嫌味な瞳と見つめる眼差し
ドキドキする胸を押さえ、大きく息を吐く。
そして麗奈は意を決したように、スライド式のドアを開けた――――。
『麗奈あああああああぁぁ!!!』
「う、うわああぁ!?」
教室に入った瞬間、雪崩のように人が押し寄せてきた。
「ちょ、ちょっと…っ!」
「麗奈平気!?もう平気!?」
「麗奈ちゃんお帰りー!大変だったんでしょ!?」
「学校来ても来ても平気なのか!?」
「ま、まだ休んでていいんじゃないの…っ!?」
クラスの友達から次々とそんな声が上がった。男女問わず、麗奈の心配をしてくれていたようだ。
麗奈はふっと肩にあった重荷も下ろした。
「いろいろ…心配かけたみたいでごめん…。でも、大丈夫。これから頑張るから」
麗奈はぎこちない笑みを精一杯浮かべる。すると何人かはそのぎこちなさに気が付いたものの、微笑を返してくれた。あたりから安堵の息が漏れている。そう感じたその瞬間―――――。
「気持ち悪ぃ。何その引きつり笑顔」
「ちょっと、一夜君!そんな言い方ないでしょ!?」
「清乃ちゃん…」
麗奈の1番近くにいた女子が叫んだ。彼女は麗奈の親友の新井清乃。
清乃は麗奈を囲む輪の中に入っていない男子に向けて牙をむき出した。
少し目つきの悪い男子生徒がこちらを見つめている。
彼は青凪一夜。性格悪い。
麗奈とはほぼ腐れ縁の状態で、小学校、中学校と同じ学校である。うち、ほぼ大体の確立で同じクラスになっていた。
よく幼なじみかと聞かれるのだが、多分そんなんじゃないと麗奈は思っている。何かと麗奈に突っかかるやつだ。
「一夜…」
「何でんな無理して笑わなきゃいけないわけ?んなルールあるの?」
「ないけど…」
「そもそも、暗い顔残したままで来るのが悪いんだろ?何でちゃんとそんな――――」
「うるさい、一夜っ!!」
誰かが教科書で一夜の頭をスパン!と叩いた。
「ちょっと黙ってなさい!!」
「……へーへー」
だるそうに返事を返すと、一夜は教室を出て行ってしまった。
「何あいつ…っ!超むかつく!!」
「気にするなよ、漆崎」
「あ、うん。ありがとう…」
麗奈はまた微笑を返そうとして、そのぎこちなさに笑うのをやめた。
(確かに…はたから見たら、気持ち悪いかもな…)
「麗奈ぁ…」
「大丈夫だって。心配しないで」
麗奈は清乃の頭をポンポン叩きながら言った。
それでも、一夜に言われた言葉が――大きく胸に刺さっていた。
その日一日を終え、学校からのいつもの帰り道。とぼとぼと歩いていると、突然背後から走ってくる音が聞こえた。麗奈は振り返り、その人物を把握した瞬間、するりと緊張の糸が解けた。
「雅…」
「やっぱ麗奈だった!」
雅は片手に買い物袋を抱えており、後ろを歩いていると麗奈の姿らしきものを発見したため、走って来たらしい。
「買い物ご苦労様」
「麗奈も学校お疲れ。どうだった?」
どう、と言われると少しだけ胸が痛い。未だに刺さった矢は取れていなかったから。
一瞬だけ黙った麗奈を見つめて、雅はふっと息を漏らす。
「何かあったっぽいな?」
「なぜわかる…」
「麗奈は顔に出やすいから」
「う…っ」
否定できない部分がある。麗奈が少しだけ悔しげにうめく。
「どうした?何があった?」
「……ねぇ、変な質問するけどさ……私の笑顔、そんなに引きつってるかな?」
「まぁな」
「はっきり言わないでっ!!」
そう直球で返されるとは思わなかったため、思わず本気で突っ込む。
「もうちょっと濁してよ…」
「悪い悪い!でも…なんでいきなりそんな話?」
「………クラスの男子にさ、笑顔が引きつってて気持ち悪いって言われた。もともと口は悪いんだけどさ」
その瞬間、雅の眉がピクリと動いた。
「仕方ないとは思ってるんだけど、こればかりはどうしてもさ…」
「…俺はそうは思わないけどね」
「え…?」
麗奈は雅を見上げた。すると雅はいつもの通り、優しげな笑顔を浮かべていた。
「確かにまだぎこちなさは残るけど…でもそれも麗奈の努力の証だ。そうやって努力するとこ、俺は尊敬するけどね」
「尊敬って…そんなたいそうなことじゃ…」
「人を亡くした悲しみから立ちあがるのは、勇気いることだよ。立ち止まってもおかしくないところで、麗奈は進もうって頑張ってるだろ?それは絶対すごいことだ。胸張れ」
その言葉に、麗奈は思わず聞き入ってしまった。耳に残る言葉が脳裏を掠めていく。
――胸張れ
そして雅の言葉を聞いた瞬間、麗奈の心に刺さっていた矢が引き抜かれた気がした。
「大丈夫」や「気にするな」。そんな言葉じゃ絶対に取れなかった矢が、するりと抜けた気がしたのだ。なかなか抜けなかった深く刺さった矢を、雅はいとも簡単に取ってくれた。麗奈に痛みが残らないよう、細心の注意を払いながら――――。
まるでそれは、魔法の言葉のようだった。
(……すごいなぁ…)
「大体、立ち直ろうとしてるやつにそんなこと言うのはただの馬鹿なんだよ。突っかかってるだけ。気にしたら負けだろ。そういうやつに限って案外弱かったりするんだよなぁ。当の本人、きっと飼ってたハムスターとか死んだら大泣きするパターンだぞ。これ絶対」
「……ぷっ!」
その時の情景を思い浮かべて、麗奈は思わず噴き出した。
「何それ…っ!すごい、おもしろ…っ!」
笑いを噛み殺している麗奈を見つめ、雅はそっと微笑んだ。
「ゆっくりでいいんだよ」
「え…?」
「ゆっくりでいい。進める距離は少しでも、麗奈は着実に前へ進んでるよ。ゆっくり行けばいいじゃねぇか」
雅はそう言って白い歯を見せて笑った。
麗奈は一瞬驚いたような顔をしたが、やがて俯き加減に―――微笑を漏らした。
「うん…そうだね。ありがとう…」
「いいっていいって」
「…新鮮な質問!!雅、今晩何!?」
「麻婆豆腐~」
「噓!久しぶりだ!」
最近なかなかすることのなかった質問をしてみた。だがそれで、苦しくなるようなことはなかった。
ゆっくりでいい。その言葉が何度も頭を木霊する。
(ありがとう…ありがとう…っ!)
麗奈は隣を歩くその人に、何度も何度もお礼を言った。
ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、一緒に進もう。
山の向こうに消えそうな夕日を見つめながら、麗奈はそっとその言葉を胸に刻んだ。
そして、前を歩く2人の背を――――ただ彼は、じっと見つめていた。




