第3話:略奪者の影
「……私の工房に、許可なく踏み込むなと言ったはずだ」
セルヴィスの声は、研ぎ澄まされたナイフのように鋭かった。
彼はイザベラの肩を抱き寄せ、自らの背後に完全に隠す。その保護的な仕草は、無意識ながらも強い独占欲を物語っていた。
「くくっ、相変わらず冷たい男だ。だが、その拒絶こそが、手に入れた時の悦びを倍増させる」
ドレイク・ハルバードは、優雅な所作で自身の銀髪を掻き上げた。
彼の瞳は、獲物を値踏みするコレクターのそれだ。視線はセルヴィスの肩越しに、怯えながらも凛と前を見据えるイザベラへと注がれる。
「イザベラ・ミルフィード伯爵令嬢。君の家が抱える負債の総額は、もはや君の代で返せる額ではない。……どうかな、その香炉と、そして君自身を私に預けないか? 悪いようにはしないよ」
「……お断りします、ドレイク様」
イザベラは、震える声を押し殺してはっきりと告げた。
彼女にとって、この『星霜の香炉』は単なる骨董品ではない。セルヴィスが魂を込めて直してくれた、二人の絆の象徴なのだ。
「私は、自分の『好き』を売り渡すつもりはありません!」
「ほう、気骨がある。……だが、美しさは残酷だ。守る力がなければ、ただ汚されるのを待つだけになる」
ドレイクは、セルヴィスに向かって不敵な笑みを深めた。
「セルヴィス、君もだ。その腕、その技術。場末の工房で腐らせるには惜しい。私の専属になれば、どんな稀少な素材も用意してやろう。……君が今、必死に守っているその『花』を養うための金も、な」
「……帰れ。次はない」
セルヴィスの周囲に、物理的な圧迫感が生じる。
彼は一歩前へ出た。その目は、もはや人間を相手にしているのではなく、排除すべき「不純物」を見るそれだった。
ドレイクは肩をすくめ、愉快そうに背を向けた。
「ああ、退散するとも。……だが覚えておきたまえ。私は欲しいと思ったものを、一度として逃したことはないのだよ」
馬車の音が遠ざかると、工房に再び静寂が戻った。
だが、先ほどまでの穏やかな甘さは、苦い火薬のような緊張感に上書きされていた。
「セルヴィス様……ごめんなさい。私のせいで、あなたまで」
イザベラが俯き、セルヴィスの袖をそっと掴む。
すると、先ほどまで氷のようだったセルヴィスの表情が、嘘のように崩れた。
「……謝るな。あんな男の言葉に、耳を貸す必要はない」
彼はイザベラの両頬を大きな手で包み込み、強制的に自分を見上げさせた。
その瞳には、先ほどの冷徹さは微塵もなく、ただひたすらに彼女を慈しむ、熱い光が宿っている。
「君は、ここにいればいい。……誰にも触れさせない。君の指先一本、その視線一つまで、俺が守り抜く。いいな?」
「セ、セルヴィス様……」
あまりに直球で過保護な物言いに、イザベラの心臓が跳ねる。
セルヴィスの親指が、彼女の唇の端を優しく、だが執拗になぞった。
「……約束だ、イザベラ。俺から離れるな」
寡黙な男の、切実なまでの独占宣言。
それはイザベラを安心させると同時に、彼女の知らない「男の情念」という深い淵を感じさせるものだった。
その翌日。
イザベラの親友、セシリア・ハイネマンが血相を変えて工房へ飛び込んできたのは、そんな甘い嵐の余韻が残る午後のことだった。
「大変よ、イザベラ! ハルバード家が、あなたの家の債権をすべて買い取ったっていう噂があるの!」
平和な日常の裏側で、略奪者の網は着実に、そして冷酷に引き絞られようとしていた。




