなんだと思うんですけど…」
「不思議って?」
「だって、雅は歌い手とプロデューサーという関係を除けば赤の他人ですよ?どうして雅は…私に優しくしてくれるのかな…?もちろんみなさんも優しいですけど…常に、見守ってくれてるような…」
麗奈は小首をかしげながら言う。少しだけ前から気になっていたことなのだ。
雅の優しさはほかの優しさとは違う気がするのだ。
その優しさという心の奥に、もっと何かがあるような―――――――。
「…麗奈も疎いとは思ってたけど、雅ほどじゃないわね」
「え?どういうことですか?」
「…ねぇ、麗奈。知りたい?雅のこと」
「う、えぇっ!?」
突如そんな事を言われて赤面した。
「いやいやいや!ちょ、待ってくださいよ!?」
「ごめん、聞き方悪かったね」
「聞き方…?」
「何で雅が麗奈に優しくするのか。ほかの人と違うと思う理由は何か。知りたいと思う?ってことよ」
唯夏はまたいたずらっぽく笑う。
(…なかなかに内容がずれてるよ…)
多分、半分はマジでからかわれた。それに気が付いた麗奈は少しだけ頬を膨らませた。
「ごめんって!…んで、聞きたい?聞きたくない?」
「……それを、私が知ってもいいというなら、聞きたいとは思います」
なぜかという根拠はない。でも…少しだけでも、雅に近付ける気がしたのだ。
(私は雅のこと、何もしらないから…)
少しだけでも知りたい。雅のことを―――。
(ってちゃうちゃうちゃうちゃう!!雅のことじゃない!優しさの理由!!)
自分でも勝手に論点をずらしてしまい、勝手に赤面。
すると唯夏は思わず吹き出した。
「かわいいねぇ、麗奈は」
「いや、そんなことは…」
「まぁいいよ。教えてあげる。だからさ」
唯夏はにっこりと微笑んだ。
「週末、私とデートしよう♪」




