第1話:静寂の鑑定士と、奔放な令嬢
ハイネルン王国の王都、その片隅に「音」を嫌う店がある。
看板には『グラナード修復工房』とだけ刻まれ、店主のセルヴィス・グラナードは、今日も黙々とピンセットを動かしていた。
「……よし」
呟き一つ。彼の手元で、バラバラだった古い機械式のオルゴールが、何十年ぶりかの呼吸を再開する。
セルヴィスは二十二歳という若さながら、王都随一の技術を持つ。だがその性格は、鉄のように無機質で、岩のように寡黙だった。
その静寂を、乱暴に破る者が現れるまでは。
「セルヴィス様! お願い、これを見てちょうだい!」
扉が勢いよく開き、飛び込んできたのはイザベラ・ミルフィードだ。
二十三歳。かつては名門だったが、今や借金まみれで「没落寸前」と揶揄される伯爵家の令嬢。しかし彼女の瞳は、絶望とは無縁の輝きを放っている。
「……騒がしい、イザベラ」
セルヴィスは顔を上げず、冷たく言い放つ。だが、その視線は彼女が抱えた風呂敷包みに、わずかに動いた。
「だって、これ! 倉庫の隅で見つけたの。絶対に凄いものだわ、私の鼻がそう言っているのよ!」
イザベラは机の上に包みを広げた。現れたのは、煤けて真っ黒になった、歪な形の金属塊。
普通の鑑定士なら「ゴミ」と切り捨てるだろう。だが、イザベラは「好きなもの」に対する嗅覚だけは天才的だった。
「……ふむ」
セルヴィスが立ち上がり、彼女の隣に立つ。
その瞬間、彼の纏う空気が変わった。
仕事に対する厳格なそれではない。ほんの一瞬、彼が彼女の耳元に顔を寄せた。
「……煤を被っていても、君が持ってきたものは、俺には宝石に見える」
「えっ……?」
イザベラが驚いて顔を上げると、そこにはいつもの無表情なセルヴィスがいる。
今の甘い囁きは、幻聴だったのか。
「……三日、預かる。それまでに直してやる。だから、もう帰れ」
「本当!? ありがとう、セルヴィス様!」
嬉しさのあまり、イザベラが彼の手を握りしめる。
セルヴィスは露骨に視線を逸らしたが、その耳朶がわずかに赤くなっているのを、鈍感な彼女は気づかない。
彼女が去った後、セルヴィスは独り言ちた。
「……あんな無防備に笑うから、悪い虫が寄るんだ」
彼の予感は正しかった。
その様子を、通りの向かい側の馬車から眺める男がいた。
ドレイク・ハルバード。
銀髪を揺らし、獲物を定めるような冷徹な笑みを浮かべる彼は、イザベラが持ち込んだ「価値あるゴミ」と、それを持つ「美しい女」の両方を、どう奪うか計算し始めていた。




